32 器用貧乏のダル
「今日はゴードン叔父さんに聞きたいことがあるから、早めに引き上げるぞ」
「え、もう? もっとレベル上げたいよ。ゴードン叔父さんはずっとこっちに居るって言っていたじゃぁ無いか!」
「あと一回だけ、お願い! 空属性の時空間収納が欲しいんだ」
「仕方が無いな」
ダルは、兄弟の中では一番才能がある。既に全属性になっていた。リックがもっと早く、適切な指導をしていれば、今頃は転移が使えていたかも知れない。
全属性ではあるが、総てのレベルが低く、どれをとっても決定打に欠けている。これではこの先には進めないだろう。ダルは低い階層ばかりを廻っていたため属性だけを増やすしかなかったのだ。
今ダルは器用貧乏になって仕舞っている。これからは一つずつレベルを上げて行けばいいだけだが……。
だが、余り急激に上げるのは心配だ。リックの二の舞になる恐れがある。
レオンは、急激にレベルを上げたせいでリックの魔力器が成長出来なくなったのでは、と言っていたのだ。
――一回ぐらいは、我が儘を聞いてやるか。
二番目の部屋へは、行ったことが無いというダルのために、仕方なく連れて行くことにしたのだ。
二番目の部屋にはエビがいた。闇の投網を放ったダル。だがそれは直ぐにエビに躱されて消えて仕舞う。まだレベルが低くて十分な大きさも拘束力も出なかったせいだ。知識だけは豊富にある為、小技は使えるが、魔法の効果は薄い。
リックはすかさず雷撃を放った。このままにしておけば、エビの衝撃波が襲ってくる。
エビは痺れて動けなくなった。そこを、ダルが仕留めた。
「ああーッ! 硬化してきた。時空間収納!!」
ダルの時空間収納はまだ小さかった。三〇㎝ほどの黒い空間が空いているだけだった。
――まだまだレベルが足りないな。
リックはダルの時空間収納を見ながらそう思った。
ドロップアイテムをダルの代わりに仕舞い、リックが帰ろうとすると、
「次の通路が開いている!」
そう言ってダルが走りだしてしまった。
「ダル! 戻れ!」
ダルを追いかけ、通路に出るとダルが魔魚に雷撃を放っていたが、一撃では魔魚の動きが止らない。三発放ってやっと魔魚が動きを止め、それを仕留めていた。
「ダル! 約束しただろう、帰るぞ」
「チェッ! もっとやりたかったな」
「焦りは禁物だ。僕だってここの階層は十回以上は周回したんだ。次へはまだ行けない」
「そうなんだ。早く転移を覚えたかったのに」
「焦って転移を覚えても、精々が数メートル転移出来るだけだ。その後何度か大物を倒してやっと距離が伸びるんだ。今日は帰って休め」
「……分かった」
リックは過去に巫女から言われたことを思い出していた。
――あの頃、僕も先へ進みたくて、気が急いていた。
皆、成長段階で同じような焦りを経験するのだ。懐かしいような、もの悲しいような思いがこみ上げてくる。もうリックには成長の余地はなくなってしまった。
――いや、そうじゃ無い。これからは練度を上げていけば良い。父上がそう言っていたじゃないか。レベルが総てではないと。
王の棟へ帰ると、皆で食事の最中だった。
「あら、遅かったわね。今日は蟹三昧よ」
サラの一言で、蟹の魔物を何度も倒したらしい。
「狡いぞ! 僕は一回しか第二の部屋へ行けなかったのに。メグ達が何回も行けるなんて」
「ダル兄様、こちらにはゴードン叔父様がいるのよ。お母様だってお父様だっている。先へ進めたのはそのお陰なの」
「……メグは属性が増えた?」
「ダメだったわ。やはり固定の属性らしいの、私のは。でも、初めて魔力器の硬化を経験できた!」
「そうか、良かったな」
「でもテセロは、今日一日で属性が2つ増えたの。凄いわよね」
テルセーロは、メグに褒められて赤くなっている。姉妹に褒められることがなかったテルセーロはどう反応したら良いか分からないようだ。
「デパーズ老、テルセーロの魔力器の変化が分かるか?」
ゴードンは、デパース老にもう一度鑑定を掛けて貰っているようだ。
「……別室で、お話ししましょう。ここではちょっと」
何か問題がありそうだ。ゴードンは厳しい顔になり「分かった」と言ってそのままデパーズ老と連れだって、部屋を出て行った。
夜が更けて、サラとレオン、そしてゴードンが書斎で寛いでいる。ゴードンが険しい顔で話し始めた。
「テルセーロの属性は、これ以上増えないようだ。メグライアと似ているな」
「どう言うことだ? 全属性持ちでは無かったと言うのか?」
「どうやらそうらしい。多分、初めは属性が無い魔力器が3つあるという体質で、属性を得た後は固定になるようなのだ。闇があったのは、姉妹と一緒に闇を習ったお陰らしい。今日でテルセーロの属性が総て固定したようだ」
「でも、そんなに深刻にならなくて良いのでは? 光と火と闇でしょう? 皆素晴らしい属性よ」
「ああ、そうだな。後はレベルを上げていけば良いだけだ。ただ、三つの魔力器が相互に影響し合ってお互いの成長にブレーキを掛ける恐れがあるそうだ」
「……それは、成長がしにくいと言うことになるな」
「二人とも、なに今から諦めているの! テセロはまだ三歳なのよ。これから彼は時間を掛けてゆっくり成長出来る。長い目で見てあげないと」
「そうだな、そう考えないと。どうやら私はリックやダルを見てそれが当たり前だと思い込んでいたようだ。テルセーロは普通の魔法使い、いやそれよりも優れているはずだ」
「ダンジョンはテルセーロにとって救いになる。魔力を吸収しにくいメグでさえ、成長出来たのだ。何度も魔物を倒していけば、また変わるかも知れない。鑑定は万能では無いのだ。初めてのものは鑑定出来ないと言うことはよくあるのだから」
夜が更けているというのに子ども達はまだ起きていた。リックはもう自分の屋敷へ帰っている。
ダルと、メグ、そしてテセロがダルの部屋に集まっていた。
「ライアは?」
「お腹いっぱいになって寝てしまった。何時もの事よ」
「蟹を凄い勢いで食べていたものな。良く食えるな、あんな量」
「ライアは特別変わった種属なの。いっぱい食べて大きくなるのよ、多分」
「何という種属なんだ? 人間とは違うような感じがしていた」
「森の卵から孵った、精霊みたいなものらしいのよ」
「ふーん、母様に似ているな」
「巫女様も精霊だったの!」
「違うけど、原初の巫女は魔力の塊だったそうだ。ライアもそうなんじゃぁ無いのかな」
「そうかもな、彼奴、身体の一部が無くなっても再生するんだ。身体が小さくなるけど」
「母様はそんなことは出来ないな。でも、魔力が凄く大きいんだ。プリメーラやセグンダも凄く大きい。僕とは違う……」
「プリメーラ? お姉様のこと?」
「ウン、メーラやグンダは何時も僕をいじめる。僕の事を出来損ないの取り替えっ子だって言うんだ。巫女は女しか生れないはずなのに、奇形の男が生れたって言う」
「まあ、酷い! でも、巫女様は何も言わないの?」
「母様は、父様に任せると言っていた。男の子は分からないんだって。だから僕は人間の街で生きることになった」
「そうか、それで良かったじゃ無いか。僕らと出会えたんだ。これからは僕らは一緒だ。親戚なんだぞ僕らは。兄弟と同じだ」
「……ウン、父様もそう言っていた」
テセロはほんわかとした笑い顔をして見せた。テセロが微笑むと三歳のあどけなさが滲み出て年相応に見える。
「人間が一杯いて初めは怖かったんだ。母上は人間は怖い生きものだって言っていたけど、そんなこと無かったね」
「ゴードン叔父様だって人間だぞ。怖いことなんかあるか」
「そうだったね。母様が間違っていたんだ」
初めてテセロが笑っているのを見たメグは、愛おしさがこみ上げてきたのだ。
――まるで、弟が出来たみたいだわ。
姉妹にいじめられていたと言うテセロが可哀想だった。
――これからは、私が面倒を見てあげる。
だが、次の日から、テセロとメグはパーティーが別になってしまった。テセロもメグも魔力が吸収しづらいのだという。その為、パーティーを分けて、それぞれ集中してレベルを上げる必要が出てきたと説明された。
テセロには、ゴードンとレオンが付く事になり、メグとライアはサラのパーティーに加わった。
リックは今まで通りダルの担当だ。
リックは第四の階層へ通じる通路に、ダルを連れてきた。
「リック兄、ここは?」
「ここには第三までの魔物の小型版が多く出るんだ。だからレベル上げにはここが一番効率が良い。第三の部屋の魔物よりは倒しやすいからな。それに、ここの通路の魔物はドロップアイテムを落す。少しだがな」
ダルは興奮した。始めて見る魔物が沢山いる。然もダル一人でも頑張れば何とか倒せる魔物なのだ。
昨日は不満を漏らしたが、ここに来れるのは今のところリックしかいないのだ。
――みんなに差を付けることが出来る!
負けん気の強いダルは、メグやテセロよりも先に行けることに胸を躍らせた。
リックとしては、三つのパーティーがほぼ同じ階層へ行くのは待ち時間が問題になると考え、この通路にダルを連れてきた。
本当はひとつひとつ地道に倒していった方が、ダルのためにはなるだろう。だが、昨日のダルの不満を見て、考えを改めたのだ。
誰よりも勉強して、誰よりも魔法に自信があったダルが、自信を無くすことがあったら可哀想だと思ったのだ。
蟹やエビ、ザリガニ、鮫、鯨、そしてクラーケン、魔魚。時間をおいて、次々と出てくるが、総て二メートルほどの大きさだった。
偶に、複数個体出ることもあるが、そんな時はリックの結界で守って貰えた。
「まずはそれぞれの属性レベルを上げていく。最後に転移を獲得する方向で行こう」
「分かった!」
ダルは、今日は雷のレベルを上げようと思った。
雷のレベルが上がれば魔物の動きを止めることが出来る。そうなればリックに介助して貰わなくても一人で魔物を倒せるようになれる。ダルはそう考えたが、リックは
「闇を先に上げておけ。闇の結界は魔力効率が良い。然も闇には沢山の使い道がある」
そう言うのだ。教えて貰っている立場だ。不満はあるが、従うしか無いだろう。その日は只管、闇のレベルを上げることになった。
毎日闇のレベル上げに取り組んだお陰で、リックから次に進んで良いと許可が下りた。
ダルは雷を上げることにした。
「雷のレベルは直ぐに上がるだろう。あれは一つしか無いからな。その次は何を上げても自分で倒して行けば良い、後は自由にやって良いぞ。只、必ず結界は掛けておけ。万が一気を失っても結界で守られる」
ダルは漸く、リックが闇を先に上げろと言った真意に気が付いた。
「魔器硬化をして、属性を獲得しようとして気を失ってしまえば命取りになる。僕は以前そうなった経験がある」
ダルは、リックの体験談を聞き怖気を振るった。あの時巫女に助けられなければ、リックは死んでいたという。
「自分は頭でっかちだった」
ダルが打ち立てたレベル上げのノウハウは机上の空論だった。ダルは、一番のレベル上げの仕方だと一人悦に入っていたが、実は落とし穴があったのだ。
「ダル、急いではダメだぞ。レベルが上がったら、暫く休暇を取るんだ。それを怠れば、一気に魔力器が成長した弊害が出る。硬化しなくなって成長が止って仕舞う。僕のように」
「分かったよ、リック兄」




