29 リックの問題
ヘンドリックが久し振りに王の棟へ来た。今、彼は中区に住居を構えている。恋人と一緒に住んでいるのだ。
――もう直ぐ結婚するという報告に来たのかも知れないわ。彼の相棒ニルは既に結婚しているのだから。
だがサラ達が、彼の話を聞く内、恋人にダンジョンアタックはもう危険だから辞めて欲しいと懇願されてしまったようだ。リックはその事を相談に来たのだった。
「そうね、レベルはもう上がりきったのでは無くて?」
サラがそう言っているが、リックは納得していないようだ。
「彼女に、この関係は解消すると言われた。彼女は僕の事を理解してくれないんだ」
そう不満を漏らす。
「そんなこと言って、彼女は貴方のことを心配して言っているのでしょう。リック、少し自分勝手では無くって?」
「……僕はあの階層をどうしても攻略したい。まだ一度も攻略できていない」
普通は攻略できなければ死あるのみなのだが、リックは転移で辛うじて逃げる事ができたのだ。あの後、ニルに、ダンジョンアタックは辞めると言われてしまった。
「攻略してその先にまだあるとなったら、貴方はどうするの?」
「……また行くと思う」
「だったら彼女と別れなさい。そんな貴方のことを待つだけの人生は可哀想だわ。彼女の言う通り別れてあげた方が良いわ」
「……」
「リック。そんなに面白いのか? ダンジョンは」
レオンはリックに尋ねた。
「身体が求めているんだ。僕はダンジョンに魅せられているのかも知れない。ダンジョンへ暫く行かないとソワソワするんだ。だがニルは、もう辞めると言っている。十分稼いだから、これからは奥さんと一緒に別の仕事を探すと言っている。僕はダンジョンから離れられない! 離れたく無い」
サラは、リックの変質的な言動を聞き、不安になった。
「……リック、ダンジョンは逃げないわ。少しこっちを手伝ってくれないかしら」
「手伝うって、何を?」
「遺跡が見つかったの。そこには凄い書籍があってね、それをレオンが解析したら、巫女が使っていた魔道具の作り方の基本が載っていたの。貴方如何? 遺跡へ行って、もっと他に書籍が眠ってないか調べてきてくれない? そうすればレオンの研究が進むの」
「僕一人で?」
「今は私もレオンも手が離せないの。何だったらダルを連れていっても良いわ」
「ダル? 彼奴には危険では無いのか」
「ダルもかなりレベルを上げているわ、森の魔獣なら平気よ」
親としては、こんな不安定な状態のリックに、ダンジョンへは行って欲しくない。今までの階層だったら危なげなく倒せているが、新しい階層は危険だ。
サラもレオンも一度見て見たいとは思っているが、まだ、時間が取れないのだ。レオンは魔道具の制作に手間取っている。
ダンジョンは、街の発展に寄与しているが、やはり偶に死人が出ているのだ。
「リック、僕も遺跡へ連れて行ってくれるって本当?」
「ああ、母上が忙しいから、代わりに行くことになった。巫女の家が完成したそうだから、そこを拠点にする」
「メグとライアも連れていって良い?」
「ライア……ああ、森の卵か。まだ会ったことが無いな」
「リックはずっと中区から帰ってこなかったからな。ライアの魔法は凄いんだ。それにメグのも」
リックは今まで家族のことが頭になかった自分に愕然とした。それほどダンジョンに気を取られていたのだ。
「ああ、みんなで行こう。危険はないはずだ。魔獣なんかダンジョンに比べれば大した事は無いだろう。湖の小島には魔獣が少ないそうだし」
最初にサラの転移で連れて行ってもらう。
「ああ、出来ている。随分立派に出来上がったのね」
巫女が将来ここに住めるように用意した家は、宮殿のような仕上がりだった。石材は壊れた魔導師の塔の再利用なので、古めかしい味わいもある。獣人や竜人達が頑張って造ってくれたのだ。
「細々した物は後で取りに来れば良いわ。リックは転移が使えるし、定期的に報告もするのよ。後で護衛達も連れてくるけど二,三日は自分達で頑張ってみてね」
「分かりました。母上、忙しいのでしょう?」
「まあ、私を追い出したいのね、ふ、ふ。兄弟水入らずで楽しんで。じゃぁ」
サラが消えた後、兄弟みんなで歓声を上げた。まるで無人島のようだ。ここは誰も居ないのだ。
「でも、お食事の支度をしてくれる人もいないわ。どうするの?」
「そうだぞ! おいらの食い物はどうする」
「時空間収納に沢山入っているし、これから君達に魔獣を狩ってきてもらう。それを僕が加工して美味しくしてやるから、心配はいらないさ。ライアがどれほど食べても食い切れないほど作ってやるよ。だけど、僕らは観光に来ているわけでは無いんだ。ここを探索する事が仕事だ。忘れないでくれ」
「「「はい!」」」
湖を渡るための小舟や艀が用意された桟橋も出来上がっていた。転移が使えないダル達は小舟に乗って探検に出かけた。リックは取り敢えずここを住める環境にすることにした。ここに来て何故か、街にいるときに感じる息苦しさが和らいでいる。
「自然が豊かなせいかな?」
いくら立派な屋敷があっても、細々とした物が足りないだろう。まずは屋敷の中を見て見ないことには。リックはダンジョン以外で、久し振りにやる気が出ていた。
小舟を漕いでいるのはライアだ。軽々と櫂をこいで、あっという間に湖畔に着く。
「今回は僕がリーダーで良いよな」
「ああ、仕方が無い。オマエをリーダーにしてやる」
「ライアったら。相変わらずね。ダル兄様、まずは魔導師の塔へ行って見ない?」
「ああ、僕もそう考えていた。母上が会った亡霊がまだいたら良かったのになぁ」
「さみしがり屋の亡霊さんだったらしいわね」
「亡霊? 何だそれ、食えるのか?」
彼等は出会った魔獣を倒しながら、魔導師の塔へ向かって歩いて行った。魔獣は魔法鞄にしまう。後でリックが美味しく加工してくれるだろう。
魔導師の塔には獣人達がいて作業をしていた。
「おや、ダル王子にメグ王女、こちらに何時来なスッタ?」
「さっき着いたばかりだ。君達がまだいたんだな。皆帰ってしまったと思っていた」
「まだ帰えれ無いっす。ココの修理がありますんで。ココにはマダ入れませんよ」
「じゃぁ、他に塔はあるか?」
「ここから六時間くらい西に行けばアリマス。傷みが少なかったんで壊さずに残しておりますが、修理はまだしていマセン。入ったら危険デス」
「取り敢えず行って見る。僕らは探索隊だからな」
途中で昼食を挟み、誰も居ない古びた魔導師の塔に着いた。
塔の周りは木々が生い茂り、先に進むのも難儀だ。ライアが通り道の木をなぎ倒し、何とか塔の側まで付くことが出来た。
塔は凄く高い、塔の外壁には螺旋状に石の階段が付いている。石の階段には苔が生え、塔は蔦に被われている。地上七メートルまで入り口は見えないがその上にポッカリ黒く開いた、入り口らしき物が見えた。
「この階段崩れそうで危険だわ。ライア、あの場所まで飛べる?」
「ああ、任せろ」
重力を操るライアにとっては朝飯前だ。軽々と入り口に辿り着き塔の中へ入っていく。
直ぐにライアが出てきた。
「如何だった? 何か見付かったか」
「ボロボロだ、ここは。魔獣が巣を作った後もあったし、骨もあった。あの骨は生きているのか?」
ライアがおかしな事を言っている。骨が生きているはずは無い。ダルは、「ライアだものな」と諦めの境地で、今度は自分が行ってみることにした。空歩は得意では無いが七メートルくらいなら何とかなりそうだ。
メグもライアに抱きかかえられて後から付いてきた。
入り口の入って直ぐの床は崩れ落ちていた。壁に沿って歩き、上を見上げると、真ん中に穴が開いてずっと上まで見渡すことが出来た。
床の穴を見下ろす。下の階に何かが蠢いているのが分かる。
「魔獣の巣か。光!」
暗くてよく見えなかったので、明かりを出して見た。
「ダル兄様! 骨が動いています。これも亡霊?」
そこには大小様々な骨が動き回っている。ダルが明かりを付けたためそれから逃れようとしているようだった。
「人骨もあるぞ。魔獣の骨も……何なのだ?」
「ダル兄様、もし亡霊ならヒールが効くのでは?」
「あ、ああ。そうだったな」
ダルは余りの気持ち悪さに気が動転していたようだ。すかさずヒールと唱えたが、骨達は苦しそうにしているだけで、動きは止らない。
「コイツラの骨を砕けば動けなくなるさ。おいらに任せろ」
ライアがそう言って、穴の中へ飛び込んでいった。
下の方でガツンゴツンと騒がしい音がして、暫くすると収まったようだ。
ダルがそろそろと空歩で降りていくと周りは壊れた骨だらけだ。
「取り敢えず収納に入れておくか」
足下に骨が散乱していて気味が悪かったのだ。自分では触りたくないため、ライアに入れてもらい、床に散乱していた骨が総て無くなった。部屋の隅に、母が以前見せてくれた魔道具があった。
「探していた魔道具だ! これを巫女の家に持っていけば良いのでは? そうすれば父上の仕事が楽になる」
「でも、壊れていますよこれ」
メグに言われてよく見ると魔道具の上部がひしゃげていた。
「ライア! 壊したのか!」
「仕方が無いだろう。魔道具だとは知らなカッタシ。第一この道具を壊したから、骨が動かなくなっタンダ。骨はこのセイで可笑しくなっていたんだゾ」
「ライア、貴方少し縮んだ?」
「ああ、攻撃されて足がちぎれたカラナ。腹が減った、帰るぞ!」
ダルはギョッとして足下を見るが、ライアの足はきちんとある。
「……ライア、変わってるなお前。手足がなくなっても平気そうだ」
「そんなことは無いぞ、身体が縮むんダゾ!」
兎に角リックに見せようと言う事になり、急いで島の屋敷へ戻ることにしたのだ。
「でかした、よく探し出してくれた!」
リックと一緒に王の棟へ戻った三人はレオンに褒められまくった。
巫女の魔道具は此処にもあるが、分解するわけにもゆかず困っていたのだ。これがあれば、闇の収斂が出来る魔道具が作れる。それを、新しく建てた巫女の家に設置できるのだ。レオンはまた、研究室としている書斎に籠もりっきりになった。
「何だか、あっという間に終わってしまったな」
「そうね、また行く?」
メグが期待をこめて言ったが、
「目標が無いとやる気が起きないよ」
「……ダル、僕と一緒にダンジョン行くか?」
「え! 良いのリック?」
「ああ、ニルとのパーティーは解散したんだ。僕のペアになってくれ」
「分かった」
「おい、オマエ等だけで行くなんて狡いゾ! あれを見つけ出せたのはおいらのお陰だぞ。おいら達も連れてイケ」
「ライア、メグはまだ9歳だ。連れて行けない」
「メグ、行きたいヨナ、おいらと一緒にイコウ!」
「……私は、あんまり……」
リックが、ダンジョンへ行くことを継げるとサラは、
「あら、ダンジョンはもう少し待って。もう一度巫女の家に行って欲しいのだけど」
「え、もう探す物は無くなったのではないですか」
「魔道具は探してくれた。でも、書物をもっと探して欲しいと言ったでしょう。リック、ダンジョンは逃げないのよ。暫くダンジョンのことは忘れなさい。巫女の家でゆっくりしてきなさい」
「……はい、分かりました」
リックは不承不承、了解した。
サラは、何とかリックのダンジョン熱を収めて貰いたかった。レオンも同じように感じている。
「このままでは冷静な判断が出来なくなって、そのうちあの子は、ダンジョンで死んでしまうのでは無いかしら」
「困った物だ。確かにダンジョンは魅力的だが、命を懸けるほどの物か?」
「可笑しいのよね。始めリックはこの獣人の国の為に力を尽くしていたのに。いつの間にかダンジョンにのめり込んでしまった。ダンジョン自体に魅了を掛けられているみたい。馬鹿な心配だと思うけど」
「サラの心配も、あながち間違いでは無いかもな。ダンジョンは生きものだとするならば、何かを取り込まねばなるまい。それが生きものの生命力だとすれば、そう言う仮説も成り立つ。ダンジョンに魅せられて、そのうちにダンジョンの糧にされてしまうかも知れない」
「でもそれはあり得ないとも思うの。リックには精神魔法が効かないはずよ。なのに……」
「精神魔法を防御はするが、自分から行きたいと思うことは止められない。ダンジョンの素材や、レベルが上がること自体に魅力を感じれば、それは止めることは難しい」
「……他に興味を持ってくれないかしら。ダルまでダンジョンに夢中になってしまって」




