2 鑑定士デパース
騒ぎが収まり、中央棟の研究室に定めた書斎に、鑑定士のデパース老と共にレオンは戻ってきた。
「デパース老、鑑定してみたか?」
「はい、勿論です」
「で? どうだった? 人魚は獣人達と同じか」
「同じではありますが、彼等とは違う力も感じられますな」
デパースはゴードンに紹介された鑑定士だ。ヤーガイでも十指に入るレベルが高い鑑定士だ。
彼は家族がおらず八十歳になる今まで、ずっと独り身だった。彼には魔力は無いが、長年研鑽を積んで鑑定士として名を馳せていた。
「やはり、技能と言うことか。マーラは何の技能を持っている?」
「多分、魅了はあります。その他にもありそうですが、儂が知っている技能では無い様です。マーラ本人に聞いて見なければ分かりません。彼女が正直に話してくれれば、ですが。レオン様、彼女には気を付けた方がいいですぞ。魅了と言う技能は問題です。何をされるか分かりません」
闇の魔法にもある魅了があると言うのか。技能とは一体何なのだろう。魔法の魅了との違いがあるのだろうか?
レオンはマーラが悪意を持って我々に近づいてきたとは思えなかった。しかし、デパース老が言うには、彼女はレオンに魅了を掛けていたようだがレオンには魅了は効かない。
その為、レオンはマーラに対してそれほど警戒感を持た無かった。
「鑑定士の研鑽とはどのようにするものなのだ?」
「おや、レオン様はご存じなかったのですか? 魔力が見えることもあると仰っていたから、儂はてっきり研鑽を積んでいる物と思っておりました」
「いや、見えるのは妻の魔力だけだ・・・・・」
「ほ、ほ、ほ。そうですか。偶にいるのです。愛する人のことだけ見えるという人は。サラ様は愛されているのですな」
――確かにサラの魔力は見えることがある。サラを愛しても居る。だがこの頃の自分はその愛する妻を遠ざけてしまって、関係がギクシャクしてしまった。
レオンは暗い顔をしていたのだろう。デパース老人が慌てて話を切り替えた。
「鑑定士になるには素質が無ければなることが出来ません。魔力が見えると言う素質。その目を鍛えるために物や人を観察する。これに尽きます。そして本を読み、沢山の事物に触れる。要するに知識の集積が唯一の研鑽です。ですから、鑑定士になるには長い年月が掛かるのです」
魔力は身体の中心に色が見える。その見えた色によって属性が分かる。
技能の場合は、身体の各部位が光って見えるそうだ。
例えば、目が光って居れば魅了や威圧などが考えられる。その査定をするには、今までの知識に照らし合わせなければならないそうだ。
植物や、動物、魔獣などを鑑定するのも同じだ。知識を蓄えて見るしかない。だが一般で言う物知りと違い、鑑定士はある段階になれば、文字として浮かび上がってくると言う。そうなれば鑑定士の称号が貰えるのだ。
「マーラには魅了の他に、喉にも技能があるようです。ですがそれがなんなのか私には分からない。未知の技能なのでしょう」
喉にあると言うことは声が関係しているのだろう。言葉に魔力を乗せて呪文を唱える呪いと近いかも知れない。
マーラを研究することは呪いの研究に通じるのでは無いだろうか。
「魔力を使っているときに、属性が輝きます。それは綺麗にね。技能を使うときも同じです。鑑定士を鑑定すると額の中心が光ります。儂の考を申しますと、技能も魔力を使っているのでは無いかと言うことです。長年色々な物を鑑定した儂なりの解釈ですがね」
レオンは、驚いた。始めて知る事実だった。
「では、魔力器を持たない者は何処から魔力を得ているのだ?」
デパース老は、周りを手で指し示しながら、
「私達の周りには魔力が満ちて居るではありませんか。魔力器は魔力を大量に貯め、属性に変換する器管です。魔力を沢山使う魔法は魔力器が無ければ使えません。ですが鑑定や気配察知などはそれほど魔力を使わない。属性にも作用されない。儂は、技能者も米粒ほどの魔力器を持っているのでは無いかと考えております。額や、目、鼻とかにね」
デパーズ老の考えには、確かに整合性があるように感じられた。
「その考え方では、魔力器が後天的に出来上がると言うことにならないか?」
「ええそうです。人間が努力した結果、小さな米粒ほどの魔力器が出来上がると、儂は考えております。我がヤーガイには他国よりも魔法を使える者が多いのは、魔の森があるせいだと思って居ります。あそこから流れ出ている魔力が魔力器を育てていると思うのです」
魔力が蓄積して身体に溜まり、それが人間の身体を変化させているのだ。変化した体質は子に受け継がれていくのでは無いか、と言ってデパーズ老は締め括った。
技能を持っているのが冒険者や狩人などに多いのは、森に頻繁に行っているせいなのだろうか。それが子に受け継がれるというのか。
毒を少しずつ服用すれば、耐性が出来る。それに似たような物なのかも知れないが、子に遺伝してしまうと言うのが少し違う。
「では、魔女はここの魔力に呪いを掛けたと言うことか。ここに長く住んでいれば、僕の魔力も変化してしまうのだろうか?」
「そうですな、儂の理論が正解ならば、何百年も掛けてゆっくりと汚染され、蓄積していくでしょうな」
この大陸全体の魔力を浄化するなど土台無理な話だった。
やはり、領民達がここに定住する事に許可は出せないようだ。
だが、レオンは、まだ納得できない。本当に魔力が汚染されているのかどうか。
魔の森の魔女は、王族だけという限定された物に呪いを掛けることが出来た。特別な呪文があるはずなのだ。
サラは覚えていないと言っていたが、サラが魔女に憑依したとき、呪文を唱えたと言っていたのだ。必ず特別な呪文があるはずなのだ。その呪文を解明できれば、この地の呪いを解除出来るのでは無いだろうか?
例え解除出来ないとしても、呪いに対抗できる何かが見付かるかも知れない。
竜火山やダンジョンには魔女がいる。ゴードンには静かに見守るように言われている。だが、レオンはじっとして待つことは出来ない。近いうちに火山へ行ってみようと思っている。魔女に直接聞く機会が巡ってくるかも知れないのだ。
「魔宝石を持っていけば金竜が見逃してくれるだろう。そうすれば魔女と話が出来るはずだ」
レオンは金竜に会いに竜火山へ行った。
しかし、いくら探しても、金竜は現れない。ゴードンは、「金竜は魔宝石に釣られて出てくる」
と言っていたのに。魔女も、どこに居るのか全く分からなかった。この広い大きな火山を探し回るなど、とてもでは無いが不可能だった。
残るは、ダンジョンにいる魔女だ。彼女に会いに行かねばなるまい。しかし、レオンには光の属性が無い。光が無ければ、初めに出会うという亡霊を倒す事は適わない。
ゴードンには止められている為、彼には頼むことは出来ないし、サラにはここへ来て欲しくない。
「レベルを上げて光を獲得するしか道は無いか・・・・・」
レオンの、魔女の話を聞くと言う目標は当分適わなくなってしまった。
レオンとデパース老は偶に岸壁でマーラと話をする。
デパース老には魅了を防御する指輪を持たせた。マーラが何を隠しているか知るまでは警戒した方がいいだろう。
マーラは岸壁の端に腰掛けて、豊かな胸を晒した格好で堂々としている。彼女にとっては当たり前の姿だろうが、目のやり場に困る。下半身が魚だというのを気にしなければ、彼女は見目麗しい女性なのだ。
「今日はお土産をモッテキタ」
マーラが掌を開いてみせるとそこには三センチはあろうかという大きなピンク色の真珠があった。
「コレガ欲しいか? 欲しければもっとモッテクルゾ」
「ありがとう。こんな大きな真珠は始めて見た。代わりに何か欲しいものはあるか?」
「・・・・・欲しいものは・・・・・ナイ」
「君は一人で寂しくは無いのか? 獣人達とはこのところ会っていないのだろう?」
「オマエ達が、ここに来てから、竜人がコナクナッタカラナ。寂しいと言えばソウカモ知れない。でも、こうして話を聞いてくれるから、ダイジョウブダ」
「僕の領民が迷惑掛けていないか? もしそうなら言ってくれ注意をするから」
「ナニモ、問題は無い」
マーラは偶に珍しい魚や、貝を持ってきてくれる。そして「明日は嵐が来るから気を付けろ」等と助言をしてくれるようになった。
今日は思い切ってマーラに技能のことを聞いてみるつもりだ。彼女が本当の事を言っているかどうかを、デパース老に見極めて貰うことにしている。
「マーラ、君には特別な力があるだろう? どんなものか見せてくれないか」
「・・・・・オマエ達に見せると、ゴカイサレルカモ知れない」
「誤解? 何故」
「アタイの力は、従属というのだそうだ。竜人が教えてくれた。竜人に言葉を教わったお陰で使える様になった力だ。アタイは人間は従えてはダメだと竜人にイワレテイル。だから、そんなことはしない。信用してくれるか?」
信用は出来ない。始めに彼女は力を使っているのだから。だが、そんなことはおくびにも出さずデパーズ老は微笑みながら質問をした。
「竜人は、もしかして、鑑定が使えるのか?」
「ああ、鑑定眼とイッテイタ。アタイは魚人達を従属させている」
「魚人? 人魚とは違うのか?」
「彼奴らに考える頭は無い。何せ頭が魚だからな。だが、大雑把な指示にはシタガウ」
マーラは声と目で従属させると素直に教えてくれた。そして魚人を呼び寄せて見せた。
「♪コッチへコイ・・・・・♪キガイヲ加えてはダメ」
マーラは歌を歌うような節を付けて、魚人を呼び寄せて見せた。魚人と言われる魔物は顔が魚ではあるが、身体は人間だ。背中には背びれがあり、手足には水かきがあった。そして銛のような武器を持っていた。
魔物を寄せ付けない結界が掛かっているはずの岸壁に、魔物が来ている。レオンは緊張した。
――この力は危険だ。領民に注意喚起をしておかなければ。
マーラは何故レオン達と親しくしたいのかも話した。
昔、この湾には沢山の船が行き交い、沢山の人間がいた。その頃の賑わいを想像するのが愉しいのだという。
「竜人が教えてくれたのだが、ある日、人間達はチリヂリニになって、他の土地へイドウシテイッタノダそうだ」
竜人がマーラを見付けて、色んな事を教えてくれるようになり、人間に興味が沸いたのだという。
彼女は以前ここに来たゴードン達を監視していたようだ。そして、居なくなったと思ったら、またここへ人間が来た。
久し振りに見た人間にどうしても近づきたくなったのだそうだ。
――これは本当の気持ちなのか?
「アタイは海にイキタまま捨てられたから死ななかった。アタイのような者は、殆ど直ぐにコロサレテシマウ。だから、アタイの仲間は他に居ないだろう」
「その様な酷い扱いを受けても、人間が恋しいのか?」
「ああ、人間が恋しい。こんな見た目でも自分は人間だとオモッテイル」
マーラはそう言って、真珠をその場において、魚人達を従え海へ帰っていった。




