26 友達
メグを抱きかかえ、レオンがいる執務室へ駆け込んだ。
「レオン! レオン、メグを助けて、」
「どうした、メグ! って、大丈夫そうだが……」
レオンは、メグのけろっとした顔をのぞき込み、サラが動揺しているのとのギャップに戸惑った。
「これを見て、何だと思う?」
メグの左手の甲に薄紫の丸い球がくっ付いて居る。取り除こうとしてもしっかり食い込んでいて取れない。
「何だ、これは……」
「ローナの話では、森の卵だそうよ。でも、危険かどうか分からないと言っているの」
「切り取ってみるか」
そう、レオンが言った途端メグの手の甲に付いていた球は、ブルブルと震え、みるみる手の中に吸い込まれてしまった。
レオンとサラは、唖然とした。
メグの掌を何度もこすったりひっくり返したりして見るが、今まであった、球が無くなってしまったのだ。
「気味が悪いな。一体何なのだろう。見たことも聞いたことも無い」
「レオンでも知らないの! どうしよう。私が森へ連れて行ったばかりに……メグに何かあったら私」
サラは、メグを抱きしめ泣き出してしまった。サラが取り乱すなど凄く珍しい。だがそんなことを考えていられ無い。
レオンは、竜人がいる神殿へメグを連れて行った。
「森の卵ですか。随分レアなものを引き当てたモノです」
ボナンはのんきにそう言った。
「これは危険な物ですか? どうすれば剥がせますか」
「これは危険と言うよりは、幸運とでも言いますか何と言いますか、やっかいな部分も少々あるのデスガ、概ね無害です。見て見ないことには何とも言えまセン」
今、森の卵は見えていない。形状を説明しただけなのだ。ボナンがレオンの話を聞き、多分そうだろうという予想を言っているに過ぎない。
「む、無害ですか? 身体に異常が及ばないと言うことか?」
「異常など……あったかな? でも森の卵が付くと色々な特典があるそうデス」
「特典? どんな・・」
「それは分かりマセン。卵によって違うそうです。例えば、火の精の卵ですと、火にとびきり強い聖獣が生れるそうです。水ですと、水に関係した聖獣、風は……何だったかな……鳥だったかな? 兎に角そう言う聖獣が生れるみたいです。ペットのようなモノですカナ」
「何かしら、ある、か。まあ、問題が無ければこれ以上どうしようも無い。様子を見るしかあるまい」
「そうです。今から心配しても聖獣が生れるまではナニモできません」
「ちょっと待て! 生れるとはどう言うことだ! メグはまだ八歳だぞ!」
「いや、普通に卵から孵ると言う意味デス」
ボナンがレオンの剣幕にタジタジとなって答えた。
「卵は身体に吸い込まれたんだぞ!」
「また出てきます。何か怖がらせるようなことがあったのでショウ」
「……そうか。分かった」
「ところで、卵の色は何でした?」
「薄紫だったような気がする」
「おおっ! 益々珍しい。紫は精霊王の色だ! 精霊王の加護がある聖獣が生れるかも知れません」
レオンは聖獣だの、精霊王だのどうでも良かった。兎に角メグから離れて欲しかった。
このエルドラドはまるでファンタジーだな。等と考えていた。
「流石ファンタジーの世界ね! 今まで獣人はいたけど、エルフやドワーフがいなくて何となく物足りないと思っていたのよ。それが、聖獣だなんて、楽しみだわ!」
サラがそう言って喜んでいる。さっきまで、この世の終わりみたいに嘆いていたのに、この変わり身の早さは、流石サラだ。聞いたことも無い種族の話まで出てくるしまつだ。
「卵から孵るまでは分からないそうだ。何でも面倒な性格らしいぞ。悪戯をしたりもするらしい」
「え? それは妖精では無いの?」
「何だ妖精とは、サラの方がモノを知っているようだな」
「彼方の世界ではそう言うお話があったから……」
メグは今、自室で休んでいた。彼女の手の甲にまた、卵が浮き出てきている。
「これから聖獣が生れる?」
――聖獣って何だろう? 猫とか、犬とか?
竜人のボナンが、ペットだと言ったからきっと可愛い動物が生れるのだろう。少し楽しみなメグだ。
自分だけのペットなど初めてだ。周りには犬や猫や鳥など可愛い見た目の獣人はいるが、彼等はれっきとした人間だ。ペットなんかでは無い。
一緒にいれば、人間と変わりなく、獣人と言うことも忘れて、接しているのだ。ここでは人間の方が少ないのだから。
「貴方はどんな動物なの? 早く出てきて見せて」
手の甲の球はヒクッと一瞬動いて、また奥に引っ込んでしまった。
――言葉が分かる? 話が出来る聖獣になるの?
それは獣人と同じでは無いのか? それとも違うのだろうか?
森の卵は、困っていた。自分は動物ではないし、生命力の塊に過ぎない。
長い間土の中に隠れている単なる塊だ。森の力を吸い取って生きている生きものなのだ。
似たような生命力を見付けるとそれにくっつき、形を真似、地上に出て動くことが出来る生きものだ。原初からずっと生きている。この大陸が出来てまもなくから。
基本、形を真似た生きものと同じ時間だけ地上にいることが出来るのだ。それが終わりを遂げると、また土の中に潜って過ごす。
森の卵は、魔獣にくっ付いたり動物にくっ付く。
あの時地上で動く綺麗な生命力に気が付き、思わず引き寄せてしまった。直ぐに形を真似ようとしたが、少女の周りには不思議な結界が張ってある。
――もし、形を真似てしまえば、結界から出られなくなるのでは無いのか?
――大きな魔力を持った人間の女に始末されてしまうのでは無いのか? 刺されても多分、死なないと思うが生命力はかなり目減りする。
森の卵は何もできずにそのまま、塊でいるしかなかった。
精霊の加護だとか聖獣とかは勝手に獣人が考えたおとぎ話なのだ。
このまま、塊でいた方が良いのでは無いだろうか? 自分が形を取って現れれば、この少女は泣き出してしまうのでは無いのか? 自分を排除しようとするのでは無いのか?
毎日毎日話しかけられて、身体がむずむずしてくる。こんな事をされると身体が変化してしまう。辞めて貰いたい。
ここから出て行くには、身体を変化させなければならないし、今はこの少女から栄養を得ているのだ。今更、地中に戻りたくない。森の卵は気持ちの良い少女の生命力から、離れがたいのだ。
「この頃メグったら、凄い食欲ね」
「だってお腹が空くんですもの」
「森の卵はまだ、身体から出ないのか?」
「……うん」
お父様やお母様がいると隠れてしまうとは言えないメグだった。
「メグ、今度変身を教えてやろうか?」
ダルが、珍しくメグの世話を焼こうとしている。不思議な森の卵を一目見たいのだろう。
「本当? 変身してみたい。ダルお兄様教えて」
「良いよ、今日は閑だから、早速教えてやる」
「そう言えばメグにはまだ教えていなかったな。魔法は放つことが出来たのか?」
「……まだです、お父様。でももうすぐできそうなの」
「属性が分かれば早いのだが、まあ総て試せば良いだけだ。気長に頑張りなさい」
「メグ、若しかしたら今まで知られていない属性かも! それなら、一生出来ないかもな!」
「ダル兄様! 酷いわ、もういい!」
メグはべそをかいて食堂から出て行ってしまった。
「本当にダル、一言余計なのよ! 反省しなさい」
「……はい……」
「だが、ダルの言ったことにも一理ある。少し調べてみるか」
結局変身はサラが教える事になった。ダルはパルとまたダンジョンへ行くことにしたようだ。
「メグ、変身は魔力器で身体を被うイメージよ。なりたい人をよく観察しなさい」
メグは大好きな母をじっと見る。母に変身しようとしたのだ。目の前にいるので直ぐにイメージが湧く。
目を閉じて、魔力器があるというお腹の辺りを意識する。
魔力器がジワジワ体中に広がって行くイメージだ。
すると、身体の中から何かが抜けていく感じがあった。
目を開けると、母が固まっている。
「どう? 出来ているかしらお母様?」
「そ、それは、何なの!……私なの?」
足下を見ているので釣られてメグも見ると、そこに五十センチくらいの大きさのサラがいた。
「え! どういうこと?」
足下にいるサラの小型版が慌ててメグにくっ付いてそのままブルブル震えている。
「もしかして森の卵が孵った?」
サラが屈んでじっと見ていると、小型版のサラが、益々メグにへばりつくのだ。
「怖がっているみたい。何もしないから、ねえ、貴方は精霊なの? 言葉は話せる?」
紫色の髪の毛、目の色も紫だから、サラとは違うが、顔形はサラと同じだった。
メグは、自分の身体を見ても変身が出来ていなかったことに少し気落ちした。
そして、サラの小型版を見て、可笑しくなった。まるでお母さんが人形になったみたいだったから。
「貴方は私の……お友達、ね」
「……オトモダチ? なんだ、それ」
「オーッ言葉が話せるーっ! 妖精なのね」
サラが興奮しだした。
「違う、おいらは精霊でも、妖精でも無い。森に住む只の生きもの。獣人の言っていることは間違いだよ。精霊なんて知らない!」
「ふーん、分かった分かった、只の生きものの妖精なのね!」
「……こいつ話を聞いていないな」
「で、メグ名前は? どうする? 妖精だから、ヨウセイちゃんでどう?」
「お母様……名前は後でゆっくり付けます」
「そう。じゃあ、私はレオンに話してくるわ。また後でね! ヨウセイちゃん!」
サラが部屋から出て行き、ホッとする森の卵。
「ねえ、貴方の名前は? あるなら教えて」
「名前は無い。オマエが付けて良いぞ。あ、ヨウセイちゃんは辞めろよ!」
「私の名前はメグライアと言うの。だから、ライアというのはどう?」
「ライア、か。いいよそれで」
「ライアは、何歳? 今生れたばかりだから0歳かしら」
「この大陸と同じ年だけど、まあ、この身体は0歳だな」
「ライアは、女の子だよね」
「おいらは男でも女でも無い。今は女みたいな形だがな」
メグはハタと気が付いた。ライアは裸だ。
「何か洋服を着せないと。でもこんなに小さな服なんて何処に売っているのかしら」
「この大きさは今だけだ、これからは、人間と同じ大きさに育っていく。直ぐに追いつくさ」
メグは小さくなったシャツをライアに着せて、所々を切り、何とか身体を被うことが出来た。
「このリボンで縛れば完成」
「うん、なかなかいいな」
ライアは、この大陸と同じ年齢だと言ったが、一体どんな生きものなのだろう。サラが言ったように本当は妖精なのでは無いのか?
「メグ!」
「なあに、ライア」
「腹が減った、何か食わせろ」




