16 南の森の獣人
建国祭も終わり、セントラルベイに落ち着きが戻ってきた頃、他の森の獣人が尋ねてきた。
南の森の獣人だった。彼は大鹿の見た目で、メッセンジャーの役目だという。小さな鳥獣人を従えている。
「南の森には大型獣人は余り居ないのダ。私の他には蛇や亀獣人がオル。他は殆どが小型獣人だ。私達は、ウーノ国のように建国しようと考えてイル。ドウカ、先人の知恵を貸してクレナイか」
彼等の殆どが奴隷だった獣人達だ。長く人間の中に住んでいた者達ばかりだった。
人口は三万人ほどだそうだ。これから増えるにしても、人間が産んだ獣人達は総て殺されているため、人口が増えるには時間が掛かるだろう。
「ここウーノ国のように人間との融合はカンガエテイナイノカ?」
「それは無理だ。今まで余りにも人間に搾取サレスギタ」
レオンは、彼等との交渉はボナンにまかせ、自分は聞き役に徹している。
大鹿の獣人は、レオンの方を偶に睨み付けている。それを気にしてボナンが、
「このカタは、ウーノ獣人国の王であるぞ。不敬が過ぎる!」
「いや、ボナン。構わない。僕は彼等の気持ちが分かるし、気にしていないから」
そう言ってレオンは鳥頭に変身して見せた。
それを見て大鹿獣人は椅子から転げ落ちてしまった。見ない振りをして元に戻り、レオンは話し始めた。
「私は、北の大陸のヤーガイ王国、その王族だ。かつて魔女の呪いによって、魔獣に似た姿に生まれ落ちた。だが、呪いは解くことが出来た。この姿になれるのは魔法の力によるものだ。この地に来たのは、呪いの研究のためだったが、実は呪いとは女神の恩恵だと知ったのだ。君達は女神のお陰で今がある。これからはこの地に住まう者達はゆっくりと獣人に変わっていくだろうが、暫くの間、人間はまだまだ多い。それまで君達は人間と敵対するというのか?」
「……だが、人間は獣人を殺しているでは無いか! どうやって仲良く出来る? また奴隷にされてしまうのが落ちだ」
確かにそうだが、このままでは建国しても直ぐに潰されてしまうのでは無いだろうか。いくら戦闘力がある獣人でも、人間の数の力や、北の大陸から来た魔法使い達に適わないだろう。
「このセントラルベイは、ヤーガイ国と貿易をしている。その事は他の国に知れ渡っていくだろう。そうすれば、君達の国へも人間が来るようになるかも知れない。彼等の中には、私のように魔法が使える人間もいるのだ。君達はそれに対処出来るのか? 力だけでは国は成り立たないのだ」
「失われた力を使う人間がイルノカ……北には」
大鹿獣人は項垂れて、どうすれば良いのかと自問自答している。
「今のままでいいのでは無いノカ? 建国すれば人間達に注目サレテシマウゾ」
ボナンが諭すが、大鹿獣人は、発展したセントラルベイを見てしまった。この街に憧れを持っているようだった。
「ココでは、普通に人間とクラシテイルノダナ。何故奴隷がイナイ?」
「奴隷制度は、セントラルベイには無いが。北では、奴隷も居る。だが、奴隷のための法律が厳格に決まっているのだ。破れば極刑に処されるか、自身も奴隷に落ちる。まあ、法の目を掻い潜る輩もいるが、少数だ。だが社会が成熟しなければ、法は意味をなさないだろう。法を守って恩恵が無ければ、誰も法を守らない。国を作るとは、安定した法律と、それを守らせる国造り、国民の信頼が不可欠になる」
「思っていた以上に大変な事なのダナ、国を作るとは……」
「そうだ。長い年月が掛かると思う。だが、簡単な方法もある事はある」
「! そ、それはどのようなものだ! オシエテ欲しい」
「求心力のある物を据えることだ。例えば宗教だな。国民が同じ方向を向けば支配しやすくなるだろう。私の流儀では無いが、ここでは以前から女神様を神に祀っている。下地が出来ていたのだ。後はゆっくりと国を造っていくだけだ」
「女神様?」
南にも巫女はいたはずだが、人間の集落には余り関わっていなかったようだ。人里離れた森に少数の村人達と、ひっそりと暮らしていたのだろう。湿地の巫女のように。
セントラルベイは竜火山から来る濃い魔力のせいで女神の力が際立っていたと言うことだろう。女神が居なければここには住むことが適わなかったのだ。
「その教えを、私達にも授けてくれ、オネガイシマス!」
南の獣人国のために、竜人の神官が出向くことになった。
サラは、闇の収斂はしないのかと聞いてきたが、レオンは
「暫くは必要無いだろう。返って暮らしやすくなれば、人間達に目を付けられてしまう。街の整備は少しだけにして、獣人達が竜人の教えを受入れてからだな。そうなれば国として纏っていくだろうから」
「ここの棟にあるような魔道具はあるのかしら?」
「あるかも知れないが、壊れてしまっているかも知れないし。遺跡の中には無いのではないだろうか? 巫女のことが知られていなかったところを見ると、遺跡の離れた場所に巫女がいた可能性の方が高いと思う」
「行ってみない? 興味があるの。ヤーガイの魔の森のような場所では無いかしら」
「凄く遠いんだ、歩きでは一ヶ月は掛かると思う。僕には時間が取れないよ」
「私一人で行ってくる。バスティアンを呼んでここの治療を任せて貰える? 彼女はまだ大学校で勉強しているんでしょう? バスは暇を持て余しているはず」
「……そうだろうか。いくら卒業間近だとは言え、忙しくは無いのか?」
「良いから、呼んで。バスだって来たがっていたじゃ無い」
サラの押しの強さに負け、公爵邸に転移し、レオンはバスティアンにセントラルベイへ来ないかと聞いて見ると、「是非行きたい」と二つ返事だった。
レオンとしては、婚約者とゆっくりしたいのではと考えていたが、彼等はそんな甘い関係にはまだ至っていないようだ。お互いサバサバした関係のようだ。
貴族の結婚というものだな。とレオンは独り言ちた。
光魔法が使えるバスは、治療院で忙しく働き出したが、愉しそうだ。離れて居た兄弟とも久し振りに仲良く歓談している。街の中を見て回ったり、リックやニルに付いていって森の魔獣を倒したりと充実しているようだ。
サラは、熊獣人とライオン獣人を護衛に付けて出立した。
万が一の事を考えて、お互いのゴーレムを交換しておく。そうすれば、レオンが助けにいけるし、こちらの状況をサラが知ることが出来るからだ。
二ヶ月、何事も無く過ごしたある日、サラから
「見付かった。巫女の家はやはり魔の森と似ているわ。遺跡から離れた小高い丘にあった。家は今も健在よ。状態保存が掛かっていたみたい」
サラはここに暫く滞在すると言ってきた。レオンは子ども達に王の棟を任せて、早速サラの処へ転移した。
レオンがいるのは森の魔女の家かと勘違いするほどそっくりな造の応接間だった。
「あら、もう来てくれたのレオン。実はここから離れた場所にも巫女が好みそうなところがあったの。建物の痕跡があったのだけれど、土台だけ残っていたの。若しかしたら、家ごと持っていったのかも。魔の森の家だったのかしら」
「そうかも知れないな。魔女の日記に書かれていたから。そことは限らないが、魔女は家ごと引っ越しする習慣でもあるんだろう」
レオンは地下に行って見た。やはり闇の収斂の魔道具はあった。サラが闇の収斂をしてくれたのだろう。二十個ほどの魔宝石がぶら下がっていた。
「ああ、レオンごめんなさい。この家の維持のために、闇の収斂をしてしまった。暫くはしないから」
小高い丘と言っても、周りは鬱蒼とした木々が生えていて、見渡すことが出来ない。多分結界が出来上がったのだろう、魔獣は近くにはいないようだ。
レオンは空歩で上空へ上がってみると、遠くに湾が見え、鬱蒼とした森が海岸線まで迫っていた。
「あそこが西の玄関だった港湾都市の遺跡か」
サラも隣に来て、レオンに掴まり、
「建物が全く見えないわね。本当に人が住めるようになるかしら」
闇の収斂はレオンとサラしか今のところは出来ない。子ども達のレベルが上がれば、若しかしたら出来る様になるかも知れないが。ここにずっと住むのは無理だ。
人間は一人では寂しくて堪らなくなるだろう。一年に一度この大陸を廻って歩いても良いが、レオン達が居なくなれば、元に戻ってしまうだろう。
獣人達が住むにはそれでも良いかもしれない。しかしこれから国を立て直そうと獣人達は思っているのだ。森で、獣のような生活はしなくなるだろう。
やはり、この大陸には巫女は必要なのだ。
セントラルベイと、ここに巫女がいれば、何とかなりそうなのだが……。
「巫女の子ども達が大きくなるまでは、私が頑張るしか無さそうね。他にもあるかも知れないわ。北の方にも」
「サラ! まさか、また探しに行くとでも言うのか? 頼むから暫くはじっとしていてくれ」
サラに護衛として付いてきた熊の獣人マサとライオン獣人のライアは、
「王様達は転移で帰られマスよね。出来れば、ここに私達を置いて行ってくれマセンカ?」
「何故? 一緒に帰る事は出来るんだぞ」
「ここを管理するものが必要なハズデス。私達一緒になることにしました。ここで暮らシマス」
彼等がそうしたいなら、任せても良いだろう。
「ではそうしよう。食糧は届けに来る」
「いえ、私達は元々森の民です。食べ物は何とか出来ますし、リック坊ちゃんのお陰で美味しい肉の作り方も覚えました。気にしないで下さい」
彼等のために塩は必要だろう。湾まで飛んでいったレオンは、錬金術で大量の塩を精製して持っていった。
「これは凄い。こんなにアレバ、肉を沢山加工できます。ここで魔獣を狩って出来上がった生ハムを。ここの獣人達に食べさせてアゲタイ」
「ああ、売るなり、分け与えるなり好きにすれば良い。ここに住みたい獣人が居れば、連れてきても良いぞ。サラ、もう少しここを広げておこう」
「分かったわ。闇の収斂ね」
サラはここで一週間闇の収斂をした。出来上がった魔宝石は五百個。ここも魔力が蓄積していたようだ。魔宝石の純度と大きさが、それを物語っていた。
魔宝石は、家の維持に必要な分だけ残して、サラが持ち帰ることにした。




