第五話:王都への誘いと、新しい厨房
エリアーナが俺の料理を食べてからというもの、彼女は毎日のように村へやってくるようになった。
最初は護衛の騎士を大勢引き連れていたが、日を追うごとにその数は減り、今では供も連れずに一人でふらりと現れる。そして、俺の作る日替わりの料理に舌鼓を打ち、満足げに帰っていくのだ。
「今日のスープも絶品だったわ。このハーブの使い方は、王宮の料理人でも思いつかないでしょうね」
「ヒビキのパンは、日に日に美味しくなっていくな!」
すっかり俺の料理のファンになったエリアーナとポポは、いつも俺の隣で、まるで食の評論家のように感想を述べ合う。その光景は、もはや村の日常となっていた。
そんなある日、エリアーナがいつになく真剣な顔で俺に切り出した。
「ヒビキ、あなたに本気でお願いがあるの」
「なんです、改まって」
「王都に来て、私専属の料理人になってくれないかしら?」
彼女の申し出は、予想の範囲内ではあった。しかし、俺は首を縦に振らなかった。
「お断りします」
「なっ……なぜ!? 私の給金では不満だとでも言うの!?」
「そういうわけじゃありません。俺は、あなた一人のために料理を作るつもりはない。俺の料理は、金持ちや貴族のためだけにあるんじゃない。この村の人たちのように、今まで美味しいものを知らなかった人たちにこそ、届けたいんです」
それが、俺の信念だった。前世では、一部の富裕層のためだけに料理を作っていた。だが、この世界に来て、村人たちの笑顔を見て、俺は料理の本当の喜びを知った。それは、誰かの日常を、ささやかに、しかし確実に幸せにすることだ。
俺の言葉に、エリアーナは一瞬虚を突かれたような顔をしたが、やがて深いため息をつくと、悪戯っぽく笑った。
「……そう。あなたがそういう男だってことは、分かっていたわ。なら、こうしましょう」
彼女は一枚の羊皮紙を取り出した。それは、王家の紋章が入った正式な書類だった。
「これは、王都の一角にある、今は使われていないレストランの権利書よ。これをあなたにあげる。そこで、好きなお店を開きなさい。身分も問わない。誰にでも、あなたの料理を振る舞える場所を用意するわ」
「……本気ですか?」
「もちろんよ。その代わり、条件が二つある」
エリアーナは、人差し指を立てる。
「一つ、私には毎日、特等席であなたの料理を食べさせること。二つ目、私が持ち込む厄介な客たちの胃袋を、あなたの料理で満足させること。どうかしら?」
それは、俺にとって望外の提案だった。村を離れるのは名残惜しいが、王都に行けば、もっと多くの食材、もっと多くの人々と出会える。俺の料理で、もっと多くの人を幸せにできるかもしれない。
「……分かりました。その話、お受けします」
数日後、俺は村人たちに別れを告げ、エリアーナの馬車に乗って王都へと旅立った。村人たちは涙ながらに俺を見送ってくれたが、誰も俺を引き止めはしなかった。俺の夢を、応援してくれていたからだ。
「ヒビキ、王都でも頑張れよ! 時々、パンを送ってくれよな!」
ポポも、もちろん一緒だ。
そして、王都に到着した俺を待っていたのは、エリアーナが用意してくれた、夢のような厨房だった。
レンガ造りの巨大なオーブン、磨き上げられた銅製の鍋やフライパン、そして、俺が見たこともないような多種多様なスパイス。そこは、料理人にとっての楽園だった。
「さあ、ヒビキ。ここがあなたの新しい城よ。この場所で、あなたの料理の伝説を、これから作っていくのよ」
エリアーナは、満足げにそう言った。
俺は、真新しい厨房に立ち、これから始まる新しい物語に胸を躍らせていた。隣ではポポが、巨大なオーブンを見上げてよだれを垂らしている。
こうして、俺の「異世界レストラン」の幕が、ついに上がったのだった。