表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/26

第五話:王都への誘いと、新しい厨房

 エリアーナが俺の料理を食べてからというもの、彼女は毎日のように村へやってくるようになった。


 最初は護衛の騎士を大勢引き連れていたが、日を追うごとにその数は減り、今では供も連れずに一人でふらりと現れる。そして、俺の作る日替わりの料理に舌鼓を打ち、満足げに帰っていくのだ。


「今日のスープも絶品だったわ。このハーブの使い方は、王宮の料理人でも思いつかないでしょうね」

「ヒビキのパンは、日に日に美味しくなっていくな!」


 すっかり俺の料理のファンになったエリアーナとポポは、いつも俺の隣で、まるで食の評論家のように感想を述べ合う。その光景は、もはや村の日常となっていた。


 そんなある日、エリアーナがいつになく真剣な顔で俺に切り出した。


「ヒビキ、あなたに本気でお願いがあるの」

「なんです、改まって」

「王都に来て、私専属の料理人になってくれないかしら?」


 彼女の申し出は、予想の範囲内ではあった。しかし、俺は首を縦に振らなかった。


「お断りします」

「なっ……なぜ!? 私の給金では不満だとでも言うの!?」

「そういうわけじゃありません。俺は、あなた一人のために料理を作るつもりはない。俺の料理は、金持ちや貴族のためだけにあるんじゃない。この村の人たちのように、今まで美味しいものを知らなかった人たちにこそ、届けたいんです」


 それが、俺の信念だった。前世では、一部の富裕層のためだけに料理を作っていた。だが、この世界に来て、村人たちの笑顔を見て、俺は料理の本当の喜びを知った。それは、誰かの日常を、ささやかに、しかし確実に幸せにすることだ。


 俺の言葉に、エリアーナは一瞬虚を突かれたような顔をしたが、やがて深いため息をつくと、悪戯っぽく笑った。


「……そう。あなたがそういう男だってことは、分かっていたわ。なら、こうしましょう」


 彼女は一枚の羊皮紙を取り出した。それは、王家の紋章が入った正式な書類だった。


「これは、王都の一角にある、今は使われていないレストランの権利書よ。これをあなたにあげる。そこで、好きなお店を開きなさい。身分も問わない。誰にでも、あなたの料理を振る舞える場所を用意するわ」

「……本気ですか?」

「もちろんよ。その代わり、条件が二つある」


 エリアーナは、人差し指を立てる。


「一つ、私には毎日、特等席であなたの料理を食べさせること。二つ目、私が持ち込む厄介な客たちの胃袋を、あなたの料理で満足させること。どうかしら?」


 それは、俺にとって望外の提案だった。村を離れるのは名残惜しいが、王都に行けば、もっと多くの食材、もっと多くの人々と出会える。俺の料理で、もっと多くの人を幸せにできるかもしれない。


「……分かりました。その話、お受けします」


 数日後、俺は村人たちに別れを告げ、エリアーナの馬車に乗って王都へと旅立った。村人たちは涙ながらに俺を見送ってくれたが、誰も俺を引き止めはしなかった。俺の夢を、応援してくれていたからだ。


「ヒビキ、王都でも頑張れよ! 時々、パンを送ってくれよな!」


 ポポも、もちろん一緒だ。


 そして、王都に到着した俺を待っていたのは、エリアーナが用意してくれた、夢のような厨房だった。


 レンガ造りの巨大なオーブン、磨き上げられた銅製の鍋やフライパン、そして、俺が見たこともないような多種多様なスパイス。そこは、料理人にとっての楽園だった。


「さあ、ヒビキ。ここがあなたの新しい城よ。この場所で、あなたの料理の伝説を、これから作っていくのよ」


 エリアーナは、満足げにそう言った。


 俺は、真新しい厨房に立ち、これから始まる新しい物語に胸を躍らせていた。隣ではポポが、巨大なオーブンを見上げてよだれを垂らしている。


 こうして、俺の「異世界レストラン」の幕が、ついに上がったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ