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第十九話:料理アカデミー、始動

 国王から、王都の大通りに面した一等地を賜ってから数日後。俺は、レオ、エリアーナ、そしてポポと共に、その建物の前に立っていた。


 そこは、かつて国の迎賓館として使われていたという、石造りの壮麗な建物だった。しかし、今は使われなくなり、所々に傷みが見える。この場所が、俺の、そしてこの国の食の未来を育む、新たな拠点になるのだ。


「でかい……」


 レオが、ぽかんと口を開けて呟く。その隣で、エリアーナが胸を張った。


「当然よ。国王陛下直々の事業ですもの。中途半端は許されないわ」


 その言葉に、俺は改めて、背負うことになった責任の重さを感じていた。これはもう、小さな食堂の延長線上にはない。国家の未来を左右する、一大プロジェクトだ。


 早速、俺は建物の改築計画に取り掛かった。俺の頭の中にあるのは、日本の調理師専門学校の記憶。生徒全員が実践的な技術を学べる、広大なオープンキッチン。製パン、製菓、食肉加工など、専門分野に特化した厨房。理論を学ぶための講義室。そして、生徒たちが実践経験を積むための、一般客向けのレストラン。


 しかし、その革新的な計画は、すぐさま見えない壁にぶつかった。


「どういうことだ! 腕利きの職人たちが、急に『予定が埋まった』だと!?」


 エリアーナが、苛立ちを隠せない様子で報告してくる。食戟で権威を失墜したとはいえ、旧食料ギルドの残党たちの影響力は、未だ根強い。彼らは、資材の値段を不当に吊り上げたり、職人たちに圧力をかけたりと、陰湿な妨害工作を仕掛けてきたのだ。


「このままでは、開校がいつになることか……」


 俺たちが頭を抱えていると、店の扉を豪快に開けて、一人の男が入ってきた。


「よう、ヒビキの小僧! なんだか困ってるみてえじゃねえか!」


 食戟以来、すっかり店の常連となった、ドワーフのギムレットだった。事情を話すと、彼は自慢の髭をピクリと震わせ、心底不愉快そうに言った。


「けっ、つまらねえ嫌がらせをしやがる。最高の飯の邪魔をする奴は、神だろうと許さねえ」


 彼は、持っていたエールを呷すと、ニヤリと笑った。


「安心しな。その厨房、俺たちドワーフが一族の誇りをかけて、作ってやる。そこいらの人間の職人なんぞ束になっても敵わねえ、世界最高の厨房をな!」


 その言葉通り、翌日から、ギムレットは屈強なドワーフの職人たちを大勢引き連れて、建設現場に現れた。石工、鍛冶師、大工。それぞれの分野における、最高峰のマスターたちだ。


 彼らの仕事は、まさに神業だった。寸分の狂いもなく石を組み上げ、俺の無茶な要求通りの、特注の竈やオーブンをいともたやすく鍛え上げる。旧ギルドの妨害など、まるで意に介さないかのように、アカデミーの建設は、驚異的な速さで進んでいった。


 レオも、目を輝かせながら、ドワーフたちの仕事を手伝っていた。資材を運び、道具の名前を覚え、時には休憩時間に、彼らと一緒になって食事をとる。その勤勉な姿は、気難しいドワーフたちの間でも、すっかり認められていた。


 夕暮れ時。俺は、骨組みがようやく見えてきた、巨大な厨房の中央に立っていた。響き渡るハンマーの音と、ドワーフたちの陽気な歌声が、心地よい。


 そこへ、最近ではすっかり建設現場への見学が日課になった、シエル王子が水の入ったカップを手に、やってきた。すっかり顔色も良くなり、背も少し伸びたように見える。彼は、ドワーフが鍛え上げたばかりの、巨大なレンガオーブンを見上げて言った。


「ヒビキ。このオーブンで、最初に焼くものは、もう決めているのか?」


 俺は、レオがギムレットと楽しそうに話している姿や、日に日に形になっていく俺の夢の城を見渡した。そして、王子に向かって微笑む。


「ああ。最初に焼くのは、でっかいパンだ。この場所を作ってくれた、みんなで一緒に分け合って食べられるくらい、大きな大きなパンを焼くんだ」


 信頼と、友情と、そして「美味しいもの」への共通の愛情。俺の料理アカデミーは、石や鉄だけでなく、そんな温かいもので、その土台が築かれていた。

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