表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/25

第一話:プロローグと味気ない食事

 意識が浮上する。


 柔らかな土の匂いと、頬を撫でるそよ風。最後に感じたのは、焦げたアスファルトの匂いと、けたたましいブレーキ音だったはずだ。


「……ここは」


 ゆっくりと目を開けると、視界いっぱいに広がるのは、見たこともない鬱蒼とした森だった。天を突くような巨木、地面を覆う色鮮やかな苔。まるでファンタジー映画のセットに迷い込んだかのようだ。


 俺の名前は、ヒビキ。二十八歳。世界的な料理コンクールへ向かう途中、信号無視のトラックにはねられ、呆気なくその人生を終えたはずだった。


「夢、か……?」


 だが、腕をつねると確かな痛みがある。服はボロボロだが、不思議と体はどこも痛くない。状況が全く飲み込めず混乱していると、茂みからガサガサと音がした。


 現れたのは、手のひらサイズの小さな……妖精? 背中に生えた蝶のような羽をパタパタとさせながら、俺の顔を覗き込んでくる。


「お前、誰だ? 初めて見る顔だな」


 妖精は、鈴を転がすような声でそう言った。


「喋った……」

「喋るに決まってるだろ。それより、お前こそ何者だ? こんな森の奥で倒れてるなんて」


 妖精はポポと名乗った。彼女(?)に言われるがままに森を抜けると、そこには石造りの簡素な家々が立ち並ぶ、小さな村が広がっていた。


「腹が減っただろう。村長の家で食事をご馳走になるといい」


 ポポに案内され、村長の家を訪ねた。事情を話すと、村長は気の毒そうな顔をしながらも、快く食事を分けてくれた。


「さあ、遠慮なく食べてくれ。エーテルを回復させないと」


 差し出されたのは、木製の器に入った、灰色のゼリー状の物体だった。微かに薬草のような匂いがする。これが、この世界の食事らしい。


「いただきます……」


 他に選択肢もなく、恐る恐るそれを口に運ぶ。


 ……味が、ない。


 いや、正確には、薬草をすり潰したような、不快な青臭さだけが口の中に広がる。食感はブヨブヨとしていて、喉を通る感覚が気持ち悪い。


「どうだ、美味いだろう?」


 村長は、満足げに微笑んでいる。俺は言葉を失った。これが、美味い?


 冗談だろう。


 周りを見渡せば、村人たちは皆、同じものを無表情で口に運んでいる。食事に喜びも、楽しみも感じていない。ただ、生きるために必要な「エーテル」とかいうエネルギーを補給するだけの、作業。


 俺は、前世で料理に全てを捧げてきた。食材の声を聞き、最高の調理法を探し、一皿に情熱を注いできた。客が「美味しい」と微笑んでくれる、その瞬間のために。


 この世界は、どうだ。


 食事はただの栄養補給。食文化は存在せず、人々は味気ないゼリーを啜るだけ。


 ふざけるな。ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!


 食は、もっと楽しくて、幸せなものであるはずだ。


「村長」


 俺は、決意を固めて顔を上げた。


「俺に、キッチンを貸してください。本物の『料理』を、ご馳走しますよ」


 その言葉に、村長も、隣でゼリーを頬張っていたポポも、きょとんとした顔で俺を見つめていた。


 これが、異世界エーテルディアにおける、食の革命の始まりだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ