9言め『火中の栗を拾う』
青い青い空の下で、喧しく銃声が鳴り響く。
黄色い髪の少女は、息を切らしながら逃げ惑う。
だが角を曲がったその先は、――ただの行き止まりだった。
「う、噓や。ここまで来たのに……!!」
「We Are Right」
顔半分が無い兵隊はニタリと笑いながら、
少女の後頭部にショットガンを突きつける。
「We Are Right」
また1つ、銃声が響き渡った。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「―――はッ!?!?」
時計の針は午前3時を指している。
掛詞笑子は震える手で胸部を押さえる。
どくん、どくん。心臓は冷淡に脈を打っていた。
笑子は安堵したように、漸く呼吸を整え始める。
「……また、この夢か。」
カーテンを開く。外はまだ暗い。
薄着のままベランダに出て、寝静まった町を眺める。
「………ふぅぅぅぅ」
春暁の冷たい風が火照った肉体を冷ましていく。
掛詞笑子は軽く舌打ちし、自室へ戻った。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「コン」「コン」「パキッ」「ジュワアアア」
フライパンの上に落とされたその卵は、
美味しそうな悲鳴を上げながら凝固していく。
その様子を虚ろに眺めながら、一文安美は思案する。
――昨日はあまり眠れなかった。
目を瞑ると、あの凄惨な光景が思い浮かぶからだ。
笑子さんはあの日、確かに笑っていた。
つらたんたんを惨たらしく屠った彼女曰く、
それは『復讐』を目的とした行為なのだとか。
『ウチはコイツらのせいで、何もかもを奪われた。』
その言葉通りに受け取るなら、
彼女が今抱いている『怒り』というのは、
私なんかが想像つかないほど大きなもののはずだ。
――彼女の言霊が事象を具現してしまうほどに。
きっと彼女にとって笑顔とは、彼女自身を守る『殻』だ。
本当の自分を見せたくないから、見られたくないから、
傷つけたくないから、傷つけられたくないから、
黄身のように脆い中身を、硬い殻で覆い隠す。
――かつての私がそうしたように。
じゃあ、図書室で垣間見た彼女の一面も嘘?
……いや、あの笑顔だけは他の笑顔とは違う気がする。
年相応の少女としての、純粋な笑いだったように思う。
私は彼女と出会ってまだ間もないし。
笑子さんについて何も理解できていない。
でも分かる。きっと彼女は苦しんでいる。なら――
「やめとけよ、ご主人様。」
不意に背後から声を掛けられ、
一文安美は驚くあまり、コンロの火を止めてしまう。
「び、びっくりしたなぁ、もう。なんだダミーか。」
「目の下のクマ。あんまり寝れてねェだろ。
朝の準備は俺が引き継いでやっといてやるから、
ご主人様は俺が起こすまでゆっくりと眠りな。」
「大丈夫だって。このくらい……」
安美がダミーに背を向けようとする。
「やっぱり、掛詞笑子が気がかりか。」
「……やっぱり分かっちゃう?」
「ああ。ったく。ご主人様はとんだお人好しだぜ。
どんな理由があってあの女にそこまで固執するんだよ。
アイツの復讐とご主人様は何の関係もねェだろうが。
わざわざとやかく首を突っ込むべきじゃねェよ。」
「そうだね。私は完全に部外者だと思う。
だけど私は、彼女が傷ついていく様を、
みすみす見てみぬふりはしたくないんだ。
だから私は 笑子さんの復讐を止めたい。」
「駄目だ。」
「判断が早い!!!」
ダミーは悩む素振りすら見せず即却下した。
「も、もっと考えてくれてもいいじゃん……。」
「いいや考えるまでもねェ。
ご主人様が今やろうとしていることは悪手だ。」
「そんな悪手だとか勝手に――」
「じゃあ仮に笑子を止めるとして、
ご主人様はどうするつもりなんだ?
『復讐は何も生まない』だとか、
『遺族はそんなの望んでいない』だとか、
『復讐は虚しいだけ』だとか、
そんな陳腐な言葉で止まるのはドラマの中だけ。
実際は相当覚悟ガンギマっちまってんのがほとんど。
だいたい笑子の人生なんだから、
どうしようと笑子の勝手じゃねェか。
俺たち部外者がとやかく言えることじゃァねェよ。」
「ま、待って――」
「紡久先輩も関わらない方が言いっつってたんだろ?
俺も賛成だ。関わったところでご主人様が傷つくだけ―」
「待ってってば!!!」
安美が怒鳴る。
「な、なんでそんなこと言うの……?
そんなに言わなくたっていいじゃん……。
ダミーも私のこと嫌いになっちゃったの?
だからそんなに私のことを否定するの……?」
やべ。地雷踏んじまったか。
ご主人様は自分を否定されるのが苦手なんだな。
涙……。相当のトラウマを溜め込んでるな。
ならアプローチの仕方を変えるか。刺激しないように…。
「すまねェご主人様。ちっと言い方がキツすぎたな。」
「いや……!! 違う!! 違うの。わ、私が………。
私が、全部悪いの。ごめんなさい。ごめんなさい。
怒らせてごめんなさい。間違えてごめんなさい。」
「落ち着けご主人様。俺は怒ってねェよ。
ほら、俺の顔を見てみろよ。怒ってねェだろ?」
安美はダミーの顔を見る。
「全然分かんないよぉ……!!」
「あっ そっか俺人形だから表情もクソもねェわ!!
すまねェご主人様。とりあえず深呼吸しろ深呼吸。」
ダミーは安美の背中を優しく擦る。
安美はゆっくりと落ち着きを取り戻していく。
「ごめん、ごめんね。やっと落ち着いてきた。」
「……ご主人様。俺が怖いか?」
「いやっ………。ごめん、違うんだ、これは。
私、他人に叱られるとおかしくなっちゃうの。
相手の姿が、母の姿と重なって見えちゃって……。」
安美の途切れ途切れの弱々しい声が、
早朝の静かなキッチンに響き渡る。
「……ご主人様。これだけは知ってくれ。
ご主人様の母親がどうだったかは分からねェが、
俺は、ご主人様の幸せを何よりも願ってる。」
「…………!」
安美が面を上げる。
「俺はただ、ご主人様に傷ついてほしくないだけなんだ。
もちろん俺はご主人様に忠誠を誓った身。
もしものことがありゃァ、命に代えても守るつもりだ。
でもご主人様が笑子を心配するように、
俺も、きっと紡久の姐御だって、ご主人様を心配してる。
だからご主人様がリスキーな選択をしてると思ったら、
心を鬼にして止めるんだ。止めちまうんだよ。
ご主人様にとっては苦痛かもしれねェけど、
俺のことを信じて、もう一度話を聞いてくれねェか?」
ダミーの強い訴えに、安美は答えた。
「分かった。ごめん、パニクっちゃって。
今度はちゃんと聞くから、聞かせてよ、ダミー。」
安美の強い眼差しを見て、ダミーは頷いた。
「今一度、深く考えてみてくれ。
ご主人様が笑子を助けたいことに変わりはないのか?」
安美はしばらくの間 目を閉じる。
「うん。私は、笑子さんを助けたい。
笑子さんは私と友達になりたいって言ってくれたんだ。
少し怖いところはあるけど、きっと優しい人なんだ。
そんな人が傷つく姿を、私は見たくない。」
安美の目には、確かに強い意志が込められていた。
「……じゃあ、考えてみてくれ。
今の笑子が復讐を失ったらどうなるのか。」
「……どういうこと?」
冷水に打たれたような感覚がした。
「アイツは、まあ詳しいことは知らんが、
つらたんたんに全部奪われたと言った。だよな?
なら その復讐を完遂するためだけに、
相当の努力を積んできて、今に至るわけだ。
……でも今ここで立ち止まれば、彼女は思うだろう。
『自分は何のためにあんなに頑張ってきたんだ』と。」
「そんなの………!!」
「受験で考えてみればいい。
もしご主人様が言葉高校に受かってなかったら。
確かにその努力自体は無駄にはならねェさ。
きっとこの先の人生でも大いに役に立つだろうよ。
だが肝心の目的が果たせてねェんじゃ元の木阿弥。
そのために費やした時間と犠牲は戻って来ねェ。
ただでさえ今の掛詞笑子のメンタルは限界寸前だ。
地面にぶち撒けたジグソーパズルみてーな心を、
復讐という接着剤でなんとか繋ぎ止めてる。
今の笑子から復讐を奪うことは、死刑宣告に近しい。」
「そ、そんな……。それじゃあどっちみち――」
「端っから、笑子が助かる道はねェ。
いかなる選択をしようとも、笑子は確実に傷つく。」
安美はダミーの話を反芻し、
自分には無かった新たな視点を静かに受け入れると同時に、
自分の考えの浅さが恥ずかしくなった。
「……別に関わること自体を止めろってんじゃねェんだぜ?
まあ紡久の姐御は反対するだろうが……。
要は『干渉もほどほどにしろ』っつってんだ。
『他人のために生きる』ということは、
『他人のために死ぬ』ってことじゃあねェ。
ご主人様が笑子を助けたいと思うのはいい。
話を聞いてあげたいと思うのも別にいいだろう。
だが ご主人様が復讐そのものに干渉しちゃあ駄目だ。
せめて、それだけは心にとどめておいて欲しいんだ。」
それを聞き、安美は黙りこくってしまった。
ダミーは不安そうに安美を眺めていたが、
彼女は大きく時間を置いて口を開き始める。
「あのね!私、思うんだけど、―――。」
安美の提案は、思いもよらないものだった。
「まさか、ご主人様の口から聞くとは思わなかった。」
たしかにその選択は、ダミーの頭にも浮かんだ。
だが即却下した。安美がやるとは思えなかったから。
「……ご主人様。どうしてもって言うんなら、
俺は無理に止めようとは思わねェよ。
でもその道は、――地獄に続く道だぞ?」
「うん、大丈夫。私はもう決めたの。
ダミーは、私が笑子さんの復讐に
余計な干渉をすることがダメだって思うんだよね?
だったら、これはセーフなはずだよね?」
「グレーゾーンだよバカヤロー……。
でもまあ、いいぜ。その案に乗ってやる。」
「ほんと!?」
「気はあまり進まねェが、ご主人様の頼みだ。
だが多分、いや十中八九紡久の姐御は反対するぞ。」
「あー……。」
安美は腕を組んで悩み始める。
「チッ 仕方ねェなァ、ウチのご主人様はァ!!
俺が姐御を引き留めておいてやるよ。
だからご主人様は全力で事に臨め!!」
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
――言葉高校 昇降口前にて。
「――つーわけで、紡久の姐御ォ。
こっから先は通行止めということでよろしく頼むぜ。」
「そういうことか!! クソッ!!」
私が教室に迎えに言った時、既に安美は居なかった。
もしやと思い、安美のクラスメイトを問いただすと、
『掛詞笑子と帰った』ことが発覚。
すぐにでも安美を追いかけようとしたが、
そこにはダミーが立ちはだかっていた。
「ダミー。君は到華姉に作られた戦闘人形。
本来の役割は『安美を危険から守ること』だ。
ならば、君は安美を止めるべきだったのではないか?」
「だが俺は、得る物の方が大きいと判断した。
たとえそれが安美の意思だとしても、姐御は止めるのか?」
「ああ。だからそこを退け、ダミー。」
「交渉決裂かァ……。『嫌だ』と言ったら?」
「押し通る!!!」
「やれるもんならやってみなァ!!」
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一方、安美は掛詞笑子と共に、
『カフェ・ケセラセラ』へ移動している真っ最中だった。
「まさか、昨日の今日でデートに誘われるとはなあ。
てっきり怖がられて疎遠になるもんやと思っとったわ。
でもええんか? 紡久先輩ほったらかしたまんまで。」
「良くないけど、これは私が選んだ選択だから。
…それに、今日は笑子さんと話したかったから。」
「『さん』付けせんでええ。好きに呼び。」
「分かった! じゃあ笑子ちゃんって呼ぶね!」
「……ちょいと こしょばいなあ。」
笑子は窃笑する。
「着いたで。ここが『カフェ・ケセラセラ』。
ウチのお気に入りの店や。ごっつええ見た目やろ?」
「お洒落ですね〜!」
「せやせや。どや、どうせならテラス席にしよか。」
「いいですね!」
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私はクリームソーダ、
笑子はミルフィーユとコーラを頼んだ。
互いにドリンクを一口含み、折を見て話し始める。
「そんで? ウチと何が話したいんや。」
「私は、もっと笑子ちゃんのことが知りたい。」
笑子の手が一瞬ぴたりと止まる。
「……紡久先輩に聞けぇ言われたんか?」
「ううん。誰かに言われたからってわけではないよ。
笑子ちゃんは私のこと色々知ってくれてるみたいだけど、
私は笑子ちゃんのこと、まだ何も分かってないから。」
笑子は「ふーん」と鼻を鳴らしながら、
ミルフィーユの1層目と2層目を切り離し始める。
「……まあ別にええけど、
ウチの身の上話なんて聞いたところで、
胸糞悪い気分になるだけや。聞くだけ損やぞ。」
「それでも私は、聞くことに意味があると思うんだ。
笑子ちゃんのことを知れるなら、どんな話でも聞くよ。」
不意に安美と目が合い、笑子は目を逸らす。
「はぁ………、やれやれ。ウチはどうやら、
厄介な娘な目ぇ付けてもうたらしいな。
しゃあない、話したる。ただし、他言無用やで。」
「うん。」
「――それは、なんてことのない日やった。」
笑子は意を決して語り始める。
「その日はちょうど日曜日でな。
友達の彩芽や三葉と遊ぶ約束しててん。
玄関で靴履こうしとる時に、お母さんが聞くんや。
『笑子ー。今日の晩ごはんは何がええ?』て。
ウチは特に何も考えず『唐揚げ』って答えたんやけど、
弟の広と妹の彩良が文句を言うんよな。
まったく……、ほんまにしゃあないチビ達やで。」
笑子は乾いた笑いをしながら、ストローでカラカラとグラスに入ったコーラを掻き混ぜる。
「結局ウチが妥協してハンバーグにしたんやけど、
そん時になって漸くお父さんが起きてきたんよね。
お母さんは『今何時や思っとんねん!』てキレたんやが、
お父さんは空気読まずに『一大事や』てボケて、
そのせいで余計に怒られとったわ……。アホやな。
ほんま、最期まで洒落好きなウザい父親やったわ。
………別に、嫌いやなかったんやけどな。」
笑子の口調は少し寂しげだった。
私はただ頷きながら話を聞いていた。
「あー、それでどないしたんやっけ。
あ、そうや。ウチは、家を出たんよ。それで……。
『いってきます』が、家族との最期の会話やったな。」
なんてことのない日常会話。
それが家族と交わす最期の会話になるなんて、
きっと彼女自身も想像だにしていなかっただろう。
「それから待ち合わせ場所に向かってる時、
おっきな地震が起きたんや。地面が仰山揺れて、
気がつけば周りは、兵隊でいっぱいになっとった。」
「……兵隊?」
急に現実味のない話へとシフトした。
うっかり話を聞き飛ばしてしまったかと思い、
安美は笑子から告げられた言葉を反芻した。
「歴史の教科書で見るようなやつや。
でも軍服はどの国のもんとも異なっとる。
どいつもこいつも身体のどこかしらが欠損してて、
人間の形こそすれど、明らかに人間ちゃうかった。
『We Are Right』って狂ったように唱えながら、
そいつらは住人を一人一人撃ち殺していったんや。」
「え…………」
掛詞笑子の言葉には、
骨の髄にまで沁み込んだ恨みがこもっていた。
「それが、ウチの家族を、皆を殺害した、
不倶戴天の仇・『戦争』のつらたんたんやった。」
「『戦争』の……つらたんたん?」
掛詞笑子はミルフィーユの2層目に手をつける。
「せや。多分『戦争』で間違いない。
まぁその兵隊はあくまで能力の一部やろけど。
結局ウチら街の住人は為す術なく蹂躙された。
無限に生えてくる武器持った兵隊相手に、
丸腰の一般人に何が出来るっちゅー話なんやが。」
「それでも、笑子ちゃんは頑張って生き残ったんだね。」
「……ウチは、な〜んもしとらんよ。
ウチはただ、あの場で死に損なってしもただけや。」
笑子の声色が途端に暗くなる。
「最初は何が何やら分からんかったけど、
自分の目の前で人が1人撃ち殺された時、
漸くそれが現実なんやって分かって、
銃声と悲鳴を背にして、文字通り死ぬ気で逃げ惑った。
行く先々でたくさんの人が撃たれるんを見た。
中には ウチを身を挺して庇ってくれた人もいた。
そんなこんなで逃げ延びた先っちゅーんが、
――ただの行き止まりやったんは最悪やった。」
笑子は眉間に皺を寄せる。
「普段 隅から隅まで見知っとったはずの街路も、
あんな絶体絶命の状況じゃ冷静に思い出せんかった。
ウチは頭の後ろんとこに銃突きつけられてもうて、
必死に抵抗したんやが、左肩撃ち抜かれてもうた。
『ウチはもう死ぬんや』って、絶望するしかなかった。」
「……それで、どうしたの?」
笑子は最後の一口を平らげる。
「『走馬灯』って知っとる?
死に際に頭の中を今までの記憶が駆け巡るんや。
今までの楽しかったこととか嬉しかったこととか、
色んなことが脳裏にふつふつと浮かんできて、
それをぶっ壊したアイツらに無性に腹が立ったんや。
そん時、良くも悪くもウチは能力に目覚めてもうた。」
笑子はコーラの入ったグラスをトントンと叩く。
「〝コーラを凍らす〟」
コーラは冷気を吐き出しながら、忽ち凍りつく。
対照的に笑子は魔法が解けたかのように苦い顔をする。
「ウチはお父さんが生前好んで使っていた『駄洒落』を、
つらたんたんを殺すために使えるようになった。
……ほんまは、こんな才能知りたくもなかった。
でも知った以上、見て見ぬふりはできひんねん。
この命は、復讐のために費やさなあかん。
ウチは生き残った。ウチだけが、死に損なった。
家族も、友達も、みんなみんな死んでもうたんに、
ウチだけが涼しい顔して幸せになれるわけないやろが。」
笑子は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「すまん。ヒートアップしすぎてもうた。
……で、粗方話し終わったけどどうするん?
まぁどうせ安美は、ウチの復讐を止める気やろけど。」
「止めないよ。」
「せやろ? だからもうこれ以上ウチと――。
……ちょ、ちょい待ち。安美、今何ちゅーた?」
「私は笑子ちゃんの復讐を止めない。」
「…………。」
笑子は開いた口が塞がらないといった様子だ。
「……普通は止めるやろ。」
「まあね。本当は笑子ちゃんのこと止めたいよ?
でも、それじゃ 笑子ちゃんの気持ちが晴れないでしょ。
だから私、今朝ダミーと話し合って決めたんだ。」
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「あのね! 私、思うんだけど、
私が笑子さんの心の居場所になればいいって!
だって自分を理解ってくれる人が1人いるだけで、
辛くてしんどい気持ちも大分マシになるもん。
私にとって紡久先輩やダミーがそうであるように、
私は、笑子さんの支えになってあげたい!!」
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「――だから私は笑子ちゃんの復讐を側で見届ける。」
「………なんでそこまで。」
「笑子ちゃんは、私の友達だから。」
「それはウチが強引に結びつけた関係やろが。
安美がそこまでウチに尽くす義理なんて無いやろ。
大体、安美はウチと出会ってからまだ――」
「それでも」
一文安美は掛詞笑子の手を握る。
「私は貴女と仲良くなりたい。
貴女は優しい人だ。人を思いやれる人だ。
話してて分かるもん。そんな人が悪い人なわけがない。
……まあ、復讐に関係ないつらたんたんを
必要以上に傷つけるのは、止めてほしいけどね。」
不器用に笑ってみせる安美を見て、笑子の目が潤む。
「ほんま敵わんわ……。アカンわ。
安美は余りにもお人好しすぎるねん。
そんな優しい言葉掛けられて、断れるわけ無いやろ。」
笑子の頬を一筋の雫が伝う。
嗚咽を漏らす笑子に、安美はすかさず手巾を差し出した。
「使って。予備だから使ってないし大丈夫だよ。」
「……すまん。おおきに。使わせてもらうで。
はぁぁぁ。なんか久しぶりに泣いた気がするわ。」
対話を通して心の距離が縮まった2人だったが、
何の前触れも無く 周囲一体がぐりゃりと歪む。
「えっ、えっ、何これ!? まさか――」
「……ったく。つらたんたんっちゅーんは、
どこまでいっても壊滅的に空気が読めへんみたいやな。」
急激な周囲の変化は紛れも無く、
私たちが観念世界に取り込まれたことを意味していた。
☆オマケ
このコーナーでは、作中で使われた諺の意味や『使われ方』について解説を行います。
①火中の栗を拾う
『自分の利益にならないのにもかかわらず、他人のために敢えて危険な状況に介入すること』を意味する諺。17世紀のフランスの詩人、ラ・フォンテーヌが、イソップ物語を基に作成した寓話『猿と猫』が由来とされている。また フランス人の画家であるビゴーは、日露戦争を風刺した絵画にて、『火中の栗』を描いている。
②元の木阿弥
『1度良くなったものが再び元のつまらない状態に戻ること』、あるいは『それまでの苦労が無駄になること』を表す諺。戦国武将・筒井順昭の影武者となった僧侶・木阿弥の故事に由来するとされるが、諸説あり。
③不倶戴天
『その相手がこの世に存在することすら許せないほどに強い憎悪や憤怒を抱くこと』を意味する四字熟語。儒教の経典『礼記』の「曲礼上」に由来。




