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ことわざ先輩の腹積もり。  作者: 阿寒湖まりも


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9/10

9言め『火中の栗を拾う』

青い青い空の下で、(やかま)しく銃声が鳴り響く。

黄色い髪の少女は、息を切らしながら逃げ(まど)う。

だが(かど)を曲がったその先は、――ただの行き止まりだった。


「う、噓や。ここまで来たのに……!!」

We(ウィー) Are(アー) Right(ライト)


顔半分が無い兵隊はニタリと笑いながら、

少女の後頭部にショットガンを突きつける。


We(ウィー) Are(アー) Right(ライト)


また1つ、銃声が響き渡った。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


「―――はッ!?!?」


時計の針は午前3時を指している。

掛詞(かけことば)笑子(しょうこ)は震える手で胸部を押さえる。


どくん、どくん。心臓は冷淡に脈を打っていた。


笑子(しょうこ)安堵(あんど)したように、(ようや)く呼吸を整え始める。


「……また、この夢か。」


カーテンを開く。外はまだ暗い。

薄着のままベランダに出て、寝静まった町を眺める。


「………ふぅぅぅぅ」


春暁(しゅんぎょう)の冷たい風が火照(ほて)った肉体を()ましていく。

掛詞(かけことば)笑子(しょうこ)は軽く舌打ちし、自室へ戻った。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


「コン」「コン」「パキッ」「ジュワアアア」


フライパンの上に落とされたその卵は、

美味しそうな悲鳴を上げながら凝固していく。

その様子を(うつ)ろに眺めながら、一文(ひとふみ)安美(あみ)は思案する。


――昨日はあまり眠れなかった。

目を(つぶ)ると、あの凄惨(せいさん)な光景が思い浮かぶからだ。


笑子(しょうこ)さんはあの日、確かに笑っていた。

つらたんたんを(むご)たらしく(ほふ)った彼女(いわ)く、

それは『復讐(ふくしゅう)』を目的とした行為なのだとか。


『ウチはコイツらのせいで、何もかもを奪われた。』


その言葉通りに受け取るなら、

彼女が今(いだ)いている『怒り』というのは、

私なんかが想像つかないほど大きなもののはずだ。

――彼女の言霊(ことだま)が事象を具現してしまうほどに。


きっと彼女にとって笑顔とは、彼女自身を守る『(から)』だ。

本当の自分を見せたくないから、見られたくないから、

傷つけたくないから、傷つけられたくないから、

黄身のように(もろ)い中身を、硬い(から)で覆い隠す。

――かつての私がそうしたように。


じゃあ、図書室で垣間(かいま)()た彼女の一面も嘘?

……いや、あの笑顔だけは他の笑顔とは違う気がする。

年相応の少女としての、純粋な笑いだったように思う。


私は彼女と出会ってまだ()もないし。

笑子(しょうこ)さんについて何も理解できていない。

でも分かる。きっと彼女は苦しんでいる。なら――


「やめとけよ、ご主人様。」


不意に背後から声を掛けられ、

一文(ひとふみ)安美(あみ)は驚くあまり、コンロの火を()めてしまう。


「び、びっくりしたなぁ、もう。なんだダミーか。」

「目の下のクマ。あんまり寝れてねェだろ。

 朝の準備は俺が引き継いでやっといてやるから、

 ご主人様は俺が起こすまでゆっくりと眠りな。」

「大丈夫だって。このくらい……」


安美(あみ)がダミーに背を向けようとする。


「やっぱり、掛詞(かけことば)笑子(しょうこ)が気がかりか。」

「……やっぱり分かっちゃう?」

「ああ。ったく。ご主人様はとんだお人好しだぜ。

 どんな理由があってあの女にそこまで固執(こしつ)するんだよ。

 アイツの復讐(ふくしゅう)とご主人様は何の関係もねェだろうが。

 わざわざとやかく首を突っ込むべきじゃねェよ。」

「そうだね。私は完全に部外者だと思う。

 だけど私は、彼女が傷ついていく(さま)を、

 みすみす見てみぬふりはしたくないんだ。

 だから私は 笑子(しょうこ)さんの復讐(ふくしゅう)()めたい。」

「駄目だ。」

「判断が早い!!!」


ダミーは悩む素振(そぶ)りすら見せず即却下した。


「も、もっと考えてくれてもいいじゃん……。」

「いいや考えるまでもねェ。

 ご主人様が今やろうとしていることは悪手(あくしゅ)だ。」

「そんな悪手(あくしゅ)だとか勝手に――」

「じゃあ仮に笑子(しょうこ)()めるとして、

 ご主人様はどうするつもりなんだ?

 『復讐(ふくしゅう)は何も生まない』だとか、

 『遺族(いぞく)はそんなの望んでいない』だとか、

 『復讐(ふくしゅう)(むな)しいだけ』だとか、

 そんな陳腐(ちんぷ)な言葉で()まるのはドラマの中だけ。

 実際は相当覚悟ガンギマっちまってんのがほとんど。

 だいたい笑子(しょうこ)の人生なんだから、

 どうしようと笑子(しょうこ)の勝手じゃねェか。

 俺たち部外者がとやかく言えることじゃァねェよ。」

「ま、待って――」

紡久(つむぐ)先輩も関わらない方が言いっつってたんだろ?

 俺も賛成だ。関わったところでご主人様が傷つくだけ―」

「待ってってば!!!」


安美(あみ)怒鳴(どな)る。


「な、なんでそんなこと言うの……?

 そんなに言わなくたっていいじゃん……。

 ダミー()私のこと嫌いになっちゃったの?

 だからそんなに私のことを否定するの……?」


やべ。地雷踏んじまったか。

ご主人様は自分を否定されるのが苦手なんだな。

涙……。相当のトラウマを溜め込んでるな。

ならアプローチの仕方を変えるか。刺激しないように…。


「すまねェご主人様。ちっと言い方がキツすぎたな。」

「いや……!! 違う!! 違うの。わ、私が………。

 私が、全部悪いの。ごめんなさい。ごめんなさい。

 怒らせてごめんなさい。間違えてごめんなさい。」

「落ち着けご主人様。俺は怒ってねェよ。

 ほら、俺の顔を見てみろよ。怒ってねェだろ?」


安美(あみ)はダミーの顔を見る。


「全然分かんないよぉ……!!」

「あっ そっか俺人形(にんぎょう)だから表情もクソもねェわ!!

 すまねェご主人様。とりあえず深呼吸しろ深呼吸。」


ダミーは安美(あみ)の背中を優しく(さす)る。

安美(あみ)はゆっくりと落ち着きを取り戻していく。


「ごめん、ごめんね。やっと落ち着いてきた。」

「……ご主人様。俺が怖いか?」

「いやっ………。ごめん、違うんだ、これは。

 私、他人(ひと)(しか)られるとおかしくなっちゃうの。

 相手の姿が、母の姿と重なって見えちゃって……。」


安美(あみ)の途切れ途切れの弱々しい声が、

早朝の静かなキッチンに響き渡る。


「……ご主人様。これだけは知ってくれ。

 ご主人様の母親がどうだったかは分からねェが、

 俺は、ご主人様の幸せを何よりも願ってる。」

「…………!」


安美(あみ)(おもて)を上げる。


「俺はただ、ご主人様に傷ついてほしくないだけなんだ。

 もちろん俺はご主人様に忠誠を誓った身。

 もしものことがありゃァ、命に代えても守るつもりだ。

 でもご主人様が笑子(しょうこ)を心配するように、

 俺も、きっと紡久(つむぐ)姐御(あねご)だって、ご主人様を心配してる。

 だからご主人様がリスキーな選択をしてると思ったら、

 心を鬼にして()めるんだ。()めちまうんだよ。

 ご主人様にとっては苦痛かもしれねェけど、

 俺のことを信じて、もう一度話を聞いてくれねェか?」


ダミーの強い(うった)えに、安美(あみ)は答えた。


「分かった。ごめん、パニクっちゃって。

 今度はちゃんと聞くから、聞かせてよ、ダミー。」


安美(あみ)の強い(まな)()しを見て、ダミーは(うなず)いた。


「今一度、深く考えてみてくれ。

 ご主人様が笑子(しょうこ)を助けたいことに変わりはないのか?」


安美(あみ)はしばらくの間 目を閉じる。


「うん。私は、笑子(しょうこ)さんを助けたい。

 笑子(しょうこ)さんは私と友達になりたいって言ってくれたんだ。

 少し怖いところはあるけど、きっと優しい人なんだ。

 そんな人が傷つく姿を、私は見たくない。」


安美(あみ)の目には、確かに強い意志が込められていた。


「……じゃあ、考えてみてくれ。

 今の笑子(しょうこ)復讐(ふくしゅう)を失ったらどうなるのか。」

「……どういうこと?」


冷水(ひやみず)に打たれたような感覚がした。


「アイツは、まあ詳しいことは知らんが、

 つらたんたんに全部奪われたと言った。だよな?

 なら その復讐(ふくしゅう)を完遂するためだけに、

 相当の努力を積んできて、今に至るわけだ。

 ……でも今ここで立ち止まれば、彼女は思うだろう。

 『自分は何のためにあんなに頑張ってきたんだ』と。」

「そんなの………!!」

「受験で考えてみればいい。

 もしご主人様が言葉(ことのは)高校に受かってなかったら。

 確かにその努力自体は無駄にはならねェさ。

 きっとこの先の人生でも大いに役に立つだろうよ。

 だが肝心(かんじん)の目的が果たせてねェんじゃ(もと)木阿弥(もくあみ)

 そのために(つい)やした時間と犠牲は戻って()ねェ。

 ただでさえ今の掛詞(かけことば)笑子(しょうこ)のメンタルは限界寸前だ。

 地面にぶち()けたジグソーパズルみてーな心を、

 復讐(ふくしゅう)という接着剤でなんとか(つな)()めてる。

 今の笑子(しょうこ)から復讐(ふくしゅう)を奪うことは、死刑宣告に近しい。」

「そ、そんな……。それじゃあどっちみち――」

(はな)っから、笑子(しょうこ)が助かる道はねェ。

 いかなる選択をしようとも、笑子(しょうこ)は確実に傷つく。」


安美(あみ)はダミーの話を反芻(はんすう)し、

自分には無かった新たな視点を静かに受け入れると同時に、

自分の考えの浅さが恥ずかしくなった。


「……別に関わること自体を()めろってんじゃねェんだぜ?

 まあ紡久(つむぐ)姐御(あねご)は反対するだろうが……。

 要は『干渉もほどほどにしろ』っつってんだ。

 『他人のために生きる』ということは、

 『他人のために死ぬ』ってことじゃあねェ。

 ご主人様が笑子(しょうこ)を助けたいと思うのはいい。

 話を聞いてあげたいと思うのも別にいいだろう。

 だが ご主人様が復讐(ふくしゅう)そのものに干渉しちゃあ駄目だ。

 せめて、それだけは心にとどめておいて欲しいんだ。」


それを聞き、安美(あみ)は黙りこくってしまった。

ダミーは不安そうに安美(あみ)を眺めていたが、

彼女は大きく時間を置いて口を開き始める。


「あのね!私、思うんだけど、―――。」


安美(あみ)の提案は、思いもよらないものだった。


「まさか、ご主人様の口から聞くとは思わなかった。」


たしかに()()()()は、ダミーの頭にも浮かんだ。

だが即却下した。安美(あみ)がやるとは思えなかったから。


「……ご主人様。どうしてもって言うんなら、

 俺は無理に()めようとは思わねェよ。

 でも()()()は、――地獄に続く道だぞ?」

「うん、大丈夫。私はもう決めたの。

 ダミーは、私が笑子(しょうこ)さんの復讐(ふくしゅう)

 余計な干渉をすることがダメだって思うんだよね?

 だったら、()()はセーフなはずだよね?」

「グレーゾーンだよバカヤロー……。

 でもまあ、いいぜ。その案に乗ってやる。」

「ほんと!?」

「気はあまり進まねェが、ご主人様の頼みだ。

 だが多分、いや十中八九紡久(つむぐ)姐御(あねご)は反対するぞ。」

「あー……。」


安美(あみ)は腕を組んで悩み始める。


「チッ 仕方ねェなァ、ウチのご主人様はァ!!

 俺が姐御(あねご)を引き留めておいてやるよ。

 だからご主人様は全力で(こと)(のぞ)め!!」


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


――言葉(ことのは)高校 昇降口前にて。


「――つーわけで、紡久(つむぐ)姐御(あねご)ォ。

 こっから先は通行()めということでよろしく頼むぜ。」

「そういうことか!! クソッ!!」


私が教室に迎えに言った時、既に安美(あみ)は居なかった。

もしやと思い、安美(あみ)のクラスメイトを問いただすと、

掛詞(かけことば)笑子(しょうこ)と帰った』ことが発覚。

すぐにでも安美(あみ)を追いかけようとしたが、

そこにはダミーが立ちはだかっていた。


「ダミー。君は到華(とうか)(ねえ)に作られた戦闘人形。

 本来の役割は『安美(あみ)を危険から守ること』だ。

 ならば、君は安美(あみ)()めるべきだったのではないか?」

「だが俺は、得る物の方が大きいと判断した。

 たとえ()()安美(あみ)の意思だとしても、姐御(あねご)は止めるのか?」

「ああ。だからそこを退()け、ダミー。」

「交渉決裂かァ……。『嫌だ』と言ったら?」

「押し通る!!!」

「やれるもんならやってみなァ!!」


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


一方、安美(あみ)掛詞(かけことば)笑子(しょうこ)と共に、

『カフェ・ケセラセラ』へ移動している真っ最中だった。


「まさか、昨日の今日でデートに誘われるとはなあ。

 てっきり怖がられて疎遠(そえん)になるもんやと(おも)っとったわ。

 でもええんか? 紡久(つむぐ)先輩ほったらかしたまんまで。」

「良くないけど、これは私が選んだ選択だから。

 …それに、今日は笑子(しょうこ)さんと話したかったから。」

「『さん』()けせんでええ。好きに呼び。」

「分かった! じゃあ笑子(しょうこ)ちゃんって呼ぶね!」

「……ちょいと こしょばいなあ。」


笑子(しょうこ)窃笑(せっしょう)する。


「着いたで。ここが『カフェ・ケセラセラ』。

 ウチのお気に入りの店や。ごっつええ見た目やろ?」

「お洒落(しゃれ)ですね〜!」

「せやせや。どや、どうせならテラス席にしよか。」

「いいですね!」


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


私はクリームソーダ、

笑子(しょうこ)はミルフィーユとコーラを頼んだ。

互いにドリンクを一口含み、折を見て話し始める。


「そんで? ウチと何が話したいんや。」

「私は、もっと笑子(しょうこ)ちゃんのことが知りたい。」


笑子(しょうこ)の手が一瞬ぴたりと止まる。


「……紡久(つむぐ)先輩に聞けぇ言われたんか?」

「ううん。誰かに言われたからってわけではないよ。

 笑子(しょうこ)ちゃんは私のこと色々知ってくれてるみたいだけど、

 私は笑子(しょうこ)ちゃんのこと、まだ何も分かってないから。」


笑子(しょうこ)は「ふーん」と鼻を鳴らしながら、

ミルフィーユの1層目と2層目を切り離し始める。


「……まあ別にええけど、

 ウチの身の上話なんて聞いたところで、

 胸糞悪い気分になるだけや。聞くだけ損やぞ。」

「それでも私は、聞くことに意味があると思うんだ。

 笑子(しょうこ)ちゃんのことを知れるなら、どんな話でも聞くよ。」


不意に安美(あみ)と目が合い、笑子(しょうこ)は目を()らす。


「はぁ………、やれやれ。ウチはどうやら、

 厄介(やっかい)()な目ぇ付けてもうたらしいな。

 しゃあない、話したる。ただし、他言(たごん)無用(むよう)やで。」

「うん。」

「――それは、なんてことのない日やった。」


笑子(しょうこ)()を決して語り始める。


「その日はちょうど日曜日でな。

 友達の彩芽(あやめ)三葉(みつば)と遊ぶ約束しててん。

 玄関で靴()こうしとる時に、お母さんが聞くんや。

 『笑子(しょうこ)ー。今日の晩ごはんは何がええ?』て。

 ウチは特に何も考えず『唐揚げ』って答えたんやけど、

 弟の(ひろ)と妹の彩良(さら)が文句を言うんよな。

 まったく……、ほんまにしゃあないチビ達やで。」


笑子(しょうこ)は乾いた笑いをしながら、ストローでカラカラとグラスに入ったコーラを()き混ぜる。


「結局ウチが妥協してハンバーグにしたんやけど、

 そん時になって(ようや)くお父さんが起きてきたんよね。

 お母さんは『今何時(なんじ)や思っとんねん!』てキレたんやが、

 お父さんは空気読まずに『一大事(いちだいじ)や』てボケて、

 そのせいで余計に怒られとったわ……。アホやな。

 ほんま、最期まで洒落(しゃれ)()きなウザい父親やったわ。

 ………別に、嫌いやなかったんやけどな。」


笑子(しょうこ)の口調は少し寂しげだった。

私はただ(うなず)きながら話を聞いていた。


「あー、それでどないしたんやっけ。

 あ、そうや。ウチは、家を出たんよ。それで……。

 『いってきます』が、家族との最期の会話やったな。」


なんてことのない日常会話。

それが家族と交わす最期の会話になるなんて、

きっと彼女自身も想像だにしていなかっただろう。


「それから待ち合わせ場所に向かってる時、

 おっきな地震が起きたんや。地面が仰山(ぎょうさん)揺れて、

 気がつけば周りは、兵隊でいっぱいになっとった。」

「……兵隊?」


急に現実味のない話へとシフトした。

うっかり話を聞き飛ばしてしまったかと思い、

安美(あみ)笑子(しょうこ)から告げられた言葉を反芻(はんすう)した。


「歴史の教科書で見るようなやつや。

 でも軍服はどの国のもんとも(こと)なっとる。

 どいつもこいつも身体のどこかしらが欠損してて、

 人間の形こそすれど、明らかに人間ちゃうかった。

 『We(ウィー) Are(アー) Right(ライト)』って狂ったように唱えながら、

 そいつらは住人を一人一人撃ち殺していったんや。」

「え…………」


掛詞(かけことば)笑子(しょうこ)の言葉には、

骨の(ずい)にまで()み込んだ(うら)みがこもっていた。


「それが、ウチの家族を、皆を殺害した、

 不倶(ふぐ)戴天(たいてん)(かたき)・『戦争』のつらたんたんやった。」

「『戦争』の……つらたんたん?」


掛詞(かけことば)笑子(しょうこ)はミルフィーユの2層目に手をつける。


「せや。多分『戦争』で間違いない。

 まぁその兵隊はあくまで能力の一部やろけど。

 結局ウチら街の住人は()(すべ)なく蹂躙(じゅうりん)された。

 無限に生えてくる武器持った兵隊相手に、

 丸腰(まるごし)の一般人に何が出来るっちゅー話なんやが。」

「それでも、笑子(しょうこ)ちゃんは頑張って生き残ったんだね。」

「……ウチは、な〜んもしとらんよ。

 ウチはただ、あの場で死に損なってしもただけや。」


笑子(しょうこ)の声色が途端に暗くなる。


「最初は何が何やら分からんかったけど、

 自分の目の前で人が1人撃ち殺された時、

 (ようや)くそれが現実なんやって分かって、

 銃声と悲鳴を背にして、文字通り死ぬ気で逃げ(まど)った。

 行く先々でたくさんの人が撃たれるんを見た。

 中には ウチを身を(てい)して(かば)ってくれた人もいた。

 そんなこんなで逃げ延びた先っちゅーんが、

 ――ただの行き止まりやったんは最悪やった。」


笑子(しょうこ)眉間(みけん)(しわ)を寄せる。


「普段 (すみ)から(すみ)まで見知っとったはずの街路も、

 あんな絶体絶命の状況じゃ冷静に思い出せんかった。

 ウチは頭の後ろんとこに銃突きつけられてもうて、

 必死に抵抗したんやが、左肩撃ち抜かれてもうた。

 『ウチはもう死ぬんや』って、絶望するしかなかった。」

「……それで、どうしたの?」


笑子(しょうこ)は最後の一口を平らげる。


「『走馬灯』って知っとる?

 死に際に頭の中を今までの記憶が駆け巡るんや。

 今までの楽しかったこととか嬉しかったこととか、

 色んなことが脳裏にふつふつと浮かんできて、

 それをぶっ壊したアイツらに無性に腹が立ったんや。

 そん時、良くも悪くもウチは能力に目覚めてもうた。」


笑子(しょうこ)はコーラの入ったグラスをトントンと叩く。


「〝コーラを(こお)らす〟」


コーラは冷気を吐き出しながら、(たちま)(こお)りつく。

対照的に笑子(しょうこ)は魔法が()けたかのように苦い顔をする。


「ウチはお父さんが生前好んで使っていた『駄洒落(だじゃれ)』を、

 つらたんたんを殺すために使えるようになった。

 ……ほんまは、こんな才能知りたくもなかった。

 でも知った以上、見て見ぬふりはできひんねん。

 この命は、復讐(ふくしゅう)のために(つい)やさなあかん。

 ウチは生き残った。ウチだけが、死に損なった。

 家族も、友達も、みんなみんな死んでもうたんに、

 ウチだけが(すず)しい顔して幸せになれるわけないやろが。」


笑子(しょうこ)は苦虫を()(つぶ)したような顔をする。


「すまん。ヒートアップしすぎてもうた。

 ……で、粗方(あらかた)話し終わったけどどうするん?

 まぁどうせ安美(あみ)は、ウチの復讐(ふくしゅう)()める気やろけど。」

()めないよ。」

「せやろ? だからもうこれ以上ウチと――。

 ……ちょ、ちょい待ち。安美(あみ)、今(なん)ちゅーた?」

「私は笑子(しょうこ)ちゃんの復讐(ふくしゅう)()めない。」

「…………。」


笑子(しょうこ)()いた口が(ふさ)がらないといった様子だ。


「……普通は()めるやろ。」

「まあね。本当は笑子(しょうこ)ちゃんのこと()めたいよ?

 でも、それじゃ 笑子(しょうこ)ちゃんの気持ちが晴れないでしょ。

 だから私、今朝(けさ)ダミーと話し合って決めたんだ。」


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


「あのね! 私、思うんだけど、

 私が笑子(しょうこ)さんの心の居場所になればいいって!

 だって自分を理解(わか)ってくれる人が1人いるだけで、

 (つら)くてしんどい気持ちも大分マシになるもん。

 私にとって紡久(つむぐ)先輩やダミーがそうであるように、

 私は、笑子(しょうこ)さんの支えになってあげたい!!」


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


「――だから私は笑子(しょうこ)ちゃんの復讐(ふくしゅう)(そば)で見届ける。」

「………なんでそこまで。」

笑子(しょうこ)ちゃんは、私の友達だから。」

「それはウチが強引に結びつけた関係やろが。

 安美(あみ)がそこまでウチに尽くす義理なんて無いやろ。

 大体、安美(あみ)はウチと出会ってからまだ――」

「それでも」


一文(ひとふみ)安美(あみ)掛詞(かけことば)笑子(しょうこ)の手を(にぎ)る。


「私は貴女(あなた)と仲良くなりたい。

 貴女(あなた)は優しい人だ。人を思いやれる人だ。

 話してて分かるもん。そんな人が悪い人なわけがない。

 ……まあ、復讐(ふくしゅう)に関係ないつらたんたんを

 必要以上に傷つけるのは、()めてほしいけどね。」


不器用に笑ってみせる安美(あみ)を見て、笑子(しょうこ)の目が(うる)む。


「ほんま(かな)わんわ……。アカンわ。

 安美(あみ)は余りにもお人好しすぎるねん。

 そんな優しい言葉掛けられて、断れるわけ無いやろ。」


笑子(しょうこ)(ほほ)を一筋の(しずく)(つた)う。

嗚咽(おえつ)()らす笑子(しょうこ)に、安美(あみ)はすかさず手巾(しゅきん)を差し出した。


「使って。予備だから使ってないし大丈夫だよ。」

「……すまん。おおきに。使わせてもらうで。

 はぁぁぁ。なんか久しぶりに泣いた気がするわ。」


対話を通して心の距離が縮まった2人だったが、

何の(まえ)()れも無く 周囲一体がぐりゃりと(ゆが)む。


「えっ、えっ、何これ!? まさか――」

「……ったく。つらたんたんっちゅーんは、

 どこまでいっても壊滅的に空気が読めへんみたいやな。」


急激な周囲の変化は(まぎ)れも無く、

私たちが観念世界に取り込まれたことを意味していた。

☆オマケ

このコーナーでは、作中で使われた(ことわざ)の意味や『使われ方』について解説を行います。


①火中の栗を拾う

『自分の利益にならないのにもかかわらず、他人のために敢えて危険な状況に介入すること』を意味する(ことわざ)。17世紀のフランスの詩人、ラ・フォンテーヌが、イソップ物語を基に作成した寓話『猿と猫』が由来とされている。また フランス人の画家であるビゴーは、日露戦争を風刺した絵画にて、『火中の栗』を描いている。


(もと)木阿弥(もくあみ)

『1度良くなったものが再び元のつまらない状態に戻ること』、あるいは『それまでの苦労が無駄になること』を表す(ことわざ)。戦国武将・筒井(つつい)順昭(じゅんしょう)の影武者となった僧侶・木阿弥(もくあみ)の故事に由来するとされるが、諸説あり。


不倶(ふぐ)戴天(たいてん)

『その相手がこの世に存在することすら許せないほどに強い憎悪や憤怒を抱くこと』を意味する四字熟語。儒教の経典『礼記』の「曲礼上」に由来。

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