8言め『笑う門には福来たる』
カバンに取り付けられた白いクラゲのキーホルダーを、
一文安美はたいそう嬉しそうに眺めている。
「嬉しそうだねぇ〜、安美っち!!」
「わぁっ!? 求ちゃん!!」
「あ、驚かせちゃった? ごめんごめん。」
聞耳求が軽く頭を下げる。
「別に謝らなくていいよ、大丈夫だから。」
「そう? ならいいんだけど……。
――それで? 週末のデートはどうだった?」
「!」
安美の耳が真っ赤に染まる。
「……ゆうべはお楽しみでしたね。」
「ち、違うから!! そういうんじゃないから!!」
「はいはーい、分かってるって。……あ、そうだ。
ねぇねぇ安美っち!! ビッグニュースがあるんだよ!!」
「ビッグニュース……?」
求は生き生きとした様子で語る。
「なんと! 隣のクラスに転校生が入ったんだって!!
しかも!! 聞いたところによると大阪出身なんだって!!」
「へぇ〜。すごいねぇ。」
この中途半端な時期に転校生?
都合によってはそういうこともあるのかな?
「今1-B教室の前は転校生を一目見ようと、
千客万来の大賑わいになってるって聞いたよー!
安美っち、もし良ければ あとで一緒に見に行かない?」
「いやー、私はいいかな。」
「どうして? 本物のスーパーナニワ人に会えるんだよ?」
「うーん……。まあお友達になりたいとは思うけど、
そんな無闇矢鱈に押しかけられても困るだろうし……」
「ほー、えっらい奇遇やなあ〜。
ちょうどウチも友達になりたい思っとってん。」
二人の会話に突如入り込む、知らない人の声。
振り向くとそこには、黄色い髪の少女が立っていた。
「あれ!? どうしてこんなところに噂の転校生が!?」
「え!? この人が転校生!?」
「初めまして。ウチは掛詞笑子。
好きなモンはたこ焼きと世話焼き、
苦手なモンはホラーパニックの映画や。
まあお互い仲良くやろうや。よろしゅうな〜。」
掛詞笑子は右手を前に突き出す。
「は、はい……!
私は一文安美です。よろしくお願いします……。」
安美は若干狼狽えながらも、
差し出されたその小麦色の手をそっと取る。
それとほぼ同じタイミングで 始業のベルが鳴り始める。
「アカン、もう時間やないか!
話せて楽しかったで! ほな、またな〜!」
「う、うん。また……。」
笑子は大きく手を振りながら去っていった。
「すごいじゃん安美っちー!
噂の転校生と早速お近づきになれるなんて!」
「う、うん……。」
なんでだろう……。あんまり嬉しくないな。
友達が増えるのは別に悪いことじゃないはずなのに。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
密々話するヤツ。ペン回しするヤツ。
ボールペン分解するヤツ。マジメに授業受けるヤツ。
いろんな人間の『音』が複雑に入り混じる。
3年B組の教室は今 懐かしい雑音に包まれとる。
この町は まるでウチがあの日の夢を見ているかのように、
思わず呆れてまうほどに平和ボケしとった。
「あの………」
「ん?」
隣の席のクラスメイトがウチに話しかけてきよる。
「転校初日で大変で大変ですよね……?
もし良ければ、私のノート写しませんか?」
「……ああ。おおきに!」
……でもウチは知っとるんや。
この日常がどれだけピンキーな綱渡りで、
どれだけ危険な薄氷の上に成り立っとるんかを。
ほんまに、浅ましいわ。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「(もう昼休みか……。)」
高校生の1日はあっという間で、
もう半分が終わり、ランチタイムになってしまった。
今日も求ちゃんのとこにお世話になろうかと思い、
お弁当箱を持ち出すたところ、教室の扉が開いた。
「すみません。一文安美さんはいらっしゃいますか?」
「紡久先輩!どうかしたんですか?」
「ああ……えっとね、もし良ければなのだけど、
今から一緒に 屋上でお昼ご飯を食べないかい?」
「わ、分かりました! 今行きます!」
教室を後にする安美の姿を見て、
聞耳求は退屈そうに呟く。
「じゃあ今日は いつメンで食うとしますかー。」
「って、誰がいつメンやねーん!!」
「翠。貴女のツッコミは見苦しいことこの上ないわ。
そのバカ丸出しな大阪人ごっこはさっさと止めなさい。」
「ひ、ひどいよ琴歌ちゃんっ…!!
ねぇもとピもなんとか言ってやってよ!!」
「お二人さん……真っ昼間からお盛んなこって。」
忽滑谷翠と惚見田琴歌。
『喧嘩するほど仲が良い』でお馴染みの二人であり、
私がよく一緒に食事を取る、大変癖の強い友人たちだ。
「ねぇねぇ もとピ。安美ちゃんってさぁー、
明らかに言業先輩と仲良くなってるよねー?」
「まあ日を追うごとに親しくはなってるね。
なんか知らない間に呼び方まで変わってるし。」
「あー羨ましいよー! 私も色恋したいよー!
顔と性格の良い恋人とイチャラブしたいー!!!」
「翠。貴女に色恋なんて百年早いわ。
そんな暇があるなら少しは勉学に精を出しなさい。」
「な、なんで琴歌ちゃんはいつも私に厳しいのー!?」
「それは翠、貴女が人として未熟だからよ。
この間だって私が家まで起こしに行かなきゃ、
貴女は危うく遅刻者の烙印を押されていたのよ。
私に文句を言う時間があるなら自分磨きに使いなさい。」
「うぇーん、もとピ!! 傷ついた私を慰めて〜!!!」
求は翠の頭を優しく撫でてやる。
琴歌は少し眉を顰めたが、すぐに切り替える。
「……まあ彼女を羨ましがる気持ちは少し分かるわ。
一文さん、いつも授業を真面目に聞いているし、
優しいし、その上あの言業会長に目を付けられているし。
あれほど『模範的』が似合う人はそうそう居ないわ。」
……クラスでの安美っちの評価は そう悪くない。
やろうと思えば皆ともっと仲良くなれると思うけど、
あの子自身、人に関わることを本心では望みつつも、
人に関わることを極端に怖がっている節がある気がする。
そのくせクラスの人達も
『あの言業会長のお気に入り』だからって消極的だし、
ここは1つ私が働きかけてみるか……?
いや、それは余計なお世話だよねぇ……。うーん……。
「……もとピ、悩み事?」
「悩みがあるなら私たちが聞くわよ?」
「――あぁ、ごめんごめん。なんでもない。」
いけないいけない。自分の世界に旅立ってしまってた。
今は2人の話に集中しないと――。
「たのもォーーー!!!」
「何者だ!! こちとら恋バナしてんだよ!!
……って、噂の転校生・掛詞笑子!? どうしてここに!?」
「お、今朝安美と一緒におった求さんやないの。
丁度ええ、ちっとだけ聞きたいことがあるねんけど。」
掛詞笑子は聞耳求に問いかける。
「何が聞きたいの?」
「安美がどこにおるか知らへん?
昼飯に誘お思て来たんやけど見当たらんくて……」
「ああ!! それはねー、モゴモゴ――」
口を挟もうとする翠の口を押さえ、聞耳求は答える。
「そりゃあ残念だったね。もうここには居ないよ。
先客が貴女よりも先に連れて行っちゃったから。」
「……そっかー。そら残念やわ。」
一拍置いて答える笑子と求の目が合う。
まるで互いに牽制し合うかのように白白しく、
一見和やかなようで鋭い空気がそこにあった。
「ほんなら、求さんたちと一緒に食ってもええやろか?
色々聞かせて欲しいんや、この学校についてのこと。
もちろん、お邪魔にならんのやったらの話やけど。」
「「どうぞどうぞ!」」
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一方屋上では、安美と紡久が食事を共にしていた。
「……お邪魔だったかな?」
「いえ。丁度先輩に話したいことがあったので。」
「ほう、そうなのかい。それはどんな?」
紡久は安美に問いかける。
「隣のクラスの転入生のことなのですが……」
「ああ、掛詞笑子さんだね。彼女がどうかしたのかい?」
「知ってるんですか?」
「こっちの方でも噂になってるんだ。
何を隠そう、彼女はあろうことか、
転入試験を満点で合格しているからね。」
「うっそぉ!?!?」
一文安美は驚きのあまり奇声を上げた。
「私も聞いたときは思わず自分の耳を疑ったよ。
本来 成績優秀な者をこの高校に加えられることは、
生徒会長としてこの上なく嬉しいことなのだが……。
――安美も、彼女から何かを感じ取ったんだろう?」
「! ということは先輩も!?」
紡久は首を縦に振る。
「君が不思議に思ったのも当然だ。
彼女の言霊は 並のことだマスターと同等らしい。
しかし 最愛に詳しく調べさせてみたところ、
彼女はことだマスターとして登録されていなかった。」
「それはつまり……どういうこと?」
「偶然、後天的に強い言霊を発現した、
完全にノーマーク状態の能力者だったってことさ。
安美なら分かるだろう? 『言えば実現する』。
そんな力を一般人が手にしてしまったらどうなるか。」
「―――ッ!」
掛詞笑子との握手で感じた、あの不気味さ。
それはあの笑顔の下に隠された彼女の本質を、
偶然にも覗いてしまったからなのかもしれない。
「ちなみに、後天的な強い言霊の発現って、
『言葉贄』以外であり得るものなんですか?」
「あり得なくはないよ。ふむ。……そうだね。
安美は私の父の話を覚えているかな?
『言霊の強い人間ほど、感情的だ』という話を。」
「はい、覚えています。」
「実は人間は誰しもが微弱な言霊を持っていてね。
とはいっても事象の具現に至るほど強くはなく、
精精言葉の影響力を少し高めてくれる程度なのだが、
言霊と感情には正の相関関係があると考えられていて、
人間の抱く感情が激しくなればなるほど、
その言霊は一時的に強く、濃く、精錬されるらしい。」
「……なるほど?」
「だから、ある強い感情をずっと抱き続けている場合、
自身の強い言霊をキープし続けられるんだ。
あ、ちなみに私たち言業の一族は全員 先天性だよ。」
「……つまり、あの掛詞笑子さんは、
そんなに強い言霊を生み出すほどの強い感情を、
ずっとずっと抱き続けているということですか?」
「……まあ、あくまで仮の話だけどね。」
「でもそれって……ものすごく大変なことなんじゃ。」
安美は心配そうに尋ねる。
「……安美は鋭いね。その通りだよ。
感情というのは本来 そう長くは保てないはずのもの。
それが長く続いてしまうなんてことがあれば、
精神に歪みが生じてしまうのは免れない。」
「そんな……!!」
「それに加え……、もし仮にそれが、
『怒り』や『憎しみ』といった負の感情である場合、
より攻撃的になり、最悪 死人を出す恐れさえある。」
「え……」
安美は思わず箸を止める。
「昨今 『死ね』『消えろ』などという言葉が軽んじられて、
いとも容易く口にされてしまうことが、
社会問題の1つとして挙げられることがあるのだが、
もしそれら1つ1つが具現したらどうなるか。
……あまり、想像したいものではないだろう?」
「はい………」
もし自分が不意に出した言葉が本当になったら、
きっと、取り返しのつかないことになる。
「……まあ、普通は私にとっての『諺』のように、
具現化の対象を絞ることで制御するんだが、
たまに『言うだけ』『思うだけ』『念じるだけ』で
発動するままにしっぱなしの人間も一定数居る。
だからそうした人間が野放しにならないように、
もし笑子さんのような人間を見つけたら、
到華姉の“子どもたち”を利用して監視しているんだ。」
「なるほど。」
「………心配かい? 彼女のことが。」
「はい。少し……、気がかりです。」
もし彼女が今、抑えがたい何かを抱えて生きているのなら、
苦しんでいるのなら、何とかしてあげたい。
きっとそれは、母親の言いなりだった頃の私に、
よく似ている状態なような気がするから。
「……安美は本当に優しいね。
だが君はまず自分のことを大切にするべきだ。
君は『言葉贄』になったことで、
ただでさえ精神に多大なストレスが掛かっている。」
「でも私は 目の前に困っている人がいたら、
迷わずに手を差し伸べてあげられる人間でいたいです。
それに彼女は、笑子さんは、
私に『友達になりたい』って言ってくれたんです。
彼女の考えていることはまだ分からないけれど、
もしあの子が本当に困っていると言うのなら、
私は助けてあげたいと思います。ダメ、ですか?」
安美が上目遣いで紡久に問う。
紡久はしばしフリーズし、すぐに意識を取り戻す。
「だ、駄目だ!駄目なものは駄目だ!」
「そんなぁ……」
「はい!この話はこれでおしまい!」
「………ちぇっ。」
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午後の授業も終わり、帰りのHRの時間がやって来た。
「はーい注目。配布物が1枚あるから、後ろに回せー。」
担任の先生がプリントを先頭の人に渡し、
順番に後ろへと回していく。
「はい、福降さん。」
「………。」
後ろの席の福降舞さんは無言のまま、
プリントをまるでひったくるように取っていった。
私、このクラスで本当に上手くやっていけるのかなぁ…。
「全員に行き渡ったな? まあ読めば分かるが、
近頃 不審者の目撃情報が学校に寄せられている。
くれぐれも不審者を見かけたら通報して速やかに逃げ、
絶対に刺激しないことだ。特に夜羽!!! お前だ!!」
「なぜ我だけ名指しで!?」
「お前だけ登校初日にピコピコハンマーなんて
持ってくるからだ!! 学校長が苦笑いしてたぞ!!
いいか、不審者に会ったら絶対に逃げるんだぞ。
間違っても戦おうとするんじゃない。分かったな???」
「ワカッタ」
夜羽杢四郎の間の抜けた返事に担任はため息を吐く。
「求。あんたの幼馴染大変だねー」
「あー、あー、もう知らん!!」
求ちゃんが後ろの席の人にイジられている。
なんだかんだ教室は和気藹々とした空気に包まれている。
……きっと、この場にいる人たちは みんな、
『つらたんたん』を見たことも聞いたことも無いだろう。
おかしいな。
先輩も心配してたし、私は少し疲れているのかもしれない。
少しだけ、疎外感を感じる。
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帰りHRが終わり、
私はせかせかと図書室へ向かう準備をする。
カバンを肩に掛け、教室を出て3歩目。
「よ!奇遇やなあ!」
「あれ、笑子さん!?」
予想外なことに、掛詞笑子に出くわした。
笑子はカラッとした笑顔で話を続ける。
「ここで会うたのも何かの縁や。
どや、もし良かったらウチと一緒に帰らへんか?」
「ごめん。行きたい気持ちは山々なんだけど、
今日は図書委員の仕事があるの! また今度ね!」
「……そかー、それは残念やわー。」
私は図書室へ向けて歩き出す。
笑子も図書室へ向けて歩き出す。
「………あの笑子さん???」
「なんや?」
「私は図書委員の仕事があるのですが……?」
「奇遇やなぁ! ウチも図書室に用があるんや!」
……? 今、帰ろうとしてなかったっけ?
もしかしなくても 私、笑子さんに狙われてる?
「まあまあ、そんな警戒せんといて〜や。
ウチは安美と仲良くなりたいだけやねん。」
「だったらこんなアクセル踏まなくても、
徐々に段階を踏んで仲良くなれば――」
「『鉄は熱いうちに打て』言うやろ?
ウチは一度決めたら迷わず突っ走る決めとんのや。
考えてから動き出したんじゃ ちと遅すぎるさかい。」
かれこれ話している間に、図書室に着いてしまった。
「い、言っとくけど、ここ私語厳禁だからね!」
「わざわざ言われんでも 見りゃ分かるっちゅーに。
ウチは安美の仕事が終わるまで待つだけや。
それまではまあ、読書でもしとるから気にせんといて。」
なんか調子が狂うなあ………。
悪い子ではないんだけど、掴みどころがないというか。
私はどうやら、理由が好意的にしろ利己的にしろ、
あまりグイグイと来られるのは好きではないらしい。
さて 今の掛詞笑子は私の言いつけを守り、
静かに『ダジャレ大全』なる本に読み耽っている。
「大丈夫か、ご主人様ァ。」
「ああ、うん。大丈夫だよ、ありがとう。
……でもごめんね。今日は外に出せなさそう。」
ヒソヒソと声を殺して話しかけるダミーに、
安美は申し訳なさそうに答える。
「構わねェさ。それよりご主人様ァ、気をつけな。
あの掛詞笑子とかいう女、相当の業を背負ってやがる。
あんなに怒っている人間は見たことがねェ。」
「怒ってる……?」
あんなに笑顔なのに? ……いや、待てよ。
そういえば今日私、あの子の笑顔しか見てないな。
ただの偶然だと思うけど、少し引っかかるような……。
「……もう、そんなにジロジロ見てどうしたねん。」
「あ、いや、…ごめんなさい。」
「ええで〜? ちゃ〜んと分かっとるさかい。
安美もウチのナイスボディーに悩殺された口やろ。
そんなに見たければもっと近くで見てもええよ?」
「ち、違わい!!」
「冗談やて、冗談! 安美はピュアやなぁ。」
笑子は私をからかうようにニヤニヤと笑う。
「……ねぇ、笑子さん。その本面白い?」
「おもろいでー? 作者さんの技量に感心させられるわ。
これ余裕で芥川賞取れるんとちゃう? 知らんけど。」
「て、テキトーだなぁ……。」
「別にええやろ? ウチがどない思っとっても。
それともこの図書室は本だけやなくて、
他人の内的な感情まで収集しとるんか?」
「そ、そういうわけじゃあ……」
「ほんなら、この話はこれにて終いや。
お互い、プライベートは大事にせなアカンよ。
必要以上に踏み込んだら、その責任は負えんしな。」
笑子の言葉は妙に軽く、薄っぺらい。
まるで反射的に発音しているだけのような、
そんな妙な違和感を、安美は感じ取った。
私はつい最近、ものすごく怒った経験がある。
言業勝陽が紡久先輩を悪く言った時だ。
あの時は考えるよりも先に手が出てしまって、
危うく死ぬところだったが、あの時は本当に、
赦せなくて、腑に落ちなくて、身体が熱かった。
もしも今、笑子さんが私と似た怒りを抱えているのなら、
それはとっても苦しいはずなんだ。
「――ごめん。私は、貴女のことが知りたい。
貴女のプライベートに踏み込んでみたい。」
ごめんなさい、紡久先輩。
やっぱり、私は見て見ぬふりはできません!
「……ウチのハートに土足で踏み込む気か?」
「いや。私は貴女から招待状を受け取るまで待ちます。
待って待って招待されたなら、靴を脱いで揃えて、
スリッパに履き替えてお邪魔します。手土産も添えて。」
笑子はその時、始めて安美に笑顔以外の表情を見せた。
それは『驚き』。束の間に訪れた素面の彼女の姿であった。
「――ぷっ! あっはははは!!
なかなかユーモアのある返しをしよるやんけ!!
ええで、気に入った。招待状書いてやるで。
もう後悔しても遅からな。それでもええんか?」
「の、望むところです!」
笑子は本を閉じて机に置き、
まっすぐ安美の元へと向かって歩いていく。
「先週、安美と紡久先輩が、
この場所で『問い』のつらたんたんと戦うとこ、
実はこっそりと拝見させてもろてたんや。」
「えっ! そうなんですか!?」
「ああ。実にええもん見せてもろたわ。
……そこのカバンに隠れてるお人形さんも、
ごっつえらい活躍なさってましたやんな。」
「(この女ァ!! 俺の存在もお見通しってワケかよ!!)」
ダミーは掛詞笑子の底知れなさに心底驚愕した。
「見物料として、飴ちゃんやるで。
遠慮はいらん。イチゴ味とレモン味どっちがええ?」
「いいんですか? じゃあレモンで。」
「ほい。」
安美は笑子から飴を1つ受け取る。
『業務用のど飴 さっぱりレモン味』と書かれている。
「ほんじゃ、今日はこのくらいにしといたるわ〜。」
「えっ!? 帰っちゃうの!?」
「なんや。ついさっきまで『帰れ』と言わんばかりに
ウチのこと煙たがっとったくせに〜。」
「いや、でも――」
「安心せい。安美が嫌いになった訳やない。
ちょっと急用ができただけや。続きはまた今度。」
「あっ、ちょっと待って!」
安美は掛詞笑子を追いかけ図書室を飛び出すが、
笑子は もう既に居なくなってしまっていた。
「か、帰るの速いな……」
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「ま……まままままままー…」
言葉高校 グラウンドから観念世界に侵入すると、
起き上がりこぼしのような見た目のつらたんたんが、
奇妙な鳴き声を上げながらゆらゆら揺れている。
「――ほんま、ムカつくなあ。
せっかく安美と仲良くお話してたんに、
どうしてウチの邪魔ばっかしよるんかなぁ〜?」
「だー!だー!」
つらたんたんが耳を劈く勢いで叫ぶと、
地形がぐにゃりと大きく変化し、広大な迷路が姿を現す。
「なるほど。つまりお前は『迷子』のつらたんたんか。
おもろい能力使うなあ。小賢しくてムカつくわあ。
…お前は、アイツの居場所を知っとるんかなあ?」
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「大変だ安美!!」
ダミーとマンガを読みっこしている安美の元へ、
大慌ての様子の言業紡久が現れる。
「どうしたの紡久先輩!」
「つらたんたんが出た! 学校のグラウンドに!
このままじゃ一般生徒が観念世界に迷い込む!!
しかも到華姉からの情報によると、
掛詞笑子がつらたんたんに接触してしまって、
そこで通信が途絶えてしまったらしい!!」
「そりゃ大変だ!! 分かった、行こう!!」
安美は即決し、二人で走り出した。
図書室のドアには、張り紙がされている。
『一身上の都合により、しばらくの間留守にします。
ごめんね! 図書委員 一文安美』
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
私は勝陽さんとの対話で、
つらたんたんを暴力で倒すことを甘んじて受け入れた。
だがそれは、それしか方法が見つからないからであり、
必要最低限で倒すよう、後で紡久先輩にもお願いした。
だが、これは―――。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
「泣き叫んでばっかでな〜んも分からん。
もうええ。お前は用済みや。さっさと死ね。」
「ま゜ッ――」
掛詞笑子は、
金属バットを力強くつらたんたんの頭部へ振り下ろす。
噴き出した血は赤く、噎せ返るような鉄の臭いがした。
「……到華姉。今後の掛詞笑子の動向には、
特に気を配ってください。これは……あまりにも。」
「うっ………」
安美はそのグロテスクな光景と刺激臭に、
思わずお昼に食べたものをすべて吐き戻してしまう。
紡久は安美の背中を優しく擦る。
「あれ、安美。それに紡久先輩まで。
なんやなんや、ウチを助けに来てくれたんか?
いやー、嬉しすぎて思わず涙が出てまうわ〜!」
笑子は薄っぺらい言葉を言い連ねる。
まるで、自分のやっている行いが何でもないかのように。
「どうして」
「ん?」
安美は震える声で問いかける。
「どうして……こんなことをするの?
こ、こんな、必要以上に痛めつけて、残酷な――」
「―――そっか」
掛詞笑子は笑う。だがその目は笑っていない。
黒い黒い心の闇が瞳に宿り、一切の光を通していないのだ。
「安美は優しい娘やなあ。
こんな化け物どもに同情してあげられるんか。
ならそんな安美にいいこと教えたげるわ。」
笑子は安美に近づく。
紡久が強い警戒を示したため、笑子は横を通り過ぎ、
振り向きざまに語気を強めて言い放った。
「つらたんたんは、同情の余地もないカスや。
ウチはコイツらのせいで、何もかもを奪われた。
あの日からずっと、ウチの心は空っぽのまんまや。
だからウチは戦う。たとえ死んでも食らいついたる。
忘れんといて。ウチは掛詞笑子。
復讐のために生き、復讐のために死ぬ女や。」
☆オマケ
このコーナーでは、作中で使われた諺の意味や『使われ方』について解説を行います。
①笑う門には福来たる
今回のサブタイ。『笑いの絶えない家庭には自然と幸福が訪れること』を意味する諺。
②喧嘩するほど仲が良い
『互いに遠慮なく本音を言い合える間柄』を意味する諺。『好き』の反対は『無関心』と言われるように、そもそも関心がなければ他者に干渉はしないだろう。互いに見切りをつけて疎遠になるだけだ。知らんけど。
③鉄は熱いうちに打て
『熱意がある内に、またはチャンスがある内に素早く実行に移した方が良い』という諺。実はイギリスにも、『Strike while the iron is hot.』という全くの同義語がある。不思議〜。




