6言め『自問自答』
「ほら、もう出てきていいよ。」
カバンを開くと、うさぎさんの人形がひょこっと顔を出す。
「っぷはァー、息苦しかったぜェ。
…んだここは? 本が沢山あるじゃねェか。」
「そりゃあ図書室だからね。」
あれから2日。あんなことがあったばかりなのに、
私・一文安美は学校に繁く足を運ばねばなりません。
悲しいかな、それが学生の性分なのです。
「ここにマンガは無いのかい?」
“ダミー様”と名乗るお人形さんは、
私の気も知らないで、そう呑気に問いかけます。
「歴史系や生物系のマンガだったらあるよー。」
「本当かッ!? それはどこだ!!」
「ダミーの真横にあるでしょ。」
「この棚か!! でかした!! 一緒に読もうぜご主人様ァ!!」
「図書室なんだから静かにしてよ…。
……あと、私は一緒には読めないからね。」
「何でだ。」
「図書委員の仕事があるから。」
「ちぇー」
結局 あの後コイツのことは何1つ分からなかった。
何故生まれたのか、何故話せるのか、何を考えているのか。
何もかもが分からないまま今に至っている。
到華さんもお手上げの完全なるイレギュラー。
それが、このダミーなのであった。
「もぉぉーーー……。」
「牛にでもなったのか?」
カウンターテーブルに倒れ込む私に、
ダミーは辛辣な言葉を投げかける。
「誰のせいでこんなに悩んでると思ってんの?」
「俺のせいとでも言いたげだなと思ってる。」
「そりゃ人のせいにもしたくなるよ。
入学する前はこんなことになるなんて、
夢にも思っていなかったんだからさぁ…。」
「まあまあ、やっと一段落ついたんだし。
それに、俺は今もちゃあんと紡久と繋いで、
ご主人様のデカすぎる言霊を媒してる。
これで万事解決ってやつじゃあねェのか?」
「それはそうなんだけどねー…」
寝ても醒めても、頭にずっとあの三文字がある。
『言葉贄』。つらたんたんに捧げられる存在。
世界を救い得る唯一の存在と言えば聞こえは良いけど、
その本質は生贄なのだから、憂鬱極まりない。
私は今日まで、いや、入学式のあの日まで、
「自分はいつか死ぬ」だなんて意識したことがなかった。
朝早起きしてお弁当作って、授業を受けて、
友達と談笑して、そして甘酸っぱい恋をする。
明日も明後日もそんな日常が続くと信じてた。
いざ自分が死ぬかもしれないと突きつけられると、
どうしても考えてしまう。自分のいなくなった世界を。
あの母親は何を思うだろうか。
「自業自得」とかなんとか言うだろうか。
それとも案外私の死を悼んでくれるだろうか。
クラスメイトの皆はどうだろう。
悲しむ?それともあまり何も感じない?
じゃあ言業先輩は?
あの人は、――まだ何を考えているのか分からない。
先輩は私を「優しい」と言ってくれた。
でも人に優しくするのなんて誰にでもできることだ。
私は、言業先輩にあそこまで慕われるほど、
自分に価値があるなんて到底思えない。
ましてこんな私が世界を犠牲にしてまで生きる価値なんて―
「すみませーん、この本借りたいんですけどー」
「あー、はい、すみません、すぐやります」
いかんいかん。図書委員としての責務を果たさなければ。
ええっとなになに…『ジャーナリズムの変遷』?
随分とユニークな本をお持ちになったな。
「まったく。ぼぉ〜っとしすぎだよ?…なんてね♪」
「……ん、あれ、求ちゃん!!」
「やっと気づいたか。…どう? 学校は慣れた?」
「ああ、うん、まあ……ぼちぼち」
「ぼちぼちかぁー」
聞耳求ちゃん。出席番号8番。
『仲違い』のつらたんたんに遭遇するちょっと前、
教室で私を助けてくれた優しい子だ。
あの時もらった名刺は今も神棚に飾ってある。
「求ちゃんはどうなの? 学校。」
「うーん…なんか平和すぎてつまんないかなー。
まあ不謹慎な考えだとは分かってるんだけど、
やっぱり新聞部期待の新星として、
きちんと有益な情報をお届けしたいなー、と。」
「そっかー」
平和、か。まあ普通はそうなんだよな。
なんか私の周りだけ妙にバグってるだけで。
「そうそう、言業先輩とはどうなの?」
「……どうって、どういう?」
「なんか進展した? ちゅーとか。」
「ん゛ゲッホゲッホゲホゲホ!!!
違うよ、私と先輩はそういう仲じゃないから!!」
「でも前よりは距離感が近くなったっていうか、
前話した時よりも態度がマイルドになってない?
土日の間になにかあったんじゃないの?」
安美の脳裏を過ぎる、言業先輩との濃厚な数日間の記憶。
命がけで助けてくれて、自分を守ると言ってくれた人。
その関係を否定するなど、できるはずがなかった。
「……ウソ。あ、あー……。えっと、ごめん。」
何かを察した聞耳求は必死に話を逸らそうとする。
そこで、カウンターに置かれた人形を見つける。
「ん? えー!?♡ 何このウサギちゃん! カワイイ〜♡」
「!!!」
求がダミーに目をつけてしまった!!!
「え、これ安美っちの私物? いい趣味してるね。
マンガ読ませてるんだー。カワイイところあんじゃん。」
「え、えへへ…。」
ま、まずい。非常にまずい!!
これがただの人形などではなく、
歌って踊れるダミー様だなんて知られたりしたら、
即スクープまったなし! また私が1段階孤立してしまう!
もう気が気じゃない!! 時間よ早く過ぎ去ってくれ!!
「なんか、安美っち汗かきすぎじゃない?
まるで『私はハラハラしています』って感じの焦り様…」
「ギクゥッ!!」
「………ピピーン!! 分かっちゃった!!
人形の持ち込みは校則違反だから落ち着かないのか!!
チクられるのが怖いんだね。大丈夫だって安美っち〜。
私は友達を売るような安い女じゃないから〜。」
「いや、そういうわけじゃ……ん? トモダチ?」
求ちゃんの口から、信じがたい言葉が飛び出す。
「え?うん。友達。私と、安美っちが。」
「―――っ」
「え!? え!!? どうして泣いてるの!? 大丈夫!?」
「トモダチ…!! トモダチ…!!」
「え、わ、私たち友達だよね!? 勘違いじゃないよね!?
そ、そんなに泣くほど嫌だった!? なんかごめん!!」
「ち、違うの、これは、嬉しくてっ。
私、なんかクラスで浮いてて、友達が、
ずっと、居ないと思っててぇっ…グスン」
「あーもう涙で顔がぐちゃぐちゃになってるよ…
ほら、ポケットティッシュあげるから涙拭いて。
あと深呼吸。ほら、大きく吸って吐くの。」
求ちゃんが私の背中を優しく擦る。
その手の温かさを肌に感じながら、私は情けなく泣いた。
「―泣きやんだ?」
「うん、もう大丈夫。」
「そんなに気にしてたなら言ってよ〜。
VINEでも電話でもしてくれて良かったのに。」
「いや…求ちゃんが忙しかったら迷惑かなって…」
「いや人間は千里眼もってるわけじゃないんだから、
相手の事情なんて分かったもんじゃないんだし、
そんなことお構いなしに連絡してもいいんだよ。
細かいことは受け取る側が決めるんだからさ。
すぐに返ってきたら『ありがとう』って伝えて、
そうじゃなかったら『忙しいんだな』と割り切る。
相手に遠慮ばかりしてたらいつか押し潰れちゃうよ。」
「うん……ありがとう…」
やれやれ…といった顔をする聞耳求だったが、
その時何者かがタイミング悪く図書室に入ってくる。
「うわっ求が女の子泣かしてる!?」
「違うよ!?」
その男子は安美を一瞥すると態度を変える。
「…オホン。我が名はシュニッツェル=アミラーゼ!
女神フェルゼから世界の命運を任されし堕天の―」
「コイツは私の幼馴染の夜羽杢四郎。
まあ同じクラスだから分かるよね。37番の。
ご覧の通り重度の中二病……いや高二病です。
女子見るとカッコつけたがる悲しきモンスターだよ。」
「中二病などではない!! そしてその名はもう捨てた!!」
「勝手に捨てんなバカ!! お母さんが泣くよ!!」
「くっ…!! ママの名を出すなどなんて卑劣な…!!」
「はいはい卑劣卑劣。話の邪魔だから用ないなら帰ってー」
「用はあるッ!!!」
「ならそれを先に言えよッ!!!」
そのコントみたいなやり取りを見て、
私は心底羨ましいと思ってしまった。
幼馴染かぁ。恋愛漫画ではベタベタにベターだよなぁ。
私にも美人の幼馴染がいたらなぁ……。
…いや待て。今の流れで何故言業先輩が脳裏に浮かぶ。
普通は白馬の王子様とかありきたりなイケメンだろ。
私は普通の恋がしたいんだ。こんなの違う。ナシナシ。
「部長が今すぐに求を呼んでこいと。
なんでも『すんごいニュース』があるんだとか。」
「『すんごいニュース』? なぁに、それ?」
「なんでも先週の金曜日、『そらとぶサメ』が
この学校の付近で目撃されたらしいんだよ。
我はあまり信じてはいないのだがな……。」
そらとぶ……サメ……? あ。
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「ダイッキライダァァァァァ!!!」
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『仲違い』かぁ〜……。
「そんなB級映画みたいなことがあったの!?
うわ〜!! 見逃した〜!! 一生の不覚だぁ〜!!
だってそんなの絶対面白いやつじゃん!!
ね! 安美っちもそう思うでしょ?」
「あー……、うん。思う思うめっちゃ思う。」
「あんま思ってなさそうだな。なにか隠してる?」
「いいいいいや、全然っ!? 隠してませんが!?」
「そ、そう。ならいいけど。
まあそんなわけだから、もう行くね。
今日は話せて良かったよ。ありがとう。また明日!!」
「う、うん。またね……」
求が大きく手を振り、図書室の戸がパタンと閉まる。
「はぁ〜〜〜〜………。」
「…なんだ、あァ、その、いろいろ苦労してるんだな。」
「してるよー。私話すの下手だもん。
……てか、よくさっきボロ出さなかったね。」
「そりゃあご主人様ァ、俺はダミー様だぜ?
歌って踊れる人形界のカリスマなんだから、
普通のお人形さん気取るくらいわけないさ。
てか、あれで合ってたのか? 俺の対応。」
「うん、合ってたよ。ありがとう!」
「……照れくせェや」
ダミーは頬をポリポリと掻く。
「……なんで私から貴方が生まれたんだろう。」
「さっぱり知らねェな。
ご主人様だって自分が生まれる前のことなんて、
人伝に聞いたことくらいしか知らないだろ?」
「まあ、それはそうなんだけど、
一応ダミーは私の言霊から生まれたんだよね?」
「到華の姐御の言うことにはそうだな。」
「……そのわりには自己肯定感が高いね。」
「逆にご主人様の自己肯定感が低すぎるんじゃねェか?
まァ人形に持ち主の性格が遺伝するのかは知らねェが。」
「そっかぁー」
「……でもよォ、自分を肯定できないってのは、
自分の存在意義を否定し続けることだから、
やっぱりつらいことなんだと思うんだよなァ。
少しくらい、自分を認めてやってもいいんじゃねェか?」
「無理だよ。」
即答する私の頭を、ダミーはマンガで殴る。
「痛いよ! 主人に何するの!!」
「叱咤激励だよ、愚かなご主人様ァ。
アンタはすぐに物事をネガティブに考えるくせがある。
いっちょまえに夢見る少女かと思いきや、
ずっと現実ばかり直視して希望を見失っている。
何でも『無理無理』言って逃げてたら、
ご主人様には何も残らなくなっちまうんだぞ!!!」
「…でも私、今までずっと周りに助けられて、
独りで何かやり遂げたことなんて……何も……。」
「……なァに当たり前のこと言ってんだ?」
「!?」
「例えばこのマンガ。これは作者1人の功績か?」
「え、違うの?」
「奥付に書いてあんだろ。
このマンガは作者1人で作られたわけじゃない。
編集する人、印刷する人、運搬する人がいて、
初めてアンタら人間様に渡るようになってんだ。
さらに言えば運ぶためのインフラ作ったのも人。
マンガを描くための諸々を確立したのも人。
そもそも大前提に文字を作ったのも全部人だ。
人は無意識の内にたくさんの人間に支えられている。
支えている。大小問わず迷惑を掛け合っている。」
「で、でも私は『言葉贄』だし――」
「『桁違いに迷惑を掛けてる』だァ!? このアホンダラァ!!!
俺の話の本質が見えてねェぜご主人様ァ!!
迷惑を掛けることが申し訳ないってのは分かる!!
でも生きてる以上、いやたとえ死んだとしても、
誰かには迷惑を掛け続けることになっちまう!
だから今すべきことは、『受け入れる』ことだ。
自分が他人に迷惑を掛けてることを自覚するのはいい。
だがそれを罪だと思うな、『権利』だと思え!!
そして他人から掛けられる迷惑を受け入れろ!!
困ってる人を手助けしろ。人のために生きろ。
それが社会性の生き物の『義務』だ分かったか!!」
「は、はい!!」
「よォし!! これで話は終わりだ!!
これからは自分を責めすぎるんじゃねェ!!
事あるごとに褒めろ!! 褒めちぎれ!!
『ほめほめちぎりパン』にしてやれ! いいな!?
ったくお人形さんに説教させんじゃねェよ!!」
「す、すいません…」
「いちいち謝らなくていい!!………ん?」
そんなこんなで話していると、
突然ドラムロールのような音が鳴り始める。
「な、何? 吹奏楽部の練習?」
「ドラムロールオンリーの練習があってたまるか。
俺は天下のダミー様ァ。嫌な予感がビンビンするぜ。
たった今紡久の姐御に救難信号を送った!
姐御の到着まで何が何でも持ちこたえる!!
ご主人様は危ないから、俺の側から離れんなよ!!」
「う、うん!!」
ドラムロールは段々と強くなり、
最高潮に達したかと思うと一時の静寂が訪れる。
目の前の空間が大きく歪み、観念世界が展開される。
それはまるでクイズ番組のセットのような空間で、
目の前には巨大な物体が鎮座していた。
スピーカー、マイク、本、文房具などで構成されたそれは、
ピピピと音を立ててモニター画面に私の顔を映した。
『問題♪』
所々音割れした女の人の声と共に、
デデン!と効果音が鳴り、私の目の前に文章が現れる。
『あなたがこれから食らうのは、
A.電撃 B.斬撃 どちらでしょう?』
「「!?」」
『制限時間は15秒!!』
チクタクと時計の音が鳴り始め、それは徐々に大きくなる。
「えっ えっ 選べってこと!?」
「マジかよそういうタイプかよクソが!!
ご主人様ァ!! 一旦落ち着け!! イメージするんだ!!
今紡久に分けてる言霊をご主人様に戻す!!
攻撃をすべて防ぎきるようなイメージをするんだ!!」
「そ、そんなこと急に言われても――」
――いや、ここで何もしないでいいのか?
言い訳ばっか言い並べて逃げてばかりでいいのか?
そんなの、良いわけがないだろう。
せめて言業先輩が来るまでの間くらいは、
持ちこたえないと私は私を肯定できなくなる!!
ダミーがせっかく私に言ってくれたんだ。
『思い立ったが吉日』。
私は今日自分を肯定するため、この恐怖に抗う!!
『3、2、1、ゼロ……。無回答は不正解!!
罰として、両方、プレゼントしまーす!!』
「来るぞご主人様ァ!!」
私は強く念じた。
イメージしたそれは、先日の言業家で見た、
あの言業来人のバリアの展開。
一文安美とダミーを覆うようにバリアが出現し、
襲い来る電撃や斬撃をすんでのところで防ぎきる。
「やった…!! できた!!!」
「よくやったご主人様ァァァ!!
俺までバリアに入れてくれてありがとう!!
だがまだだ!! 今のでバリアが壊れちまった!!
まだまだ問題が飛んでくるぞ!! 気をつけろご主人様!!」
『問題♪
あなたがこれから失うのは、
A.右腕 B.左足 どちらでしょう? 制限時間は7秒!!』
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
息を切らして廊下を走る。
放課後の校舎は人気が少ないため、
幸い私の校則違反を咎める者はいない。
生徒会室と図書室は同じ階にあるが、数十秒掛かる。
私が図書室の扉を開いた時、
その空間は熱風に包まれていた。
「クソォッ なんでよりにもよって現象系攻撃なんだ!!
物理だったら殴ってなんとかなったのによォ!!!」
「あ! 言業先輩!!」
「安美!!」
良かった…!! 無傷だ!! 間に合った!!
「紡久の姐御ォ!! ありったけを頼むぜ!!」
「言われなくても!!」
ダミーの計らいで、紡久に大量の言霊が注がれる。
『問題♪ あなたは……何者?』
「安美を守る者だ!! 〝噂をすれば〟」
つらたんたんの影が真っ黒に染まる。
「〝影がさす〟」
影から無数の黒い槍が現れ、つらたんたんを貫く。
すると壊れた機械のように電気を放ちながら、
大きな音を立てて壊れ崩れていく。
『残……念………。』
そう言い遺し、つらたんたんは塵と化し消失する。
観念世界は崩れ、景色は元の図書室に戻る。
亡きつらたんたんに黙祷する安美に、
言業紡久は折を見て話しかける。
「――待たせてすまなかった。」
「いえ、言業先輩は十分早かったです。」
「そうだぜ。信号送って1分も掛かってなかったからな。」
言業先輩は肩で息をしている。
相当急いで来てくれたのだろう。
「助けに来てくれてありがとうございます。」
「ちょっ…やめ……っ 今汗臭いから……っ!」
私は先輩を労うように抱き締めたが、
先輩はどうしたらよいか分からずあたふたしていた。
「駆けつけてくれた先輩、かっこよかったですよ?」
「―――ッ!?!?」
「ねぇ俺は!? 紡久の姐御来るまで耐えた俺は!?」
「あー、うん。かっこいい。」
「ちょっとそりゃないぜご主人様ァ!!!」
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「……ふぅん、なかなかおもろいやないの。
あの女…ウチとタメ張れるくらい強いんとちゃう?
越してきたばっかりやけど、結構楽しめそうやん。」
二人の様子を観察する黄色い影は、
意味深な言葉を言い残して去っていった。
「……?」
「どうかしたのかい、安美?」
「いや、今誰かいたような……。」
「どこだい?」
「あの電柱の上………あれ?」
安美は窓の外を指差すが、そこにはもう誰もいない。
「うーん……」
「…きっと疲れているのだろう。
今日は早めに眠りに就くといい。
委員会が終わったら言ってくれ。家まで送るよ。」
「心配してくれてありがとうございます。
…あのつらたんたんは何だったんでしょうか。
勝陽さんの話によれば、
現実世界に直接やって来るのは珍しいんじゃ?」
「ああ、そこは少しややこしいところなんだが、
暴食期のつらたんたんは現実世界のどこかに、
自らの観念世界への入り口を置いて、
迷いこんだ人間を食べることが主なんだ。
でも今回みたいに特定人物を狙い撃ちすることもできる。
『仲違い』がイレギュラーと言われていたのは、
本体が直接的に現実世界へやって来たが故なんだ。
自分を攻撃されるリスクに晒す行為だからね。」
「えー……」
つらたんたんのやり口に「なんかズルいなぁ」と思ってしまう私でした。
「ところで、なんだが。…前に言っただろう?
『償いはまた日を改めてさせてもらう』と。」
「ああ、はい。言ってましたね。」
「それで……その。」
言業先輩がもじもじと指を弄る。
何かを切り出そうとしているのだろう。
その必死の表情を見ていると、こちらも緊張してくる。
幾秒の沈黙を経て、紡久は意を決して言う。
「今週末、一緒にお出かけしませんか?」
「!!」
思い返してみればせっかくの高校生活だと言うのに、
誰かと遊びに出かけることは一度も無かった。
週末は特に予定も無いし、いい機会かもしれない。
それに、言業先輩は多分責任感が強いタイプだ。
ここで申し出を断ればどうなるか………。うん。
一度彼女のいうところの“償い”をさせてあげるべきだろう。
「分かりました! 行きましょう!」
「……! うん!」
言業先輩が本当に嬉しそうに笑う。
飾ったような笑顔でなく、等身大の可愛らしい笑顔。
私はそのガーベラのような眩しさに、
ほんの少しの間だけ目を奪われてしまうのだった。
☆オマケ
「一文安美です!!」
「天下のダミー様だぜェ!!」
「このコーナーでは、作中で登場したことわざの、
意味や『使われ方』を解説していきます!!」
「そんじゃァ じゃんじゃん行くぜ!!」
①自問自答
「今回のサブタイトルだなァ。」
「け、結構メタい所も触れるんだね。」
「台本にそう書いてあんだから触れるもクソもねェよ。」
「もう本編との落差で気が変になっちゃうよ…。
それで、このことわざの意味ですが、
『自分で自分に問いかけ、答えること』ですね。
…仏教の禅問答と何か関係あるんですかね?」
「さァな。所詮お人形の俺にゃァ分からん。
検索エンジンに掛けた方がまだマシだと思うぞ。」
②自業自得
「『自らの行いが結果を生み、その報いを自分が受ける』
ということわざですね。仏教に由来するそうです。
…必ずしも悪いことを表すわけじゃないんですね。」
「よく悪い意味で使われがちだからな。
良い意味だけ表したい時のことわざでいうと、
『情けは人の為ならず』あたりが近いのか?」
③思い立ったが吉日
「『決心したタイミングが最良のタイミングだから、
思い立ったならばすぐに行動せよ』って意味ですね。」
「この手のことわざはごまんとあるからな。
それだけ先人たちは後悔してきたってことだろ。
『あの時ああしていれば』『こうしていれば』ってな。」
「私も高校受験の時に思ってたな〜。
もっと早く受験勉強を始めてれば……って。
まあ、無事受かったから別にいいんだけどさ…。」
「でもそのマインドは忘れない方がいいぜ。
早め早めに行動するに越したことは無ェんだから。」
④噂をすれば影がさす
「『人の噂をしていると、本人が現れることが多い』
という意味のことわざらしいです。
人の話をする時はよく考えた方が良いってことですね。」
「どこで誰が聞いてるか分かんねェもんだからな。
それで、紡久の姐御はどう使ったんだ?」
「本来の『影がさす』というのは、
『刺す』ではなく『差す』なんですよね。
ここではわざとひらがな表記にすることで、
『影で攻撃する』ニュアンスに曲解したのかと。」
「…映像化しにくそうな使い方だなァ…。」
「そんなこんなで、以上が今回のことわざですね。」
「今回の戦闘はあっさりしてたが不気味だったなァ。」
「それでは次回予告と行きましょうか。」
「………?そんなコーナーあったか?」
「今回から始めるそうです。」
「まーた作者の気まぐれか。んじゃあ行くか。」
「「次回『魚心あれば水心』!!」」
「ご精読ありがとうございました!!」
「気が向いたらまた読んでくれよな!!」




