4言め『吐いた唾は飲めぬ』
生まれた瞬間から決まっているものには何があるだろう。
まずは人種だ。次に国籍。血液型。家柄。
まあパッと思いつくのはこのあたりだろうか。
この世において、どうしようもないことはあろうとも、
大抵の人には選択の余地が少なからず存在する。
だが私・言業紡久の人生はすべてが決まっていた。
生まれた瞬間から何もかもが家長の支配下にあった。
子どもは親の道具であり、親の言うことはゼッタイ。
親の命令に従うことはあれど、歯向かうことは許されない。
歯向かうなんて、そんな権利私にはないのではないか。
―はじめは、そう思っていた。
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「ちょっ…えっ…なっ……えぇぇ!?」
皆さんこんにちは。私・一文安美は今、
寝苦しさを覚えていざ目覚めたかと思えば、
見知らぬ天井と、寝巻の美女に囲まれ、
絶賛大パニックに陥っていた。
「言業先輩!?!?」
「…んっ…う〜ん。うるさいなぁ。」
「うるさくもなりますよ!! ここどこですか!!」
「んぅ……私の家、だが……?」
「『私の家だが?』ではないが!?
ちょっ、すみません!誰か!誰か居ませんかー!」
見知らぬ天井にパニックになった私の呼びかけに応じ、
床下の“隠し扉”から白髪の老人が登場する。
「お呼びでしょうか。」
「うわぁ!! 急に出てこないで!!」
「……失礼しました。」
白髪の老人が床下へと戻っていく。
そして「仕切り直し」と言わんばかりに、
欠伸の出そうなくらいゆっっっくりと再び登場する。
「お呼びでしょうか。」
「わざわざやり直さなくていいから!
………すみません。取り乱しすぎました。
えっと、私は何故ここに居るのでしょうか?
できればお家に帰りたいのですが…。」
「……話せば長くなるのですが…」
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白髪の老人曰く、
私は昨日の言業先輩との熾烈な追いかけっこの末、
乱入してきた『仲違い』のつらたんたんにより拉致され、
危ういところを言業先輩に助け出されたらしい。
その時に私を庇って負ったはずの傷は、
不思議なことに、跡形もなく綺麗さっぱり消えていたのだそうだ。
そんなこんなで命を救われた私は、
疲労やらなんやらで気を失ってしまったため、
ひとまず言業先輩の家に運んだというのが、
事の顛末であった。
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「大変ご迷惑をお掛けしました。
紡久お嬢様の代わりにお詫び申し上げます。」
「ああ、いえいえ!顔を上げてください!
言業先輩に追いかけ回されたことは
もう気にしていませんし、それになにより、
言業先輩に命を救われた事に変わりはないので!
そもそもつらたんたんがあのタイミングで出たことも、
貴方にも言業先輩にも非はないというか…。」
「いえ、それがそうとも言い切れないのです。」
そこで白髪の老人は面を上げる。
「……え?それってどういう……。」
「詳しいことは私からはどうも言えません。
少なくとも、一文様の体質に関わることとしか…。」
「???」
白髪の老人は一文安美に着替えを差し出す。
「押しつけがましいお願いではございますが、
これから、紡久お嬢様の父にして、言業家の家長である、
言業勝陽様に会ってもらえませんでしょうか。
……少々、性格に難のある方なのですが…。」
「…………!」
正直、急な出来事の連続にまだ頭が追いついてないし、
いろいろ納得できてないこともあるけど……。
「その勝陽さんとやらに会えば、
私の体質ってものがなんなのか分かるんですね?」
「恐らくは。」
「分かりました。会います!」
「ご協力感謝します。」
白髪の老人はにこりと微笑む。
「それで、先に聞きたいことが1つあるのですが、
えっと………、貴方のお名前は?」
「榑依備と申します。
常日頃から紡久お嬢様のお世話を賜っております。
私のことは榑依爺とでもお呼び下さい。
今後ともお見知り置きを、一文安美様。
…それで、聞きたいことというのは?」
「ああ、はい。えっと、
どうして私と言業先輩が、
わざわざ同じ部屋で寝かされていたのかなぁ、と。」
「私の趣味でございます。」
「………え?」
そうして話していると、
言業紡久がようやく起き出した。
「おや、お嬢様。おはようございます。」
「むにゃ、おはよう。」
言業先輩は眠たそうに瞼を擦る。
相当疲れているのだろう。当然だ。
私を助けるためだけにあそこまで頑張ってくれたんだ。
お礼は直接、言えるうちにはっきりと言っておこう。
「あの、せ、先輩!おはようございます!
昨日は助けていただいて、ありがとうございました!」
「むにゃ……いいよ……。」
言業紡久、しばしの沈黙。
「うわぁ!! 安美!?!?」
「そうです安美です!!!」
言業紡久は高速の匍匐前進で私の足にしがみつく。
「ひっ!?」
「安美ー!ここ数日追いかけ回してごめんよー!」
「わ、分かった許す!許すから離して…!!」
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「(着替え…もらったけど、
着物ってどう着たらいいか分かんないなあ。)」
「困っているのかい?手を貸すよ。」
「あ、ありがとう……ございます。」
「いいよいいよ。慣れてるから。」
言業先輩は私から着物を受け取ると、
優しく慣れた手つきで、丁寧に私に着せていく。
今の私は言業先輩にされるがままだ。
まるで執事に身の周りの世話をされるお嬢様のような、
なんだか、満更でもないような気分だ。
「あの……。」
「どうしたんだい?」
「どうして言業先輩は私のことを庇ってくれたんですか。」
「昨日のことかい。そうだねぇ。
…私の考える『ことだマスター』なら、
そうするだろうと考えた。ただそれだけだよ。」
「…本当にそれだけですか?」
「…はは〜ん?何だい。安美は、
『君のことが大好きだからだ!』とでも
言ってほしかったのかな?」
「そ、そんなことは1nmもないです!
…ただ、知りたかっだけですよ。先輩のことを。」
「そ、そうかい……」
心なしか、言業先輩の顔が少し赤くなった気がした。
「…しかしすごいですね、先輩は。
人のために動けるなんて、素敵ですよ。」
「急に褒めてどうしたんだい?
そんなことをしても、差し出せるものは無いよ?」
「事実を言っただけです。先輩は立派です。」
「……私なんか、立派でも何でもないさ。
他人に引かれたレールの上をなぞるだけの、
変わりなんていくらでもいる、ただそれだけの存在。
…それに、私は君に迷惑を掛けてしまった。
その償いはまた日を改めてさせてもらいたい。」
「そんな……いいですって。」
「そうしないと、私の気が収まらないんだ。」
「…先輩って頑固ですよね。」
「……ハハハ。よく言われるよ。ほら、出来たよ。」
言業先輩が私を回れ右させて、鏡の前に立たせる。
「うん。やはりよく似合っている。かわいいよ。」
「な、なんですか!? 口説いてるんですか!?」
「うーん……。フフ! 『事実を言っただけ』さ。」
「あー、真似っ子だ!」
「さて、それはどうかな〜?」
「あ!誤魔化すな!」
言業先輩とじゃれ合っていたその時、
コンコンと部屋の戸が叩かれ、同年代の女の子の声がする。
「そろそろ着替えは終わりましたでしょうか?」
「…ああ、うん。今行くよ。ありがとう、最愛。」
言業先輩は一瞬名残惜しそうな顔をしたが、
それを戸の先の相手には微塵も感じさせず、すぐに取り繕った。
これが「大人」というやつなのだろうか、と思った。
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「ひろーい!」
小学生並の感想しか出なかった。
そこは、中学時代に歴史の教科書で見た、
御殿様が住んでいそうな感じの和風の空間だった。
豪華絢爛な屏風が立てられているわけでも、
天井に巨大な龍が描かれているわけでもないのに、
なぜかその和風な空間が荘厳で目が離せなかった。
周囲を見渡すと、家の人たちが慌ただしくしている。
私と言業先輩は部屋の中央に座らされた。
先輩はどこか緊張しているようだった。
私たちの正面には、台のようなものが置かれている。
たしか脇息とか言うんだっけ。肘を掛ける台だ。
私の両サイドには、5人の男女が座っている。
左側には2人。
前からミルク色のショートヘアな糸目の男、
そして、黒髪ポニーテールに銀色の眼鏡を掛けた少女。
先頭には座布団が1つだけ余っている。
まだあと一人来る予定なのだろうか…?
右側には3人。
先頭から金髪ウルフカットのチャラい男、
おっとりとした雰囲気のベージュ色の長髪の女性、
茶髪のボサボサヘアで顔色の悪い少女。
どの人物も、ただ者ではない感じがする。
私がきょろきょろと部屋中を見回していると、
この空間に1人、白髪混じりの男が入ってきた。
男が入室した瞬間、その場の空気が重く変わった。
なんだろう。この感じ、すごく気持ち悪い。
息苦しい。まるで本能が「逃げろ」と告げているようだ。
恐らく、この男こそが、榑依爺さんが言っていた家長。
名前は……そう、言業勝陽。
「おい、誠はまだ来ていないのか。」
勝陽は近くに居た部下?を引き留めて問う。
「はい…。連絡はしたのですが、
会議には間に合いそうではないので、
先に始めてしまって構わないとのことで…。」
「はぁぁぁぁぁぁ… 仕方ないな。
では誠抜きで話を進めよう。お前はもういい、下がれ。」
「はっ!」
勝陽が部屋前方に座り、脇息に肘掛け、
わざとらしく咳払いをして話し始める。
「ではぼちぼち会議を始めるとしようか。
まずは来人。改めて全体に報告しろ。」
「へいへーい。」
チャラ男がけだるげそうに立ち上がる。
「もう親父には報告したンスが、
俺は照と『花粉症』のつらたんたんを倒してきたッス。
今年も例年通り『花粉散布』の力を持ってたッス。」
「ハッッックション!!!」
糸目男がダイナマイトでも爆発したのかと錯覚するほどの馬鹿でかいくしゃみをした。
「……ご覧の通り、照は不調が続いてるッス。
しばらくは治療に専念した方がいいと思うッス。」
「…分かった。座れ。」
言業来人は静かに着席する。
「次に到華。
最近不審な動向を続ける例のやつらについて、
何か分かったことはあったか?」
「はい。」
おっとり女が立ち上がる。
「そうですねぇ。
今も私の“子どもたち”に捜索はさせていますが、
いくつかの断片的な活動痕跡は見つかっても、
組織の実態や活動目的など、何1つ掴めていません。
まるで、決定的証拠の認識を疎外されているような…」
「分かった。引き続き捜索を続けろ。
見つけ次第その場で始末してしまっても構わない。」
「承知しました。」
おっとり女が着席する。
「……さて。最後はお前だ、紡久。」
「はい。」
言業先輩が立ち上がる。
慌てて私も立ち上がろうとするが、
長時間正座していたせいで足が痺れて立てず、
足を抱えて悶え苦しむしかなかった。
「……父上。諺の使用許可を。」
黒髪ポニーテールの眼鏡の女が挙手し、許可を取る。
「………ふん、助けたければ勝手にしろ。」
「…では、〝同舟相救う〟」
女がそう唱えた瞬間、足の痺れが消失する。
「あれ、足の痺れがなくなった……!!
ありがとうございます! えっと…お名前は…。」
「謳よ。別に気にしなくてもいいわ。
私はただこの真剣な場を乱されたくないだけ。
貴女に好意があったわけじゃあ
これっぽっちもないんだから、勘違いしないでよね。」
「は、はあ。」
謳は無表情のまま、淡々とそう述べた。
「オホン。では話を再開しようか。…さて、時に紡久よ。
今回の件については、備から粗方聞いている。
だが、改めてお前の口から聞かせてほしい。
何故私に報告しようとはしなかったのだ?」
「!」
「お、お待ち下さい勝陽様! お嬢様は――」
「黙れ 備。お前に発言を許した覚えはないぞ。」
「―――ッ!!」
一文安美は、勝陽の目を一瞥した。
それは人間の目と言うにはあまりにも悍ましかった。
冷酷で、残酷で、厳酷で、貪酷な恐ろしい表情。
彼がどういう存在なのかは火を見るよりも明らかだった。
「紡久よ。お前は何度私を失望させれば気が済むのだ。
お前が小さい頃から言い聞かせてきたことだろう?
『何かあればすぐに家長である私に報告する』。
お前はその大事な掟を破ったのだぞ?
一昨年、高校の入学式で言ったよな?
『3年間無事に高校生活を送りたいなら、
ことだマスターとしての責務を果たせ』と。
全然守れていないではないか。
私の言っていることに間違いはあるか?」
紡久は何も言わず立っている。
目は潤み、唇を噛み締め、拳を握り締めているが、
まだ辛うじて耐えていた。
「……ハァ。だんまりか。
まあ、お前のつまらん考えは分かっている。
『もしも私にその女のことを話せば、
私が無理矢理にでも仲間に引き入れるだろう。』
とでも考えていたんだろう、この間抜けが。」
「え……?」
私は思わず反応を示す。それは意外なことだったからだ。
言業先輩はここ1週間、やたらしつこく勧誘してきた。
しかしそれは曲がりなりにも私の同意を求めるもので、
私に僅かな拒否権を与える形だった。
少なくとも、今 彼女の父親・勝陽の言うような、
「何が何でも」という形では無かった。
先輩は、そういった手段を取れたにも関わらず、
わざわざ私を合意のもと仲間にしようとしたのだ。
この恐ろしい父親を裏切ることになると分かっていながら。
「いいか紡久。
近年はイレギュラーでその数は増えているものの、
強い言霊を持つ人間とは稀有な人材であり、
たとえどんな手段をもってしてでも、
必ずや私たちの手中に収めねばならない道具だ。
その女は、中でも特異な体質の人間だ。
本来あり得ないほどの言霊を保持している。
お前は、この唯一無二の人材を
危うく取り逃がすところだったのだぞ。
お前はその重みを分かっているのか?
いくら馬鹿で出来損ないのお前でも理解できるだろう?」
言業勝陽の心なき言葉は、
一文安美の奥底に眠る苦い記憶を鮮明に呼び起こした。
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「なんで私の言う通りにできないの。」
それが母の口癖だった。
「お前が学生の時はそうできたのか」と問い正したかったが、
生憎彼女は俗にいう「天才」タイプだった。
何もかもが思い通りの人間だった。
故に彼女は本当に理解できないのだ。
子がなぜ親と同じようにできないのか。
なぜ、親の足ばかり引っ張るのか。
彼女は社会の波に揉まれるうちに、
人を「役に立つかどうか」で見るようになったそうだ。
役に立つ人間は大切に扱い、
役に立たない/立たなくなった人間はゴミのように捨てる。
その尺度は、言うまでもなく私にも当てはめられた。
私はずっと我慢していた。
だが反抗する気力を持てなかった。
どれだけ息苦しくても、どれだけ惨めでも、
自分が黙っていればすべてが上手くいったから。
…でも、転機は訪れた。
私は母に勧められた国立の某高校よりも、
私が選んだ言葉高校に入りたいと思ったのだ。
これをきっかけに私は母親と、
おそらく最初で最後の大喧嘩をした。
最終的に折れたのは、母親だった。
「好きにしなさい」
冷たく突き放すような言葉。
だがその言葉こそが、私を楽にしてくれたのだ。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「すみません、お言葉ですが。」
「なんだ。」
「! おい安美止め――」
一文安美が大きく息を吸い込む。
「グチグチグチグチうるッさいんだよクソジジイ!!!」
安美の渾身の叫びに、紡久は頭を抱える。
「な……なにをォ……!?」
「その人を物のように扱う態度が気に食わないんですよ!!
やれ特殊体質だの、やれ利用価値だの、
人を何だと思ってるんですか! 恥を知れ!!」
「黙って聞いていればつけあがりおって…!!
私たちは代々『ことだマスター』として
このナントカ町を、日本を、世界を、
代々戦い守ってきた一族の長なんだぞ。
お前は何様のつもりで私に口を利いているつもりだ!!」
「言葉高校1年A組30番 一文安美様だよ!!
私の人生は私のものです。私が決めるんです。
全部貴方の思い通りなんて思わないで下さい!
それは言業先輩も同じです!」
「!?」
言業紡久は安美の話に突然自分の名が出たことに反応する。
「親は子どもを支配できるなんて、
そんなわけないじゃあないですか!!
子どもだって1人の人間なんです。
親と同じように悩むし、苦しむし、涙だって流すんです。
親に利用され罵られ続ける子どもの気持ちを
考えたことはありますか!?」
「無いな。必要性も感じない。
この世界は弱肉強食だ。
一方は搾取し、一方は搾取される。
有史以前からずっと続くこの世の理だ。
『今』を守り生き残るためには犠牲が必要だ。
そのために自分の子供を利用することの、何がおかし―」
勝陽がそこまで言い切ったところで、
一文安美は人生初のビンタをかました。
紡久たちはショックで呆然としていて、
唯一爆笑した来人とは対照的に、
言業勝陽はたいそう腹が立った様子で、
肉体が赤く発光し、背中に黒い雲が渦を巻き始めた。
「安美ッ……!!」
異変を真っ先に反応したのは紡久だった。
紡久は安美を抱き締めるようにして庇った。
「………わぁぉ。」
「無茶なことするッス!!!」
次に反応したのは到華と来人の2人だ。
来人はお札のようなものを投げる。
到華は周囲に淡い発光体を出現させ、
その内の1つを札に触れさせる。
光は札に吸収され、黒い筆で書かれた文字が緋色に輝き、
球状のバリアのようなものを展開する。
勝陽の手の先にエネルギーが溜まり始める。
紡久に抱かれる隙間からそれを眺め、
安美はようやく我に返り、
自分のしでかしたことの大きさに気づいた。
『何故あんなこと言ってしまったのか』と。
分かってる。怒りだ。
自分を道具のように扱われた怒り。
だが、それだけであそこまで言うだろうか?
人に向けて力をふるうこの男相手に……?
ましてや、生まれてこの方したことのないビンタまで。
もっと何か、馬鹿にされたくない何かがあったのではないか。
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いくら馬鹿で出来損ないのお前でも理解できるだろう?
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そうか、あの時。
先輩と初めて出会って助けられたあの日から、
気づかぬ内に、先輩のことを特別視していたのか。
だから……あんなにも…無性に腹が立ったのか。
「〝地震雷火事親父〟」
一文安美に向けビームが放たれるその瞬間――、
「(私はとんでもないことをした。
でも、私は間違ったことをしたとは思えない。
確かに怒りに身を任せてビンタしたのは悪いことだけど、
心に負った傷は長く残り続ける。そんなの良くない。
それが正しいなんて、私は認めない!!)」
一文安美の思いに呼応するように、
身体から力が溢れ出し、バリアの札に流れる。
「(――ッ!? バリアの強度が!!)」
勝陽のビームはバリアによって行く手を阻まれ、
内側の一文安美、言業紡久の元まで届くことは無かった。
「(一体何が起こっている。
私の最高練度の〝地震雷火事親父〟が効かない!?
いくら来人と到華が邪魔をしたとはいえ、
2人とも無傷で生還するなどあり得るか!?
否! そんなこと、あの誠ですらあり得はしない!!
……まさか。いや、そんなまさか。
こんな生娘1人ごときに防がれたというのか!?
ともあれば、この女は本当に―――)」
「親父。」
事態を飲み込めない言業勝陽に対し、
来人が表面上は何食わぬ顔で問いかける。
「あんまりそういう行動は感心しないッスよ。」
「煩いわ。言われなくても分かっている。」
勝陽がため息を吐き、頭を搔く。
「一文安美とやら、だったか。
先程の発言は撤回させてもらう。すまなかった。」
「・・・・・。」
正直、まだ溜飲は収まらないけど、
これ以上の争いは互いに疲れるだけだ。止めよう。
それよりも私は、知りたいことがある。
「……勝陽さん。聞きたいことがあります。」
「申せ。」
「私のことを、特殊体質だと言いましたよね。
それって一体何なのでしょうか。
私は普通の家に生まれ、普通に育ち、
普通に過ごしてきたごく普通の高校生です。
これまで変わったこともありませんでした。
それこそ、入学式の日、先輩に会うまでは…。」
「うむ……。」
勝陽が紡久の方をちらりと見る。
「紡久。」
「!」
「聞いたところによると、安美と遭遇したのは、
『不合格』のつらたんたんの観念世界だったな。」
「は、はいそうです。」
「ちょ、待つッス。」
紡久と勝陽の会話に来人が割り込む。
「何だ。今は紡久と話しているのだが。」
「おかしいッスよ。『不合格』ってのは、
本来12月から3月に掛けて『暴食期』に移るッス。
もう4月ッスよ。出現するなんてそれこそ―」
「だからイレギュラーなのだ。さっきも言ったが、
最近強い言霊を持つ人間が多く生まれる。
そうした人間が負の感情を抱いてしまえば、
常人の何倍もの養分をつらたんたんに与えることになる。
そのせいで、つらたんたんがよく生まれよく育つ。
来人、お前は普段からほっつき歩いてるから、
こうした基礎事項を忘れるのだ。もっと真面目にやれ!」
「へいへい、失礼したッスよ〜。」
来人が引き下がったところで、
勝陽は咳払いし、再度口を開く。
「すまんな。話を元に戻させてもらうが、
今回は大事になるのが、
安美がつらたんたんに接触したということ。
それを皮切りに言霊が増した。そうだな?」
「はい。間違いないです。」
「・・・・・。」
勝陽はため息を吐き、まっすぐ紡久を見る。
「確証はない。私も一度、蔵の資料で見ただけだ。
だがもしそうなのだとしたら、
紡久。これはお前の運命を大きく変えることになる。
そこで、今一度お前に問おう。
お前にとって、この女の存在はどういうものだ。」
そんなに私は大層な存在なのだろうか。
今更ながら、少々怖くなってきてしまった。
言業先輩は、私のことどう思っているんだろう。
紡久は、「そんな急に言われても」と返答に困るが、
そこで、昨日のことを思い出す。
「私たちは、出会ってまだ数日しか経っていません。
私は彼女の表面を見るばかりで、
本当に、迷惑ばかり掛けてしまいました。
ですが彼女は、私に『ことだマスター』として、
大切なことを思い出させてくれたんです。
彼女は私にとって、かけがえのない人です。」
「……………それに嘘偽りは?」
「ないです。」
「彼女のために、命を掛けられるか。」
「はい。」
「言ったな。吐いた唾は飲めんぞ。」
「分かっています。」
間髪入れずきっぱりと宣言する。
紡久の目には、一点の曇りも存在しない。
「では話そう。安美、待たせてすまない。
結論から言うと、恐らくお前は、
『言葉贄』と呼ばれる存在だろう。」
☆おまけ
「一文安美です。」
「榑依備でございます。」
「このコーナでは、作中で使われたことわざの
意味や『使われ方』を解説していきます。」
「それでは早速見ていきましょう。」
①同舟相救う
「『普段は仲が悪い者同士でも、
同じ舟に乗った者として、
共通の困難や危険に直面した場合には、
互いに助け合うこと』を意味する故事ですね。
謳さん? が使っていましたよね。
あれのお陰で足の痺れが緩和したんですよね。
あれって何だったんでしょうか?」
「疑問にお答えしましょう。
言業謳様はこの諺を、
『自身と仲の良くない相手との間で苦痛を共有する』
というように解釈をし直し、
一文安美様と足の痺れを折半したのです。」
「へぇー。………ん? ということは、
謳さんは私の痺れを半分請け負ってくれたってこと?」
「左様でございます。」
「何ていい人なの…!! 後で何かお礼しなきゃ…!!」
「謳様は近所のGallan堂の
『ホイップどら焼き with つぶあん』が好物です。」
「そうなんだ!ありがとうございます!!」
「いえいえ。」
②地震雷火事親父
「これは私でも知っている言葉ですね。
『世の中の怖いものを順番に挙げた言葉』だとか。
…少し失礼なことを聞きますが、
榑依爺さんは勝陽さんが怖くないんですか?」
「怖いですよ。私の長い長い人生で、
あそこまで恐怖することはなかなかないものです。」
「それでも仕え続けるのですね。」
「それが榑依家に課せられた使命ですので。
…私はあくまで紡久お嬢様に仕えているつもりですが。」
「そうなんですね!」
「ええ。紡久お嬢様が笑っていられるのなら、
私如きの命など、差し上げても悔いはありません。」
③吐いた唾は飲めぬ
「勝陽様がおっしゃっておりました。
『一度口から出した言葉は取り返しがつかないため、
発言には細心の注意を払うべきだ』という意味です。」
「うう…耳が痛い。」
「おや、それはどうしてですかな?」
「私、勝陽さんにとんでもないこと言ったし、
なんなら一発ビンタ食らわしちゃったし……。」
「……あと2.3発くらいやって良かったのでは?」
「榑依さん!?」
「冗談です。」




