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ことわざ先輩の腹積もり。  作者: 阿寒湖まりも


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10/10

10言め『和して同ぜず』

「グァッハッッ!!」


言葉(ことのは)高校の校庭を何かが舞う。

言業(ことわざ)紡久(つむぐ)(なぐ)り飛ばされたダミーだ。


「ゲホッ ゲホッ ……ハァ、ハァ……。

 なかなかやるじゃねェか、紡久(つむぐ)姐御(あねご)ォ。

 観念世界での恩恵(バフ)が望めねェ上に、

 俺からの言霊(ことだま)の供給すらも封じられて(なお)

 ここまで圧倒的な実力の(へだ)たりがあるたァ……。」


ダミーは地面に倒れ込んだまま感嘆(かんたん)の声を()らした。


「確かに私の強みである言霊(ことだま)を封じるのはいい考えだ。

 私が(なみ)(ひと)(とお)りの格闘技を(おさ)めていることを除けば、な。」


紡久(つむぐ)冷酷(れいこく)にダミーを見下(みお)ろす。

その(ひとみ)(おく)には静かな怒りが(こも)っていた。


ダミーは負けじと立ち上がろうとするが、上手く立てない。


「立ち上がれないだろう? 当然だ。

 君は安美(あみ)言霊(ことだま)を動力源にしている以上、

 理屈では無限に戦い続けられるわけだが、

 このように骨組みが破壊されれば関係あるまい。」

「ケッ 合理的だな。その通りだよ。」


車で例えるなら、言霊(ことだま)はガソリンで、体は車体。

いくら燃料が満タンだろうと、廃車になっちゃ意味が()ェ。

――完全に詰んだな。畜生ォ……。


「ハ………ハハ……。降参だァ。

 後は()るなり焼くなり好きにしろィ。」

「……君は何を言っているんだ、ダミー。

 私は『守株(しゅしゅ)(たい)()』の農夫じゃないんだ。

 目の前のウサギをむやみに取って食ったりしないよ。

 ましてや、生命を奪おうなどとはもってのほかだ。」


予想外の返答に、ダミーはやや動揺しながら問いかける。


「分かんねェな。さっき自分で言ってただろ?

 俺の役割はただ1つ。『ご主人様を守ること』。

 紡久(つむぐ)姐御(あねご)が本気でご主人様を守りてェなら、

 ご主人様を危険に(さら)す俺の存在は不都合。

 『勝って(かぶと)()を締めよ』ってやつだ。

 ここでとっとと始末(しまつ)して代わりを立てれば良いだろ。」


紡久(つむぐ)の表情に(かげ)りが差す。


「私の父なら、迷わずそうしていただろうね。

 ……でも私は、君を(たお)せるほど強くはないよ。

 だって君は安美(あみ)の、大切な友達なんだから。」

「………そうかよォ。」


ダミーは(あお)()けのまま(つぶや)いた。

その瞬間、紡久(つむぐ)の携帯に着信が入る。


「はい、こちら言業(ことわざ)紡久(つむぐ)です。

 ……到華(とうか)(ねえ)? ああ、うん、今学校だけど。」


……到華(とうか)姐御(あねご)からの電話か?

まあ 大方(おおかた)つらたんたん関連のことだろうが。

まったく、紡久(つむぐ)姐御(あねご)も大変だな。


「つらたんたんの出現ですか? はい。

 それって後じゃ……駄目ですよね、分かってます。

 はい、はい、分かりました。場所 送ってください。

 はい。(ただ)ちに現場へ向かいます。……失礼します。」


紡久(つむぐ)が通話を切る。


「……仕事は断れまい。(まこと)に不本意だが、

 厄介事を速攻で片付けてから安美(あみ)を追うとしよう。」

「残念だったな。……ちなみに、出現場所はどこだ?」

「待って。今 到華(とうか)(ねえ)から位置情報が。

 どれどれ……結構近いな。『カフェ・ケセラセラ』だ。」

「あ゛!?? ウッソだろ!? ちょっと待てよ!!

 そこには確か ご主人様と掛詞(かけことば)笑子(しょうこ)が――ッ!!」

「な、何!?!?」


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


『カフェ・ケセラセラ』に居たはずの私と笑子(しょうこ)は、

突然つらたんたんの観念世界へと引きずり込まれた。

どうして私たちだけ? 他のお客さんたちは?


その観念世界は赤い緞帳(どんちょう)で仕切られた単調な空間で、

白と黒のタイルが敷き詰められた床が特徴的だった。


上空には、つらたんたんと(おぼ)しき姿がある。

白い球体に口と手を取ってつけたようなフォルム。

加えてサングラスとホイッスルを身に着けている。


つらたんたんがピーッと笛を吹くと、

地面からぞろぞろと無数のデッサン人形(にんぎょう)が生えてくる。


「こ、こっちに来る!!」

「なんや? 集団で幼気(いたいけ)な少女に襲い掛かる気か?

 いい性格しとるやないか。安美(あみ)に指一本触れてみぃ。

 一昔前(ひとむかしまえ)のカンフー映画の(ごと)()ぎ払ってみせたるわ。」


つらたんたんは一定のリズムで笛を鳴らし続ける。

すると、一文(ひとふみ)安美(あみ)掛詞(かけことば)笑子(しょうこ)の身体が勝手に動き始める。


「え!? え!? なにこれなにこれなにこれ!!」

「(身体が勝手に……()()(たぐい)か?)」


どこからともなくクラシックな音楽が流れ始め、

デッサン人形たちは二人一組のペアになり、

ギシギシと関節を鳴らしながら社交ダンスを踊り始める。

安美(あみ)笑子(しょうこ)の肉体も()調()するように足を運ぶ。


「チッ 身体が思ったように動かせへん。

 これやから (から)()タイプは好きやないねん。」

「ひょわあっ 目が回るよぉ〜〜っ!」


今のところ、攻撃してくる素振(そぶ)りは見せてない。

ほんまに何が目的か分からへんけど、好都合や。

相手がガチって来ないウチに速攻で(かた)()けたる!!


「〝フリーな()りー〟」


安美(あみ)笑子(しょうこ)は身体の自由を取り戻す。

急に身体の主導権が戻ったことで安美(あみ)は体勢を(くず)すが、

間髪(かんぱつ)入れずに笑子(しょうこ)が両手で受け()める。


「大丈夫か 安美(あみ)!」

「う、うん。平気だよ! ……ありがとう。」

「ほんなら ええわ。ここは危ない。

 間違えてもウチの(そば)から離れるんやないで!!」

「う、うん! で、でも――」

「『必要以上に傷つけるな』っちゅーんやろ?

 今はそんなこと言ってられる状況とちゃうねん。」

「ご、ごめんなさい……」

「――でもまあ、善処(ぜんしょ)はしたるわ。」


掛詞(かけことば)笑子(しょうこ)は大きく息を吸う。


「〝バットがばばっと登場!〟」


そう唱えると、堅牢(けんろう)な金属バットが顕現(けんげん)する。


「(……さて、次はどう来るんや?)」

「・・・ピーー!! ピッピッピー!!!」


つらたんたんが笛を吹くと、

今まで楽しそうに(おど)っていたデッサン人形(にんぎょう)たちは、

まるで示し合わせたかのように一斉(いっせい)にこちらを向く。


安美(あみ)!! 頭を()げぇ!!」

「う、うん!!」


安美(あみ)がすぐにしゃがむと、

笑子(しょうこ)は勢いよくバットを360度振り回す。

するとその(すさ)まじい風圧で人形(にんぎょう)(たちま)ち吹き飛ばされる。


「す、すごーい!」

「感心しとる場合やないで!」


吹き飛ばされ破損したかに思われたデッサン人形(にんぎょう)は、

ずぶりずぶりと地面の下へと沈んでいき、

それと入れ替わるように新しい人形(にんぎょう)が現れる。


「代わりはいくらでもおるっちゅーわけか。

 さては、ウチらの体力切れを(ねろ)ぉとるな?」

「クウキヲ………ヨメ…………!!」


笑子(しょうこ)はバットを振り続けるが、一向に減る気配はない。

むしろ時間が()つにつれて数はどんどん増していく。


「クウキクウキクウキクウキクウキィィィ!!!」


そして彼らは まるでゾンビ映画のように、

両腕をブラブラ揺らしながら ゆっくりと近づいてくる。


「ちょっ (いた)ッ 痛いわ触んなやッ!!

 クソッ 一体一体は弱いにしても数が多すぎるやろ!!」


さっきの拘束(こうそく)()くんに言霊(ことだま)仰山(ぎょうさん)使ってもうたし、

持ってあと数分! それまでに決着つけなアカン!


でもどないすんねん、掛詞(かけことば)笑子(しょうこ)

この状況、どう考えても持久戦は不利や。

一か八か、上空のあいつにどデカいの一発食らわすか?


……いや、それはアカンか。

もし仕留(しと)(そこ)なった場合、ウチは戦えんくなる。

その場合、誰が安美(あみ)を守れるっちゅーねん。

自分で分かっとるやろ。言霊(ことだま)の限界っちゅーもんが。


安美(あみ)!! 紡久(つむぐ)先輩に連絡は!?」

「もう試したけど、圏外(けんがい)!!」

「あ゛ーーー!!! 狡賢(ずるがしこ)いったらありゃせんわ!!!」


落ち着け。腐った脳みそぶんぶん回せ。

ウチは何のために自分を(きた)え上げてきたんや。

(かたき)()ちしたいんやろ? 『戦争』を(たお)すんやろ?

こないなとこで押し負けててどないすんねん。


「…………あ。」


()け始めた金属バットを見て、笑子(しょうこ)は声を()らす。


言霊(ことだま)は、物理法則にも(あらが)いうる力だ。

“無”から“有”を生み出すことができる唯一の力だ。

だが無理な具現は、(すなわ)ち膨大な言霊(ことだま)の消費に直結する。

(ゆえ)に、今の笑子(しょうこ)言霊(ことだま)(ほとん)枯渇(こかつ)状態にあった。


「(アカン。バットが元に戻らへん。なんでや。

 もう人形(にんぎょう)の波がそこまで迫ってるっちゅーんに!!

 ここでやらなきゃ、安美(あみ)が―――ッ!!!)」


笑子(しょうこ)は眼前の人形(にんぎょう)の群れと安美(あみ)を交互に見る。


「受ケ入レヨ。」

「「!?」」


(まん)()して、上空のつらたんたんが語り出す。


「身ニ振リ掛カル全テヲ受ケ入レヨ。」


耳貸すんやないぞ、掛詞(かけことば)笑子(しょうこ)!!

こんな妄言(もうげん)に気ぃ取られとる場合やない。

もう すぐそこまで――、


(ヒト)リハ、(ツラ)カッタダロウ?」


笑子(しょうこ)の動きが()まる。


「我ハ、知ッテイルゾ。

 人間ハ イツダッテ同調(ドウチョウ)ヲ求メル。

 所詮(ショセン)人間モ生物(イキモノ)。弱イカラ()レルノダ。

 ドウセ(コト)帰趨(キスウ)(ソウ)ジテ同ジ。同調(ドウチョウ)ナリ。

 ()ラバ、オ前ノ(アラガ)イニモ意味ハナイ。」


デッサン人形(にんぎょう)がすぐそこまで近づいている。

地面に落ちたバットは、光となって()()した。

掛詞(かけことば)笑子(しょうこ)の視界は、どんどん(せば)まっていく。


笑子(しょうこ)ちゃ――」


安美(あみ)の呼びかけを(さえぎ)るように、つらたんたんは語る。


「オ前ラモ、彼ラト同ジヨウニ振ル舞エバ、

 (ウレ)イカラモ、苦痛カラモ、(ニク)シミカラモ解放サレル。

 サア、無駄ニ思考スルノハ()メニシテ、

 我ラト打チ解ケ合イ、楽ニナロウデハナイカ。」


耳触りの良い言葉に()まれそうになったその時、

安美(あみ)(のど)が張り裂けんばかりにその名を呼ぶ。


笑子(しょうこ)ちゃん!!!」

「!」


安美(あみ)掛詞(かけことば)笑子(しょうこ)を後ろから抱き締める。

すると安美(あみ)言霊(ことだま)笑子(しょうこ)に流れ始める。

それは刹那(せつな)(ほこり)(まみ)れた思い出を引っ張り出した。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


「なぁなぁ、お父さん。

 なんでウチは『笑子(しょうこ)』って名前なん?」


素朴(そぼく)な疑問を飛ばす笑子(しょうこ)の頭を、

父親の大きな(てのひら)がわしゃわしゃと()でる。


「もう自分の名前に関心を持つ(とし)になったか。」

「や、やめぇや、恥ずかしっ!!」


腕を振り払う笑子(しょうこ)に、父親は微笑(ほほえ)む。


「……なにわろてんねん。」

「ええか、笑子(しょうこ)。その名前には、

 お父さんとお母さんの願いが(こも)っとるんや。」

「願い?」

「ああ、そうや。」


首を(かし)げる笑子(しょうこ)に、父親が笑って答える。


「笑顔には不思議な力があってな。

 どんなに(つら)いことがあっても笑えさえすれば、

 次第に心ってのは自然に立ち直っていけるんや。」

「ほんまかいな。(にわか)には信じられへん。」

「なら(だま)されたと思ってやってみぃ。」


笑子(しょうこ)はぎこちなく作り笑いをする。


「あっはっはっはっ!!」

「最低や!! この父親 人の笑顔を笑いおった!!」

「いやぁ……すまんすまん。そうよなぁ。

 おもろくないのに笑えっちゅーんも無理があるわな。

 どれ、父ちゃんがとっておきのギャグを見せたる。」

「・・・・・ゴクリ。」


笑子(しょうこ)固唾(かたず)()み、父親のギャグを今か今かと待つ。


「『駄洒落(だじゃれ)を言ったのは、誰じゃ』!」

「つまらん。」

「我が娘ながら手厳しいッ!!!」


父親はバツが悪そうにポリポリと頭を()いた。


「え、ええか? 父ちゃんが言いたいことはな――」

「(あ、誤魔化(ごまか)した。)」


この時はまだそこまで大事に(とら)えとらんかったけど、


笑子(しょうこ)が毎日明るく笑って過ごせるように、

 ありったけの幸せと、最高の友達に恵まれますように。

 忘れんといてな。父ちゃんと母ちゃんはいつだって―」


今思えば、それはきっと、


笑子(しょうこ)の幸せを第一に願っとるからな。」


人生で最も大切なことだったようにも思う。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


「ふんッッッ!!!」


笑子(しょうこ)が目の前に居たデッサン人形(にんぎょう)を殴り飛ばす。


「何故、(コバ)ンダ!! 後少シデオ前ハ彼ラと同ジヨウニ――」

「すまんなぁ。(ようや)く思い出したんや。

 残念やけどその誘い、今回は見送らせてもらうわ。

 ()()()()に立ってしもたら、ウチが笑えんくなるからなァ!!」


笑子(しょうこ)が大きく息を吸う。


「〝コーンが、こーんなに。〟」


安美(あみ)笑子(しょうこ)の周りから(おびただ)しいほどの巨大コーンが出現し、

その圧倒的物量でデッサン人形(にんぎょう)をふっ飛ばす。


「……なんやこれ。力が(あふ)れて来る感じ。

 もしかしなくても、安美(あみ)がなんかしたんか。」

「う、うん。」

「おおきに! 上出来(じょうでき)や。……恩に着るで。」


よしっ! ヤッター!! できた!! できた!!

()()()と同じようにできた!!


『仲違い』のつらたんたんとの戦闘の時に、

私は紡久(つむぐ)先輩に言霊(ことだま)を譲渡したと聞いた。

それを無意識ではなく、意識的にやってみたのだ。


「っしゃあ。こっからはウチらの番や。」

「……黙ッテ従ッテイレバイイモノヲ!!」


無限に増殖(ぞうしょく)するコーンの山のおかげで、

私たちは そのつらたんたんと同じ高度まで上がれた。


安美(あみ)。前に図書室でやっとったバリア。出せる?」

「え? う、うん。」


安美(あみ)が念じると、彼女らの周りにバリアが現れる。


「コンナモノ……コノ手デ………!!」

「気づいとらんみたいやね。自分が詰んどるってことに。

 このコーンは、普通のコーンとは一味(ひとあじ)違うんやで?」


笑子(しょうこ)は、今日一番大きく息を吸う。


「一撃で仕留(しと)めたる。()ぜろ。〝土管(どかん)が〟」


つらたんたんの前に土管が現れ、コーンの山に着地する。


()―――ッ」

「〝どっかーん!〟」


土管が激しく火花と閃光を放ちながら爆発する。

さらにその膨大な熱は周囲のとうもろこしへと伝播(でんぱ)し、


BONG(ボン)!!」


巨大ポップコーンの連鎖する爆裂は、

つらたんたんと私たちを(まばゆ)い光と衝撃で(つつ)み込んだ。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


「――はッ!!」


気がつけば私たちは、

元いた『カフェ・ケセラセラ』に戻ってきていた。


「観念世界が()けたな。ウチらの勝ちや。」

「……あの大量のポップコーンはどうなったんだろう。」

開口一番(かいこういちばん)それかいッ!? ……まあ大丈夫やろ。

 観念世界の消滅に(ともな)って無くなるはずや。知らんけど。」

「テ、テキトーだなぁ……。」


まあ気にしても仕方ないか、と自分を納得させ、

私は手を合わせ、先程のつらたんたんに(いの)った。


「……なんや。つらたんたんに(いの)っとんのか。」

「うん。仕方のないことだけど、

 命を奪っちゃったことに変わりはないから。」

「…………ふーん。」


笑子(しょうこ)は悩んだ末、そっと手を合わせる。


笑子(しょうこ)ちゃん……」

勘違(かんちが)いすんな。これはウチの気まぐれや。

 ウチはこれからもつらたんたんを狩り続ける。

 ……でも、『戦争』以外はなるべく苦しめず殺す。

 それで、安美(あみ)は納得できるんやろ?」

「うん!ありがと。」

「ったく。気ぃ(ゆる)んで仕方ないわ。」


安美(あみ)笑子(しょうこ)がグータッチする。

安美(あみ)が笑いかけると、笑子(しょうこ)は照れくさそうに笑い返した。


安美(あみ)! 大丈夫かい!?」

「あ、紡久(つむぐ)先輩!!」


ダミーを(わき)(かか)えた紡久(つむぐ)が、(あわ)てた様子で走ってくる。

紡久(つむぐ)がちらりと見ると、笑子(しょうこ)がちろりと舌を出す。


「あとちょっと遅かったようやな。

 つらたんたんはウチがばーんと倒してもうたで。」

「……そうかい。別に、私は気にしないよ。

 安美(あみ)が無事でさえ居てくれるなら、それでいい。」


紡久(つむぐ)はそっけなく答え、

応急措置を(ほどこ)したダミーをテーブルの上に置く。


「……カッコつけちゃって。」


笑子(しょうこ)(あき)れたように言う。


「すまねェご主人様ァ……。

 まさかこんなことになっちまうなんて。」

「いいよ。私のために動いてくれてありがとう。」


ダミーが申し訳なさそうに謝ると、安美(あみ)は笑って許した。

その(すき)紡久(つむぐ)安美(あみ)の背後に回り、肩をぽんぽんと叩く。


「ところで、安美(あみ)。」

「ひゃ、ひゃいっ!?!?」


安美(あみ)が恐る恐る振り返ると、紡久(つむぐ)がぐいっと顔を近づける。


「私が何故怒っているのか、自分で分かっているね?」

「……………。」

「目を()らすんじゃない。……何故私を頼らなかった。」

「は、反対されるかと思って……」

「それが分かっていたなら何故 無断決行したんだ。

 君は私の忠告を相談もなく(やぶ)った。だから怒るんだ。

 ……いや、すまない。これはただの言い訳だな。

 私は、本当はどうしようもなく悲しかったんだよ。

 君が私を頼ってくれなかったというのは、ね……。」

「……!」


紡久(つむぐ)は少し(さび)しそうな顔をした。

彼女はすぐに取り(つくろ)ったが、声のトーンは低いままだ。


「まあ いいよ。今日はもう遅いし、帰るといい。

 続きはまた明日、しっかり話し合うとしよう。ね?」

「アハハ……(明日が怖いな……)」


なんだか、不安でお腹が痛くなってきた……。

頭も、ぐわんぐわんするような……。ぼうっとして――


「さて、掛詞(かけことば)笑子(しょうこ)。」

「なんやねん。」

「君とも一度しっかりと話がしたい。

 明日の昼休み、屋上に来てくれないか?」

「はいはい、分かった分かった。」


笑子(しょうこ)は空返事し、早々に席を立とうとする。


「待て! まだ話は途中――」


紡久(つむぐ)()めようとした瞬間、

ドサッと重たいものが地面に倒れた音がした。

音がした方向を見ると、安美(あみ)が力なく倒れていた。


「―――安美(あみ)?」

☆オマケ

このコーナーでは、作中で使われた(ことわざ)の意味や『使われ方』について解説を行います。


()して(どう)せず

今回のサブタイ。『周囲の人と協調はするが、道理に外れたことや自分の信念を曲げてまで、むやみに相手に同調はしない』という意味の(ことわざ)。『論語』子路に出てくる「君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず」という言葉の前半が由来。


守株(しゅしゅ)(たい)()

『過去の偶然の成功に固執して、新しい行動や努力をせず、進歩なく笑われる状況』を意味する四字熟語。ただし今回の言業(ことわざ)紡久(つむぐ)の場合、元となった『韓非子』の故事にて、一度偶然で得たウサギに味を()め、切り株を見守り続け笑われた農夫のことを話している。余談だが、この有名な故事は、北原白秋作詞、山田耕筰作曲の童謡『待ちぼうけ』の元にもなっているのだとか。


③勝って(かぶと)()を締めよ

『戦いに勝った後でも油断せず、さらに気持ちを引き締めて用心すべきだという(いまし)め』を意味する(ことわざ)。戦国時代、後北条氏第3代当主・北条氏綱が息子の氏康に送った「五か条の訓戒」に由来。

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