1言め『袖振り合うも多生の縁』
皆さんは、『言霊』というものをご存知でしょうか。
『言霊』とは、言葉に宿る力のことで、
古代より、日本人の間で長く信じられてきたそうです。
―そしてそれが今、目の前で起こっています。
「大丈夫だったかな、迷子の子猫ちゃん。」
当初の私はというと、
その奇奇怪怪な光景にひどく動揺していました。
ですが、その日この人の手を取ったことを、
私は今も、まったく後悔していません。
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日本のどこかにある町・ナントカ町。
そんな辺鄙な場所に住む平凡な私・一文安美は、
今日から晴れて女子高生の仲間入りを果たします!
いや〜、本当に長かったなぁ。
ゲームも漫画も封印して頑張った高校受験。
忘れもしない中2の夏、
オープンキャンパスで見に行って、
そのびっくりするほど白く美しい校舎と、
今風のとびきりかわいい制服に心惹かれ、
死に物狂いで頑張った。
まだ少々肌寒い季節の中、大量の数字の羅列の中から、
ただ1つの自分の受験番号を探し当てたあの喜び。
あれはアミちゃんの喜びランキングでも上位に入ります。
「さーてと、ここを曲がったら……」
「どこ、ここ。」
憧れのJK生活の開幕に浮かれていたら、
いつの間にか知らない場所まで来てしまっていた。
「え!? さっきまでの道は!?」
見渡せど見渡せど、そこは不気味な桜並木。
一方通行の砂利道と、枯れた桜しか無い。
道を外れれば果てしなく続く草原があり、
なんとなく、この道から逸れてはいけない気がする。
摩訶不思議な風景に唖然としていると、
前方の土地が隆起し、黒くてでかい何かが現れた。
「ウッ…………ウッ………ウッ………。」
その何かは、唸り声を上げながら天を仰ぐ。
そしてこちらを見て、叫びだす。
「JKマヂ許スマジ…………!!!」
「………はぁ???」
次の瞬間、その怪物の腕が私の真横にあった時、
「今日 私はここで死ぬんだ」と直感で理解した。
夢の高校生活を志し、
毎日毎日死ぬ気で勉強した日々が鮮明に蘇る。
「(ああ、たった一度でいいから、
心ときめくような、素敵な恋がしたかったなぁ…。)」
その時、春疾風の如きスピードで怪物の腕を断つ者が居た。
「大丈夫だったかな、迷子の子猫ちゃん。」
「ひゃ、ひゃい!」
女性だ。制服を来ている。ウチの制服に似てる?
私は、彼女から差し伸べられた手を恐る恐る取る。
「…! 危ない!!!」
「ひゃわわわわッ!?」
怪物の腕が突っ込んできたため、
彼女は私をお姫様抱っこし、空中へ逃れた。
カラメル色の透き通るように綺麗な髪…!
目がトパーズみたいに輝いて見える…! しかも二重!
睫毛なっが!!! 加えてなんかいい匂いもする…!
「(誰だこのパーフェクトウーマンは!?)」
がっちりと腕に抱かれて困惑している私に、
彼女はにっこりと笑いかける。
「ぐっはぁ!!!」
「君!? 大丈夫かい!?」
私が鼻血を噴出してぐったりとしたため、
その超絶美少女は慌てた顔をしていた。そこもかわいい。
「フゴーカック!!!」
怪物が腕をゴムのように柔軟に伸ばし、
私たちを捕らえようとするかのようにぶん回す。
「ひぃぃ!? 何なんですかあの化け物は!?」
「『つらたんたん』だ。」
「……すみません、よく聞き取れませんでした。」
「『つらたんたん』だ!!!」
「名前かわいすぎやしませんか!?」
会話の邪魔をするように、
『つらたんたん』とやらが猛攻撃をしかけてくる。
「くっ…! 一旦戦線離脱するとしよう!」
彼女は深く息を吸い込む。
するとその瞬間だけ、口の周りに紋様が浮かび上がる。
「〝疾風に勁草を知る〟」
そう彼女が力強く唱えた瞬間、
どこからともなく強風が吹き荒れ、
つらたんたんの動きを封じた。
「これで幾秒かは持つだろう。」
「い、今のは一体………!?」
「ん、ああ、出会ったついでだ。教えよう。
私が何者で、『つらたんたん』は何なのか。」
「(彼女のことを知るチャンス!!)」
「古来よりこの日本においては、
『言葉には力が宿る』という考えが強く信じられている。
それは誠だ。
時折、人々の負の感情が極限まで高まる瞬間がある。
その瞬間、この『観念世界』に、
確かな形を伴って産み落とされる者が居る。
それこそが、あの『つらたんたん』であり、
『つらたんたん』の引き起こす厄災を防ぐために、
古くから彼らと戦うため、その術を継承してきた者、
それが私たち、『ことだマスター』だ。」
先程の風の力が消え、怪物が再び攻撃を開始する。
「中でも私たち、言業の一族は、
その名の通り、“諺”に特別な力を込め、
自分の思うままに顕現させることが出来る。」
彼女が再び大きく息を吸う。
「フゴーカック!!!」
「〝瞋恚の炎〟」
つらたんたんの肉体が発火し、激しく燃焼する。
「ヴォォォォォォォォォォ!!!」
炎はたちまち つらたんたんの全身を包み、
全身を焼き焦がされたその怪物は悲痛な叫びを上げる。
「…こんな風にね。」
「……すごい。」
見事なまでに洗練された、一挙手一投足に無駄のない戦闘。
きっと、数え切れないほどの修羅場を経験して、
初めて為せる段階の技術なのだろう。
だが、何故だろうか。
私はその頼りがいのある背中が、少し残酷に見える。
ここまで一方的に、圧倒的に、非人道的に蹂躙され、
炭と化していくこのつらたんたんを、哀れに思った。
そう思うと、無意識に私は走り出していた。
「ちょっ……! 君! 危ないよ!!!」
「うるさい!!!」
「はぁ!?? 私は君を心配して――」
「『つらたんたん』は確かに怪物かもしれません。
でも、元は人間の気持ちなんでしょう!?
『ことだマスター』だか何だか知りませんが、
それを力で一方的に斃すなんて残酷なやり方、
私は好きじゃない!!!」
「なっ……!?」
一文安美は、その燃え尽きた怪物を抱きしめる。
「少なくとも私は、そういう気持ちを排除するんじゃなく、
寄り添って、慰めてあげたいと思う。」
怪物は、一文安美を拒まなかった。
むしろその抱擁を受け入れ、抱きしめ返した。
「アタタカイ………。」
怪物の肉体が刻一刻と崩れ始める。
「私モ……アナタミタイナJKニナリタカッタ………。」
「うん。そっかぁ……。」
こうしていると、このつらたんたんに込められた、
恨み、つらみ、妬み、無念が流れ込んでくる。
安美はさらに強くつらたんたんを抱きしめた。
「何故だ……。」
初めてつらたんたんが出現し、
ことだマスターが生まれてたのが平安時代。
それからの約千年間、誰一人として、
つらたんたんを真の意味で『静め』られた者は居なかった。
だが今、目の前に居るこの女は、
まるで天から遣わされたのごとく、
つらたんたんを懐柔し、救ってみせた。
この女は、普通の人間ではない。
しかも、ことだマスターとも別種の人間。唯一の例外。
「(欲しい…!)」
欲しい。私はこの女を手元に置きたい!
是非ともつらたんたんの撃退に協力していただきたい!!!
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「……行っちゃいましたね。」
「そのようだな。」
つらたんたんは塵1つ残さず消えてしまった。
安美は、ことだマスターの女の方へ振り向いた。
「私は、あのつらたんたんを救えたんでしょうか。」
「………ああ、きっと。
――あれは、『不合格』のつらたんたんだった。
この春、夢破れ絶望した受験生たちの、
無念な気持ちが、形となって現れたのだろう。」
女が安美の頭を撫でる。
「感謝するよ。君の行為に。」
「ちょっと! やめて! せっかくの髪型が崩れる!!!」
「おっと、すまない、つい。」
女は慌てて手を引っ込める。
「ところでだ、君に1つ提案があるんだ、子猫ちゃん。」
「私は子猫じゃありません!
それに私には、一文安美っていう、
ちゃんとした名前があるんですよッ!!!」
「おお、安美というのか。素敵な名前じゃないか。」
女は流れるように手を安美の頬に移動させる。
「ひゃっ!?」
「ますます気に入ったぞ、安美!
私は君のことが欲しくて欲しくてたまらない。」
「(えぇぇ!? ほ、欲しいってどういう!?)」
この時、変な想像して浮かれていた自分を、
思いっきり助走をつけた上でぶん殴りたい。
「どうだろう!?
これからも一緒に、つらたんたんと戦わないか!?」
「・・・・・。」
「どうやら、君には特別な力があるらしい。
きっとその力は、君にとって大きな武器になるはず。
なぁに、タダでとは言わないよ?
1回の戦闘につき、高校生にはあり余るほどの
莫大な報酬を約束しようじゃあないか!
大丈夫。初めは慣れない戦闘に苦戦するだろうが、
私が手取り足取り念入りに指南してやろう。
だから是非とも、私と一緒に………ってもう居ない!?」
いつの間にか一文安美は、
地平線の彼方へ、まるで胡麻粒の如き大きさになっていた。
「無理無理無理無理ッ!!! なんなのあの女!!
私のことを便利な道具か何かとしか見てない!!!
ああいう人間には関わらないほうが吉! そうに違いない!!」
安美は脱兎のごとく、ひたすらに駆けていた。
「あちゃ〜。逃げちゃったかぁ〜。」
そう彼女が洩らしたその時、パリッと空間に亀裂が走る。
「あらら、もう観念世界が閉じちゃうよ。
これじゃあもう追いつけないや、残念。
でも大丈夫。近々また会うことになるだろうから。」
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あのあとどうなったかというと、
本当にひどい目にあってしまった。
あのヘンテコ世界から解放され、
いつの間にか入学式開始間近の時間になってて、
あまりに急いで走っていたものだから、
人にぶつかったり、車に撥ねられかけたり、
挙句の果てには7回も転んじゃったりするし、
本当に散々だった。
でも、こうして入学式にはギリギリ滑り込めたわけだし、
なんやかんやで私、結構ツイてたりして…!
『えー、続いて、在校生代表挨拶。
生徒会長・言業紡久さん、お願いします。』
「はい。」
「(………は?)」
「オホン。えー、皆様。
本日は誠におめでとうございます。
在校生代表として、新入生の皆さん、
ご列席の皆様に心よりお祝い申し上げます――」
「(……………は??)」
『言業紡久さん、ありがとうございました。』
その女は、退壇する際に私と目がばっちり合い、
バチクソにウインクをかましやがった。
「ねー、生徒会長、美人さんだったよねー!」
「てかウインクしてたよね?」
「してたしてたー。えー、誰にだろう?」
「気になるー。」
「(はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?)」
斯くして、私・一文安美の高校生活は、
最悪の幕開けを遂げたのであった……。
「(『袖振り合うも多生の縁』。
きっとこの出会いは運命に違いない。
絶対に逃さない。必ず、彼女を手に入れてみせる。)」
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☆オマケ☆
「一文安美です。」
「言業紡久だ。」
「このコーナーでは、作中で使われたことわざの
意味や『使われ方』を解説していくよ。」
「それではさっそく行ってみよう!」
①疾風に勁草を知る
「『勁草』は、強い風にも耐える丈夫な草のことで、
要するに、困難な状況に直面した時にこそ、
初めてその人間の真価が分かるという意味ですよね。」
「さすが安美! この高校に受かっただけあって、
教養はバッチリ身についているみたいだな!」
「あっはは…(スマホで調べたなんて言えない……)」
「私は今回、あのつらたんたんの強さを試すという解釈で
強力な風を巻き起こし、足止めに使ったというわけだ!」
「なるほど!分かりやすい!」
「それでは次に言ってみようか!」
②瞋恚の炎
「これは私も知りませんね。どういう言葉なんですか?」
「『激しい怒りや憎しみ、恨みを、
燃え盛る炎に例えた言葉』だとされている。
『瞋恚』とは仏教用語で、怒りや恨みの心を指すから、
まさに『つらたんたん』の本質を指しているようだな!」
「はぇ〜。物知りですね〜。」
「今朝知った。」
「今朝!?」
③袖振り合うも多生の縁
「これはさすがに知ってますよ!!
『道で人と袖が触れ合う程度の些細な出会いも、
前世からの深い因縁によるものだ』って意味ですよね!」
「その通りだ!! やはり……!
安美との出会いは運命だったということか!!
安美!!! 今からでも一緒に戦わないか!?」
「嫌ですよ!? しつこく勧誘しないでください!!!」