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救国の聖女はデスボで吼える

作者: 伏町 よい

召喚されてやってきた聖女様の見た目が黒と緑のツーブロック刈り上げピアスだらけで、障気を取り込んで力に変え、吼えたり歌うことで祓い浄められたら、という妄想。

 

 王都から西へ二日ばかり下った先にある、迷いの森と呼ばれる、昼間でも暗くじめじめと重苦しい雰囲気の森の中を只ひたすら行軍すること丸三日。

 ようやく辿り着いた先には、粘着質な泡でポコポコと障気を生み出し真っ黒に変色した、かつては泉だったものが広がっていた。


 建国より最強と謳われた、二百年前の十八代聖女が『私が浄化をしたところで漆黒が黒に変わるだけのこと。なにも変わりませんわ』と匙を投げてからというもの、放ったらかしにされていた国内随一の瘴気溜りだったが、この度王国が召喚した聖女様の桁外れの浄化力ならなんとかなるのでは? と一縷の望みをかけてやってきたはいいものの、まさかこれ程までとは。

 想像以上に濃く広い瘴気溜りに、私は思わず息を呑んだ。


 濃い障気から身を護るため、聖紋を刺繍した白布で顔半分を覆い隠してはいるが、それでもなんとなく喉の奥がイガイガしているような気がする。

 軽く咳払いをして、澄ました顔を取り繕うと、私は隣の聖女様に向き直り膝を着いた。


「聖女様、よろしくお願いいたします」


 聖女様はひとつ頷かれると、彼女の後ろに控えていた騎士や神官、魔導師を振り返り、聖女様の神具『まいく』と『おんがくぷれいやぁ』を受け取ると、青く彩られた口元にまいくを添え、声を張り上げた。


『森全体に遮音結界展開! ヨシ! 各自耳栓装着! ヨシ!

  ッカー!! キタキタキタキタァ!! ヤッベェくらい障気がギュンギュンキてるぜぇ!!』


 そのまま危ないクスリを決めた浮浪者の如く、聖女様が両目をかっぴらき、ぐるりと辺りを見回して結界と耳栓の確認を済ませると、お手の中の小さなおんがくぷれいやぁから、腹の底に響くような太鼓の音とギャリギャリした不快な音が森に爆音で鳴り響いた。

 そして何かに取り憑かれたかのように、髪を振り乱し、その音に合わせもげそうな程首を振っていた聖女様が両手にまいくを握りしめると、突然深く腰を折った。


 あぁ、くる、くるぞ!!!


「総員! 伏せろ!! 吹き飛ばされるぞ!!」


『…ァアアアアア!!! OK! 3.2.1!!

  ッヴォオオオオオオオオイ!!!!!! 』


 聖女様のまいくを通し、獣の咆哮としか言い様の無い叫び声が森全体に衝撃波として拡がっていく。


 身体強化硬化薬を飲んでいても、ビリビリと肌に伝う振動がその威力の凄さを物語る。

 その衝撃波はゴウッと木々を揺らし圧し折り、中型程度の魔物すら舞い上がらせては消滅させていく。

 ……ちょっと待て、今吹き飛ばされ消滅したのは長年冒険者ギルドで塩漬けにされていた討伐依頼対象のキマイラではなかったか!?

 高ランク冒険者パーティ数組で掛かってやっと倒せるかどうかのS級魔物があんな簡単に…… 空を舞って消えるとは……


 そんな森を一掃するような波動が収まった頃には、そこには目を疑いたくなるような、陰鬱な雰囲気もどぶのような障気も霧散した、穏やかな森の姿があった。

 泉は聖女様の力を強力に受けたせいか、透明度が美しい、非常に純度の高い聖水をたたえる聖場へと変化していた。

 あんぐりと開いた口と目が塞がらない。

 毎度のことながら、この規格外の浄化力には圧倒させられてばかりだ。


「……ま、まったく、本当に…… 色々と規格外なおなごですね。聖女様は」


 ハッと我に返り表情を正し、詰めていた息を吐き出してじっとりと聖女様を見やれば、スッキリしたと晴れやかな笑顔で肩を回す彼女と目が合った。


『規格外結構! いいじゃん、浄化されりゃなんだってさ』


ニカッとおおよそこの世界の淑女らしくない、屈託のない笑みを向ける聖女様に、そうですね、と私もふっと格好を崩した。



 女性にしては少し高い背丈に、上下で黒と緑に染め分けた短い髪を後頭部で更に刈り上げ(聖女様の世界ではつーぶろっくと言うそうだ)、細く短い眉に黒い色粉で囲んだ目元と、青い紅がひかれた口元という奇抜な様相。

 耳には大小様々な穴が開いていて、銀色の輪や棒、小さな宝石が通されている。すらりとした体躯のどこからあんなに獣じみた声が出てくるのか甚だ疑問しか持ちえない。


 召喚に成功すれば、今後聖女様にお使えする聖騎士団の団長として私も召喚の義の末席に配されていたというのに、今となっては見慣れているが、初見時は魔族かと警戒し真っ先に剣を向けたのも懐かしい。


『ちょっと待って、そんな物騒なもん向けないでくれる?

 なんかぁ、ライブ帰りに突然目の前が光ってうわ眩しッ!…って目を瞑って、気がついたらギリシャ神話っぽい真っ白な石柱の立ち並ぶ神殿で、絶世の美女に膝枕されてたんだよね〜

 で、その美女が自分の管理する世界であなたの力を貸して欲しいって頭下げるもんだからさ、よっしゃアタシで良けりゃやったるか! って何か色々チート貰って、声のする方に行けって言われて来たんだけど、ここであってるよな?

 早速だけど、美女の話じゃヤベェ事になってんだろ? アタシ何すりゃいい?』


 剣を向けられてもなお動じること無く、真っ直ぐ私を見つめ自分は何をすべきかと問われる聖女様に、私は格の違いを見せ付けられたような強い衝撃を受け、気がつけば膝を折り、私は深く頭を垂れていた。



「いやはや、此度も大変お疲れさまでした」

『ん? いやいや、アタシは何にも疲れてないよ。これくらいじゃ喉も涸れないし』


 そんな出会いを思い返し、こちらに来られてから聖女様の起こした奇跡の数々を反芻しながら労りの言葉をかければ、聖女様ははにかみながら『それよりも』とぐるりと周囲を見渡すと、キツい印象を受ける目元を和らげた。


『アタシの為に色々やってくれたみんなのおかげで浄化できたんだ。みんなの方がお疲れ様だよ。本当にありがとうね』


 そんな聖女様の心からの労いと笑顔に、ウッと胸を抑える者がちらほら。かくいう私も言いようのない感情の渦が沸き起こり胸を抑えた一人である。

 どこかから「尊い……!」と絞り出したような声が聞こえたが、なるほど、この感情が尊いということか……


『え、何みんな大丈夫? 瘴気吸っちゃってた?

 ちょ、団長までヤバくない? 待って今回復効果のあるやつ歌うから!』


 そう言い切るより早く、おんがくぷれいやぁを操作し、先程の腹の底に響くような音楽とは違った柔らかなパイプオルガンの旋律が辺りに響き渡ると、スゥッと息を吸った聖女様の喉から美しい高音の優しい歌声が紡ぎ出された。

 同時にあちこちで身体が淡く発光し、疲労や細かな傷が綺麗に消え去っていく。


 それを嬉しそうに、優しい眼差しで見つめ、一層伸びやかに気持ちよさそうに歌う聖女様の周りには、最高位聖魔法属性者にしか纏えない柔らかな白金の光の粒が、歌に合わせるように舞い踊っている。

 魔族のような見た目の女性が国でたった一人の高貴なる白とはなんとも、あぁ、このギャップがまた尊いのか。


 身体を包む癒やしの光に心地良く浸りながら、この優しく慈愛に満ちた奇抜な聖女様が何の憂いもなく、恙無く浄化の旅を終えられるよう、今後も気を引き締めてお守りしよう。

 そう私は固く誓ったのだった。


以下登場人物紹介など。


〈聖女様〉

元の世界ではヘヴィメタやV系のインディーズバンドでボーカルをしていた。時代が時代ならKE●Aモデルもやってたかもしれない。

ライブはするのも見るのも大好き。見た目はイカツイが優しく気風の良い姐御。聖女じゃなければ酒場の女将が天職。


〈私〉

聖女召喚を行った国の聖騎士団団長。

仕事はキッチリこなすが色々とおおらかな好青年。この度聖女召喚に立ち会い、召喚された聖女がおおよそ聖女らしくない風貌だった為、真っ先に剣を向けた。今ではすっかり聖女様信奉者。多分恋愛的な好きも芽生えてる、と思われる。

国防の要である聖騎士団は、魔物や魔族の討伐に加え、聖教会と連携して定期的に地方巡回や瘴気の浄化を行う。聖騎士団も聖教会もホワイト企業。

また、聖騎士団とは別で治安維持や対外勢力の為の国軍騎士団もあるが、そこには戦馬鹿が多く集まるため聖騎士団とは余り仲が良く無い。


〈浄化の旅の同行者達〉

俺達の聖女様はすげぇんだぞ!!てぇてぇ…!!!仰げば尊死……


〈召喚した国〉

それなりに大国。良き統治者の元で発展しているため富んでいる。一部の貴族と第ニ王子派以外は大変良く出来た方々ばかり。


当初は連載にしようと思ってたので、召喚聖女に喧嘩を売る第ニ王子派とか国軍とか、自称聖女がしゃしゃってきたりとか色々考えてました。

元気があれば書いてみたい。

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