98 御厨ナギは叱られる ナギ視点
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「あの~、御厨さん宛に女性のお客様がいらしてるそうですが、いかがいたします?」
壱番隊の執務室に入ってくるなり事務員がおずおずとそう口にした。
そんな来客の予定は無いはずだと訝しんでいたら「女? おいおい、ナギには女の客を通さないって話だろうが」と俺が口を開く前に天方が返答する。
俺のファンだという女が庁舎まで来るのも珍しくはない。それは周知されているので、先に来客予定を伝えなければ基本的に確認も取りに来ずに追い返す手はずになっているはずなのだが。
そもそもが内線電話で事足りるのに、何故ここまで足を運んだのだろうか。
「それが……門前の警備員によると藤原忍だといえばわかるって言われたんだそうです。それでわからなきゃ番いの資格はない、とも」と、事務員がしどろもどろになりながら弁明する。
「――藤原忍?」
みやびから度々聞いていた母親の名前だ。
その母親が突然来訪? みやびからは一切聞いてないが……。
とにかく待たせるわけにも行かない。
「わかった。すぐに行く。天方、後は頼む」
「ああ」
「了解しました。応接室にお通ししています」
安堵の息をつく事務員。極度の緊張状態にあったようだな。
その態度に若干の不審を抱きながらも、足早に応接室へと向かった。
一瞬、ここ最近特に不審な動きをしているというノラネコたちが頭をよぎる。あれ以来ミケネコが大人しいのも気がかりだ。
そしてもし本当に来訪者がみやびの母親だとしても事前の連絡もなく、突然庁舎に尋ねてくるのもどことなく嫌な予感がする。
応接室に入る前に軽く身だしなみを整える。みやびからの話だと、かなり気難しい人物らしいのでせめて第一印象は良くしておきたい。
ノックをして一呼吸のちに部屋に入ると、凛とした雰囲気の女が姿勢を正して座っていた。俺に一瞥をくれると、目を細めた後すぐに視線を外された。
墨色の着物に白いかすみ草のデザイン、所々黒色のデザインの青海波がデザインされてる。腰まである長い髪の毛を簡素な髪飾りで後ろで一つに纏めている。
一見した限り、とても高校生の娘がいる年には見えない。
そして、初めに受けた印象は「みやびとは全然似ていない」ということだった。
艶やかな黒髪も、陶器のような白い肌も、冷徹そうな瞳も、感情がまるで読めない人形のような美貌も何もかも違った。本当にこの2人は血が繋がっているのか、と率直に思った。
戸籍上では母娘だが、その戸籍自体も他人から強奪したものだ。本当の母娘かどうかすら疑わしい。
そう考えていたら、椅子に座っていた女性が「あの子は正真正銘私が産んだ子よ。不躾だこと」と不快感を隠さずにその美しい顔をゆがめて言った。
一瞬、思考を読まれたかと思ったが、もしかしたらこの言葉はよく言われてるのかもしれない。みやびも以前「母親とはまるで似てない」と言っていたし。
相似性は無いと思っていたが、以前俺を拒絶した時の彼女とは声の質がとても似ていた。
――魂をも凍らせるような、酷く冷たい声。
何者も寄せ付けないその美貌は、確かに事務員が気後れする程のものだ。そして触れるものを容赦なく切り裂くような雰囲気を漂わせている。
ふと見ると母親の右耳にみやびと全く同じピアスが付けられていた。淡い黄色の小さな天然石。
みやびが常に右耳に装着しているピアスも母親から渡されたと言っていたか。
元々は一対の物だったのだろうか。
気を取り直し、軽く会釈をする。
「失礼しました。初めまして、お嬢さんとお付き合いさせていただいています。御厨ナギと――」
「挨拶は必要ありません。護国の犬なんかの名前なんて興味ないわ」
ある程度予想して来たが、母親がわざわざここに来たのはあまりいい話じゃなさそうだな、と彼女の対面に腰掛ける。
どう話を切り出すべきか、と思っていたら彼女の方から口を開いた。
「あなた、あの子をどうしようというの? こんな進路を決める大事な時に」
それは本当に申し訳ない事をしたと思う。この母親がみやびの進路を心から心配しているかは疑問だが。
未だみやびの進路が確定していないので聞いたら「ん~ちょっと、ね」と誤魔化されてしまった。
恐らく母親が絡んでいると推測していたが。
「それについては弁解の余地もありません。俺の都合で彼女を振り回してしまって申し訳なく思っています。ただ、本当に彼女を愛していて、高校を卒業したら結婚の――」
「結婚? なにを馬鹿なことを。私がここに来たのはこれ以上あの子につきまとわないでと言いに来たのですよ」
高圧的な態度でピシャリと俺の言葉を遮る。有無を言わさない態度だ。
俺だけでなく、普段からみやびにも同じ威圧感でもって接しているのだろうか。なんとなくみやびが母親について話す時の他人行儀な態度が分かった気がした。
「待ってください。俺に問題があるのなら正します。護国機関が気に入らなければ退職もします」
本心だ。彼女の為なら仕事も辞められる。
母親は「はあ」とわざとらしく大きなため息をつき「そういうことじゃないのだけど、白の貴公子とやらも鈍いのね。だから護国なんかに担がれてるのでしょうけど」と嘲るように笑った。
発言にいちいち嫌味を織り交ぜる。そしてどうやら護国機関を毛嫌いしているようだ。
彼女の過去に何があったのか知らないが。
「大方気付いてるでしょうが、あの子はそもそもあなたの番いとやらの『藤原みやび』ではないのですよ。あなたの大事な大事な番いとやらはもうすでにこの世に居ない。それすらも見通せないだなんて、三つ目の巫女とやらも大したことないわね」
「!」
やはりこの母親は本物の藤原みやびの死に関わって、母娘の戸籍を奪った、という事か。
だが、何のために?
ふと考えついたのは、みやびの父親が借金を残した、もしくは犯罪を犯したせいで母娘が世間の目を逃れるために戸籍を乗っ取ったのでは? ということだ。
しかし、借金があったと仮定するにしては、母親の金回りは悪くない。というか、かなり良い方だ。
「ツキノワ」という名義から定期的にまとまった金額が振り込まれているらしい。
みやびから話を聞いていた限りでもよくわからない女だが、対面して直接話をしていても底が見えない。
何にせよこの華奢な体で戸籍を奪うために殺人を犯したとは思えないし、異能力も持っているとは思えない。
一般訪問者が護国機関のこの庁舎に入るには出入口のゲートで異能力の有無も測られる。
ここまで問題なく入って来られたという事は普通の人間という事だろうが、それにしては何か異質なものをこの女からは感じる。今まで対峙してきた異能力者のそれよりもかなり深い闇を。
「――なら、彼女は誰、なんですか? あなたは彼女の名前を呼ぼうとしないらしいですね。本当の名前は――なんというのですか?」
知りたい。
彼女の素性を。
本当の名前を。
みやび自身も覚えてないその名前を。
「赤の他人に教える義理なんてないでしょう、なんて図々しい」
鼻で笑いながらも「赤の他人」と強調する。俺たちの恋情なんか歯牙にもかけないといった感じだ。
「とにかく」
音もたてずに母親は立ち上がる。
「その端正な顔のお陰で女には困らないでしょう? あの子以外となら好きに遊んで、飽きたら適当な女と結婚だろうがなんでもするがいいわ。もうあの子には一切関わらないで頂戴」
俺を一瞥もせずに部屋を出ていこうとする。
「待ってください、お母さん」
思わず呼び止めてしまった。反論する言葉も思い浮かばないのに。
ぴたりと動きを止めた母親は振り返り「あなたに、お母さんと呼ばれる筋合いはないわ」と殺意の籠った目で見下し、吐き捨てた。
俺が怯んだ隙にそのまま母親は部屋を出て行った。
なんなんだ、あの女は……。
まるで人の皮を被ったバケモノと遭遇したような気分だった。




