93 雨の日の悪戯 みやび視点
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21時30分。
新たなお客さんが来たことを知らせるドアベルが鳴ったので見るとナギ。
いつものようにナギが迎えに来てくれたけど、今日は雨が降っているから店内で待ってくれるようだ。
ちょっと早めの時間についたようなので、コンビニで待つわけにも行かないしね。
それはいいんだけど、同僚のメイドがナギを見て沸き立ってちょっと困る。
揃いの番いの指輪をしていることから、店長含めバイト仲間からもナギが私の番いだとは周知されている。
「あんたはいつでも会えるんだから、接客やレジは私たちに譲れ」と言われ、ナギの接客はさせてもらえない。
理不尽だ。
とはいえ、スタッフの数が少ない深夜帯は嘆く暇もないくらい忙しい。
ばたばたと働いていたら視線を感じて振り返ると、時折ナギと目が合った。
視線がぶつかるとふんわりと優しい笑みを返してくれた。
働いてる姿を見られるのはちょっと恥ずかしいな。
バイト仲間の宣言通り、ナギの接客は一切させてもらえなかった。
気のせいか、彼の恨みがましい視線をずっと感じる。
そして私が他のお客さんの対応をしていると、その視線が嫉妬を含んだ湿ったものに変化している気すらする。
……自意識過剰かな。
忙しなく動き回っていたら、あっという間にバイト終了の時間が来た。
丁度接客をしていなかったのですぐさま更衣室へと戻り着替えて足早に店を出る。
急いで出たつもりだったけど、ナギが傘をさして外で待ってくれていた。
待たせちゃったな……。
朝からずっと降っていた雨はまだ止みそうにない。
勢いは落ちたみたいだけど傘をささなければならないから、いつもよりちょっとだけ距離が離れて歩かなきゃいけないから寂しい。
手も繋げないし。
以前そういうことを言ったら「二人で差せる傘というのがあるのか……いいな」とネットで調べていた。
その内買いそうだ、この人。
2人揃ってる時で、なおかつ雨が降るとわかってる時限定でしか使えないじゃん。
使い道が限られてる傘は買うのがもったいなくないかな。
……ナギはそうは思わないんだろうな。
夜道。
雨が降っているせいか他に通行人の姿が見られない。
「折角店に行ったのにみやびに接客されないのは残念だな」とナギが心底残念そうに言う。
「そうだね。私も不満だけど、みんな押しが強いから」
というか、怖いくらいだ。
目が血走ってるもんなぁ。
うちのバイトの子たちは、自分の好みではないお客さんが来たら割とぞんざいな態度で接客をしていつも店長に怒られてる。
みんな、凝りてないけど。
せめて賃金分くらいはまじめに働こうよって思うんだけど。
個人的には、ある程度匂いや身だしなみに気を付けてくれさえすればお客さんの見た目の良しあしなんてどうでもよい。
というか、見た目の問題よりも「金を支払ってる自分たち客の方が偉い。だから従業員にはどんな態度をとってもいいんだ」と勘違いしてなきゃそれでいいよ。
レジの清算の時、お金を投げるようにトレイに入れるお客さんとかも正直腹が立つ。
見た目は関係ないとはいえ、ナギみたいな端正な顔立ちのお客さんが来たら他のウェイトレスの子たちが張り切るのは分からなくもないけど。
ちらりと彼の様子を伺う。
「番いが出来た」と周知されていても、未だ「白の貴公子」という広告塔としての人気は衰えてないらしい。
あまり深く聞けないけど、ナギとしてはその異名が嫌みたいだけど。
でもそのあだ名の通り、彼は容貌が優れて育ちがいいのかどことなく気品もある。
ナギには言えないけど「貴公子」とはうまい事を言うなと思う。
一般家庭で育ったらしいけど、多忙なご両親に代わり厳格なお爺さんに育てられたらしく礼儀作法が身についている。
……私に対しては時折ちょっとおかしな言動や行動を取るけど。
そんな事を漠然と考えていたら「他の女にご主人様と呼ばれても全然嬉しくないな」なんて言葉がぼそっと聞こえてきた。
この沈黙の間、ナギは何を考えてたんだろうか。
それにしても「ご主人様」か。
バイトだから何も考えずにお客さんを「ご主人様」と呼んでいたけど、男性としてはそう呼ばれて嬉しいものなのかな。
うちの店は女性のお客さんも来るけど、彼女たちを「お嬢様」「奥様」と呼んだら沸き立つな、そういえば。
この間も若い女の子グループがやってきてやたらとはしゃいでいた。
ゴスロリと呼ばれるフリルが特徴的な黒い服に身を包んだ可愛い子が「私もバイトしたい」としきりに口にしていたっけ。
男女関係なくそんな風に呼ばれるのって嬉しいのだろうか。
私にはよくわからないけど。
「そうなんだ。じゃあ、私からご主人様って言われたら嬉しい?」と冗談を交えて返したら「そりゃ好きな人からなら嬉しいだろ」と真顔で言われた。
……そうなの?
その後で「いや……ご主人様ってのもなんか上下関係があるようで考え物だな。やっぱり呼び捨てくらいがちょうどいいかな」なんて真剣な顔で呟いてる。
「以前、ナギさんと呼ばれたことがあったが、それも中々趣があったな」とまで言い出した。
そういやあったなぁ。
初めて会った時と、寝ぼけていた時のことだっけ。
というか、趣って何!?
初対面の時に「呼び捨てでいい」と言われたからそのままずっと変わらずにいたけど、呼び方かあ。
ナギから呼び捨てでって言われなきゃ、年上の人だからとナギさんって呼んでいたんだろうか。
もしくは御厨さんとか?
あの時には御厨さんとは呼びにくいから、つい「ナギさん」と呼んだだけだったんだけど。
今となってはなんかくすぐったいな、その呼び方。
呼び方、呼び方かあ。
そう考えていたら、ちょっとした悪戯心が湧いてきた。
隣合せで歩く彼の袖を軽く引っ張る。
思惑通り、こちらに視線を向けてきた。
「なに?」
「……ナギくん」
普段は誰からもあまり呼ばれないような「くん」付けで呼んでみた。
「ぐふっ……」
言った瞬間にナギの歩みが止まり、なんか呻いたんだけど?
どういうこと?
以前、さん付で呼んだから、今回悪戯心から「くん」という呼び方を軽く試しただけなんだけど、なんかダメージ受けてる。
「……大丈夫?」
恐る恐る顔を覗き込む。
あまり大丈夫じゃない気がする、色々と。
「――いや、年下の子にくん付けされるのも中々いいな」
どことなく、恍惚とした表情を浮かべている。
またこの人の、新たな扉が開かれそうだ。
というか、新たな扉が多すぎじゃない?
あまりからかわないようにしないと。
雨降る帰り道、深く反省するのだった。
 




