91 2人の将来 みやび視点
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ナギと複合商業施設内の駄菓子屋に入った。
店の前は通った事があるけど、実際に立ち入った事はない。
思ったよりも通路は狭く、子供が商品を手に取りやすい為なのか低い位置に雑多に様々な駄菓子が陳列されている。
たまたま「子供の頃、どんな駄菓子を食べてた?」という話が盛り上がってついここに来たのだけど、ここはやはり子供が沢山いる。
まぁ、子供の為の店なんだけど。
正直苦手だ。
子供の頃から色々とからかわれたから。
片親だとか私の容姿に関することまで。
だからか、お母さんは私が小学校、中学校に通うことはさせなかった。
勉強はお母さんや家庭教師の人に教わり不自由はなかったけど、私が他に関わった人は時折学力テストとして教育委員会の人らが訪問したくらいだ。
基本的に同年代の子供たちとは付き合いが無かったんだけど、なんか仲の良かった年上の男の子と駄菓子を食べてた思い出がある。
各地を転々としすぎたせいでどこの土地で会った子かすらも忘れたけど。
彼だけはとても優しかった。
たまに意地悪なことをされた気がするけど、私が泣きそうな時にはいつも飛んできてくれた。
そして、私をからかった子たちを全員ぶん殴って悪びれもしなかった子。
力強く腕を引っ張られ、一緒に家と帰った。
……帰った? どこに? と回想にふけった所でズキリと頭が痛くなった。
子供の頃を思い出すと、たまにこうして頭痛が起きる。
これ以上嫌な記憶を呼び起こさないために脳が警告でもしているのだろうか。
私があやふやな思い出に浸ってる間に、ナギが1つの商品を片手に真剣に何かを考えてた。
「これ、ちょっと食べてみたいんだが、10本単位なんだな……」と呟いている。
昔から存在しているメジャーな棒型のコーンスナックだ。
本来は1本売りなのだけど、それは特別なのか大袋に入っている。
「プレミアム味か。確かに気になるよね」
通常の商品となにがどう違うんだろうか。
というか駄菓子を前に考え込んでるナギがなんか可愛らしい。
気になったら買えばいいのに。
「みやびも食べる?」
駄菓子を手に、やや小首をかしげる様がなんだか子供みたいで可愛い。
「1本くらいなら。せっかくだから普通の味と食べ比べてみたいかな」と、ノーマル明太子味をカゴに入れる。
「じゃあ買うか。残りは寮の多目的ルームに置いておけばすぐに無くなるだろ」
ナギの同寮の人はよく人の食べ物であろうがなんだろうが持って行くくらいらしいし。
ちなみによく盗まれていたカレーは「ナギの番いの手作りだ」と周知された途端に誰も持って行かなくなったらしい。
他の人と共同生活をしたことはないけど、なんで人の食べ物だってわかっていて持って行くんだろう。
私も子供の頃、大切に置いていたアイスを食べられたことがあったなぁ。
「とっとと食べないお前が悪い」と言われた……え? なに、この記憶。
お母さんは私以上に食べ物に執着はない。
だからお母さんが私の物を勝手に食べることはない。
あの時、私たち以外に誰かが家に居た?
記憶にはないお父さん…?
いや、違う。
頭が痛い……。
ナギはまだ私の様子に気づいていないようだけど、このままじゃ心配をかける。
軽く頭を振り、これ以上の思考を放棄する。
気を取り直して、コーンスナック菓子の棚をぐるりと見渡す。
普通の味なら何種類か食べたことあるけど、こんなに種類が豊富だとは思わなかった。
流石駄菓子屋、品ぞろえが凄い。
「へ~、プレミアムって結構種類あるんだね。チーズ味もあるよ」
自分はチーズ嫌いだけど。
なんでこんなにチーズがあふれかえってるんだ、この世界。
子供の頃食べて「美味しくない」と思いずっとここまで来て、この間事故でチーズの入った揚げ物を食べてしまったけどやはり受け付けられなかった。
飲み込んだけど、その後は気持ちが悪かった。
滅びろチーズ。
「動物の形のプロセスチーズがおいしくなかったのでそれから嫌いだ」と、かなっぺらに言ったら「わかる~あれ美味しくないよね。学校給食に出てきたのを食べた時にまずいと思ったもん」と同意された。
私は学校に通ってないけど、あれって給食にも出てたんだ。
他にもチーズ嫌いな子を生み出してそう、アレ。
「チーズは……ちょっとな」
なにか言いよどんでる。
「あれ? 嫌いだったっけ?」
メイドカフェでチーズケーキ食べてたから嫌いではないはずだけど?
あの後「うちの店のケーキは業務用の冷凍ケーキだ」と言ったら「道理でチープな味だと思った」と返された。
基本的に飲食には力入れてないからね、あの店。
紅茶だけにはやたら店長は気合入れて、美味しいらしいけど。
「みやびとキスできなくなるから。痛っ」
動揺して思わず軽く脇腹にパンチしてしまった。
周りに人が居ないから聞かれてはないみたいだけど。
「こんな所で何言ってんの」
「じゃあ、キスしていい?」
店内の誰にも聞かれないように小声でささやかれた。
「……チーズ食べた後はやだよ」
「ほら、やっぱりダメなんじゃないか」
もう一発脇腹にお見舞いする。
わざとらしく「ゴメン、痛いって」なんて笑ってる。
そんなに力入れてないよ、もう。
話題を変えたくて、隣に陳列されているコーンスナック菓子を手に取る。
「ね、こっちは和風ステーキ味だって。最近の子供はこんなの食べてるんだ。なんかすごいね」
通常商品でこの味は見たことないけど、プレミアムだからか。
すごいな、プレミアム。
こっちも気になったのでさりげなく籠に入れた。
ナギと分けて余ったら明日のお昼休みにかなっぺたちと食べよう。
「……その言い方、年寄りみたいだな」と笑われた。
さっき自分で言っててそう思った。
「今日のナギはなんか意地悪だな。1週間接触禁止にするよ」
別にそこまで腹を立ててないけど、ちょっと意地悪を言いたくなった。
「すまない、俺が悪かった。それだけは許してほしい。一番辛い罰だ」
すごい、普段冷静なナギがこんなにも焦ってる。
なんだか今日はナギが子供みたいで可愛い。
なら許してあげる、とばかりに彼の腕を取って絡める。
言っておいてアレだけど私もナギに触れられないのは嫌だ。
買い物をすまし、帰路についていると公園で遊んでいる子供たちの声が響いてきた。
「ね、ナギって子供……欲しい?」
気付けばそんなことを聞いてしまっていた。
ナギの動きが止まったけど、唐突過ぎた質問だったかな。
私は子供が苦手。
幼い頃にいじめられた記憶が今も抜けずにこびりついている。
でも恐らく普通の家庭では、結婚したら子供を産むのが望まれるんだろうな。
特にナギの家はそういうのきちんとしてそうだし。
もし子供を作るのが結婚の条件だとご両親に言われたらと思うと身がすくむ。
自分が親になったとしても、子供にどう接していいのかわからない。
物心ついてからお母さんと二人暮らしだったし、そのお母さんは束縛が強い。
その割に私には素っ気ないというか、私が成長するにしたがって態度がよそよそしくなった。
どういうのが普通の「親」かすらわからない。
「今まで深く考えたことはないかな。あまり接点もなかったし」と、しばらくしてナギが口を開いた。
そうかぁ、ナギはまだ23歳だしね。
子供の話なんてまだまだ考えられないんだろうな。
私と知り合う前は恋人なんて作る気もないというか、女性嫌いだったようだし。
「私はね、子供……苦手かな。ゴメン」
ナギとなら子供を、と考えたことがあったけどやっぱり怖い。
機能不全な家庭で育った私が立派な親になれるとは思えない。
「謝らなくていいよ」
ナギが慈しむように頭を撫でてくれる。
「ナギは一人っ子だよね。――だから親御さんからしてみたら、子供を望まない私は……きっと嫌がられるんじゃないかな」
番いだから、いつかはするであろう結婚を反対されたらどうしよう。
「親とか関係ない。どちらにしても俺は君以外と結婚する気はない」
そう言いながら、私の髪の毛を一掬いして唇を落とす。
「関係ない、か……。そう、割り切れたら、いいね」
ふとお母さんを思い出した。
何もかも割り切れたら。
お母さんを捨ててナギの胸に飛び込みたい。
子供の頃、大雨が降っていた夜。
私にしては珍しく、夜中に目が覚めた。
お母さんが恋しくなって探したけどどこにもいなくて、和室でようやく見つけたお母さんは跪いて震えていた。
手に何かを握りしめて小さな声で誰かの名前を叫んでた。
翌朝はいつもと同じ様子だったけど。
今にして思えばあれはお父さんの写真か何かを握りしめて泣いていたのかなって。
私がお母さんの元から去ったら、また同じように泣くのだろうか。
それは嫌だな。
ナギとの事をお母さんに認めてもらいたい。
それはすごく難しい事だろうけど。
今月の帰省の時に、軽くナギの事を打ち明けてみようか……。
「みやび?」
ナギの声でふと我に返る。
「ん~。別に? ナギがそう言ってくれて嬉しいな、って」
それは本心だ。
何かを言いたそうにこっちを見てくる。
「ありがとう。……好きだよ、ナギ」
「ああ」
そう言って微笑みを返してくれる。
「高校卒業後には、実家に戻る」
その約束の時までもう半年もない。
色々と覚悟しておかなければ。