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88 うどんとシリアルと女の決意 みやび視点

noteの方で、裏話、小ネタを掲載していってます

(TOPページ)

https://note.com/kirakiraspino


noteではこちらの前日譚「0話」も公開中

https://note.com/kirakiraspino/n/na36abbadd334

「……ナギ」

「会いたかった」

 バイトが終わって店を出たら、いつも待っていてくれたようにナギが立っていた。

 顔を合わせたくなくて、なるべく彼の方を見ないように早足で家へと向かう。

 ナギはずっと無言で私の後をついてくる。

 何か用事だろうか、それとも夜道を心配してついてきてくれてるのだろうか。

 こんなことになる前のように。

 ちくりと胸が痛む。


 ちらほらと居た通行人たちが完全に居なくなって、人気のない路地へとさしかかったらナギに左手を優しく捕まえられた。

 久々に触れられた。

 心が震える。

「……離してよ」

「嫌だ」

 いつもなら私の嫌がる事は絶対にしないのに。

 つい「防犯ブザー鳴らすよ?」なんて言ってしまった。

 本当は会えて嬉しい。

 だけどもうこの恋心は封印しなきゃ……。

「俺が迷惑だっていうのなら、もう顔も見たくないほど嫌いだっていうのなら鳴らしてくれて構わない」

「っ……」

「それほど嫌われているのならこの手を振りほどいてくれ。そうしたら、もう俺は君を忘れる。二度と会いに来ない」

「……嫌いな、わけ」

 こんなにも好きなのに。

 初めて好きになった人。

 あの日からずっとつらかった。

 もう会えないなんて嫌だ。

 でも……。

 言いよどんでいると、ナギの手が私から離れた。

「あ」

 とうとう私に愛想をつかしたのだろうか、嫌だ彼を失いたくないと焦った瞬間。

 背後からナギの逞しい腕が私の体を包んだ。

「寂しかった」

 私の右肩に顎を乗せ、ナギがそっと耳元で囁く。

 彼の吐息が耳を撫でる。

 私もだよ。

 原因がわからないままナギが素っ気なくなって、知らない人に「君は番いではない」と言われて。

 勢いのまま彼に指輪を返した。

 それからずっと苦しかった。

 私たちの思い出がニセモノのように感じられて。

 辛かった。


「――例え、君が俺の番いじゃないとしても、好きだよ。愛してる」


 ナギがそう言いながら私の頬を撫でる。

 その撫で方は以前よくされていた、私が好きな愛情が篭められているものだ。

 今すぐ彼とキスしたい。

「でも私は」

 声が震える。

 ナギが好きだって言ってくれても私の中でまだ不安が残る。

「私は怖いよ。ナギの前に本物の番いが現れたら、あなたがその人を好きになりそうで」

「もし他の女が番いだと託宣を受けても、その女には会わないと誓う。絶対に」

「ナギの知ってる人だったら?その人が番いだって知ったら途端に見る目が変わるかもしれない」

 例えば聖地巡礼にも同行する広報の人。

 例えば護国機関に勤めている同僚の人。

 例えば五行の妹さん。

 もし仮に彼女たちがナギの本当の番いだとしたら、それを知ったら、彼はどうするのだろうか。

 私のことなんて忘れて彼女に夢中になるのだろうか。

 今まで私を愛してくれていた時のような優しいまなざしで見つめるのだろうか。

 何度も口づけを交わしたその唇で愛をささやくのだろうか。

 こうして抱いているその手でその人を愛でるように触るのだろうか。


「俺が一目見て惹かれたのは君だけだ」

 背後から抱きしめられたままナギの顔が私の頬に近づく。

 熱い吐息がかかる。

 キスしてほしい、頬だけじゃなく唇にも。

「ナギ……」

 数度、労わるように、優しい、宝物に触れるかのようなキスをされる。

「こっちを向いて。唇にキスしたい。前のように」

 したい、私も。

「ん」

 抱きしめる力が緩まり、私はナギに正面から向かい合う。

「すまない、俺のせいで悲しませて」

 ナギのせいじゃない。

 私が意固地になって、ナギの言葉を信じなかったから。

 あの時だって「愛してる」と言ってくれようとしたのに。

 気持ちが昂って自分自身が止められなかった。

 ナギが何度も私に口づけてくれる。

 もう放したくない、離れたくないとばかりに私は彼の首に抱き着く。

 そして彼の口内に舌を入れ絡め合う。

 ゆっくりと、長く彼と口づけを交わす。

「ん……」

 ナギの唇が名残惜しそうに離れていく。

「私もナギが好きだよ。だから悲しかった。私が未成年だと知ってからのナギの態度が」

 触れられなくて寂しかった。

 理由もわからずに素っ気なくされて、何が悪かったのかと自分を責めた。

 嫌われることをしたのであれば、言ってくれたら直したのに、と。

「……すまない」

「1人で食べたケーキは美味しくなかった」

 恐らくはかなりの実力を持つパティシエが精魂込めて作ったものなのだろうそれは1人では味気なかった。

 ナギがほとんど食べなかったから、2日にかけて1人きりで黙々とケーキを食べた。

 折角、彼が私に誕生日ケーキを味わってもらいたいと選んで買ったものだったのに。

 だから。

「だから――来年の私の誕生日は一緒にケーキ、食べて? もう1人にしないで」

 番いだろうがそうじゃなくてもいい。

 私はナギが好き――。

 傍に居て、と願いを込めて彼の胸に抱きつく。

「約束する」

 その言葉と共にナギは私の頬を撫で、ゆっくりと上向きにする。

 またキスするのかなと期待していたら、額同士を軽く合わせられた。

「もう泣かさない」

「ホントだよ。一生分泣いたよ、このやろー」

 ナギを失うかと思って怖かった。

 こんなに辛いのなら恋なんて知らなきゃよかったとさえ思った。

 ナギの鍛えられた胸を軽く殴る。

「猛省してる」

 本当はナギだって困惑してたし、悩んでいたのだと思う。

 ただ、彼の口から説明してほしかった。

 あの得体のしれない子に私たちの想いを踏みにじられたみたいでそれも嫌だった。


「……じゃあ、帰ろっか」

 いつまでもここに立っているわけにもいかない。

「そうだな」

 ナギが手を差しだしてくれたので、指を絡める。

 温かい。

 もう二度とこの手を離したくない。


 家に帰り着いて、遅すぎる夕食を摂る。

 とはいえ、冷凍庫にあるパスタだけど。

 ナギの目が「それだけしか食わないのか」と咎めてるようだ。

 最近は家ではシリアルと飲むゼリーくらいしか食べてないから、冷蔵庫に何もないんだよ。

 バイトで疲れ果てていたせいもあるけど、一人ぼっちでは食欲もわかなかった。

 一緒に食べるわけじゃないけど、一人で食べるご飯は味気ないと知ってしまった。


 ナギはさっきからしきりに時計を気にしている。

 ここは駅から遠いから、今出発しないと終電には間に合わないだろう。

 だけど、今日はナギに居てもらいたい。

 朝起こしてもらいたいのもあるけど、今日は一緒に居たい。

 突然の無茶な願いだとは思ったけど、驚きつつも快く承諾してくれた。

 彼の優しさに甘えてばかりはいけないとは思うけど、ずっと離れていたから今帰られると寂しさもひとしおだろう。


 話の流れで、いつものようにナギが朝ごはんを作ってくれることになったけど、今うちの冷蔵庫には食材と呼べるものが入ってない。

 なので、ナギがコンビニに食料を買いに行くことになった。

 玉子すらないからね。


 その間、シャワーを浴びることにする。

 この数日色々とあって心が疲弊していたせいか、パジャマに着替えた後スマホにタイマーをセットしてベッドに横になっていたら気が付いたら寝オチしていた。

 元々今夜は勉強するつもりが無かったからいいんだけど。

 なんでこんなに寝つきがいいのだろうか。

 もはや気絶してるといってもいいレベルだ。


 朝。

 なんだかお腹の辺りがすーすーするんだけど、どうして? とふと目を覚ましたら、ナギと目が合った。

 そして、ナギの右手は私のパジャマの裾を掴んでいた。

 そのせいで腹部が露わになっている。

 寝てる間に服をめくっていたの?

 ちょっと驚いたけど「ナギになら――いいよ」と彼の首の後ろで手を組む。

 そして私たちの距離が近づく。

 密着したせいでナギの髪の毛が私の顔をくすぐる。

 彼の香りがする。

 とても好き、心が安らぐ――。

 ぐう。

 

 気持ちよく眠りにつこうとしたのだけど「こら、起きて」という声がしたかと思ったら額を叩かれてしまった。

「んにゃう!?」

 え? なんで?

 今叩かれた?

 どうして叩かれたの?

 なにがあったの?

 全然覚えてないんだけど。


 何故叩かれたのかさっぱりわからないまま、用意された朝ごはんを食べる。

 痛くなかったからいいんだけど、なんだかモヤモヤする。

 何があったか聞いても誤魔化されてしまった。

 私が変な事してなきゃいいけど。

 それにしてもナギの料理のスキルがどんどん上がってきてるから、ちょっと焦る。

 すでにだし巻き卵は私より上手だ。

 もしかしたらそれ以外の料理も私よりもおいしく作れるかのしれない。

 実家に居た頃、お母さんの手伝いをしてたし、ある程度は料理を作る事ができるんだけど、一人暮らしになった途端面倒くさくなってパウチの総菜の素を多用したりしてるからなあ。

 ……負けないようにしなきゃ。


 ふと気になって聞いてみる。

「ナギは私が学校行ってる間、これからどうするの?」

 もう寮へと帰るのだろうか。

 1人でここに居てもしょうがないしね。

 私が学校から帰ってきた時に、ナギが家に居て出迎えてくれたら嬉しいんだけどそこまでは強要できない。

 ただでさえ急遽泊ってもらったから。

 折角の公休だし彼にも予定があっただろうに申し訳ない。

 私も夕方、バイト行くまでに集中して勉強しないといけないけど。

「そうだな。放っておくと飯を食わない困った恋人の為に一度寮に戻って常備菜を作ってくるかな」と、微笑を浮かべながら言われてしまった。

「なんか言葉に棘を感じる。ちゃんと食べてたよ」

 シリアルとうどんと飲むゼリーだけど。

 あとたまにヨーグルト食べてた。

 なんか含みのある言葉だなと突っ込んだら「気のせいじゃないか?」と言われた。

 いや、気のせいなんかじゃないでしょ。

 寮の台所がどれくらい広くて使いやすいのかはわからないけど、確かにここは使い勝手悪いもんなぁ。

 以前「寮長さんとかがキッチン使うのじゃないの?」と聞いたことがあるけど、朝と晩は料理が出るけど、昼は各々勝手に食べるらしい。

 寮に住んでいる人たちはシフト制の仕事だから全員休みが揃ってるわけじゃないし、流石に3食は出ないか。

 ちなみに寮費と食費が天引きされるらしいけど、定額制なので出張がかさんで寮で食事があまりとれない時にも毎月同じ金額がかかるらしい。

 ちょっと理不尽な気がする。


 お昼はかなっぺたちに誘われてたこともあってナギとは別々かあ。

 こんなことならかなっぺたちと約束するんじゃなかったと思うけど、あの子たちも私の事を心配してくれてただろうから「ちゃんと仲直りしたよ」って報告しなきゃ。

 詳しい説明は出来ないから、当たり障りのないいいわけでも考えておくか。


 ナギがお皿を洗ってくれる間に少しでも復習する。

 今日は古典と英語で助かった。

 古典はともかく英語の方は得意だし。

 早起きしたおかげで、もう目も覚めて大分頭もスッキリしてる。

 高校3年の2学期の中間テスト、私は優待生だから10位以内をキープしないといけない。

 そしてライバルは受験を控えてる同級生。

 受験に向けて夏休みで塾通いをしてた子たちも多いだろうし、いつもよりも厳しい戦いになると予想される。

 気を抜かずに全力で挑まなきゃ。


 集中していたら、あっという間に通学の時間になった。

 ナギはどうするのかと思ったら、途中まで一緒に来るらしい。

 遠回りになるのに。

 でも「少しでも一緒に居たい」という言葉は純粋に嬉しい。

 登校時間に余裕を持って出たせいか、人通りが少ない。

 もっとも、こちらは駅側じゃないから普段からあまり学生とは遭遇しないけど。

 なので、ナギと恋人繋ぎと呼ばれる手のつなぎ方をする。


 しばらくしたらナギが立ち止まった。

 何事かと思ったらポケットの中の物を取り出した。

 番いの指輪。

 私が勢いのまま叩き返したやつだ。

 あの時を思い出して暗い気持ちが過る。

 酷いことをしてしまった。

 ナギは人の気持ちを弄ぶような、そんな人じゃないのに。

 あの時はどうしてか感情が抑えきれなかった。

「嵌めて、いいか?」

 初めて会った時のように、私の手を取り指輪を嵌めてくれる。

 今度こそ、もう外したくない。

「うん。――あの時は本当にゴメン」

「いや、俺こそ不安にさせてすまない」

 ナギも思うところがあるのか、なにかを考えてるようだ。

 あの時の事だろうか。

 彼を傷つけてしまったからなあ。


 それからナギは周りの様子を伺うように軽く見渡す。

 何事? と訝しんでいたら、彼の大きな掌が私の頬にそっと触れる。

 あ、これキスする前触れだと思った瞬間、ゆっくりと彼の唇が近づいてきて……。

 キスする寸前、男の絶叫が早朝の住宅街に響いた。

「な、なにやってるんだああああああああああ! ふ、ふしだらだぞ!! 破廉恥だ!!! 淫らだ!!! えっちだろうがあああああ」

 すごく聞き覚えのある声とセリフだ。

 まさかと思い声のした方を観ると、顔なじみの男子学生がこちらを凝視していた。

「げ、宗像むなかた

 私の言葉を受けてナギが「同じ学校のやつ?」と視線を向ける。

「以前言ってた、やけに絡んでくる学年一位だよ」

 そしてこの間、私に告白をした男。

 これは言わない方がいいと思って黙っておく。

 不躾にナギの事を全身舐めるように見てる。

「彼が私の番いだ」とばかりにお揃いの指輪を見せつけると、絶叫しながら去っていった。

 テストの結果が張り出された時に毎回見る光景だ。

 何故か宗像は私と会話したら何かを叫びながら走り去る。

 未だによくわからないキャラだ。


 さて。

 宗像が登校してきたってことはぼちぼちこの辺りも人通りが増えるだろう。

 その前に「続き、しよ? また誰かが来ないうちに」と彼にキスをねだった。

 これからのテストに集中できるように。

 そして私との想いを再認識するように。

 彼の口づけは甘く、そして情熱的だった。


 ナギと別れ、余韻を残しながら学校へと着く。

 ずっと繋いでいた掌が寂しい。

 でも今日はテストだから気持ちを切り替えないと。

 すでにかなっぺたちは教室に居て2人談笑していた。

 かなっぺたちと軽く会話をして「もう仲直りしたから大丈夫。心配かけてゴメン」と謝罪する。

 頭をもみくちゃにされながら「心配かけてくれちゃって!お詫びとして今日のモス代はみやちんが全額払ってよね」なんて言われた。

「ぐっ……それはキツいな」なんて笑い合う。

 何があったのか深くは聞いてくれないのが助かる。

「知らない子に番いではないと言われた」なんて言えないからね。

 久々に楽しい時間を過ごす。

 3人でじゃれあってるとチャイムが鳴ったのでそれぞれの席へと着く。


 そして、テストが開始された。

 私は左手の薬指に光る指輪に軽く唇を落とす。

 大丈夫、最近は全然勉強できてなかったけど夏休みにはナギの協力を経てしっかりと勉強した。

 学校で夏期講習も受けた。

 朝はちゃんと起きて食事もとって頭も冴えてる。

 落ち着け、集中しろ。

 折角ナギと仲直りできたのに、今ここで優待生から外れて実家に戻るわけにはいかない。

 お母さんとの約束や、色んな壁があるけど、今は目の前のテストに全力で挑まなければ……。

 ナギとならきっとなにもかも乗り越えられる。



 例え、この先に何があっても。



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