84 あなたを好きになればよかった みやび視点
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学生たちで混雑している食堂で、何を食べるのか悩んでいた。
正直食欲は無いんだけど、薬を飲むためにもなにか軽く食べなきゃと考えていたら自然ときつねうどんを注文していた。
そういえば以前ナギと食事していた時に「うどんが好きなのか?」って会話したなぁ。
あれからさほど経ってないのにもはや遠い過去のようだ。
うどんの乗ったトレイを持ちどこに座ろうかと悩んでいたら「藤原、こっち来いよ」と声をかけられた。
イツキたちだ。
この3人さりげなく仲がいいな。
いつも3人一緒だ。
以前それを言ったら「俺らもお前と一緒で外見が浮いてるからな。自然と三人で固まってしまうんだよ」と言われたっけ。
キリヤはそんなことを気にしないで他の生徒に絡みそうだと思ったけど「他のやつらと居ても面白くねーし」と言ってたな。
「社会人になったら髪型で冒険できないから今のうちにやりたいことをやるしかないっしょ。だから校則が緩いこの学校を選んだのに周りのやつら腰抜けばっかり」なんて言ってたっけ。
キリヤのこういう考え方は好きだ。
「藤原が学食とか珍しいね。しかもうどん単品かよ」
唐揚げ定食を食べながらイツキが私をチラ見して言った。
以前はせいぜい購買で何か買うくらいだったし、かなっぺたちも基本お弁当やパンを持参するから学食はめったに利用しない。
なので、ここのきつねうどんは初めて食べる。
関東のつゆだと予想していたけどやはりそうだったので、正直がっかりした。
ちなみに私が好きでよく購入していたナポリタンパン、通称ナポリパンは取り扱いをやめてしまった。
焼きそばパンなんかより断然熱烈なファンが居た商品だったのに。
「始めあるものは必ず終わりあり」って誰の言葉だったっけ?
私とナギの関係も、終わってしまった。
ううん、始まっていたのかももはやわからない。
「ニセモノの番い」
あの時の言葉がじわりと毒を孕む。
「まぁね、お腹冷やしたくないから」
髪の毛を大雑把に一つに纏めてうどんを啜る。
思った通り、あまり好みじゃない味だ。
食べ物にはこだわりがないからいいけど。
お腹を冷やしたくないという意味はイツキにしかわからないだろうと思ったけど、意外にもカナメが「ああ」と気づいたようだ。
キリヤは「お腹出して寝ちゃったかー?」と馬鹿笑いしたので机の下でこっそりと蹴ってやった。
対してカナメは「・・・薬飲んだか?」なんて心配げに話しかけてくる。
「朝に飲んだよ。バファリンを」
「なんでバファリンなんだよ。お前素人か。そういう時にはルナiだろうが」
呆れたように言われてしまった。
え、ちょっと待って。
そんなにバファリンルナiが浸透してるわけ?
しかも私よりも、カナメの方が詳しい。
男なのにどうして?という私の視線を受けてバツが悪そうに「・・・俺ん家、姉ちゃんが3人居るんだよ」と呟く。
多いな、このご時世に。
そういえば私はカナメたちの事もよく知らないな。
しばらく4人で会話しながら食事をする。
というかキリヤが1人でしゃべって、イツキらにツッコミを入れられてる。
もうじき試験だの、今度こそ宗像を1位の座から引きずり降ろしてやろうぜだの。
もう少しで試験だもんね。
今の精神状態だとまともに勉強できそうにないけど、やるしかないなあ。
2位の座は死守できなくとも、せめて10位以内には入らなきゃ。
ふと、イツキが私の左手を取った。
「なんであんた今日は番いの指輪とやらを外してこんなのつけてんの」
今つけてるのは中指と薬指がチェーンで繋がってるやつだ。
1年くらい前にデザインに一目惚れして買った物でプライベートでは頻繁につけてたけど、学校には着けてきたことが無い。
番いの指輪を嵌めてるのが当たり前みたいになってて、何かを着けていないと違和感があったので小物入れから出してきた。
フィンガーブレスレットとどちらにするか悩んだけど、あれは流石に学校には着けてこられないと判断した。
この指輪もたいがいだけど。
「ん~。別に?気分だよ。別にあれも四十六時中つけてないといけないなんて規則ないしね」
実際に「外すな」という決まりはない。
ナギをずっと感じていたくて、自炊するとき以外は寝る時も外さなかったけど。
「ふぅん」
イツキは何かを言いたかったようだけど、引き下がってくれた。
勘がいいから多分色々と気づいてる気がする。
「お、いいじゃん、これかっけえし。指輪と指輪がチェーンで繋がってるとか意味わかんねえけど」
キリヤは相変わらず呑気だ。
今はその明るさが助かる。
「というかお前のセンスたまに不思議なんだが、どういう所で買ってくるんだ」
「インダストリアルピアスつけてるカナメには言われたくないよ」
その貫通ピアス、痛そう。
見てるとぞわぞわする。
「そういや藤原は何故か片耳ピアスだよね。左は穴開けないの?」と、イツキが私の髪の毛をかき上げながら言う。
右耳にはピアス穴を開けてるけど、左は開けずにイヤーカフを付けている。
「開ける予定はないかな」
ナギから貰ったピアスがふと頭によぎった。
もうこうなったらつけるために穴を開ける事もないかな。
結局一度もつけなかったので、申し訳ないことをしてしまった。
右耳のピアスはお母さんから貰った物なので、外せない。
左耳にピアス穴を開けたら母さんに勘繰られるとか考えずに、さっさと穴を開けていればよかった。
食事を終え、各々トレイを返しに行く。
なんとなくかなっぺたちの待つ教室には帰りづらくてイツキたちのテーブルに戻ったら「藤原、これやる」といつの間に買ったのかカナメがホットココア缶を私に手渡してきた。
「・・・俺のねーちゃんらもそういう時これを飲んでるから」
「え?・・・ありがとう」
代金を払おうとしたら「いらん」とあっさり言われてしまった。
「お、やるじゃんカナメ。男前かよ」なんてイツキがからかう。
キリヤも「カナメっていいやつじゃん。俺惚れるわ」なんて笑いながら言う。
色々と心がささくれだっていたせいか「私もカナメを好きになればよかった」なんて口に出していた。
ナギのような、生きる世界が違う人じゃなくカナメみたいな同級生と恋に落ちたのなら番いだなんだだの悩まずに済んだのだろうか、と頭をよぎってしまった。
場が凍り付いてしまった。
こんなこと「番い」が居る人間が言うべきセリフではない。
言った後に自分が最低だと思った。
一瞬カナメが真顔になったけど「俺はお前みたいな山猫みたいな女苦手だな。子ウサギみたいな守ってやりたい子が好みだな」と笑って受け流してくれた。
キリヤも「あ~わかるわかる。藤原ってそんなイメージだよな。機嫌悪かったらシャーシャー言いそう」と同調してる。
空気を変えようとしてくれてるのがわかった。
「マジかよ。藤原振られてやんの。しょうがないからわたしがあんたを引き取ってやるわ」とイツキが私の肩を抱く。
「どうしよう。引き取られてしまった」とイツキの肩に頭を乗せる。
「うっわ!まさかのカップル爆誕!・・・いや、アリだな」
キリヤがふざけた口調から一転、ゴクリと唾をのむ。
「・・・アリだな」
カナメも真面目な顔で頷き同調する。
「なにがだよ」
2人の足をテーブルの下で蹴ってやった。
カナメがくれたホットココアを口に含む。
甘いな、そして温かい。
今はこの何でもないただの会話が心地よかった。