82 在りし日の夢 みやび視点
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家庭教師のお姉さんがもうすぐ来る時間。
洗面所の鏡で髪の毛が撥ねてないか、変な所がないかチェックする。
先生はとても大人で綺麗、私もああいうオトナの人になりたいと思いながら鏡を見る。
鏡の中の私は、染めすぎて痛んだ髪の毛をしている。
「もうちょっと成長したら染めなくていい」とお母さんに言われているので、早く大人になりたいな。
黒い髪の毛はもう嫌。
私が私じゃないみたいだもん。
台所の前を通るとお母さんは私と先生の分のおやつを準備していた。
アップルパイだ!
以前食べた時に「このアップルパイ美味しい」と喜んだら、また取り寄せてくれたみたい。
じっと立って見ていたら「早く食べたい」と思われたのか、お母さんは困ったように笑った。
「冷凍庫から出したばかりだし、まだ食べられないわよ」とラップをして冷蔵庫に入れた。
お母さんの横顔を見る。
私も大きくなったらお母さんに似るのかと思ったけど全然似ない。
「似てないね」と言ったら「あなたはそれでいいのよ」と優しく言われた。
どういう意味なのかな。
私はお母さんみたいな美人になりたい。
綺麗な黒髪も、まるでお人形さんみたいな白い肌も私とは全然違うから羨ましい。
いつまでも部屋に戻らない私に対してお母さんが不思議そうに首をかしげる。
ぎゅっと手のひらを握ってここ最近ずっと言いたくて、でも言えなかったことを言う。
「お母さん、私学校に行きたい」
そう言った瞬間、いつも綺麗なお母さんが瞬時に顔をゆがませた。
子供心に「言ってはいけない事なんだ」と気づいたけれど、止められなかった。
「どうして?どうしてそんなことを言うの」
お母さんは屈んで私と見つめ合う。
私の両頬を慈しみながら撫でるその手は宝物を撫でるように、そしてその声はとても優しい。
「この生活はあなたを守るためなのよ。あんな有象無象の集団に居てもあなたの益にはならないわ。勉強方法に不満があるの?今の家庭教師が嫌なの?そうならもっといい人間を雇ってあげる」
だからこの家に居て、一生傍に居て、と言われてるようでぞっとした。
「ゴメンなさい。お母さん」
俯いて謝る私の声は震えていた。
お母さんは優しくて好きだけど、時折怖い。
意地悪を言われるわけじゃないけど、ぶたれることもないけど、お母さんには逆らえない。
私の世界の全てはお母さんだった。
お母さんしかいなかった。
「いいのよ。わかってくれたのなら」
そっと私の体を抱いて頭を撫でてくる。
それがまるでお人形さん遊びをする私と同じだなと思った。
「違う。お母さんに逆らってしまうけど、それでも私、学校に、行きたい」
勇気を振り絞って言う。
私を抱く力がひときわ強くなった。
ぎゅっってされる。
ちょっと苦しい。
その顔は見えないけど、さっきと同じように泣きそうな顔をしているのだろうか。
それとも怒ってるような顔をしているのだろうか。
「何故?」
まるで他人と話しているような機械的な声。
「同じ年頃の子供たちにいっぱい嫌なことをされたでしょ?髪の毛を引っ張られたり、仲間外れにされたり、突き飛ばされたり。学校だとそういうやつらがずっと居るのよ?」
泣くと面白がられて、さらに酷い目に遭った。
だから私はいつしかやつらの前では泣かなくなった。
そうして我慢して、ある程度時間が経つと「つまんねー」とあいつらは去っていった。
「学校に行くと、お母さんはずっと居てあげられないのよ。あなたを守ってあげられないのよ?」
だから考え直して、と聞こえた。
「・・・嫌だ。私、強くなる。お母さんが居なくても大丈夫なように強くなる。1人でも生きていけるようになりたい。だから許して、学校に行くのを許して」
震える声を押し殺す。
私だってあんな子たちとずっと一緒に居たくない。
嫌い、お母さんと家庭教師の先生以外、嫌い。
だけど強くならなくちゃ。
実際、ずっとお母さんに守られて暮らしていけるはずはない。
もし病気か事故でお母さんを失ったら?
うちはただでさえお父さんが居ない。
みんなには居るのに、私にはお父さんが居ない。
今よりもっと小さかった頃、何故お父さんが居ないのか聞いたらお母さんは泣きそうな顔をした。
その時には、二度とお父さんの話はしちゃいけないんだって思った。
ある日突然お母さんが居なくなったら、そうしたら私はどうやって生きていくのだろうかと考えたら怖くて夜眠れなくなったこともある。
お父さんはいないし、おじいちゃん、おばあちゃんも居ない。
私にはお母さんだけ。
学校で何が学べるかは行ったことが無いからわからないし、お母さんの言う通り嫌なことを言われたりされるかもしれない。
行きたいと言わなきゃよかったと思うかもしれない。
でも、この狭い世界だけしか知らないのは嫌だ。
「・・・あなたの気持ちは分かったわ。でもね、中学はダメ。これからお母さんがあげる条件を守って、それでも行きたいというのならその時には高校は認めてあげる。その3年だけよ。約束できる?」
「・・・うん」
「大学への進学も就職もしないでね」
「・・・わかった」
本当に3年間だけなんだ。
短いな、と思った。
でもその間だけでも精いっぱい勉強して、ひとりでも生きていけるように学ばなきゃ。
アルバイトもしてお金を稼ぐ方法も知らなきゃ。
「約束は破っちゃだめよ。高校生活の3年間だけだからね。高校を卒業したら帰ってくるのよ?お母さんの所に」
その言葉は呪いとなって私を蝕んでる。