80 私たちの恋は、もう、おしまい みやび視点
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少し前はナギの様子がおかしかったが、最近はいつもの彼に戻っていた。
「仕事で疲れていたから。心配をかけてすまなかった」という彼の言葉が真実かどうかはわからなかったが、それを受け入れた。
「そっか、じゃあ癒してあげる」と私から軽くキスをした。
久しぶりのそれはとても甘かった。
ナギも私を抱きしめ、答えてくれた。
好きだから、違和感には目を瞑っていた。
だけど・・・。
バイトが終わり、いつものようにナギと待ち合わせ。
ただ今日はその時が来るのが怖かった。
従業員通用口から出てきた私を慈しむ視線で見つめ、足早に近づいてくるナギ。
この視線は本来違う女が受けるべきだったのか、と思うと昼間に刺さった棘がじわりと毒を孕み広がっていくようだ。
「お疲れさま」とナギは私の頭を撫でようとする。
触られたくなく、すっと身をかわす。
ナギは戸惑ったようだけど、バイト中に嫌な客にでも遭遇したのかと思ったのか追及も何もしない。
鞄を持つよ、という彼の手も無視する。
わざと両手で鞄を持つ。
流石に「何かあった?」と聞かれた。
「ん~、別に?疲れただけ」とさっさと歩く。
顔を見られたくないし、見たくない。
見たらきっと酷いことを勢いのまま言いそうだから。
「そうか・・・」
納得はしていなかったようだけど、追求しない。
いつも私の気持ちを優先してくれる。
そういう所も好き。
好き、だった。
しばらく夜道を二人、無言で歩く。
沈黙に耐え切れなくなったのか、それとも元気づけようと思ったのか「この間行った保護猫カフェ、みやびが気に入ってたキャスト猫の誕生イベントが来月にあるらしいからまた行かないか?」と明るく声をかけてくる。
「100円玉、沢山用意しておかないとな」なんて笑ってる。
あの猫カフェは猫のおやつがいわゆるガチャガチャの機械に入ってて、1回100円。
普段素っ気ない猫たちだけど、そのおやつが入ってるガチャガチャを人間が回すと猫なで声を出して近寄ってくる。
カモにされてるとわかってはいたのだけど、可愛らしい声で擦り寄ってくる猫たちの魅力には抗えなかった。
あっという間に小銭入れが空になった。
カウンターに言えば両替してくれるらしいけど、財布の中の100円玉が全部吸われた時点で危険だと判断、撤退した。
楽しかったな、あの時にはお盆の話をしてたっけ。
私じゃない女と行ったかもしれないデート。
じくりと毒が主張しだす。
ダメだ、言うな。
口を開くな。
足取りが重くなり、私の歩く速度も落ちていった。
流石に私の様子がおかしいと気づいてナギは私の前に回り込み、優しい手つきで頬を撫でてくれて俯いたままの顔をゆっくりとあげる。
意識しないようにしたのに、涙がぽろりと流れた。
それを見て、ナギは困った表情になってしまった。
彼のせいじゃないのに。
「ゴメン。勝手に話決められるの嫌だったか?それとも猫カフェ楽しくなかった?」
「ち、ちが・・・っ」
言葉にできない。
ぼろぼろと涙が出る。
流れ出るそれが止められない。
ナギは優しく私を抱きしめようとして・・・その胸を私は押しのけていた。
驚愕するナギ。
「ねえ」
言っちゃいけない。
だけど、言わずにはいられなかった。
私の振り絞った声はいつも以上に甘かったせいか、ナギは安堵したようだった。
「未成年は番いに選ばれないって、ホント?」
この言葉を聞いた瞬間、ナギの動きが止まった。
それだけでそれが真実だとわかった。
彼は嘘がつけない。
「・・・お客さんが言ってた通りだ・・・」
ぽつりと言葉が漏れた。
「話を聞いてほしい」
ナギの声が震えてる。
知ってたんだ。
知っててずっと黙ってたんだ。
正面に立つ彼の表情が切なげに歪み、両肩にそっと手を当てられた。
「これまで騙していたくせにまだ何を言おうっていうの?」
自分でも驚くくらいに冷たい声色だ。
ナギも初めて聞いた私の凍り付くような声にびくりと硬直する。
「あなたの事を好きになっていった私を内心嘲笑っていたの?」
初めて会った時は彼の素性に驚き、次第に彼の人柄を知り惹かれていき、基本頼りがいのある人なんだけど嫉妬深い所もありそこが可愛いと思った。
今までの事は偽りじゃないって信じたい。
「一人じゃまともに生活もできない私に手を差し伸べるふりして、あなたへの依存を高めていって、最後は番いなんて嘘でしたっておしまいにする気だったの?」
夜に自炊するのは面倒くさいという私の事を真剣に心配してくれ、料理にだって挑戦してくれて「美味しい」と言うと純粋な笑顔で笑ってくれた。
いつも多彩にお惣菜を持ってきてくれて、それが私の体と味の好みを気遣ってくれてるんだとわかった。
ナギは私の気持ちを裏切るような、そんな人じゃない。
「・・・初めて人を好きになったのに」
これまでの思い出ががらがらと音をたてて崩れていくようだ。
「っ、もういいよ。終わりにしよう。これ以上傷つきたくない」
「嫌だ。俺は君が、君の事を本当に好きなんだ、愛してい」「うるさい!!!!!」
いつものように蕩けるキスをする為なのか、肩から私の顔へを動かされた手を思いっきり払ってしまった。
ナギは何が起きたのか理解できないらしく呆然としている。
「あなたが私を好きになったのって番いだと思ったからでしょ?それが間違いだったっていうのなら、私があなたの番いじゃないって判明したのなら、もうお互い自由になろうよ」
勢いのまま、左手に嵌められた指輪に手をかける。
思ったよりもあっさりとそれは抜けた。
サイズは私に合わせたはずなのにまるで「お前は本物の番いではない」と突きつけられたようだ。
ナギに指輪を通された時には気恥ずかしさと幸せで満たされた指輪。
私の体に直接触れるのをためらっていた彼が付き合いたての頃はそれに唇を落としてくれるのが好きだった。
口づけされてるようで。
ナギの掌に小さなそれを乗せる。
「返す。本当の番いさんにあげたら?」
「・・・っ!」
「じゃあもう、会いに来ないで。連絡もしないで。・・・本当の番いさんとお幸せに。さようなら」
私はナギの顔も見られないまま、その場を走り去った。
誰も好きにならない、と漠然と思っていた。
でも巫女の「番い(つがい)」の託宣を受け、
私は、
人生初めての恋を、した。
でも、私たちの恋は、もう、おしまい。