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79 猫の悪戯 みやび視点

noteの方で、裏話、小ネタを掲載していってます

(TOPページ)

https://note.com/kirakiraspino


noteではこちらの前日譚「0話」も公開中

https://note.com/kirakiraspino/n/na36abbadd334

私がレジを担当してる時に、新たなお客さんが清算をしに来た。

「1600円ちょうど頂きます」

1人で来たお客さんは猫耳フードのついてるパーカーを着ていた。

茶色に染めた髪の毛、サイドには白のメッシュ、頭頂部は地毛の黒髪が目立ってきている。

体形のわからない服、幼さの残る顔立ち、加えて男か女かもわからないソプラノの声が特徴的だった。

年齢もよくわからない。

同じくらいだと思うのだけど。


「またのお帰りをお待ちしております、いってらっしゃいませ。ご主人様」

メイドカフェ「tranquillité(トランキリテ)」では、女性客には「奥様、お嬢様」男性客には「ご主人様」と言って送り出しをする。

相手が男か女かイマイチ不明だったので、無難にご主人様と呼んで見送ろうとしたけど、何故か私をじっと見ていて退店しようとしない。

その視線がなんとなく捕食者を想起させる。

正直、薄気味が悪い。

そんな態度は見せずに「ご主人様、いかがなされましたか?」と営業スマイルを崩さずに応対する。

1人で静かに来店して黙々と飲食してた普通の人だと記憶していたのに、面倒くさいお客様だったか。


その子は「ニセモノの番いっていうからどんな子かと思ったら・・・なるほど。遊び相手には最適な子だ」と笑いをかみ殺しながら言う。

「どういうこと」

すっと私の声のトーンが低くなる。

番いの指輪をしているから、私がそれだと気づいたのは問題ない。

その後の発言「ニセモノ」「遊び相手」って何?

「お、いいね。君のその凶暴性を孕んだ声。忠犬くんには君の本質を見せてないの?ある意味騙し合いのカップルでお似合いだね」

忠犬・・・ナギの事?

護国機関に所属しているナギには敵が多そうだと思ったけど、この子もその筋なんだろうか。

ということは異能力者?

それにしても「騙し合い」ってどういうこと?


「やだな。警戒しないでよ。ぼくは君が知らない真実を教えに来たんだよ」

レジカウンターを挟んで私に内緒話をするように顔を寄せる。

周囲には誰も居ないから聞かれる心配なんてない。

「あなたの言葉が真実だとは思えないけど」

ナギに対して敵対心を抱いてるこの子をどうして信用しろというのか。

「生意気な態度。メイドのくせに主人に逆らうとはワルイコだ。君は自分が御厨みくりやの番いだと思ってる。どうして?」

イチイチ癇に障る。

「それは巫女さまとやらの託宣でしょ?現に役所を通して連絡が来たから悪戯だとは思えないけど」

本来は番いの知らせの仕組みについて第三者に語るべきではないのだろうけど、この子は色々と知ってそうだ。

この国に住んでいる者なら「番いの託宣は、巫女によってなされる。そして告げられた方はそれに答えるべし。両者を引き裂いてはならない」という事は誰でも知ってる。

だが、それくらいの知識しかない。

断ったらどうなるのか。

引き裂こうとすると処罰があるのかは誰も知らない。

そしてどういった手順で番いだと知らされるかも。

「そうだね。詐欺が多いから公共機関を通す。そして君は封筒に書かれていた情報をそのまま信じずに一度役所に直接問い合わせしたよね」

「・・・」

その行動は私と電話に出た役所の人以外誰も知らないはずだ。

この子、もしかして記憶を覗く異能力者かなにか?

「疑り深い君は番いと言われた相手の男の事も信じずに、必要最低限な情報だけを記載した」

「普通警戒するでしょ」

どこの誰だかわからない相手に個人情報を知らせるのは抵抗があった。

例え「番い」相手だとしても。

「だけど生年月日すら書いてなかったのはまずかったね。そのせいで誤解がここまで来てしまった」

「・・・誤解?」

頭の片隅で「聞くな」と警鐘が鳴っている。

最後まで聞いたらロクなことにならないと。

少年?は私の微かな表情の変化に気づいたのか、わざとらしい笑みを浮かべた。

この会話の内容をわからない第三者が見たらそれは天使の微笑みに見えただろう。


「未成年は番いの託宣に選ばれない。よく考えたら当然だよね。人権を過剰に守るこの国が子供を守らないわけないよね」

「・・・え」

この子、今なんて言った?


未成年は選ばれない?


じゃあ私は?

「どういうつもりか巫女は未成年の君を番いだと言ってしまった。それが敬神の会内での連絡事項のミスなのか、それとも知ってて御厨共々君をからかったのか」

「っ・・・」

まずい、頭がぐらぐらする。

知らない単語が出てきたけど、要するに番いの託宣は嘘だ、ということは伝わった。

「ねえ、君は2月生まれだよね。つまりまだ17歳。未成年だ」

息が詰まる。

「未成年の赤の他人をからかうなんて、護国機関は酷い所だね。そして君が未成年だと知ったのにも関わらず白の貴公子様は番いのしきたりを君に教えずに今も交際を続けてる」

「彼は・・・そんな人じゃ、ない」

吐き出すようにそれだけ言うのが限界だった。

少年?の言葉がじわじわと熱を持ち、悪意を持って広がる。

「そう?君が未成年だって知った時、御厨はどう反応した?」

酷く驚いていた。

そしてそれからしばらく、私が触れようとしたら避けるような態度を見せた。

何かにおびえてるように。

考えるな、多分この考えが読まれてる。

私が恐れてる事を的確にこの少年は狙おうとしてる。

「ねえ。君たちの出会いはどうだった?「番い」だと言われ引き合わされたから、お互いが好きになったと錯覚したんじゃない?あははっ・・・笑えるよね。好意を作られるだなんて、思い込みってこわぁ~い」

少年?は両手で自分の体をかき抱き、わざとらしく身震いする。

私を挑発するように。


ぐらりと視界が歪んだ。

それは私が一番怖かった話。

番いだと言われたから、ナギは私を好きになったんじゃないかという疑念をずっと抱いていた。

それほどまでに私は彼とはつり合いが取れてない。

清廉潔白な男と、出自すら不明な女。


何故か近くにいるはずの店長たちは私たちの様子に気が付くそぶりがない。

本来ならこんなにも長く話していると不審に思われそうなのに。

メイド目当ての不埒な男客も多いから、あまり長時間特定の客と会話するとすぐに店長、もしくは男のスタッフが飛んでくるのに。

なにか認識をゆがめる能力まで使ってるの?

ナギも術師であるシオンさんの協力を経て「相貌失認」のお守りを貰ったと言っていたことがある。

彼を御厨ナギ一個人だと認識しても、それが護国機関の広告塔である白の貴公子の御厨ナギだとは認識できない術だと。

そのお陰で彼と町を歩いていても、眉目秀麗な彼は周囲の視線を集めても護国機関所属の「白の貴公子だ」と騒がれることはない。


「読心術」と「認識阻害」がこの場で使われてるのは間違いないだろう。

でも、異能力者1人が複数の能力を持つことが出来るんだろうか。

もしかしたらこの場に他に異能力者が居るのか。

店内を探るような視線を見抜かれ「勘のいい女、嫌いだよ」と目の前の少年?は吐き捨てるように言う。

かと思ったら一転、さっきの天使みたいな笑顔で「僕のいう事を信じられないのなら直接聞いてみたら?どうせまた今晩会うんでしょ?簡単だよ。一言でいい「未成年が番いに選ばれないってホント?」って聞くだけ」


「それですべて終わるから」と言う少年?の声は突然店内で響いたカップを落とす音にかき消された。

「うわわっ!ご、ゴメンなさぁい!!!」

カップを落としたであろう客の気弱そうな声とそれに対してメイドたちの「大丈夫ですか?ご主人様!」と慌てる声に意識を持っていかれて、振り返ると少年?は姿を消していた。




「お前、悪趣味だな」店外で待っていたツレがぼくをひと睨みして言う。

「そうかな?未成年を騙していちゃいちゃしようとする方が悪辣じゃない?ってか犯罪だよ、犯罪」

「あそこまで言う必要あったか?お前はただ”棘”を刺すだけでよかったんだよ」

左手に嵌めてるレオパード模様のバングルを所在なさげに触りながら言う。

なに罪悪感を抱いてるんだ、デカイ図体のくせに小さい肝っ玉野郎。

ぼくの「言葉」で、相手が魂を揺さぶられる。

こんなキモチイイことないのに、この脳筋ときたら。

ぼくとはつくづく気が合わない。

尚も続く批判を適当にかわす。

ぼくの様子に深くため息をつきながら、もうそれ以上は口にしなかった。


「ね、戻ったらついでにラパーマにここの監視カメラの映像消すように言っといてね。あ、でもぼくが入店する所のは残しといてね。ぼくの仕業だと気づいた護国の兄さんらがどんな顔するかと思うと笑えるから」

実際には見えないけど、予測はつく。

ああ、でも見たいなあ、あのいつも取り澄ました顔をしてる忠犬の兄さんが動揺する様。

あの整った、綺麗な顔が歪むのを想像する。

それはとても甘美だろうに。

「弐番の怖い兄さんに目ぇつけられてるくせにまだからかおうというのか」

「あの猟犬ホント嫌だよね。容赦ないもん、怖い」

何人あいつに狩られた事か。

あの男は本当にしつこい。

そしてあいつに付き従うインナーカラーのお兄さんも。

本当に鬱陶しいったら。

ぼく達異能者者を1人残らず狩ろうとする、なんて忌々しいんだ、護国機関。


まぁいいや。

忠犬くんの大事な大事な子猫ちゃんは今晩ぼくの進言通りに問うだろう。

それが彼らの偽りの恋の終わりだとは思いもしないで。


「じゃあね。ラパーマに伝言よろしくね」

ぼくはベンガルと呼ばれているこの大男に軽く手を振り、愛用の猫耳フードを被り、街の中へと溶け込んでいった。


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