78 それは恋ではない ナギ視点
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「御厨ちゃん、再三敬神さんへ面会要請かけてるらしいね。今あそこは次期巫女姫の選定で多忙だからしばらくは無理だよ。・・・何かあった?」
業務の途中、杠葉長官に呼び出された。
応接室で彼と対面してソファに腰掛ける。
次期巫女姫の選定?
そういえば以前「敬神の会は秋ごろに忙しくなる」と聞いたな。
「三つ目の巫女宛に確認したい事がありまして」
「みっちゃんに?ってことは、番いちゃん関連かぁ。確認と言っても何を?」
「・・・彼女は・・・未成年でした」
応接室に誰にも相談できなかった真実が静かに響いた。
未成年、つまり彼女は俺の番いではない。
言葉にすると、改めてその事実が重くのしかかる。
「へ~・・・若いね。あれ?確か」
「ええ、番いの託宣ではいくつか制限があり、その中の一つが」
「未成年は選ばれない」
杠葉長官は顔色一つ変えずに告げる。
一般には公開されていないこの情報だが、やはり杠葉長官はご存じだったか。
「・・・その通りです」
長官はじっと俺を見据える。
彼が何を考えているのか全く読めない。
俺に対する哀れみなのか、それともこれまで付き合っておきながら彼女が未成年だと見抜けなかったのを滑稽だと思ったのか。
永遠とも思える時間を経て、長官が口を開いた。
「ふ~ん・・・みっちゃんが視間違えるだなんてね。わかったよ、じゃあ後は任せて」と事も無げに言うと、長官はさっさと席を立ち部屋を出ていこうとする。
「待ってください!・・・どういう、意味ですか?」
慌てて立ち上がり、退室を止める。
長官がどういうつもりかわからないが、止めなければと瞬時に思った。
でないとみやびを永遠に失う、そんな気がした。
「どう、って?彼女は君の番いじゃなかった。じゃあ番い取り消しの報せを彼女に出さなきゃね。間違ってました、ゴメンね。って。それで君らは他人へと戻る。それだけだよ。念のために君も電話番号変えなきゃね。幸か不幸かここは一般人が立ち入れないから良かったけどね。それでも縋ってくるようならちょっと”鳥”たちの力でも借りるし、君が気にすることじゃないよ」
「やめてください!!!」
図らずも大声を出してしまった。
そんな報せをされたら本当に俺たちは終わりだ。
「どうして?」
聞き分けの悪い子供を諭すような声色で言う。
「・・・好き、なんです。彼女が番いだろうがそうでなかろうが」
そうだ。
だから苦しんでいる。
番いではないかもしれないと知った時に、彼女への思いが綺麗さっぱり消えるのならこんなに悩んでない。
「ふぅん?」
長官は大きな音をたてソファに座り直す。
そして手でもって俺に「座りなさい」と命じる。
崩れ落ちるように座り、テーブルに肘をつき頭を抱える。
「番い解消」
実際に彼女が俺の番いでないとしたら、託宣が間違っていたのなら、その手続きはしなければならない。
だが・・・。
俺は彼女と出会った。
そして、恋に落ちた。
今さら別れるだなんてできない。
「それは「あの子が君の番いだ」と思って出会ったからじゃない?その思い込みで君は今好意を抱いてるんじゃないの?」
長官は俺の様子を見定めるとそう言った。
その疑念は俺も一瞬抱いた。
そして自分の心の中を見つめなおして、改めて彼女が好きだと再認識した。
「違います・・・。彼女を知って、触れ合って・・・自然と惹かれていきました」
「彼女は複雑な家庭環境らしいからね。同情を抱いてるだけじゃないの?それは恋じゃないよ」
尚も長官は畳みかけるように、俺の想いを否定してくる。
「確かに彼女を今の境遇から助けたい。母親の束縛から解き放ちたい。でも」俺の中にあるこの感情は、確かな愛情だ。
初めて会った時。
一目見て心を奪われた。
運命の人だと、そう理解した。
指輪を嵌める時に初めて触れた時。
鼓動が早まった。
変な映画について熱く語る姿が。
可愛いと思った。
バイト先で他の男を接客しているとき。
他の男に彼女が観られるのが嫌だった。
勘違いからの嫉妬に身を焦がしたこともある。
乱れた食生活を送ってると知って。
心から心配した、俺で出来ることがあれば何でもしたいと思った。
食べ物にこだわりがないと言いつつ。
色々と細かい所にこだわるのが可愛らしいと思った。
俺に、俺だけに向けられる最高に愛らしい笑顔。
ふとした時に見せる寂しそうな顔。
たまに酷く冷めた表情をすることもある。
唇を合わせた時の多幸感。
たどたどしく、赤面しながらも俺を受け入れてくれる。
それも含めて全部、全部好きだ。
「俺は彼女を愛しています」
長官に面と向かって、はっきりと宣言する。
「やれやれ。数か月前までは考えられないくらい変わったね、君は。五行ちゃんに妹との縁談を持ちかけられそれを回避する為だけに受けた番いの託宣でまさかここまで御厨ちゃんが1人の少女に夢中になるだなんて」
長官は頭の後ろで手を組み、ソファに体を預ける。
ぎしりとソファが鳴った。
「彼女が君の本当の番いじゃない、として。君はこの関係を継続したいわけ?」
「俺のエゴだってのはわかってます。彼女には本当の番いが居るかもしれない。そして俺はその権利を奪おうとしてる」
「彼女は君の番いではないかもしれないと、教えないわけ?」
「・・・正直、怖いんです。彼女を傷つけるのが、他の男に奪われるかもしれないのが」
運命の相手が俺以外にいるかもしれないと知ったら、俺から離れていくんじゃないかと思うと、怖い。
「だけどこのままってわけにもいかないでしょ。キミの事だから多分未成年だと知って彼女に対して態度に出ちゃってるだろうし」
「それは」その通りだ。
未成年だと知って驚愕した時や、欲望を抑えるために彼女に対して素っ気ない態度になっていた。
ここしばらくはずっと、悲しそうな表情をさせている。
次のデートの話も進められてない。
「ふぅ・・・御厨ちゃん。まず前提が間違ってるんだけどね、番い以外と恋愛しちゃいけないなんて決まりがそもそもないからね。彼女が本当の番いにせよ、違うにせよ君は彼女に惹かれた。それでいいじゃない。・・・君は何事もそつなくこなす割に恋愛面では本当にぽんこつだね」
「・・・長官」
生まれて初めて誰かを好きになって、どうしたらいいのか自分でもわからない。
今は彼女を失うのが怖いという気持ちで占められている。
「ただ、みっちゃんの託宣が間違ってるというのは疑問だけどね。彼女は神おろしによって番いの託宣を受ける。託宣が誰でも受けられないのは、”あちらさま”にどれだけ貢献したかというのが重要で、君は聖地巡礼などで他の人々らの信仰心を高め、結果その功績を認められて託宣を受けられた。それなのに本来はまだ選ばれないはずの未成年である子が選ばれたっていうのはなんとも解せない所なんだけど」
それは確かにそうだ。
相手が未成年である場合、成人してから改めて相手の事を知らされると説明を受けた。
だからみやびが未成年である以上、成人してからならともかく今託宣を受けるのはおかしい。
杠葉長官は何かを長考した後、顎をさすり、重い口を開いた。
「・・・ちょっとここ最近、とある事案が顕著でね。特異存在解明調査班ちゃんから、加賀宮ちゃんら弐番たちが見つけてきたノラネコらしき人物らの消息が追えないと相談を受けてて」
「ノラネコの?」
異能力者の集団、ノラネコ。
彼らは基本的に人間らで構成されている「護国機関」によって監視、保護される事を忌み嫌い、俺たちが現在協力関係にある庇護された異能力者たち「通称、鳥」を奪還、解放しようと行動している。
鳥を狙う事からノラネコと名付けられた。
尚、構成人数やどういう組織形態なのかはいまだ不明だ。
向こうも俺たちの目をかいくぐって、保護されていない異能力者たちをいち早く発見し自分たちの味方として引き入れて近年特に勢力を伸ばしている。
話がどう繋がるのだろうか・・・。
訝しむ俺を一瞥して長官は話を続ける。
「かいつまんでいうと、戸籍を乗り換えてるんじゃないかって。それが両者納得の上の売買なのか、それとも強制的に奪ってるのかは定かじゃないけど」
戸籍の乗り換え・・・。
まさか。
つまり「君の番いだと言われてる少女は、本当に「藤原みやび」なのかな?彼女の戸籍を奪った第三者っての考えられない?肉体が成人してるのならみっちゃんの託宣も間違いではない。”あちらさま”は我々人間の「戸籍」のような情報なんて気にもしてないからね。”魂”で視てるらしいし」
”あちらさま”
つまりは我々のいう所の「神」だ。
確かに神であれば戸籍のような物でニンゲンを判別しないだろう。
みやびが「本当の藤原みやびではない」
それが意味するところは・・・。
彼女が誰かの戸籍を奪い、その人生を享受している。
「っ・・・!」
「もちろん、彼女は何も知らないだろう。君から見て彼女の唯一の肉親である母親はどんな感じ?」
彼女から話を聞く限りだが「面識はありませんが、娘の為なら自分の手を汚すことは厭わないタイプに見受けられます。それに彼女は母親から名前を呼ばれた事がないとも聞いています」
彼女に固執している様子からそう結論付ける。
名を呼んだことが無いというのを聞いた時には、虐待かと思ったが本当の名前以外では呼びたくなかったという母親の感情がそうさせたのだろうか。
「まぁ、これはあくまでも仮定だからね。ちょっと別の方向から藤原母娘を調べてみるよ。・・・君はどうするの?これから」
「わかりません・・・が、番いという枠に囚われすぎていたようです。三つ目の巫女への面会許可が下りたらその辺りも含めてきちんと確認を取りたいですが、俺はそれとは別に彼女とちゃんと向き合います。彼女を失いたくないですから」
「そっか、若いっていいねえ。真実はともかく戸籍上は彼女はまだ未成年だからね、節度は守って頂戴ね」
「・・・善処します」
正直不安だが、もうこれ以上彼女を苦しませたくない。
だけど、俺たちの恋は悪意のある第三者によって踏みにじられることになるのだった。