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御厨ナギはいちゃいちゃしたい  作者: 希来里星すぴの


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76 平穏な日常の終わり みやび視点

noteの方で、裏話、小ネタを掲載していってます

https://note.com/kirakiraspino/n/ndddbd865e6aa


noteではこちらの前日譚「0話」も公開中

https://note.com/kirakiraspino/n/na36abbadd334

 ナギの誕生日、隣の県の水族館で興味を惹かれるイベントがあったので、電車でそこへ向かった。

 土曜なので比較的空いていてよかった。

 ナギは有休をとったらしい。

 今までは誕生日には有休をとらなかったのだけど、今年は特別だと笑っていた。


 元々鮫の展示に力を入れている水族館だけど、時間が無くて行ったことが無かったので丁度良かった。

 電車代や入場料もナギが支払うと言ってくれたけど、そこは遠慮した。

 ナギには甘えてもいいとは思うんだけど、ここまで自分の稼ぎでやってきたからというお母さんへの意地がある。

 とはいえ忍さんに対して面と向かって「あなたのお金は使いたくない、自分のバイト代だけで3年間過ごす」とは言ってないけど。

 というか、言えない。

 多分悲しむだろうから。

 お母さんの事は嫌いじゃない。

 どうやって稼いでるのかわからない得体の知れないお金を使うのが嫌なだけ。

 そのせいでデートで入る飲食店がチェーン店やファーストフードやフードコートばかりになってナギには申し訳ないとは思うけど。

 以前「あまり面白みのない所ばかりでゴメンね」と謝ったら、笑いながら「みやびとならどこでだっていいよ」と返された。

 奢られるのはあまり好きじゃないと知ってからは、私の意思を尊重してくれてる。

 彼のそういう所も大好き。


 水族館は控えめにいって最高だった。

 見て回ってる時に同胞と思われる人たちの声が聞こえてきて内心笑ってしまった。

「蛸と合体している、とある映画のサメは顔つきから言ってこの種類だと思うんだけど背鰭の形が違うんだよな」と真面目な顔で説明していて聞いている連れの人が「は?」という顔をするのが面白かった。

 ナギも初めその映画を見た時には「――映画って自由なんだな」とどこか放心した顔で呟いていた。

 別の映画では「鮫が出ないのにシャークというタイトルがついてるのはどういうことなんだ」としきりに首をかしげながら聞かれた事もあるけど、改めて考えると本当に無法地帯だな鮫映画。


 触れ合いコーナーで初めて鮫を直に触ってその感想をナギに伝えたら「だからサメ肌っていうんだろ」という顔をされた。

 知識としては知ってても実際に触ってみて驚いたんだよ。

 実家に居た頃には、基本的にお母さんと共に引きこもってたから、こんな風になにかを知りうる機会が少なかった。

 

 お昼に何を食べようかという話になった。

 水族館内の軽食エリアで食べようかと言われたけれど気が進まなかった。

 ネットで事前情報を見て知っていたけど、イベント限定のバーガーにはチーズが入っていたので私は食べられなかったし。

 それだけを抜いてもらおうかと思ったけど、ファーストフード店と違ってそういうのが無理そうだったし、飲食店でバイトしてる身としてはややこしい注文をする客はご遠慮願いたいので、あきらめた。

 バーガー以外をと思ったのだけど、ここはそもそも軽食メインの店みたいだし昼食は外で摂ればいいか。


 来場の思い出としてマグカップを買おうとしたんだけど、値段がかなりイイお値段だった。

 1400円のマグカップって、私の時給より高い。

 数があまり作られないからか高値になってしまうのはしょうがないのだけど、苦学生に1400円は痛い。

 でも買わなかったら買わなかったで後悔しそうだし、何より今日はナギの誕生日で一緒にここに来たという思い出が欲しかったので断腸の思いで買った。

 これなら普段使いできるし。

 他にも欲しいものは色々とあったのだけど、ぬいぐるみは集めるとキリがないし置き場所にも困るしとで悩んで辞めた。

 ラブカのシャツが欲しかったのだけど、以前部屋着として着ていた全面にスラッシャー映画の殺人鬼が大集合しているシャツを見たナギが絶句していたのでイロモノ系のシャツは増やせないなと断念した。

 あまりその手の映画を見てないようでキャラを知らなかったナギに説明をしていったら眉間の皺がどんどん深くなってきたので途中で話すのをやめた。


 名残惜しかったけど、いい時間だったので水族館を出て昼食をとる。

 その間にふとした事から「3つ願い事が叶うとしたら何を願う?」という話題になったので「チーズがこの世から消え去りますように。あと粒あんも存在を消したい。それとナポリパンの復活を」とすらすら答えたら「……そんなに憎いか」と呟かれた。

「そりゃそうだよ。食べたいものがあった時にまずチーズが入ってないかって確かめるの大変なんだよ。冷凍オムライスとかインスタントカレーとか。こしあんぱんにまで入ってるだなんて信じられないし、フルーツサンドにも入りだしたし、なんなのあいつ。外でミートソーススパゲティとか食べられないし。あのチーズ野郎、大体ミートソーススパゲティにくっついてくるんだよ。ストーカーか。許せないよ」

 周囲の迷惑にならない程度の声量で熱弁をふるう。

「……粒あんは?」

「たまに苺大福とか食べたくなっても大体が粒あんだしね。それでいうと期間限定で発売されるセブンイレブンの苺大福は最高だね。こしだよ、こし。セブンイレブンの商品開発部にはこしあん仲間が居るね。通年売って欲しいよ」

「……ナポリパンって何?」

 うちの高校の購買でしか見たことないけど、ナポリタンが入ってる総菜パンみたいなものなんだ、系統は焼きそばパンみたいなもの、と伝えたら「焼きそばパンでよくないか?」と言われたので「全然違うよ」と否定しておいた。

「というか、焼きそばパンってなんであんなに人気なんだろ。ナポリパンの方がいいのに。紅ショウガ入ってないし」

「紅ショウガも許せないポイントなのか」

「そりゃそうだよ。子供の頃食べて酷い目に遭ったんだから」

 紅ショウガを食べさせてきた年上の男の子にコーラまで飲まされ……あれ? そんな人居たっけ? 私は子供の頃基本的には仲間には入れてもらえなかった。

 いつも疎外されてきたのに。

 ズキリ。

 頭が痛い。

 思わず頭を押さえる。

「みやび?」

 ナギが心配そうに私の手を取る。

「ん~、大丈夫。ちょっと焼きそばパンのトラウマ思い出しただけ」というと「トラウマになってるのか、焼きそばパン……」と複雑そうな顔をされた。

 子供の頃は本当に嫌な思い出しかないから思い出したくないせいか、あまり記憶に残ってない。

 それでもたまに思い出すことがあるけど。

 頭痛とセットで。


「それよりナギは? この世から消し去りたい食べ物あるでしょ?」

 心配をかけられないと、会話を彼にふる。

 ナギはしばし考えたようだけど「特にないな」とあっさり言った。

 ですよねー。

 というか、この人、願い事もなさそう。

 今日は「キスしてくれ」って願われたけど。

 思案していたようだけど、しばらくしてナギが口を開いた。

「そうだな……俺が願い事を言うとしたら、みやびと母親の関係についての改善、かな」

「――忍さんと? なんで? 別に仲は悪くないよ」

 いけない、ついぶっきらぼうに答えてしまった。

 私の素っ気ない言い方に、触れているナギの手がびくりと震えた。

 ナギはナギで心配してくれてるのになんて言い方をしてしまったんだ。

「ゴメン、でも本当に仲は悪くないんだ。あの人過保護過ぎて私が勝手に苦手意識持ってるだけだから」

 私をあの家に閉じ込めようとするくらいには過保護だ。

 過保護というか束縛だけど。

 約束通り、卒業後にあの家に戻ったら私にはどんな未来が待ち受けてるんだろうか。

 ナギとはもう二度と会えないだろうというのは想像付くけど。

 思わず目を伏せる。


「――母親がどんな人か、聞いていいか?」

 遠慮がちにナギが口を開いた。

 彼にしては珍しく踏み込んできた。

「……うん。他人には愛想がないけど、私は子供の頃も含めて厳しく怒られたことはないかな。あ、でも高校に行きたいって言った時には『どうして?』って詰問された。とにかく自分の傍から離れるのを必要以上に嫌がってるって感じ。そういえば……」

「うん?」

「あ、いや大したことじゃないんだけど、忍さんから名前を呼んで貰ったことが無い気がする」

 そもそも母娘揃って基本引きこもっていたから名前を呼ばれる機会もなかった気がする。

 なんだろう、話していてじんわりと嫌な感じがする。

             

           これ以上先はいけない。


 流れを変えなければと、脳のどこかで警告音が鳴る。


「あ、でもね。すっごい美人。女優で言うと冨嶋昭子とみしましょうこ知ってるかな? 昔の女優で主に鎌田監督作品に出てた人なんだけど」

 言いながらスマホで検索する。

 白黒映画の時代の人だからナギが知ってるとは思えないけど。

「この人も着物着てるんだけど、忍さんもそう。この冷ややかな目つきとかそっくり」とナギにスマホを見せる。

 なんとなく私が話を変えたいのを気づいたんだろうな。

 話に乗ってくれた。

「へえ。みやびには似てないな」

「まぁね、なんか美人のお母さんとは似てないっていう言い方にはちょっとひっかかるけど、全然似てないよ。だとすると私はお父さんに似たのかな。顔も名前も知らないけど」

 私の手を包み込むナギの掌に力が入ったのがわかった。

 この話題にさらに踏み込んでいいのかと躊躇ってるようだ。

「――写真も残ってないのか」

「うん。忍さんは持ってるかもしれないけど、見せてもらったことはないし、お父さんの話も一切されたことが無い」

「知りたくない?」

「どんな人って聞いたことがあるけど、忍さんが言いたくなさそうだからいいかな、って」

 ナギは何かを考え込んでる。

 ダメだ、せっかくのナギの誕生日なのに嫌な話題だ。

 見ると店も混んできたので、もう行こうと促す。

 ナギは何かを言いたそうだったけど、すぐに笑顔になって「ああ」と了承してくれた。


 乗り換えで帝都駅に戻って有名ケーキショップへと立ち寄った。

 誕生日ケーキはすでにそこで予約しているらしい。

 以前「誕生日ケーキか。……家では食べた記憶がないな」と漏らしたら悲哀の目で見られた。

 誕生日はちゃんと祝われたんだけど、何故かうちはカップケーキなんだよ、多分母娘2人じゃホールケーキは食べきれないからだと思うからと弁明したのだけど、ナギの中でのお母さんの私への虐待疑惑は益々深まったようだ。

 なので今日は私に誕生日のホールケーキを食べさせたいと張りきっていた。

 友達の誕生日には食べたことがあるといったら、尚さら張り合おうとしたみたいで嬉々としてケーキを選んでた。

 ナギは結構嫉妬深い。

 受け取りの手続きをしている間、手持ち無沙汰だったので店のショーケースを見ていたら、何の変哲もなさそうに見える生クリームケーキで4号サイズで5000円を軽く超えてるんだけど?

 ケーキって高いな。

 それともこの店が高いだけ?

 せめてお金半分出すと言ったんだけど、やんわりと断られてしまった。

 誕生日なのに自分でお金払うのってどうかと思ったのだけど、どうやらナギの中ではケーキ自体はどうでもよくて私を喜ばせたいと思ってるみたいだ。

 その気持ちはとても嬉しい。


 ケーキを片手に街をぶらつくわけにも行かなかったので、私の家へとまっすぐに向かう。

 行き交う人もまばらなので、人目を気にしないでいいのが楽だ。

 そっと彼の腕を取った。

 筋肉質な、男の腕って感じ。

 自分の体とは全然違う。

「もうじきテストだ」などと雑談しながらだとすぐに到着する。

 ナギと一緒に居ると時間が経つのが早いな。


 ケーキを冷蔵庫に入れ、次のデートの行き先を2人で考える。

 10月半ばから11月末まで、私の好きな特撮映画の博覧会があると知り、そこに行こうかと話し合う。

 限定グッズが欲しいから行くとしたら開催初期かな。

 今月はちょっと頑張って節制しなきゃ。

 今回、水族館に行ってマグカップまで買っちゃったし。

 そんな話をしていたら、隣り合って座っているナギが私の肩を抱いて自分の方へと引き寄せた。

 顎に触れた右手でナギの方へと顔を向けられる。

「プレゼントはいつかな? 待っているんだけど?」

「え……今、なの? ケーキ食べた後じゃなく?」

「我慢できない」

 子供か。

「……わかった。目、閉じてて」

 自分からキスはしたことないからイマイチやり方がわからない。

 どのタイミングで私も目をつぶったらいいんだろう……。

 ナギの端正な顔立ちが近づく。

 結局いつ目を閉じていいのかわからないので、そのまま彼の唇に口づける。

 いつもならナギの方から舌を入れてくるのに今日はそれもない。

 これも私から、ってことか。

 意を決して、おずおずと彼の口内に舌を入れ、そっと彼のそれに絡める。

 ナギの首に腕を回し、そのまま髪の毛をそっと撫でる。

「ん……ちゅ……」

 ゆっくりとした動きから、舌の動きが徐々に激しくなってしまった。

「好きだよ――ナギ」

「俺もだよ」

 息苦しさからキスをいったん中止するがすぐに再開する。

 どうしよう、変なスイッチ入ってしまったかも。

 それほどまでにナギとのキスは気持ちがいい。

 背中を抱いていたナギの両手が私の胸の方へと移動してくる。

 以前のように触られるのかなと思って覚悟していたら、その動きは止まった。

 それがキスの終わりの合図に思えたので、彼の唇から離れる。

 先ほどまでの自分の行為がはしたなさ過ぎてナギの顔が直視できない。

 彼の胸に顔をうずめしばらく唸ってしまった。

 そんな私の頭を愛おしそうに撫でてくる。

「ありがとう」

 どういう意味のお礼だよ、もう!

「なんだかとても恥ずかしい事をした気がする」

 舌を絡めるだなんて、しかも自分から。

「そうか?あんな情熱的にされると思わなかったから驚いたけど、嬉しい」

「だって――ああいうの求めてるのかな、って」

「唇合わせるだけでも良かったのに」

「そ、そういう事はする前に言ってよ!」

 多分わざとだな。

「ゴメン、みやびの誕生日には俺がもっと凄い事するから」なんてとんでもないことを言い出した。

 あれ以上、って何?

 キスの――その、先?

「ちょ、ちょっと! 何する気なの?」

「来年のお預けだけどな」

「……と言っても4か月後くらいじゃない。そんなのすぐだよ」

 ナギと出会って3か月くらいだっけ?

 あっという間に時が過ぎていったし、恐らく4か月後だってすぐだ。

「――4か月、後?」

 ナギが怪訝な顔をする。

 そんなに変かな。

 ああ、誕生日の話をしたことなかったからか。

「2月生まれだよ。言ってなかったっけ? そういえば会う前に交換した釣書きにも書かなかったね」

 あの時には番いとはいえどんな人相手かわからなかったので、個人情報の明記は最小限にしておいた記憶がある。

「――ということは今17、歳?」

「そうだよ、未成年相手になにやってるのさ、もう!」

 茶化すように笑いながら話したのだけど、私の言葉を聞いて何故かナギの顔色が変わった。

 改めて未成年に対してふしだらな行為をしていると気づいたのだろうか。

 でも婚姻の約束をしていたら未成年でも大丈夫なように、将来結婚が約束されているような番いなら未成年だろうが問題ないのじゃないかな?

 私は番いについてまるで知らないけど。

「ナギ?」

「あ。いやすまない。ちょっと考え事をしていた」

「ふぅん? 大丈夫? なんだか顔色がさえないみたい。遠出して疲れた?」

 そう言いながらナギの顔に触れようとしたら、一瞬ビクリと大きく体を震わせた。

 まるで触られるのを拒絶したかのように。

 それに驚いた私の顔を、ナギはまるで「初めて見た人間」を見る目で見ていた。

 いつもの慈しみの目ではない。


 折角買ったケーキも「食欲が無い」と言ってほぼ手つかずだったし、いつもなら終電近くまで居るのに今日は「明日仕事が早いから」とすぐに帰っていった。

 毎回帰りがけにするキスも無かった。



 それからしばらく、ナギの様子はおかしかった。

 ナギからは触れてこないしもちろんキスもない。

 私が触ろうとすると身を硬直させたり。

 バイトの時に毎回送迎はしてくれるけど、会話も弾まなくなった。

 というかいつも何かを考えてるようで上の空だった。

 私にはなにがいけなかったのかさっぱりわからなかったが、その度に「仕事で疲れてる」と見え透いた嘘でごまかされた。


 そしてそれからしばらく後に「未成年が番いに選ばれることはない」と知ることになる。

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