73 望むもの ナギ視点
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みやびのバイトが終わり、家まで送る道中に「ね、誕生日のプレゼント、何か欲しいものある?」と聞かれた。
誕生日。
そういえばもうじきだな。
子供の頃には親がケーキを買って祝ってくれたが、成長と共に気恥ずかしさが勝って「別に祝わなくていい」と伝えて母親も「冷蔵庫にケーキ買ってきたから。好きなタイミングで食べなさいね」で済ませてたな、という思い出がよみがえった。
両親と俺の3人暮らしだったからホールケーキは持て余していたし、いつしか我が家の誕生日ケーキはショートケーキになっていた。
俺も親父も甘いものが特に好きでもないし本当はケーキも要らなかったのだけど、たぶん誕生日にかこつけて母親が食いたかっただけだろうなとは思った。
勿論、誕生日プレゼントは普通に貰っていたが。
小学生の頃は仲の良い男友達と誕生日パーティをやっていたが、呼んでもいない女の同級生らが押しかけてきたりとで誕生会は次第にしなくなった。
母親が買ってきたケーキを食い、友達らからも祝われるぐらいの日、そんな認識に代わっていった。
別に誕生日に固執もしてないし、自立してからは特に祝うこともせずに、寮内での隊員らの酒を飲む口実となっていたに過ぎなかった。
「……プレゼント」
「なんでもいいよ。とはいってもあまり金銭的に余裕はないけど。何でも好きな物を言って」
親元を離れ、一人暮らしでバイトの賃金をやりくりして、親から金銭的援助を受けてるがそれを使わずに、家賃も生活費も自分で払ってる苦学生相手に誕生日祝いを求める気はなかったが、恋人としてもらうプレゼントってのは貴重だから断る道理はないなと思った。
勿論、高額なものは頼む気が無いが。
「好きな……もの、か」
「服とか、身に着けるものでも、なんか食べたいものとかでもいいよ」
身だしなみは最低限整えばいいと思っているし、服もこだわりはないし、さほど興味もない。
勿論、みやびが選んだ服ならなんでもいいが、それを言うと「むぅ。なんでもいいってのが一番困るよ」と頬を膨らませるだろう。
それはそれで可愛いし見たい気がするが、あまりからかって嫌われたくはない。
一緒に買い物に行って彼女が選んだ服を着るというのも手だが、それは何も思いつかなかった時の最終的な案かな。
普段一緒に買い物に行ってるし、どうせなら特別な事をしたい。
身に着けるもの。
あまり装飾品は好まないし、俺にはこの番いの指輪さえあればそれでいい。
時計も父親から就職祝いとして貰ったスマートウォッチを愛用している。
彼女とお揃いのイヤーカフも頭をよぎったが、みやびの好みはチェーンがついてるタイプだから俺がつけるとしたらやや派手だろうな。
かといってピアス穴も開けるつもりはないし。
強いて望むのなら普段行かないような店で一緒に食事を、と思うのだが、学生と言うこともありあまり格式高い店はみやびの好みではない様子だ。
以前、シオンに勧められて行った寿司屋では、みやびは声に出してなかったものの終始「あわわわ」と狼狽していた。
小動物みたいで可愛らしかったが、店を出た後に味の感想を聞いたら「緊張してなにも覚えてない。鮪が美味しかったのは覚えてる」と返ってきた。
覚えてなさすぎだろ、どれだけ緊張していたんだ。
後にシオンにどうだったかと聞かれたのでそれを伝えたら「あそこは個室もあるからそこを利用したらよかったのに。高級店だとまだ学生の彼女は落ち着いて食事できなかったでしょう」と俺の気の利かなさを嘆かれた。
個室か、それは気づかなかった。
申し訳ないことをした。
特に欲しいものはない。
改めて考えると、俺は無趣味だな。
「どこか行きたい所は?」
……そうだな。
「2人で泊りがけの旅行」と言ったら、寿司屋の比ではないくらいに慌てふためくだろうな。
流石にそれは早すぎだから言い出せないが。
かと言って日帰りの旅行もまだ難色を示されそうだ。
「うーん。別に今すぐじゃなくていいよ。じっくり考えてからでいいから」と困ったように笑う。
可愛い。
なにをしても可愛い。
ちらほらと通行人とすれ違う今は無理だが、二人きりになったらまたその柔らかい唇をふさぎたい。
というか今すぐキスしたい。
――待てよ。
「なんでも、いいのか?」
「決まった? うん! 頑張って奮発するから大丈夫!」と繋いでいた手に力を込めてきた。
満面の笑みもすごく可愛い。
なんでこんなに一挙一動可愛いんだろうか。
「キス、して欲しい」
「いいよ。じゃあ・・・え?? は????? なに????????? 今なんて????????」
一瞬にしてフリーズする。
表情がころころ変わって見てて飽きない。
しばらく間をおいてから俺の発言が脳に届いたのか、瞬時に「あわわわわ」と焦りだす。
「キス……って、もう、何回も――してる、じゃない」
最後の方は声が聞こえないくらい小さくなった。
うん、今すぐキスしたい。
本心はもっとそれ以上の事をしたいのだが、性急すぎて嫌われたくはない。
俺の中のどろどろとした欲望を知られて幻滅されたくない。
「でもみやびからは一度もキスされたことないなって」
思い返せばいつも俺の方が求めてる気がする。
みやびは俺の想いに答えてはくれているが、一度でいいから彼女からキスされたい。
「それはっ! ――恥ずかしいじゃない」
「嫌か?」
「嫌じゃない、けど。むぅ。誕生日プレゼント、本当にそれでいいの?」
じっとりとした視線で見られる。
それには若干の批判が込められている。
それすらも可愛い。
ダメだ、何をしてもみやびは愛らしい。
「別に今すぐでもいいけど?」
「い、今すぐはダメだよ! 心の準備が」
時間を置いた方が気恥ずかしさが増すと思うが、女の子の考えることはやはりよくわからない。
「じゃあ――その、誕生日、に」
真っ赤になってそれを言うのが精いっぱいなのも可愛い。
もう「可愛い」しか語彙が無い。
「それはそうと、俺の方からはいつしてもいい?」
断らないだろうな、と思いつつあえて意地悪な発言をしてみる。
「――いいよ」
いいんだ。
みやびの家について二人きりになった俺は遠慮なくキスの嵐を浴びせたのは言うまでもなかった。
生まれて初めて、誕生日というものが待ち遠しく感じるのだった。