49 五行へのお仕置き 加賀宮視点
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noteではこちらの前日譚「0話」も公開中
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護国機関の道場で大観衆に取り囲まれながら、俺は苦悶の声をあげる五行を見下ろしていた。
「おら、どうした? 参番隊隊長さんよ、寝るには早え時間だぜ」
軽く煽りながら、床に転がる五行を軽く足で小突く。
拳をみぞおちに思いっきり叩き込んでやったダメージで未だ五行は立ち上がれずにいた。
横隔膜の動きが止まり、呼吸困難におちいってるんだろう。
容赦しなかったからな。
拳が腹に入った瞬間に道場に集まった観衆らは一斉に歓声を上げた。
明確に誰も声に出さなかったが「ざまぁ」という雰囲気で満たされていた。
ナギ率いる壱番隊は言うに及ばず、こいつの隊の参番からも「もっとやってくれ」という圧さえ感じる。
余程日ごろの鬱憤が溜まっているようだな。
一応、以前のナギによる「制裁」のお陰か隊員らに対する態度は多少改まったらしいが、それでも高慢な態度は変わりないらしい。
沸く観衆の中、ナギは表情を変えずに静観してる。
本来なら自分でこいつを殴りたかっただろうが、後輩教育も年長である俺の仕事だしな。
面倒くせえからやりたくなかったが、示しがつかないから今回俺がちょっとばかり指導してやった。
名目は「素人に殴られてんじゃねえよ。俺が直接特訓してやる」だったか。
適当な理由付けだからどうでもいいが。
それにしても参番隊も俺を応援するとか、本当にこいつ人望ねえな。
忠告されていたのに関わらず、一般人の女の所に押し掛けて脅迫する時点で人間性が窺い知れるが。
ナギと番いを別れさせ、やつと自分の妹を結婚させたいらしいがやりすぎた。
自分の妹の結婚相手には、人望にも厚く将来有望なナギが最適だと色々と考えてのことなんだろうが、よりにもよって三つ目の巫女の託宣にも弓引くような行為は護国機関の一員としては信じられない行為だ。
かつて、敬神の会から優秀な人材を引き抜いて今も根に持たれてる俺が言えることじゃないが。
「ちっ。全然殴り足りねえな」
殴り合い、というか一方的に俺が攻撃したから汗もかいてない。
先輩である俺に恐縮してるというわけではないし、大体こいつはそんなタマじゃねえ。
財閥の御曹司であるのを鼻にかけて、自分が家の権威で参番隊長に任命されただけだっていうのに隊員らを下に見ていて、やつらに泣きつかれた俺はナギに命じてやつに「指導」させたんだが、逆に気に入られた始末だ。
もっと後輩への指導ってのは二度と反抗しようと思えないくらいに完膚なきまでにやらなきゃいけねえんだよ。
あの甘ちゃんが。
さらに会議後にナギが忠告したにも関わらず、あいつの番いにちょっかいかけた五行は最近特に増長してるから面倒だが先輩として軽く指導してやったんだが、思いのほか倒れるのが早すぎだな。
麺と向かって殴り合ったのは初めてだが、弱すぎじゃねえか。
女一人にしてやられるくらいだしな。
とはいえ、残された映像を見た限り、あいつは戦いなれていたな。
あいつのバイトしてるメイドカフェでたまに出るらしい「狂犬メイド」ってのは間違いなくやつだろ。
どんな人生送ってきたんだか。
調査によると母親と二人暮らし、だったか。
――頼れる相手も居ないまま、二人暮らし。
思考が乱れそうになり、軽く頭を振って遮る。
さて、ぶっ倒れてる奴をこれ以上嬲るのは趣味じゃねえし、どうするかと思案していたら意外にも立ち上がってきた。
案外根性はあるのか?
ただ、しぶといだけかもしれないが。
俺の一撃をまともに腹に受けたのに起きれるとはな。
「俺が先輩だからって気を使わなくて殴られ放題になってなくていいんだぜ。かかってこいや」と挑発する。
こんなわかりやすい挑発に乗るだろうかと思っていたが、プライドの高いお坊ちゃんには効果てきめんだったようだ。
ダメージが残ってる体でそれでも右ストレートを繰り広げてきた。
残された体力的に一発狙いだったのかもしれないが、あまりにも大ぶりな動きなので見え見えだ。
やつの動きをしっかり見据え、重心を僅かに左斜め下にずらし、五行の視線を俺の右手からそらす。
その一瞬を狙って、腰をしっかり回転させ、やつのこめかみにオーバーハンドフックを叩き込む。
完全に入ったせいで、五行は無様にぶっ倒れた。
流石に今度は立ち上がってくることはなかった。
「馬鹿が。あいつと同じオーバーハンドフックを食らってんじゃねえよ」
完全に気を失ってる五行を見下しながら「おい、参番。こいつをとっとと医務室に運べや」と吐き捨てる。
俺の言葉を聞いて、副隊長の水無瀬とかいうやつが迅速に指揮を執る。
参番隊、編成しなおして副隊長を隊長に据えた方がいいんじゃねえか?
俺が考える事じゃねえし、余計な仕事が増えそうだから進言もしないつもりだが。
うるさいほど騒ぐ隊員らを尻目に用意されていた椅子に座るとすぐにシオンが駆け寄ってきた。
「まったく、やりすぎなんですよ、あなたは」と、俺のスパーリンググローブを外しながら小言を言う。
「……前もって特訓だって言ってたから俺が最後にオーバーハンドフック出すってのは警戒するべきだったろ。それを完全に食らう方がどうかしてる」
自由になった右手で前髪をかき上げる。
「そうじゃなくて……はぁ。もういいです」
「これ見よがしにため息つくんじゃねえよ。言いたいことがあるのならハッキリ言え」
「五行本家からクレーム来ても知りませんからね」
そう言いながら、俺をじろりと一瞥する。
そういやあいつは五行の本家の血筋だったか。
「こんなの、ただの特訓だろ。もし来てもそん時には長官がなんとかしてくれんだろ。俺らの尻ぬぐいの為にあの長官殿は居るんだからな」
シオンはひときわ大きく肩をすくませた。
「それともう一つ。今度はあなたが五行の妹の婿候補にならないことを祈っていますよ」
「……それはかなり、嫌だな」
以前ナギに聞いた限りでは五行妹は確か15歳くらいだったか?
ガキじゃねえか。
それに俺にはやることがあるのにそんな細事に構ってられねえ。
シオンに渡されたスポーツドリンクを一口飲み、天井を見上げた。