43 夏期講習 みやび視点
noteの方で、裏話、小ネタを掲載していってます
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noteではこちらの前日譚「0話」も公開中
https://note.com/kirakiraspino/n/na36abbadd334
「うっわ、藤原が来た」
教室に入った瞬間、イツキ、カナメ、キリヤの3人組が私を見て湧く。
ざっと夏期講習が行われる教室を見回すが、他に知り合いは居ない。
というか、この3人以外は名前も知らない。
彼らも私には興味がないようで、キリヤの声を受けて入口に立っていた私を一瞥するとすぐに目線を外した。
夏休みの中、夏期講習に来るくらいなので会話をしたこともない私よりも机に広げている教科書の方が重要らしい。
別にいいけど。
「マジで?」
「うわ、ホントだ」
「昨日来てなかったから油断してたわ」
と口々にカナメとイツキが言う。
油断ってなんだ。
夏期講習は自由参加だから来ても来なくてもいいのにこの扱い。
私、嫌われてるのか? と不安になるじゃないか。
「昨日は朝からバイトだったんだよ」
そして明日もバイトだけどね。
今日は折角休みなのにナギは仕事なので会えない。
彼も忙しいみたいだし、今日はバイトがないから送迎の必要が無い。
「お前進学組じゃないんだから帰れよ」
「そうだ、そうだ。なに夏期講習にまで来てんだよ」
「ひっど!!私にだって講習を受ける権利あるよ」
わざとイツキらの近くに座って「つれなくしないでよ~」とうざ絡みしてやる。
彼らの言い方はきついが、別に本気で言ってるわけじゃないらしい。
テストの点で競って、ライバル認定してるだけって以前言ってた。
実際、2位から5位争いをしている仲だ。
ちなみに不動の1位は宗像。
イツキら曰く「あいつは勉強しか楽しみが無いからしゃあない」らしい。
酷い言い草だな。
他の同級生は将来を真剣に考えて受験の為にと、この夏は特に必死だ。
それに引き換え「大学には進学しない」と明言してる女が何で学校の夏期講習にまで来てるんだって不快に思うんだろうな、と教室内の雰囲気を見て感じる。
でも、こっちはこっちで生活かかってるから本気なんだよ。
11位以下に落ちたら次のテストまでの全学費を自分で支払わなきゃいけないという鬼システム。
母親からの金銭に手を付けたくない苦学生からしてみたら絶対に順位は死守しないといけない。
それを承知で優待生制度を利用してるのだから泣き言は言わないけどさ。
もうちょっと学校のランクを落としたら勉強的に楽だったのだけど、髪型などの自由が利くのがここくらいしかなかった。
「ってか藤原1人?」
「珍しいじゃん」
まぁね、学校じゃずっとかなっぺとはるっちと3人で行動してるからね。
正直私も今日は孤独に過ごすのかと思ってたけど、イツキたちが居てくれてよかった。
イツキは女の子なのに刈り上げボブ、キリヤはくせ毛の金髪男子、カナメはツーブロックでかつインダストリアルピアスをつけている、かなり個性的な面々なので他の生徒からは私含めて浮いている。
成績上位組でまともな外見って宗像だけじゃないかな。
「今日は二人とも塾の夏期講習だよ」
「へ~、櫻川はともかく志島真面目に行ってんだ」
はるっちと一緒の菊花大に入るにはかなり努力しなければいけないと進路指導に言われたので必死らしい。
毎年、バイトの無い時にはかなっぺたちとは一緒に過ごしていたから寂しい。
3人で色々と遊びに出かけてたっけ。
長時間並んで有名かき氷を食べに行ったり、期間限定のテーマパークに行ったり。
もっとも一昨年と去年の夏休みは私がバイト漬けだったけど。
「で、藤原はせっかくの夏休みなのに彼氏とも会わずにこんなとこ来てんだ」
「悲しい奴だな」
「それ、自分らにも跳ね返ってきてない?」
3人とも、交際してる相手はいないらしい。
受験生だから、この夏が正念場で恋愛なんてしてる余裕がないからわざと恋人を作らないのだと言っていた。
ホントか虚勢張ってるのか知らないけど。
「彼は今日仕事だよ、だからここに来たんだよ」
仕事の話はあまり聞いてないけど、色々と忙しいらしい。
その割にはほぼ毎日うちに来ている気がするけど。
夜道に私一人で帰らせるのが心配でたまらないと以前言っていた。
負担をかけて申し訳ないとは思うけど、その気持ちは嬉しい。
「恋愛マウント取られた!どうせ恋人なんて居ないですよーだ!」
「畜生、俺だって大学に入ったら彼女作ってやるからな」
「キリヤには無理だろ」
「無理だね」
「諦めなよ」
「お前ら酷くない?」
冗談はさておき、キリヤはいいやつなんだけど「遊ぶには楽しいんだけど、友達以上には思えない」と振られる未来しか見えない。
そういうキャラだから。
「彼氏持ちは余裕だな。俺たちは受験勉強で苦しんでるのに」
みんな、菊花大狙いだっけ?
偏差値一位の難関大学だ。
もっとも彼らなら大丈夫だろうけど、油断はならないんだろうな。
「あんたの彼氏って社会人だっけ?そういや花火とか行くのん?」
「彼はその日も仕事だし、私は人込み嫌いだしなあ」
そもそも仕事というか、その花火大会の警備を担当するらしい。
武藤川花火大会は、数万発の花火を毎年大々的に打ち上げてテレビでも放送されるくらいだ。
私はネットであげられる動画や写真を見るくらいで、花火大会には生まれてから一度も行ったことが無いけど。
駅や現地の混雑具合には流れてくる情報を見てるだけで辟易する。
かなっぺたちも流石に「花火大会に行こう」とは言い出さずに、かなっぺの家の大型テレビで実況されている映像を見てたっけ。
そしてかなっぺのお母さんに「あんたたち枯れてるわね。一度くらい見に行きなさいよ」と嘆かれた。
それを言われるたびに「こんなに暑い中、あんな人込みの所で花火とか見る気起きないよ」とかなっぺは口をとがらしていたっけ。
「じゃあ海とかプールとかは?」
「そんな話は出てないなぁ。行きたくもないけど。でも土曜にかなっぺらとプール行くよ。槻ノ木沢遊園地のプール」
郊外にある遊園地なので、朝早くに移動しなくてはいけない。
帝都駅に向かい、そこからまた電車を乗り継ぐ。
行くだけで疲れそうだけど。
「なんで彼氏と行かなくて友達とプールなんだよ」
ただでさえ注目を浴びるナギとプールとか行ったら大変なことになりそうだもん。
街中を歩いてる時だって結構な視線を感じるというのに。
あとまぁ普通にナギに水着姿を見られるのは恥ずかしい。
「彼氏と初めてのきゃっきゃうふふプールデートしないのかよ、水着見せて嬉し恥ずかしイベント起きないのかよ」
「そんなイベントやだよ。プールは、はるっちが受験勉強のストレスでキレて遊びに行くって言い出した」
「あいつストレスに弱そうだしな」
はるっちは結構打たれ弱いからね、心配だよ。
かなっぺの精神力と足して分けたらちょうどいいくらいだ。
「なーなー、俺らもついてっていい?」
とんでもないことをキリヤが言い出した。
「待てよ、なんで俺ら、なんだよ」
カナメもビックリしてるじゃない。
「いいじゃん、高校最後の夏休みにプール行くくらい。なっ、藤原」
なにウインクしてるんだ。
「やだよ」
なんでナギにも見せてない水着姿をキリヤ達に見られなきゃいけないんだ。
とはいえ、学校ではプールの授業があってすでに見られてるから問題ない、のかな?
「即答すんなよ」
「キリヤは男同士カナメと行きなよ」
突然巻き込まれたカナメはぎょっと目を剝いた。
「俺にとっては罰ゲームじゃねえか」
「そうだよ。この中でプールに行けるのは私くらいだよ。ねっ藤原、仲良くやろうぜ」
イツキが馴れ馴れしく私の肩を抱く。
ふわりと柑橘系の香りが漂う。
以前も別の香りの物を付けていたので「香水?」と聞いたら「オードトワレ」だと言われた。
どう違うのかと思っていたけど、持続時間も短く、濃度も控えめらしい。
前つけていたものより、好みな香りだな。
いいな、どの銘柄か聞いて私も買おうかな。
「え、イツキ来るの?」
「行っちゃいけないのかよ」
痛くは無いんだけど、軽く頭をはたかれる。
イツキはスキンシップが激しい。
事あるごとに抱き着いてくるかなっぺよりは控えめだけど。
「う~ん。一応かなっぺらに聞いてみる。イツキとカナメは大丈夫かもだけど、キリヤはダメかもね」
スマホを操作して2人にメッセージを飛ばす。
この時間ならまだ塾の夏期講習も開始してないだろう。
「キリヤはダメだな」
「こいつうざいもんな、しゃあない」
「お前ら酷いな、俺がなにしたっていうんだ」
大げさに机に突っ伏して泣く真似をする。
そういうキャラだからいじられるんだよ。
そうこうしていたら、2人から「イツキとカナメはいいけど、キリヤ~~~?? どうしようかな。あいつが全員分の昼飯奢ってくれるならいいよ」という風なメッセージが返ってきた。
ある意味予想通りだ。
結局、キリヤが有料のレストスペースの料金を支払うという事で決着がついた。
というかお金払ってまでついてきたいのか、キリヤ……。
「夏期講習終わったらモスで飯食いながら遊園地について計画たてようぜ」
「藤原は?一緒にモス行ける?」
「今日はバイトは休みだけど、コインランドリー行かないといけないからそれまでだったらいいよ」
夏は汗をかくから、こまめに洗濯しないといけないし、夏休みだからかコインランドリーは結構混んでる。
「槻ノ木沢遊園地って今なんかイベントやってたっけ?」
そういえば、あそこはしょっちゅう何か催し物やってるなぁ。
夏休みだから子供向けアニメのイベントとかやってそう。
昨年はかなっぺたちが好きだったゆるキャラの物販含めた展示があったっけ。
私はあまり馴染みがなかったけど、2人は声を出して懐かしがっていた。
「あ、ヒーローショーやってる。みんなでがんばえーって声援あげに行こうぜ」
スマホをいじっていたキリヤが1人で盛り上がってる。
がんばえーってなんだ。
子供の真似?
高校3年生でそれはないなあ。
「マジかよ、恥ずかしいわ。キリヤ一人で行って来いよ」
「本当にキリヤはどうしようもないな」
「やっぱりキリヤ置いていこうよ」
カナメとイツキもそう思ったみたい。
尚も話に花を咲かせる私たちに対して、咳払いが向けられた。
「お前ら、もう先生来てんだけど」
クラスメイトの声で教壇に目を向けると、いつの間にか居た教師が私たちを冷ややかな目で見ていた。