123 温泉宿にて みやび視点
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もう日が傾きかけた頃、ようやく温泉宿にたどり着いた。
昔ながらの旅館だと聞いていたけどその外観を見て若干驚いた。
木造建築の古めかしい建物なのかと思っていたけど全然そんなことはなかった。豪奢だけど派手過ぎない。
神々が住む世界に迷い込んで幼い主人公が両親とはぐれたあのアニメの宿みたいな雰囲気だ。
「……すごい」
それしか言葉に出なかった。あと、高そう。
お母さんとは旅行に行ったこともなく、高校の修学旅行でホテルに泊まっただけなので初めて間近で見る温泉旅館に圧倒される。
驚く私を尻目に、お兄ちゃんはさっさとフロントに入りチェックインする。
「適当に座って待っていろ」と言われたので、ロビーにある椅子に座って待つ。
することもないのでぐるりと見まわしたけど、フロントも天井が高く解放感がある。
すでに温泉を堪能したのか浴衣姿の人たちが座り談笑している。いいなぁ、私も早く温泉に入りたい。
そう考えていたら「チェックインが済んだぞ」と声をかけられたので、慌ててついていく。
今日宿泊する部屋は和室ながらも意外にもベッドだった。外国人観光客の為でもあるのだろうか。物珍しさもあって部屋の内部に視線を彷徨わせる。
今回は私の為に露天風呂付の客室を選んでくれたらしいけど、高くついただろうな、と思うと申し訳なく思う。
宿泊費もガソリン代も半額払うと申し出たら「いらん。妹ってやつは兄にたかって生きていく生き物なんだ」と言われたけど、世の中の兄妹ってそういうものなの?
ナギと結婚するまでの生活費も補助してくれると言ってくれたし、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。もっともそれすらナギが「俺が援助する」と言ってひと悶着あったけれど。
思ったより豪勢な部屋に戸惑う私の気持ちを知ってか知らずか、お兄ちゃんは藤椅子に座り手慣れた動きで備え付けられていた温かいほうじ茶を私の分まで入れてくれた。
そしてさっさとお盆に乗せられていた饅頭を口にしてる。どうやらこれは「お着き菓子」という物らしい。
夕食の時間まではまだ時間があるし、小腹でも減ったのかな? サービスエリアでもちょくちょく軽食を食べていたけれど。
「もう食べるんだ」
「ああ。風呂に入る前にはこれを食って血糖値をあげるんだよ」
「へえ」
これって、ただ単に味見をして気に入ったらお土産として買って行ってねという物じゃなかったんだ。
温泉に入る前かあ、私はどうしようかなと小さい個別包装の饅頭を両手で弄ぶ。できれば他の人も居る大浴場には入りたくない。
ここは15時から翌朝10時まで入浴可能らしいし、入るとしても深夜かな。サウナは24時以降は閉まるらしいけど、折角だからサウナにも入ってみたいな。入ったことないし。
部屋付きの露天風呂も入るけど、どうせなら大浴場も入ってみたいしとで悩む。
「この宿は他に貸し切り風呂があるからそっちでもいいんじゃねえか?」
お兄ちゃんはすでに饅頭を食べ終わり、二杯目のお茶を飲んでいる。
「え、そうなんだ」
それなら気兼ねなく体を伸ばせるなぁ。
「この部屋の風呂だって自由に入っていいしな。そもそもそのために借りたもんだし」
「そうだね。じゃあ早速入ろうかな」
こまめに休憩をとったとはいえ、車での長時間の移動は流石に疲れた。もっとも、運転してるお兄ちゃんの方が疲労がたまってるだろうけど。
「風呂入る時には一応脱衣所に鍵掛けとけよ」といいながら、着替えの浴衣とタオルの類を小脇に抱えさっさと部屋を出ていった。
そういえば、過去にナギに裸を見られるアクシデントもあったなぁと思いだす。
お兄ちゃんが居ない内に折角だから部屋の露天風呂を満喫するのもいいかもしれない。温泉には三度入れともいうしね。
私が部屋付きの露天風呂から上がったらすでに大浴場から帰ってきていたお兄ちゃんが籐椅子に座ってスマホを触っていた。
「温泉って最っ高だね!!」
体の芯から温まった。普段の入浴とはまるで違う。
「そうか」
私を一瞥するとすぐに視線をスマホに戻した。ちらりと画面が見えたのだけど、相手はシオンさんだった。画面には仕事だろうメッセージのやり取りが見えてしまった。……ちゃんと仕事してるんだ。いつもナギに仕事を押し付けてるイメージがあったのだけど。
「うん! 温泉ってお湯がぬるぬるしてるんだね」
「そのぬるつきが温泉の成分だからな。……確か、古い角質を溶かして肌を滑らかにするんだったか」
「詳しいね?」
「さっき、湯船につかりながら壁に貼られてた温泉の効用を読んでたからな」
「大浴場かあ……」
そう聴くと入りたくなるんだけど、やっぱり他の人に体を見られるのは嫌だな。食事の後は貸し切りのお風呂入ってみようかな。でも折角部屋に露天風呂がついてるのならそっちももう一回くらい入りたいかな。
「お兄ちゃんはこの部屋のお風呂入らないの?」
この部屋、高かっただろうに。
「そうだな。……一度くらいは入ってもいいかと思うが、ナギがそれを知ったらと思うと鬱陶しいな」
「いくら何でも、私が入った後のお風呂に入ったくらいでは嫉妬しないでしょ……多分」
「本当にそう思うか?」
そう聞かれて答えに詰まった。相手はナギだもんなぁ。何が嫉妬の引き金かわからない。
「うーん……」
「な?」
そうだよねぇ。絶対に「大丈夫だよ」とは言えない。それにしても――。
「ねぇ、ナギって昔からあんな風に嫉妬深いっていうか執着する性質だったの?」
別に束縛されたり、不快なわけじゃないのだけど、出会う前はクールな人っぽいなと思っていたからそのギャップに驚いてしまう。
「いや、まったく。人にも物にも一切興味がないやつだったな。なのであいつの変貌ぶりには正直引いてる」
ずばっと言うなぁ。
「ナギとは昔から知り合いだったんだよね。ちょっと羨ましいなぁ。……ね、ナギってどんな子供だったの?」
「面白い話なんてねーぞ」
「いいじゃない。プライバシーに踏み込まない程度に教えてよ」
多分ナギに「子供の頃の話を聞かせて」と言ったら洗いざらい話してくれるだろうけど、第三者から見たナギの話にも興味がある。
「……ガキの頃からずっと女に追いかけまわされてたくらいだな」
「子供の頃からモテてたんだ」
「引くぐらいにな。あいつが高校生の時、俺が住んでた弘原海っておっさんの家に居候してたんだが、押しかけてくる女たちも居たぞ。バレンタインの時だって家までチョコを持って来たこともあったな。もっともナギは受け取らなかったので一緒に住んでた家のガキたちがそのおこぼれに預かってたが」
「うわぁ。……ん? 確か男子校だったよね?」
「電車通学の時に見かけたので後をついてきたというやつも居たな」
ストーカーじゃない。怖いな、女性の行動力。そりゃナギも女性不信に陥るよ。
「だから、あいつが番いの託宣を受けたのは意外だったな。一生独身を貫くと思ってた。あの五行家の娘との縁談も断ってたくらいだしな」
五行……。確か、夏期講習の時私に因縁を吹っ掛けてきた人だったな。
「それって、かなりの良家のお嬢様じゃないの?」
もっとも兄の方は傲慢で人を見下してた最低な印象しかないけど。
「らしいな。今どき珍しいくらいの清楚な箱入り娘と聞いたことがある。かなりの美少女だともな。兄はアレだが。」
そうだよね、兄の外見はともかく性格はかなりアレだよね。兄と妹、どうして育ちにこんなに違いが出たんだろう。
「そういえば私が絡まれた後に、お兄ちゃんが五行って人を成敗したって聞いたよ」
「ああ。あいつは調子に乗っていたからいつかぶん殴ってやろうと思ってた所に、お前に絡んだと聞いたから少し身の程をわからせてやった。もっとも俺たちの関係を明かすわけにはいかなかったから『素人の女に殴られるなんて情けない』という名目だったが」
「うわぁ……」
容赦ないな。でも、なんだか子供の頃を思い出すエピソードだ。知らない間に、私はお兄ちゃんに守られていたのか。……守られていたんだよね? うっぷん晴らしのついでじゃないよね??
「言いたいことがあるのなら、言え」
「うーん……。まぁいいや。ね、他にはなにかない?」
久しぶりの兄との家族の時間。その日は夜遅くまで語らった。




