118 天罰と保身 ナギ視点
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「愚かなことを口にするでない。神の愛し子に害をなすとは、お主らはこの帝都を消したいのかや。何が護国じゃ」
混沌とした雰囲気を打ち壊すような、邪気を払う鈴の鳴るような清らかな声が響いた。
まるで俺に宿った負の感情を消し去るような、この場にはそぐわない少女の声だ。事実、淀んだ空気が一掃された。
いつの間に入室したのか、そこには小柄な娘と思しき人物とそれを守るように3人が立っていた。
真ん中に立つひと際小さい少女は市女笠というのだろうか、古来の女性が顔を隠す為の笠をかぶっている。上等そうな着物を着こなしている少女の顔は見えない。笠の内側の薄い布が完全に顔を覆い隠してこちらからでは表情も確認できない。
もしかしたら相貌失認の術もかけているのかもしれない。
そして護衛だろう装束を纏った3人もそれぞれ雑面で顔を隠している。
身を隠す衣装は、敬神の会所属の証だ。
彼らが部屋の中央へと歩み出る。
「みっちゃん、来てくれて助かったよ。ありがとね~~」
長官がひらひらと手を振り挨拶をする。それに対し、少女が軽く頷く。
彼の言葉を聞いた上層部たちが途端にざわついた。
「三つ目の!?」
「巫女姫が何故ここへ」
「社殿から出てくるとは」
恐らく幹部ですら、巫女姫とは簡単に面会ができないのだろう。「神降ろし」が可能な存在の巫女姫たちは何よりも尊重される。
三つ目の巫女から発せられる声は10代前半の子供のように聞こえる。
あの時に聞いた声とは違う印象を受けるが、俺が対峙した時の声は術かなにかによって変えられていたのだろうか。
だが目の前の少女から発せられる威圧感は確かにあの時感じたものだ。
「御厨殿の番いである娘は神に属するものの先祖返りだと杠葉殿から聞いてな。興味を持った。そんな折、籠に入れられるかもしれぬと知ったのじゃ。神の愛し子に対する蛮行。見逃せるわけがなかろう?」
このままでは慣例通りに異能力者であるみやびが籠に入れられると恐れた俺と加賀宮は護国機関の上層部も手を出せない存在「巫女姫」に助力を乞う事を考えた。
「番いの託宣を受けた者たちを引き裂いてはならない」
その仕来たりを破ろうとしている者たちが居る、と。
それが護国機関の上層部に効くのか不明だったが、賭けるしかなかった。権力を振りかざすものは俺たちのような一般職員の発言なんて歯牙にもかけないだろう。あいつらよりもさらなる強力な相手でないと。
杠葉長官を通し、そう敬神の会へと伝えたのだが「了承した。待て」と返事が返ってきただけだった。
三つ目の巫女自身が直接ここに乗り込んでくることは想定外だったが、彼女にとっても「先祖返り」は稀有な存在だったのだろう。
「神殺しとやらのせいで、御厨殿の番いの娘の異能力の有無が視えなかったのはわたくしとしても情けない限りじゃ。魔族によってつくられたアレは難儀なものじゃのう。神の目を持つ私の能力をも曇らせるとは」
その声は幼いながらも威厳を持ちこの場を支配する。あれほど騒がしかった幹部たちが一様に口を閉ざす。
それに反してさらに三つ目の巫女はさらに言葉を続ける。
「かつてこの国では度々神隠しが行われてのう」
以前の会議でも話題に上った「F県の村人集団神隠し事件」を思い出した。光と共に村人35人全員が老若男女問わず消失した事件だったか。
「侵してはならざる存在に害を与えたことによる天罰だと推測」と結論付けられたやつだ。
「御厨殿の番いである愛し子が危害を加えられた時。お主ら、そしてお主らの配偶者、子孫、親類縁者が一切この国から消えるじゃろうて。とはいえ、神は公平じゃからな。お主らに関与せぬものにまで怒りがどこまで届くかものう? その御心は図れぬ。かつては村が消えたが、今回はもしかしたら帝都から人が丸ごと消えるかも知れぬのう」
わざとらしく、大きく息をつく。完全な脅しだ。
過去の実例を持ち出された為、ただの虚言だとは一蹴できない。
ただでさえこの場に居るのは自分の保身が第一な人間たちだ。自分の身を危険にさらしてまで彼女を籠に入れるとは考えづらい。
幹部たちはしきりに小声で相談しだした。恐れをなしたと思しき言葉と、それに反対してまだ彼女を拘束しようとする言葉がちらほらと漏れ聞こえる。
「ふぅむ。わたくしの言葉は神の言葉。それがまだ理解できぬのなら、今ここで降ろしてみようか? 直接お伺いを立ててみようかの? 存分に神にお尋ねするが良いぞ。もっともそれによって神隠しが早まるかもしれぬがの」
すっと音もなく、巫女姫の白く華奢な指がゆっくりと天を指そうとする。
「い、いえ。巫女姫さま、ならびにかの方々のお手を煩わせるわけにはいきません!」
「そうですとも!!」
「神の御意志が全て。それに異を唱えるものはこの場にはいません」
慌てふためく幹部たちの声を聞き、巫女はその手を下した。
そしてその指は杠葉長官を指し示した。
「ふむ、杠葉殿。あとは任せる。良きに計らえ」
その言葉を受けて長官は「畏まりました」と、恭しくお辞儀をする。
そして三つ目の巫女は俺たちの脇をすり抜け、部屋を出ていこうとする。
「ありがとうございました」
「礼を言う」
珍しく俺に倣って加賀宮も深く頭を下げた。
「よい。わたくしはわたくしのすべきことをしたまで。……じゃがの御厨殿、お主と愛し子殿にはこの先も暗雲が視える。用心せよ。ではの」
それはどういう――。俺が言葉を発する前に颯爽と巫女らは退室していった。
不穏な言葉を残し。
「ちっ……まだ何か起きるのかよ。めんどくせえな」
巫女の言葉を聞いた加賀宮はわかりやすく顔をゆがませる。
杞憂で済めばいいのだが、その言葉の主は三つ目の巫女だ。見通す「眼」を持つ彼女の発言――気がかりだ。
「さぁて!」
これまでの空気を打ち破るように、パン! と大きく杠葉長官は手を打ち鳴らした。
「では各々方。御厨ちゃんの番いちゃんは自由ということでよろしいですね。いやーめでたい、めでたい。大団円ってやつだね。元々この国には『人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ』ってことわざもあるしね。愛し合う恋人を引き裂いちゃダメだよね。うん」
わざとらしく陽気な声を出す。幹部連中はバツの悪そうな顔でお互いを見やる。
「さあて、御厨ちゃん、加賀宮ちゃんご苦労だったね。お腹減ったよね~。もう昼飯時だし、一緒に食堂行こうか。じゃあ皆様方、失礼します」
頭を下げた杠葉長官に続けて頭を下げ、退室する。
会議室を出て、俺たちは無言で廊下を歩いていたがしばらく後に静かに長官が口を開いた。
「気持ちはわかるけどね、御厨ちゃん。君には失望したよ」
背中を向けたまま先行する長官の表情は見えない。いつもと違って真剣な声色だ。
「……申し訳ありません」
だが、彼女をまるで玩具のように扱おうとするやつらの言動には頭に血が上った。湧き上がる憤怒の感情を止められなかった。
「みっちゃんの力を借りたのは最適解だったけどね。ああいう連中にはああいうのが一番効くしアレしか方法は無かったと思う。だけどね、あの場面で激高したらやつらの思うつぼだよ」
「ハイ……」
「でもまぁ、ぼくも自分の奥さんを愚弄されたらあそこを血の海にする自信あるけどねー」
そう言いながら振り返ると、さっき叱責した声のトーンとは打って変わっていつもの調子で笑いかけてきた。
愛妻家と名高い杠葉長官なら迷うことなくそうしただろう。この人は色々と逸話がある。1人で護国の各部署を取り仕切れる程だ。長官就任後、補佐もつけずに1人であの老獪な幹部連中と渡り歩いてきた。
「でも君にはぼくの所まで上がってきてもらいたいんだよ。加賀宮ちゃんにもね。で、ああいう輩を一緒に一掃してもらいたいんだよね」
「……長官」
サトリにも聞いていたが、護国機関の上層部の腐敗。あれほどだとは思わなかった。
「今この国では、魔族が出しゃばってきててこのままじゃ、神への信仰が失われつつある。でもぼくら人間が魔族に対抗できるのは神様の加護のおかげ。常識だけどヒトは魔族に勝てない。魔族はヒトから神の加護を奪った後にどうすると思う? そこに考えが至らない老害たちには困るよね。今自分たちが私腹を肥やせればいいと思ってるんだろうけど」
護国機関の中枢に居る人間たちですら、神を軽視し魔族に偏っている。その傾向が進み神に見放されたとしたら、人間が神に背いた後に魔族が牙を剥いたらこの国はどうなるのだろうか。
神の加護にこのまま依存しつつ現状を維持するのか、それとも神の力に頼らずとも魔族に対抗できるなんらかの力を得るのか。
「愛する子供たちの為にも、ぼくたちはこの国を守らなきゃいけない。魔族から、そして自己保身に走る老人たちからね」
「仰る通りです」
「それはそうと、番いちゃんの退院の日取りについて相談しないとね。どうやら体調も万全らしいし、彼女は元の生活に戻りたがってる。これで彼女を拘束していたらぼくらが”あちらさま”に消されちゃうかもね」と、長官はどこまでが冗談かわからない事を言う。
ちらりと隣を歩く加賀宮の顔を覗き見るが、いつものように仏頂面だ。あいつはあいつで何を考えているのだろうか。
「あ、そうだ。これ番いちゃんに返してあげて」
「……これは」
神殺しという物騒な名前の付いたあの霊石ピアスを俺の手に握らせた。
「しかし、これは貴重なものでは?」
「まぁねえ、そして彼女にとっては忌まわしいもので嫌がるかもしれないし、それともお母さんの形見だと受け取るかもしれない。身につけるつけないの判断は彼女に任せるよ」
「わかりました」
緊張のせいもあり、流石に疲労困憊だ。
昼飯をさっさと済ませて、みやびの病室へと向かうか。今はとにかく彼女に癒されたかった。
彼女が神の愛し子だろうが、先祖返りだろうが関係ない。
俺の最愛の人というだけだ。
「俺たちの前にまた暗雲が見える」
そう不穏な言葉を巫女姫から告げられた俺はまた彼女を失うかもしれない危機に見舞われるのだった。




