116 それぞれの事情 みやび視点
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事前に予告された通り、お兄ちゃんが杠葉さんという長官と一緒に病室を訪れた。
「初めまして。杠葉と申します」と言って、杠葉さんは軽くお辞儀をして私に名刺を差し出してきた。
護国機関がどういう形態の組織なのかわからないけど、お兄ちゃんが「直属の上司だ。色んな部署をひとりで取り仕切ってる」と言ってたっけ。
護国機関みたいな大きな組織を1人で仕切ってるだなんて、どういうことなんだろうかと思ったら「20年ほど前に色々と不祥事が起きた結果今は一人になってる」らしい。
護国機関にも色々あるんだな。それ以上は部外者の私が聞くことではないかと、質問はしなかったけど。
「……初めまして、藤原みやびです」
ベッドから出てきちんと挨拶をしようとしたら制された。
「ゴメンね~、まだ体が本調子じゃないのに押しかけてきて」
朗らかに笑顔を浮かべている。一見した限りでは、人当たりが良い雰囲気のおじさんだ。
「いえ。母共々色々とご迷惑をおかけしました」と軽く頭を下げる。
この人、見た目は柔和なんだけど……なんか探られてる感じがする。なんていうか魂をスキャンされている感覚。
この人は異能力者ではないらしいけど、油断ならない気がする。
杠葉さんは顎をさすりながら「ふぅん?」と何かを思案しているようだ。
「あの、なにか?」
「いやね、度々御厨ちゃんから話に聞いてたけど――なるほどねえ。魅力的なお嬢さんだ」
「――それはどうも」
どういう意味なのだろうか。厭らしさは感じられないけど。
というかナギは上司にまで私との話をしていたの? 何か変な事言われてないかな? 寝起きが悪いとか……は流石に言わないよね、きっと。
「あまり長居するのも悪いからさっさと終わらせちゃおうか」
杠葉さんはポケットの中から手袋を出し、右手に装着する。手の甲にはなんらかの図形が書かれている。B級映画でよく見る魔法陣みたいっていうか。
そしてその手を私に差し出してきた。握手しようというわけ?
おずおずとその手を取ると「は~い、じゃあビリっとするよ」という言葉と共に私の中に電流が走った。
静電気が発生した時みたいだけどそれよりもかなり強力なものが。
「くっ……」
痛みでつい声が出てしまった。
――何? すぐに手は解放されたが、まだ痺れてる感覚が残る。杠葉さんにもその電流が伝わっていたみたいで、驚愕している。
「これほど強い”抵抗”とはね。想像以上だねぇ。……その髪の色は地毛なんだっけ?」
「――ええ。生まれつきですよ」
この髪の色のせいで色々と酷い目に遭った。
皮膚が弱い子供の内は黒く染める事も出来ずに、カツラや帽子などを着用しなければ外にも出られなかった。
そしてひょんな事から私の髪の色に気づいた子供からは「変な色」と言って馬鹿にされた。もっとも兄が傍にいた時にはそういう子たちは全員制裁されてたけど……。それはもうぼっこぼこに。
「先祖返り、か」
杠葉さんが小声でそんな言葉をつぶやく。先祖? 私は父と母、二人とものそのルーツを知らない。果たしてどんな血筋なのかも。
「長官、こいつはまだ体力が回復しきってませんから、手短にお願いしますよ」と、これまでを静観していたお兄ちゃんが咎める口調で言う。
「そうだね~。じゃあ軽く説明するけど人間には基本『霊力』が備わってる。大小関わらず、ね」
「はぁ」
なんか突拍子もない話が始まってしまった。いきなり何の話だろうか、私と関係あるの?
「普通の人間には、ね」と念を押すように繰り返す。
「……」
母は異能力者だった。
そして私も。
異能力者は人間ではない、という話なのだろうか。
「異能力者が持つのは『魔力』か『神力』のどちらか。魔力は魔族との交配で生まれた子に備わる。そして神力も神に属するものとの子孫に見られる」
「――私は自分のルーツとか全然知らないんですけど」
つい口を挟んでしまった。
「調査してみたのだけど、君のお母さんの生家、九条家では時折色素変異の子が生まれるらしいね。君のお母さんの肌の白さも色素変異の可能性がある。九条家のある西古都は昔から神仏信仰が盛んな地だから、君の先祖と神サイドとの間になにか関わりがあったのかもしれない。しかもかなり高ランクの方々とね」
神様に関わる存在と交配したってこと?
私の先祖、何してんの……。
「話の流れで気づいただろうけど、君の持つものは『神力』だ。しかもかなり強い」
「と言われましても」
なにがなんだかわからない。
魔力と神力の違いって先祖が違うとかそんなレベル? それ以外にどんな差異があるのだろうか。強弱の差があるらしいけど、それが何を意味するのだろうか。
「さっきから加賀宮ちゃんが『話がなげえんだよ、おっさん。早く終われ』という顔で睨んでるからかいつまんで話すると、霊力や魔力・神力はRPGゲームで言うところのマジックポイントみたいなもので、それの上限が高いと魔法、この世界でいうと異能力が 沢山使えるということなんだよ。重体を負い瀕死状態だった君の体がここまで完璧に治癒できたのも高い神力があったから。でないと、途中で神力が尽きて中途半端な状態までしか回復できなかっただろうね。流石に流れた血液までは元通りというわけにはならなかったようだけど、それでもあの出血量で後遺症も全く無いのは素晴らしい事だよ」
さっきの「抵抗が強い」という言葉は「私の持つ神力とやらを計った。その結果、普通の異能力者と比べて私の力は強いとわかった」と解釈していいのだろうか。それでこの髪の毛の色と相まって「先祖返り」だと確信を得たってこと?
「この世界は、神と魔と呼ばれる存在の陣取りゲームが行われてると考えてもらったらわかりやすいかな? 自分たちの遺伝子を受け継ぐ『異能力者』が駒だとイメージしてもらえばいいかな。勿論生まれた異能力者たちは自分たちが彼らの駒であるという認識はないし、彼らの為に動くという本能があるわけではない」
そうだよね。私はこれまで生きてきて、なにか使命を感じたことはない。
「昔からの言い伝えによると、魔族は積極的にこのニンゲンの世界を侵食したいのだけど、神サイドはそれを抑えたい。ニンゲンは魔族に対抗する術を持たない。なので魔を倒せる唯一の存在”神”に縋るべしと言われてる。信仰心を高める事により我々は神の恩恵を得る。よって我々護国機関はその信仰心を絶やさないようにするのも仕事なんだよね」
かいつまんでいうと、護国機関は神と魔の勢力のバランスを調整している。それと同時に神でないと魔族には対抗できないから「信仰心を高める」という事で、神様のご機嫌も取ってる。
ナギが職務として「白の貴公子」という活動を行って、度々聖地巡礼と称する神社仏閣巡りをしてるのも彼の容姿に惹かれる層を取り込んで、その人達に神社仏閣、ひいては神に対して興味を持たせたいって事?
「まぁ、それ以外に有力な異能力者を囲い込みたい、他国を牽制したいという国家間の思惑も絡んでるのでさらにややこしい話なんだけどねえ。あ~、やだねえ」
確かに人を意のままに操るような異能力者が国家の中枢に潜り込んでいたら厄介な話だろうなぁ。もっとも、その能力を封じる手段も備えてるだろうけど。
これまでの杠葉さんの言葉からして、異能力者の中でもその能力に差異があるが私は神側の先祖返りなので非常に強い力を持っているらしい。
そんな強力な力を持つ神サイドの私……。それを護国機関が擁したいというのが透けて見える。私は今後どうなってしまうんだろうか。
私が考え込んでるのを見て、杠葉さんももう語る事は全部語ったと思ったのか立ち上がった。
彼にしても多分私の力を確かめたかっただけだろう。色々と詰問されるかと思って身構えていたけど、ちょっと拍子抜けな気分。
「さて。あまり長居すると御厨ちゃんに嫉妬されそうだし、ぼちぼちお暇しようかな。彼ね~、ずっとこの面会についても不服そうだったんだよねえ」
ナギ?? 本当にこの人とどんな会話してたの? 杠葉さんってナギの上司だよね?
「番いちゃん、じゃあお邪魔しました。体力が回復するまで退屈だろうけど我慢して頂戴ね」
「あ、いえ。私なら問題ないからもう退院してもいいんですが」
長時間立つのもまだ辛いけど、ずっと学校を休むわけにも行かないし、バイトだって休んで迷惑をかけてる。目覚めた後に店長にメッセージを送ったけれど、体調と母の事を心配されただけで咎められはしなかったのが余計に辛い。
「いやいやいや。君をこの状態で帰したらぼくが御厨ちゃんに叱られちゃうよ。彼、君の事になったらすごく怖いんだから」
そう言われると反論できない。というか、さっきからずっと思ってたけど私が絡んだらナギは自分の上司にもそういう態度をとってるの?
そう言われたら逆らえない。
「はい……じゃあもう少しご厄介になります」
とは言っても、やはり学校とバイトの事を考えるとあまり悠長には出来ないけど。
勉強はここでナギが見てくれるし、出席日数も問題はないとはいえ学校へは行きたい。かなっぺとはるっちたちとも会いたい。
それに早くバイトを再開して生活費を稼がないと、来月の支払いが大変だ。
ちなみに、ここでの色々な費用は全てお兄ちゃんが受け持ってると聞いた。
そしてナギと「俺が払う。彼女は大事な人だからな」「ふん。それがどうした。俺は唯一の兄だぞ」というやり取りがあった。
「自分で払う」と言ったら2人から「それはダメだ」「なにふざけた事言ってやがんだ」と止められてしまった。
なんでこういう時だけ気が合うの。私が言える立場じゃないけど、大人げないな二人とも。
「退院したとしても、今後……かあ」
学校を卒業したら家に帰らされるはずだったが、今はもうお母さんが居ない。
今から就職活動をするのか、それとも護国機関によって軟禁されてしまうのか――。
「――私が望むのは――」
誰も居ない静かな長い廊下。
2人の声が響く。声の主は杠葉と加賀宮。
「加賀宮ちゃん。彼女の状態は確認できたし、予定通りに査問を開くからね。……覚悟しておいて」
「ちっ。……めんどくせえな」
「ぼくも正直乗り気ではないんだけどね。上がはり切っちゃってるんだよねえ~」
20数年前、五行計画が露見し杠葉が当時の上層部を告発。その為関与したと思われる人間たちは一掃されたが、それでも彼の追及を逃れた人間たちが残っている。
それが今の護国機関のトップで今も牛耳っている人間たちだ。自分たちの保身を第一に考え、立ち回りには長けているだけの無能たち。
杠葉の子飼いの部下でもある加賀宮もその状態は把握しているので、不愉快だとばかりに眉根を寄せる。
「あいつを『籠』に入れずに『放鳥』しておくのって可能だと思うか?」
異能力を持つ人間すべてが護国機関と協力し、鳥籠に入るわけではない。人権を重視し、本人の意思を尊重される。だが、みやびの場合は特殊な事情がある。
――先祖返り。その稀有な能力者を放置するわけがない。
「正直、こちら側の旗色は悪いね。なんせ異能力者を追跡する警護隊長が自身の恋人の異能力に気づかなかったんだ。上の連中はここを攻めてくるだろうし、彼女をどうしても手中にはおさめたいだろうね。今回の面会で彼女が先祖返りだと確定しちゃったし」
「クソジジイども、ぶん殴ってやりてえな。あいつらの恋情お構いなしってか」
「――わかってはいるとは思うけどね。個人の感情よりも自分の利権だけが大事なんだろうさ。ましてや今回のケースは”先祖返り”の少女だ」
「まさか五行計画が再始動するんじゃねえだろうな」
当人の意思とは無関係に、優秀な異能力者の交配を推し進める非道な計画。もっとも、彼らの目的は捕らえた異能力者たちをいたぶり自分たちの加虐心を満たすものだったが。
「首謀者の当時の五行当主とそれに加担した資産家たちがぼくの知る限り全員殺されたからね。それは無い、とは思うんだけど――」
杠葉にしては珍しく歯切りが悪い。それはつまり――。
「やはり、籠入りは免れねえ、か……」
「うーん……御厨ちゃんの事も考えるとそれはなんとしてでも避けたいんだけどね」
国防を掲げる護国機関にとっては、強力な異能力者をみすみす野放しにはできない。
「あいつが籠入りになったら俺たち全員ナギにぶん殴られるんじゃねえか」
「それも怖いけど”あちらさま”の子孫に不当な扱いはなるべく避けたいねえ」
”あちらさま”つまりは神サイドの事だ。
「神隠し、か」
それは神からの人間に対する罰。
「とはいえ、何がトリガーかわからないんだよねぇ。神隠しがなぜ起きたかなどの言い伝えも完全に残っているわけじゃないし」
みやびの母親の忍もその肌の色素の薄さから、先祖返りではないかと報告に挙げられた。だがそれにしては彼女の受けた行いはあまりにも残虐で、神がそれを放置していたのも謎が残る。
先祖返りとはいえ平等に神の寵愛を受けられるものではないのか?
「神サマの考えを人間ごときが読もうってのが間違いじゃねえのか」
「そりゃそうなんだけどね」
「――まぁその辺についてはナギと相談中だ。あんたにも力を借りるかもしれないがな」
実際、加賀宮とナギは様々な計画を練っている。みやびの為に。
「ぼくは君たちの味方だからね。何かできることがあったらどーんと頼って頂戴な」
「ああ。……俺は母さんと約束したからな。ナギに託すまではあいつを守らないと顔向けできねえ」
「それにしても、君が長年ずっと探していた妹ちゃんがあの子だったとはね。世界は狭いもんだ」
「全くだ、なんて運命のいたずらしやがるんだ。神様ってのはよ」
「本当に”あちらさま”の考えはまるでわからないねぇ……」




