114話 久々の抱擁 ナギ視点
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病室の前に立ち、軽く息を吐く。
ようやくみやびと面会可能になった。言いたいことは沢山あるが、なにから話そう。
逸る気持ちを抑え、ドアをノックするとすぐに「はい」と返事が返ってきた。久しぶりに聞く愛する人の声。それだけで胸が高鳴る。
病室の窓が開いていたらしくドアを開けた瞬間、外からの風が勢いよく部屋を流れていった。その風に髪を煽られ慌て首をすくめるみやび。
髪を整え、閉じられた目が開き、俺と視線がぶつかる。
「――ナギ!」
俺を見た瞬間、花が咲いたように微笑む。
良かった、思ったよりも顔色がいいし、生体情報モニタなどの器具もすべて外れてる。
今朝入浴も出来たくらい回復しているらしい。しかし体力も落ちているからと、もう少し入院が必要のようだ。
実際、今のまま1人で暮らすあの部屋に戻すのは俺としても心配だ。
はやる気持ちを抑える事が出来ずに、駆け足で急ぎ部屋へと入る。
「ようやく会えた」
もっと早く会いたかったのに、という恨みがましさが若干出てしまった。
「待たせてゴメンね。私もナギに会いたかった」
入院中はスマホでメッセージのやり取りは交わしていたが、通話は禁止されていたので、久しぶりに聴くみやびの声。もう我慢ならないとベッドに近寄り「抱きしめて、いい?」と声に出してしまっていた。
「え~? しょうがないなあ」
笑いながらもみやびは抱きしめやすいようにベッドサイドに腰を掛けてくれた。
「ん」
そして両手を広げてくれる。華奢な体をそっと抱きしめる。以前よりも若干痩せたように感じられた。
今はここの施設の食事を摂ってるらしいが、早く俺の料理を食って欲しい。持ち込みは可能か聞いてみるか。
頬を合わせ、より密着する。久々に感じるみやびの香り。風呂に入った後だからいつもよりも彼女の香りが鼻をくすぐる。
「ナギは甘えん坊だなぁ」
「俺も知らなかったがそうらしいな」と彼女の形の良い耳に何度もキスをする。
そういえばピアスもイヤーカフもつけていないな。
みやびも知らずに着けていた「神殺し」と呼称される異能力を封じるあのピアスは今どこにあるのだろうか。
彼女の安否ばかりを気にかけていたので、今まで考えもしなかった。
あの時、外したピアスはあの家に置きっぱなしにしてたか。だとすると弐番隊が行った家宅捜索で回収されたのだろうな。
俺の口づけがくすぐったいのかしきりに身をよじる。
そっと体を離し、みやびの柔らかな唇を親指でなぞる。
「キスしていい?」と聞いてみた。
「……ちょっとだけだよ」と、キスしやすいように俺に対して顔を傾けてくれた。
小鳥がついばむように短めのキスを何度も繰り返す。久しぶりの彼女の唇の感触。
だが、我慢が出来なくなり、彼女の口内に舌を入れる。
「んぅ!?」
一瞬驚いたもののすぐに俺を受け入り、みやびの方からも舌を絡めてくる。
「んちゅっ……んっ」
しばらくそうしていたが、名残惜しさを感じながら唇を離して、ベッド脇の椅子に腰を掛ける。
「ナギはえっちだな。エロナギだな」
みやびが照れながら自分の唇を指で抑える。
「エロナギって言い方は初めてされたな」
もっともみやび以外とはこんな行為をする気もないが。過去、映画やドラマで見たキスに「意味が分からない」とさえ思っていた。
「知り合ってすぐはこんなにえっちだとは思わなかったよ」
「それは――」
俺も男だからなという言葉を飲み込む。それを今口にするとみやびを困らせてしまう。
だがゆくゆくはキスの先まで進みたいとは思っている。今はまだ難しいだろうが。
「そっ、そういえば色々と連絡してくれたんだね、ありがとう」
沈黙に耐え切れなくなったのか、会話の流れを変えたかったのか、みやびが傍らに置いていたスマホ片手に微笑む。
「ああ……勝手にスマホを操作した。すまない」
以前「何かあった時の為に」と暗証番号を聞いていたが、まさか役に立つとは思わなかった。
俺にスマホの中身を見られてもいいのか? と言ったが「ナギにならいいよ。他の人だったらナギが送ってくれる自撮り写真を見られたくはないけど」とはにかみながら言っていた。
「問題ないよ。かなっぺたちも心配してただろうから連絡してくれて良かった」
「いい友達を持ったな」と正面に座る彼女の髪を撫でる。
真剣にみやびの事を心配してくれていた。
「そうだね。初めかなっぺに会った時には個性強いなって思ったよ」
「志島か。俺もそう思った」
孤独だったみやびが彼女たちと触れ合って楽しく学生生活を送れたのだと思うと感謝しかない。
彼女を奪ったと見なされていて、特に櫻川には敵意を持たれていたが。
「櫻川には釘を刺された。みやびを傷つけるのなら別れてくれって」
「おおう……。はるっちぃ……なに言ってんの」
「そして志島には駅前のカフェに連れて行ってやれと言われた」
「カフェ? あ、そっか~。そういえばオープンしたての頃に誘われたなぁ。あれからまだ半年も経ってないのに色々あったね。……他には何も聞いてない?」
そういえば志島からは「みやびは高校を卒業したら家に帰るつもりだった」と聞かされていたな。母親に会いに行くときには番いの指輪を外していたとも。
……これは話題にしない方がいいか。
「いや。――ああ、櫻川には色々と聞いたな。歌が下手だとか恋愛映画が苦手だとか」
みやびが恋愛映画を見に行くとか彼女にとってみたら拷問だっただろうな。
他のアクション映画を見ていても「男女主人公だからって恋愛要素無理に入れなくていいのに。友情で繋がれててもいいじゃん、ねえ!?」と力説されるほどだからな。その気持ちはわからないでもないが。
「え? なんでそんな話題?? ……歌、ねえ。なんか小学校では音楽の授業で歌い方を学ぶんだって? 私学校行ってなかったから、そもそもが歌い方っていうのがよくわからないんだよね」
「ああ」
なるほど。根本的な「歌い方」を知らないのか。
俺も子供の頃音楽の授業でクラスメイトの前で歌わされたことがあったな。音楽教師は全員に対して色々と指摘をしていた。腹から声を出せだとか。
「歌といえば、お母さんは子供の頃子守唄を歌ってくれた……気がする。雨の日にはよく。なぜか私子供の頃は雨の日が大っ嫌いで泣いてたらしい。雷が苦手ってわけじゃないのに」
「――母親」
あの日、どういう流れでそうなったのか知らないが、みやびを殺しかけたあの女。
そしてその後、加賀宮によって「処された」らしい。
みやびの意識が戻らない病院でシオンと二人、医師から話を聞いている間に「異能力者が暴走。弐番隊加賀宮隊長によって討伐」と報せが入った。シオンはそれを受けてみやびの実家の家宅捜索を行うために、弐番隊を編成して出ていった。
捜索の結果出たのはスマホとクロネコとして行動していた時に毎回着用していた「喪服」だけだったか。
そしてそのスマホにはノラネコメンバーとのやり取りなどは一切残っていなかった。
加賀宮が個人的に調べ上げた「九条涼音」の情報以上の物は何も出なかったらしい。護国機関を欺くほどの隠蔽力を持つノラネコたちには気になる部分も残っているが……。
「あ、気にしないで。聞いたから、お母さんの事」
俺が黙り込んだのを見て慌ててみやびが取り繕うように言う。
「そうか」
とはいえ、どこまで聞いたのだろうか。
母親の本名が九条涼音であること。
保護対象の異能力者なのに護国機関によって資産家らに引き渡され玩具にされたこと。
短い逃避行の末に娘であるみやびを産んだこと。
父親は間違いなく君を愛していたこと。
追手によって恐らく父親が殺されたであろう事。
母親は娘を守るために手を血に染め、何の罪もない母子を殺して戸籍を奪ったこと。
出来ればこれ以上彼女を傷つけたくない。
「子供の頃を色々と思い出したんだけど、私たちには優しかったんだなって改めて思い出した。ナギにはとっつきにくい人だっただろうけど」
「私、たち?」
その言葉に引っかかりを覚えた。
「そう。――あれ? 聞いてない? お兄ちゃんの事」
「兄が居たのか?」
鳴宮蒼穹と涼音の間にはみやびしか子供が居ないはずだが。
加賀宮の話には無かったが、涼音は蒼穹以外との間に子供を産んでいたのか?
それとも涼音と出会う前の蒼穹が他の女との間に男児をもうけていたのか?
それにしてはみやびがその兄の存在を知っているのはおかしい。
「……おっと。これって秘密だったのかな。どうしよう」
声に出てるぞ。
俺のじっとりとした視線をバツが悪そうにさりげなく躱す。誤魔化し方が可愛いが、今はそれどころではない。
「目を逸らすんじゃない」
「だって、勝手に私がしゃべって後で怒られても嫌だし」
その口ぶりではすでに兄と再会しているって事か。
加賀宮が言っていた「九条涼音とは因縁がある」という言葉が頭を過った。
あいつとは子供の時からの知り合いだが、家族を亡くして弘原海先生の所に来たとしか知らない。他人が深く立ち入るべき話でもないと思っていたから、それ以上は聞いていないが。
色んな事実が、ある事を示唆している……。
いつまでもこちらを向こうとしないみやびに痺れを切らす。
俺よりも兄を優先されてるみたいで嫉妬に駆られる。兄相手にすら嫉妬するのか、と自分でもどうかと思うが、彼女が絡むと冷静ではいられなくなる。
「何としてでも口を割ってもらう」
想像通りだとしても、やつからよりも先にみやびから話を聞いておきたい。
「え? なにする気……きゃっ!」
焦れた俺はベッドに乗り、彼女を組み敷く。流石に驚いてこちらを注視する。
「ダメだよ、誰か来たらこれ言い訳できないよ」
「昼休憩中だから誰も入ってこないし、天方達には用事があったら仕事用のスマホにメッセージを飛ばせと言ってある」
「え、ちょ……んんっ……」
色々と我慢できなくなって唇を奪う。舌は入れないが、唇の感触を楽しむキスだ。
柔らかく、弾力がある唇。さっきも堪能したが、何度キスをしても飽きることがない。
「ん……ぁん」
一旦、離れる。愛おしさを込めて彼女の赤らんだ頬を撫でる。
「――ナギ」
俺の手に自ら頬を摺り寄せてくる。まるで猫が甘えるように。
「言わないならもう一回するぞ? 今度はとびきりえっちなやつだ」
「――いいよ」
いいのか。
俺をエロナギとか言う割にみやびもかなりキスが好きだな。恋人としては喜ばしい限りだが。
唇があと少しで触れようとした瞬間――ノックの音がした。
ドアの方を振り返ったら、そこには呆然と立ち尽くす加賀宮が立っていた。何故か右手にケーキを入れるような紙の箱を持っている。
「――なにやってんだ、お前ら」
一切の感情が抜け落ちた声が病室に響いた。
「ち、違くて! いや、違ってないんだけど、キスはしたけどそれ以上はしてないよ。今のは舌も入れてないし健全なキスだから」
みやび、それ言い訳にはなってないぞ。というか健全なキスってなんだ。
彼女の言葉を受けて、加賀宮の額に皺が深く刻み込まれていく。
「……詳しい事なんて聞きたくねえ。そしてお前はいつまでベッドに乗ってんだ。とっとと下りろ」
ノックしても返事が無かったら勝手に入ってこないでほしいし、今は昼の休憩時間なのになんでここに来たんだ。
いや、その結論はすでに出たな。




