107 御厨ナギはハルカにも叱られる ナギ視点
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あれから、仕事以外の時間は面会時間ぎりぎりまでずっとみやびの病室で過ごしている。
手は尽くした、意識が戻るのを待つだけだと医師からは説明を受けたが目覚める気配がない。顔色もだいぶ良くなってきたし、バイタルも問題が無い。
それなのに未だにみやびが目覚める気配がない。
そんな中、静かな病室でスマホのメッセージ着信を知らせる音が頻繁に響いた。人のスマホを勝手に操作するのはためらわれたが、学校やバイト先にはみやびが入院していると事情をボカしながらも説明したのでこの状態で誰から連絡が来たのかと疑問を抱きスマホを見た。
友達と思われる子から大量のメッセージが来ていた。「どうしたの?」「心配なんだけど」「いつ学校に来れる?」「お願いだから返信して」と懇願するような文字が羅列していた。
学校からは「家庭の事情でしばらく休む」という説明がされたらしいが、友達としては不審に思うのは当然だっただろう。
みやびにとっても、高校での友人は大切なかけがえのない存在だと聞いていた。このまま放置するわけにも行かない。
メッセージで「俺は彼女の番いだ。今彼女は事故に巻き込まれて入院してる。病院名は言えないし面会は出来ないが、命に別状はない」と返したら「どういうことですか?」と即座に返信が来た。
詳細をごまかしながらの説明は納得がいかないようで、相手は「どうしても直接会って話したい」と折れなかった。
結局、彼女の学校帰りに最寄り駅前の喫茶店で会う事になった。コーヒーを注文し、待っていると1人の女子高生が来た。
みやびには仲のいい友人が2人居ると聞いていたが、来たのは眼鏡をかけ前髪を切りそろえた神経質そうな子だけだった。
「初めまして。櫻川ハルカです」
そう言いながら礼儀正しく腰から折るように体を倒して礼をする姿はまさしく優等生といった所だ。
見た目だけで言うとみやびとは正反対のタイプだ。
「ああ、俺は――」と口を開いたところで「いいんです。仕事の関係でアタシたちには名前すら教えられないと言われて、あの子からは何も聞いてませんから」と俺の挨拶を制した。
「……すまない」
軽く頭を下げる俺を見ないように、彼女はさっさと店員を呼びカフェオレを注文する。
急いで来て喉が渇いてたのか、櫻川はコップの水を一気に飲み干す。その後で俺の左手に視線を落とした。
「その指輪って便利ですね。お陰で見ただけであなたがそうなんだとわかりました。あの子を縛り付けるだけじゃなく、こういった使い方もできるだなんてね」
その言葉には棘がある。どうやら俺は彼女によくは思われてないらしい。
注文した品が届いた後、しばらく櫻川は次に何を言うべきか思案していたようだが、意を決して口を開いた。
「あの子が入院してるの、あなたのせいじゃないんですか?」と。
その質問は意図してなかったので体が硬直してしまった。それを彼女は「肯定」と誤解したようだ。
「みやち……みやびはあなたの事を公務員だと言ってました。友達に名前すらいえないのって、公安とかそっち系じゃないんですか? あの子はあなたの仕事に巻き込まれたんじゃないんですか?」段々と感情が抑えきれなくなったのか次第に声が大きくなってきて周囲の視線が集まってしまった。
それに気づいたのか櫻川が声を落とし「もしそうなら、あなたが危険な仕事をしたせいで巻き込まれたというのなら……もうあの子と会わないでください。番いとかいうのから解放してあげてください。なんであの子がこんな目に遭わなきゃいけないんですか!?」と続けて言った。
「大事な、友達なんだな」
喉がひりつくのを感じながらそれしか言えなかった。
「そりゃそうですよ。色々あってアタシがもう高校で友達が新しくできないかもって言ったら、あの子『私と友達同士ですること全部しよう』って約束してくれたんです。バイトで忙しいのにアタシのわがままにいつも付き合ってくれてた。夏休みのプールの時だって人込みが嫌いなのに付き合ってくれてた。歌だって恐ろしく下手くそなのにカラオケにも行ってくれた。流行りの恋愛映画だって全く興味ないのに死んだ目をしながら一緒に行ったし、ネットで話題のカフェにだって『かき氷で1500円か……』とボヤきながらも付き合ってくれた」
「……そうか」
フェイル名義のみやびのSNSを思い出す。
彼女がつづった日常にはこの子たちと過ごしたこともボカしながら書かれていた。
この子は自分が連れまわしたと感じてるようだが、みやびの文体からはそれなりに楽しんでいた様子が窺えていた。
「っ! すみません。激高してしまって」
櫻川は両手で顔を覆い、必死に感情をコントロールしようとしてる。
益々店内の視線がこちらに注目してる。どうしようか、場所を変えた方がいいだろうかと思案していたら「はるっち、なにしてんのさ」と、別の少女の声がした。
ふと視線をやると、みやびよりも明るい色の茶髪でショートヘアの活発そうな印象の少女が立っていた。
お揃いで買ったのだろうか、みやびがつけているのと同じイヤーカフをつけている。
櫻川も少女の登場に驚いたようで目を見開いている。俺と会うとは話してなかったのか。
「なんで……なんでかなっぺが」
「いや、なんでもなにもはるっちが格好いいお兄さんと二人っきりで喫茶店に居るってクラスのメッセージアプリで話題騒然だよ」とスマホを見せてくる。
見せられた画面はメッセージの流れが速すぎてよく見えないが、やたらとスタンプが大量に貼られている。
「ってかそっちのお兄さん、みやちんのカレシでしょ? なんではるっちと会ってんのさ」
櫻川と同じように、俺の左手に光る指輪を見て「番い」だと理解したようだ。
「かなっぺには関係ないでしょ」
ぷいと拗ねたように櫻川が顔をそむける。
「なにそれ。傷つくんですけど?」と言いながら櫻川を押しのけるように彼女の隣に座る。
「そうだ、ナナシのお兄さん。アタシは志島かなえです。コンゴトモヨロシク」と握手を申し出てきた。
勢いに流され手を出すと「うっわ! めっちゃ男の人の手って感じ。指も綺麗で長いしえっろ!!」とテンション高く言う。
「この指でみやちんは色んな破廉恥な事されたのか~」と、櫻川のカフェオレを横取りしながら言う。
この子、個性的だな。
「してないよ! みやちんはそんな破廉恥な事してない」
顔を真っ赤にして叫ぶように櫻川は言う。
話の流れが変わってきたんだが、俺はどうすればいいんだ。
志島は「いや~わかんないよ。ねっ、お兄さん」と目配せしてきた。
本当に俺はこの話の流れでどう反応すればいいんだ。
「さっきから聞こえてたんだけどさ」と志島は先ほどとは打って変わって神妙な口調で話を続けた。もしかしたら櫻川を落ち着かせるためにわざとあんな話を振って道化を演じたのかもしれない。
「みやちんの入院の原因はこのお兄さんだってはるっちは疑ってるけどさ? 違うんじゃないの?」とストローをカフェオレから抜いてそれで俺を指しながら確信を突いた話をする。
櫻川のカフェオレは完全に奪われてしまったな。
それにしてもこの子はどこまで知ってるんだ?
「みやちん言ってたじゃん。元々恋愛禁止の約束をして一人暮らし認めてもらってたって。高校卒業する時には実家に戻るって。だから、番いの話を知られたらきっとお母さんに反対されるって。お母さんに会う時にはわざわざ番いの指輪外しててさ。あれ? これって内緒だっけ? まぁいいや」
今、この子はなんて言った? 卒業したら実家に……帰る?
だから進学もしないし、就職活動をしていた気配も無いのか。俺と別れて母親の元へ帰ろうとしていたのか?
それともそれが原因でみやびが母親と口論して今昏睡状態に陥ってるのか? ダメだ、思考がかき乱される。
「誕生日を迎えたら駆け落ちしよう」というあの言葉には嘘は無いと信じてるが、それでもあの母親は彼女にとって唯一の肉親だ。
2人きりでずっと暮らしていたのに、そう簡単に親子の情を断ち切れるとも思えない。
「かといってお母さんがみやちんに何かしたっていうの?」
その考えはなかったようで櫻川は心底驚いている。
「するよ、あの人なら」と、志島は断言する。
「ちょっと待ってくれ、君はみやびの母親を知っているのか?」
あの冷徹そうな雰囲気の母親に志島は会ったことがあるのか。
「入学式の時に一度ね。とはいっても、遠くから見ただけだけど。お兄さんはみやちんのお母さんに会ったことある? あの人若々しくてすっごい美人だよね。ただ雰囲気がね、なんていうかめちゃくちゃ怖かった。派手な茶髪の子がまるで叱られた子供のように終始俯いてたんだよ、晴れの入学式にねー。そりゃ印象残るわ」
俺の知らない頃のみやびの話か。興味をそそられるが、志島の話の中で気になる事が。
「虐待はないと聞いていたが」
みやびは母親の話は積極的にはしなかったが、数少ない母親との思い出話の中では母娘間では距離を感じながらもそれでもどこか母を慕う気持ちを感じていた。
自分の母親を「女優に似て美人だ」と誇るように語ったこともあったな。
「まぁ明確な虐待ってわけじゃないと思うけど、精神的支配? そんなの感じた。色々と話聞いたけど、なんかみやちんが自立するの嫌がってたみたいだし、ちょっと異常だよね」
「だからアンタ1年の時にやたらとみやちんに声かけてたんだ。無表情で不気味な子によく声かけるなって思ってたけど」
「言い方!! カレシの前でその言い方!」
どうも彼女たちの話の中のみやびと俺が受ける印象はまるで違う。俺に会うまでの高校生活で彼女らと触れ合って変わっていったというのだろうか。
子供の頃から転々と住まいを変え、学校にも通わず、同じ年頃の子と触れ合うことも出来ず高校になってからようやく「友達」と呼べる存在が出来た。
俺がたまにみやびに感じていたうっすらとした壁はこういう育ちからできていたのかもしれない。
どれだけの間、彼女は孤独を感じて生きていたんだろうか。
「ありがとう。君たちが彼女の傍に居てくれて本当に良かった」
自然とそんな言葉がついて出た。
「うわあああああイケメンの、イケメンの笑みが殺傷能力たかぁい」
「なんだよこの生物兵器は。アタシさっきまでめっちゃ批判してたのになんでこんな流れになってんの」
2人とも違う意味でそれぞれ悶える。
「君のあの言葉は彼女を想っての事だろう? 悪意からのものじゃない」
櫻川をまっすぐ見据えて言う。
「ぅぐっ……そりゃ、まぁそうですけど」
俺の視線を受けて、櫻川は頬を赤く染めて目を逸らし呟く。
「彼女の入院の原因は言えないが、彼女を傷つけるようなことはしないと誓うし、彼女が俺を拒否しない限り俺はずっと傍に居て守る。もし俺に愛想を尽かしたらその時は――辛いが彼女の意思を尊重する。それではダメか?」
「ひゅーひゅー。男前はセリフすら男前だわ。はるっち完全に負けてんじゃん」
志島が大笑いしながら櫻川の脇腹をつつく。
「――大人の言い訳って感じでズルイです」
じっとりと睨まれるが、それでも櫻川には俺の気持ちは通じたようだ。
「そうだな」
だが、俺はもう彼女が居ない人生なんて考えられない。特に今はみやびは母親を失って微妙な時期だ。心身ともに、そして金銭的にも支えてやりたい。
会話が途切れ静寂が場を支配した。一応櫻川も納得してくれたようだな。
戻ってみやびの傍に居たいと、通りかかった店員に志島によって奪われた櫻川のカフェオレを注文し、伝票を持ち二人に別れを告げて店を出ようとすると志島が声をかけてきた。
「ちょっと待って。ナナシのお兄さんアタシも注文していい? ガトーショコラとモンブランと追加のアイスカフェオレなんだけど」
櫻川が「ちょっと!! かなっぺなにあんた図々しい事言ってんの!!」と慌てて止める。
「いや、構わない」
近くのテーブルの片づけをしていた店員を呼び、志島の希望通りの注文を伝える。
ついでに櫻川にもなにか追加注文するかと聞いたが「いりません!」と恐縮された。
「ここの喫茶店さぁ。みやちんがお兄さんと出会う前に行こうよって話してたところなんだ。アタシらも受験勉強やらで結局3人でここには来れなかったけど。あと、みやちんもつきあい悪くなっちゃったしね。やっぱオトコが大事か―と思ったけど、お兄さん見てわかったわ。そりゃ夢中になるわな」
彼女を独り占めして申し訳ないことをした、と謝罪すべきなのだろうか。
「だからさ、みやちんが退院したらアタシらの代わりにお兄さんあの子をここに連れてきなよ。ちなみにみやちんが好きな洋菓子はフォンダン・ショコラとアップルパイね」
志島はそう満面の笑みで言った。
「そうだな。彼女と二人でここに来ると約束する」
俺は2人に軽く別れを告げ、彼女が眠る医療施設へと戻る。
目覚めてくれていることを祈りながら。




