104 困惑 ナギ視点
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直線距離ではさほど遠くないと以前聞いていた通り、思ったよりも早く到着した。
周囲に民家もなにもない孤立した一軒家。ここが彼女が「実家」と呼び月に一度足を運ぶところか。酷く寂れている印象を受ける。
加賀宮は用心しながら、車を止めた。周囲にはノラネコなどが潜んでる様子もない。
だが――妙だな、静かすぎる。
みやびが電車やバスを利用してここに来たのなら、タイミング的に彼女が到着してさほど時間は経ってないはずだが、人の声すら聞こえない。
門扉を抜け、玄関までの小道の砂利を踏む音がやたらと響く。なんだ、この不気味なほどの静けさは――。
チャイムを鳴らすのも憚られ、静かに玄関の扉に手をかける。何故だか鍵はかかっていなかった。女性が単身暮らしている割には不用心な。
異様さを感じ慎重に音を立てないように扉を開けた瞬間、生臭い鉄の匂いが漂ってきた。
この、鼻をつく臭気は――血だ。
そう気づいた瞬間、俺はシオンたちが止めるのも聞かずにその匂いの元へと走る。
そこで見たのは――。
全身を鋭利な刃物のようなものでずたずたに切り裂かれたかのような無惨な姿で、血の海の中に横たわる最愛の人の姿だった。
「みや……び……?」
ガクリと膝をつくと、彼女の血で俺が着ている純白の制服が赤く染まる。
瞳は緩やかに閉じられている。意識を喪失しているだけなのか、それとももう……。
全身が切り刻まれていてどこに触れていいのかもわからないが一縷の望みをかけて、みやびの右手を取る。俺が触れてもみやびは微動だにしない。
脈はある。だが、冷たい。大量に出血したせいで体が冷えているだけの可能性があるが……。
奇跡的に大動脈は切れていないようだが、どちらにしても、このおびただしい出血量では――。
――間に合わなかった。あの時に無理にでも同行を申し出ていたら良かった。俺は何を呑気に考えていたんだ。
かつて俺を威圧するように異様な殺気を漂わせていたあの母親も魂が抜けたかのように少し離れたところで座り込んでいる。
その瞳は空虚で今のこの状況を見ているのかも不明だった。しきりに何かを呟いているが、実際に何を言っているのかは聞き取れない。
彼女にとってかけがえのない、大事な娘であるみやびの手当てもせずに放心していることから、もしかしたらもう正気を失っているのかもしれない。
母親が彼女をこんな目に遭わせたのなら恫喝して殴りつけてやりたかったが、今はとにかく命の灯が消えていく彼女の傍に居たい。
恐らくもう手の施しようがない。今も彼女の身体から血液が流れ出ている。
握りしめた手に嵌められている番いの指輪に俺の涙がとめどなく落ちる。何もできない自分自身が情けない。
「みやびっ!――みやび」
彼女の瞳が薄っすらと開かれた。俺の呼びかけに答えるように。
「――ギ、な の?」
それはとても弱弱しかったが、俺が好きな甘えるような声。
「いる、俺はここにいるから」
すぐにでも抱き起したかったが、どこもかしこも傷だらけで触るのが躊躇われた。
これ以上苦痛を与えたくない。かといって何を語り掛けたらいいのか。
「大丈夫、きっと助かるから」なんて見え透いた嘘を言えばいいのか。彼女の命が尽きるまで「愛してる」と囁けばいいのか。
「を して」
みやびは必死に何かを訴えようとしている。
傍らに佇むシオンらも息を殺してみやびの発言を聞き逃さないようにしてくれる。
「ピアスを して。外して」
この状況の願いにしては意味が分からない。
理解できないが、彼女が懇願している通りに右耳に嵌められていたピアスを外す。
瞬時、彼女が残された力を振り絞るように大きく息を吸った。
かと思ったら目の前で閃光弾がさく裂したかのように視界を奪われた。みやびを軸に光が洪水を起こした。そんな風に感じられた。
困惑のまま段々と視力が戻っていくと、切り刻まれていたはずのみやびの体には傷一つ残ってなかった。
顔色の悪さと大量の出血はそのままなので、彼女の命が危ぶまれているのは事実だが。
まさか……。
――治癒の異能力?
加賀宮が言っていた「みやびの母親は異能力者。そして異能力は遺伝として子孫に現れる事がある」という話から考えると、みやびが異能力者だというのは筋が通る。
ピアスを外した途端に、治癒能力が発動した?
確かに異能力を封じる神具は存在するが……。
右手に納まっている小さなピアスを凝視する。シトリンに見えるただの天然石のピアスだと思っていた。実際、今も手に持っていても何の力も感じない。
「このピアス――霊石だったのか? そんな。小型なのにこんな強大な力を持つ物なんて見たこともない」
天然石が霊石と呼ばれるほどに強力な力を持つのはかなりの年月を要する。
そしてそれは護国機関や神仏を奉る組織が一切を管理しているはずだ。
信仰心を絶え間なく注ぎ、ようやく力を顕現する。そんなものをどうして一般人であるみやびが持っている。
「ナギ! 今はそれどころじゃないです。すでに救急車は要請しています。じきに到着するでしょう」
シオンの悲痛な声で現実に引き戻される。
見るとみやびの呼吸は荒くなり、冷や汗まで出ている。傷は見える限りすべて治癒されているが、それまでに流れ出た血液の量が多すぎた。
出血性ショックを引き起こしている。怪我が完治してもこのままでは命の危機を脱したとは言えない。
呆けている場合ではなかった。
この惨状を見ていち早く救急車を呼んでくれたシオンには感謝しきれない。
すぐさま到着した救急隊員に事情を説明する。
傷一つない大量出血患者に動揺していたが、俺たちが護国機関に所属していると知って納得したようだった。
救急隊員に同伴を求められ、今の状態の俺だけでは頼りないとシオンも付き添ってくれることになった。
非常に助かる。今の状態ではとても頭が回らない。
ほんの少しでも何かを間違っていたらみやびを永遠に失っていた所だ。
タンカに乗せられ運ばれていくみやびをただ見ていることしかできなかった。そんな俺の背後でシオンと加賀宮の声が聞こえた。
「私とナギはみやびさんに付き添うとして。……加賀宮、あなたはどうします?」
「俺はちょっとな……ヤボ用があって」
シオンに声をかけられた加賀宮はちらりと母親を見る。
暴走を起こした異能力である母親の身柄拘束を考えているのだろうか。強力なエアロキネシスの異能力を持つあの母親を放置するわけにもいかない。茫然自失としているあの様を見るともう抗う気も無さそうだが。
「……そうですか」
救急隊員に連れられていく彼女の姿を尚も母親はぼんやりと見ていた。
いや、視界に入っていただけで理解していたのかも怪しいが。
今はとにかくみやびの事だけが心配だ。加賀宮を残し、俺たちは救急車に乗り込んだ。
俺の背後で加賀宮の「――会いたかったぜ、朔夜母さん」という声が聞こえた気がした。




