103 五行計画 ナギ視点
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その日もいつもと変わらない日常、のはずだった。
仕事を終え、寮で夕食を摂り、身支度をし、彼女に会いに行く。彼女の笑顔を見、彼女の声を聴き、彼女に触れ、帰り際に軽く口づける。
そんなささやかだが平穏な毎日が結婚するまでの間続くのだと信じて疑ってなかった。
今は彼女の母親の反対に遭っても、時が経ち、俺たちの気持ちが本物だと伝われば許しを得ると、そう――信じていた。
昼休み、食堂で飯を食ってる時にみやびから電話が来た。
彼女から電話をかけてくることはめったにない。基本的にメッセージのやり取りくらいで緊急時でないと電話はかけてこない。
しかも俺が仕事中だとわかっている日に? どことなく悪い予感がしながら、電話に出る。
「ゴメンね、仕事中に」
「いや、ちょうど昼休憩だし問題ないんだが……なにかあったのか?」
心なしかみやびが息を切らしていて聞き取りづらい。
みやびの声以外に雑音も聞こえる。外? 歩きながらの電話か? 今日は平日、彼女は学校にいるはずなのに何故。
「ちょっとね。今から実家に行ってくるから、それを伝えたくて」
実家?
あの母親になにかがあったのだろうか。それとも何か不測の事態でも起きたのだろうか。
「実家に? ……俺もついていこうか?」
今日は急ぎの仕事はないし、副隊長である天方も出勤しているのでやつに後の事を任せることはできる。
「ん~……多分大丈夫かな」
また何かをごまかしてる口調だ。何かが起きたらしいが、聞いても教えてはくれないだろう。
一抹の不安を抱くが、あの母親のみやびへの執着ぶりを考えると彼女に危害を加えるとは考えにくい。
それに敵視されている俺が同席したらあの母親は激高しそうだ。
「わかった。なにかあったらすぐに連絡してくれ」
「ありがとう。じゃあね」
「ああ」
俺たちのやり取りが聞こえていたようで、天方達が食事の手を止めて心配そうに見つめていた。壱番隊の一部の人間は、みやびの母親がここに来たことも知っている。
あの日、母親との面会を終えた俺は顔面蒼白だったようで「大丈夫だ」と言った俺の声も震えていたらしい。
「なぁ……番いちゃん大丈夫か? 実家って聞こえたが」
「彼女が実家に行くだけだ。問題ない」
自分にそう言い聞かせるように強く言う。
平日、しかも緊急に実家に行くというのは気がかりだが。
「でもよぉ――あの母親だろ?」
「なんかえらくおっかなかったって聞いたぞ」
「そうそう。すげえ美人だが迫力も半端なかったって守衛が言ってたぞ」
俺の周りの隊員らのざわつく声が食堂に響く。あたりの迷惑になるな、皆に声量を抑えるように注意するかと思った時。
「おい、あいつの母親がここに来たのか? ――なにがあった」
加賀宮が食事の乗ってるトレイを手に俺たちの隣に腰掛けてきた。
「以前、母親がここに来て彼女に近寄るなと俺に釘を刺しただけだ」
殺意を込めてな。
すっかり食欲も失せたので箸を置き、落ち着くためにとりあえず麦茶を飲む。
だが、言いようのない不安が消えない。悪い予感がする。
「……母親にお前達の事が知られたのか? それで、今実家がどうとか言ってたが」
「理由はわからんが、急遽彼女が実家に戻ることになったらしい」
俺の言葉を聞いて血相を変えた加賀宮が立ちあがった。
「おい、シオン。お前、俺の車を入口に着けろ。ナギ、てめえもついてこい」と加賀宮はシオンに車のカギを投げて渡した。
シオンは何かを言いたそうな顔をしていたが、鍵を受け取るとすぐに食堂を出て行った。
「どういうことだ」
彼女が実家に戻るというだけで何故こんなに焦る?
しかも加賀宮が。
「いいから早くしろ。この場に居る弐番隊。俺、もしくはシオンが戻ってくるまで全ての業務を中止して待機、ジムでトレーニングでもしてろ。出動要請をかけたらすぐに動けるようにな。天方! 壱番の指揮はお前に任せる」
その言葉を受けた弐番隊は戸惑いの様子を見せたが、すぐさま了承の声をあげた。天方も動揺しつつ頷く。一方、俺は未だ理解が追い付かない。
「待て。何か知ってるのか?」
加賀宮の肩を掴み注意を引く。
すると俺にしか聞こえないよう声量で「早くしろ、あいつが殺されてもいいのか」と囁いた。
みやびが――殺される? 誰に? あの母親に? それとも誰か第三者が彼女を狙っているのか? ミケネコが接触してきたことがあるが、なにか関係があるのか?
ミケネコ以外のノラネコが彼女を襲うというのか?
それに何故加賀宮はそういう事を予想しているんだ。
駄目だ、まるで考えがまとまらない。
わかっているのはすぐに行動しなければ取り返しのつかないことが起きるという事だけだ。加賀宮に急かされるがまま、食堂を出る。
「道中に訳は話す。俺は念のために武器携帯の許可を取ってくるから先に駐車場に行ってろ」
加賀宮は自身の武器の銃が必要だと予測しているのか。
俺の中で悪い想像が広がっていく。
――まさか。
急ぎ、駆け足で庁舎入り口へと向かう。車を用意していたシオンも意味が分からないようだ。2人して困惑してるとすぐに加賀宮がやってきた。
見ると、ショルダーホルスターにはやつの銃が収められていた。
加賀宮が運転席、シオンが助手席、俺が後部座席に座る。
目的地はすでにカーナビに登録されているようで、よどみなく車が動く。それにも違和感を覚えた。すでに何度か現地に行ったことがあるのか。
気持ちばかりが焦る俺の考えを代弁したかのようにシオンが「加賀宮、説明してください。全てを」と問い詰める。
「ちっ。めんどくせえな……どっから話せばいいんだ」
「まず、あなたはみやびさんの母親を知ってるんですか?」
「ああ――ノラネコのエアロキネシスの異能力者である喪服の女、通称クロネコはあいつの母親だ」
「――なに?」
その情報はシオンも知らされてなかったようで、その顔に動揺が走っている。
クロネコの正体は不明とされていたが、何故加賀宮はそれを知っている? そして何故黙っていた?
「でもあなたはみやびさんを調査した時に彼女はノラネコとの関わりは無いと」
調査? どういうことだ。そんなことをしてたのか、この2人は。
いや、護国機関の警護隊長の恋人が異能力者集団「ノラネコ」と関与があるのかは調べるのは有り得るか。人の意識を操作する系統の異能力者も存在するし。
加賀宮たちが直接調査したというのはひっかかるが。
「あいつはノラネコとは一切関わりが無い。――いや、おそらくノラネコの異能力者によってガキの頃の記憶が消されてるから一切ってわけじゃねえか。調査報告では俺は母親もノラネコ関係者ではないとは言わなかったからな」
「なんて屁理屈を」
シオンが眉間に皺を寄せた。
みやびの子供時代の記憶が消されている? 情報が過多すぎて理解が追い付かない。
先日、駄菓子屋に一緒に行った時も過去の記憶を刺激されたのか、苦々しそうに眉根を寄せていた。
彼女にとって愉快ではない子供時代を思い出したからかと思っていたが……。
「他の人間に調査されない内にいち早くあなたが調査を申し出た、ってことですか」
「それもあるな。あの母親、元々の名前の九条涼音とは……ちょっとばかり因縁があってな。あの段階で涼音がノラネコだとバレるのは俺にとっても都合が悪かったからな」
「加賀宮、さっきお前はみやびが危険だと言ったな。だが、あの母親はみやびを溺愛してる。そんな女が彼女を手にかけるか?」
「異能力者特有の精神的な揺らぎがあの母親には顕著でな。20数年ほど前に恋人に浮気されただかなんだかで異能暴走事件を起こして護国機関に保護され、籠入りが内定していた。だがそこで――異能力者の横流しが行われた」
20数年前?
以前サトリが「酷い実験が護国機関内部で行われた」と言っていたがそれと関係があるのか?
「横流し? まさか――五行計画が?」
そうシオンが漏らした。俺は聞いたことすらなかったが、シオンは知っていたらしい。
シオンは元・敬神の会所属ということもあり、護国機関の暗部事情にも詳しいようだ。
五行財閥、異能力者の横流し、実験、みやびたち母娘の戸籍の乗り換え、そしてクロネコことみやびの母親が犯した複数件の資産家殺人。すべては繋がっているということなのか?
「しかし、五行計画は……あれは噂レベルだったのでは?」
「前に言ったろ、護国機関も一枚岩じゃねえって。異能力者の中でも強力な力を持っている人間を――強制的に交配させこの国の異能力者を増やして他国より先んじる。そんなクソみてえな計画が当時の五行家当主の指揮の元、実行された。異能力は遺伝で受け継がれるとされているからな、とはいえ子供が必ずしも能力を持って生まれるわけではないが」
「おぞましい」
聞くに堪えないとばかりに、シオンがその端正な顔をゆがませる。
「ああ。そもそもが非効率だしな。効率だけで言うのなら、もっと色々と手っ取り早い手段もあったはずだが。……まぁ『選民思想』のジジイたちの悪質な暇つぶしってことだろうな。いたぶるのが目的という」
吐き捨てるように加賀宮は言う。
『選民思想』――異能力者をヒトとヒトならざるものの『混じり血』と蔑み、純粋な人間の子孫こそが特別な存在だと信じて疑わないやつらが居るらしい。主に権力者に多いとはいうが。だがそんなことよりも引っかかる言葉があった。
――強制的に、交配?
「待ってくれ」
その話が真実なら、みやびの父親は――?
母親が護国機関を憎んでいる理由、みやびが父親を知らないという事、母親によって父の話が一切なかったという事実がどす黒い想像を広げる。
俺が青ざめたのをミラー越しに見た加賀宮は「安心しろ。まだ話に続きがあって、2年程妊娠の兆しが見えなかった涼音に痺れを切らしたやつらは計画を新たな段階に進めた」と加賀宮はグローブボックスから1枚の男の写真を取り、こちらに寄こした。
20代の男の写真。警官の制服を着用しているその男は顔立ちが整っており、みやびによく似ていた。
「鳴宮蒼穹元、公安警察に所属。腐敗した上層部を告発しようとしたが罠に嵌められ失職。なんだかんだあって涼音の世話係として雇われ、情を交わした二人は逃げ出した。もちろんそれも画策されていたらしいがな」
「過酷な状況の中で唯一寄り添ってくれるまともな倫理観を持っている男、ですか。それは傷ついた女性としては情も抱きますね」
俺から写真を受け取ったシオンがそれを見ながらため息交じりに言う。
「偽名を使いながらひっそりと暮らして2年ほどしてあいつが生まれたが、鳴宮は殺された……らしい。遺体は見つかってないらしいが、生きてはないだろう。鳴宮と懇意にしていた情報屋の話では娘が生まれると喜んでいたらしいが、それから一切音沙汰がないらしい」
非道な扱いをされ、愛する夫も奪われた、忍と名乗っているみやびの母親が護国機関へと向ける怨嗟の深さが分かった気がした。
唯一の救いは、父親がみやびの事を愛していたことだ。
「それからちょっとまた話は続くんだが――時間切れだな。着いたぞ」




