100 みやびの決意 みやび視点
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バイトを終え、いつものように送り迎えをしてくれるナギと共に私の部屋で過ごす。彼が作り置きしてくれていた料理を食べ終わってベッドの前の椅子に座る。
なんだか、今日はいつもと違ってどことなくナギが疲れてるように見えた。気のせいなのか、顔色もさえない。
仕事でなにかあったのか、それとも私とのこの短い時間の逢引きの為に無理して連日時間を作ってるからその疲労が溜まってるのか。
何があったのかわからないけど、私に何かできることはないかと思案して、ナギが一番喜ぶだろう事を提案した。
「なんかナギ疲れてるみたい。よし、癒してあげよう。おいで」
私が大きく腕を広げたらすぐに抱きしめられた。男の人の逞しい腕に抱かれ、彼の香りに包まれる。ナギが愛用しているボディソープのシトラスハーブの清涼感溢れる香りが鼻をくすぐる。
さらに額に何度かキスをされた。
ナギは本当にスキンシップが好きだな。まるで人懐っこい大型犬みたいと思う。
「ねぇ、なにかあった?」
仕事のことだと私はなんの力にもなれないけど、愚痴なら聞くことはできる。守秘義務もあるだろうから話せないこともあるだろうけど。
すると予想外の答えが返ってきた。
「聞いてないのか?」
「なにを?」
まるでわからない。その口ぶりだと私にも関わる事なのかな。でも何も思い当たらない。
「今日、お母さんが庁舎に来た」
「……え」
驚きのあまりナギの顔を凝視してしまった。
今、なんて言った? お母さんが?? ナギに会った?
「みやびには言ってるかと思った」
何の連絡もない。基本的に忍さんから連絡が来ることはない。月に一度生活費を貰いに行き、そこで生活の様子を報告する位しか今は接点がない。
もっともあの人なら私に何の断りもなく行動するだろうけど。
というか、いつナギと私の関係を知ったの?
何故? お母さんと会う時にはいつも番いの指輪を外している。話題に挙げたこともない。
「知らない。というかあの人あの家から出てきたんだ……その、何か言われた?」
「娘との結婚は許さないとはっきり言われた」
それは予想の範疇内だ。忍さんなら絶対にそう言うだろう。元々、この一人暮らしをする条件が「恋愛禁止」だったし。
「他には?」
高校卒業したら家に帰る約束があるとかは聞かなかっただろうか?
そう聞くとナギは一瞬怪訝そうな表情になった。
「護国機関を蛇蝎のごとく嫌ってたな。憎んでるといってもいい。ひとしきり嫌味を言われた」
うわぁ、想像付く。セールスなどの訪問者がごくまれに訪ねてくることがあったけど、冷たく凍るような声で「必要ありません。お帰りを」とピシャリと言ってのけていた。
その迫力に相手は何も言葉を返すことが出来なくなるくらい。見た目は華奢な女性なのだけど、母は妙な気迫を纏っている。
「そうなんだ、実家にいる時には別にそんなそぶり見なかったけど」
もっともあまり会話らしい会話もしてない気がする。
子供の頃はそれでもお母さんが大好きで色々な話をしたけど、いつからかあの人は私の顔を直視しなくなって、そこからあまり会話をしなくなった記憶がある。家事などの必要最低限の話だけする関係。
元々、口数が多いヒトじゃなかったけど。それでなんとなくあの家に居づらくなった。 私を見る時に寂しそうな顔をするお母さんから逃げたかっただけかもしれないけど。
「いつもあんな感じか」
どういう意味だろう。まぁ、他人に対して愛想の欠片もない人だけど。
「うーん……どういう意味かは分からないけど、大体そんな感じかな。素っ気ないっていうか」
ナギが何かを考え込んでしまった。
「ナギ?」
「すまない。どうしたらお母さんを説得できるかを考えていた」
「ん~……そうだね、うん……」
それは無理じゃないかな。
お母さんは今は素っ気ないけど、何故か私に対する執着が強い。
子供の頃は特に。
もっともその頃は周りの子供らにいつも泣かされていたから「母親としてこの子を守らなくては」という意識が強かったんだと思うけど。
でも一人暮らしを始めて外の世界を知って、お母さんの考えはどこかおかしいと気づいた。
私があの人から離れていくのを異様に嫌がってる。高校生活3年間だけの自由もそう。子供の頃、頼み込んだからそれは渋々許してくれたけど。
私がその約束を守ってあの家に帰ったらどうなるのかはわからない。
ナギの私を抱く力が強くなった。
若干苦しいし、彼の厚い胸板と密着して恥ずかしくもある。お互いの体温が同化する感じ。好き。
「こうなったら駆け落ちでもするか」
その言葉には固い決意を感じるけど、どこまで本気なんだろう。
仕事もあるだろうに。
それとも何もかも捨てて私を選んでくれるのだろうか。だとしたら申し訳ない反面、嬉しい。
「駆け落ちかあ」
昔、恋愛映画で見た時には「なんて無責任なんだ」とか「周りの人らを捨てるだなんて酷い」という感想しか抱かなかった。
――でも今は。
「ダメ、かな」
ナギの手が愛おしさを込めて私の前髪をあげ、額にキスする。
「うーん。……いいかもしれないね。今はまだ未成年だから身動き取れないけど、私の誕生日迎えたら実行しようか」
私の誕生日は2月だから高校卒業して強制的に家に戻されるまではまだ時間がある。
誕生日を迎えたらお母さんに黙って二人でどこか遠い所へ行く。
いくら番い同士で愛し合っていて結婚を誓っていても、片方が未成年だった場合は未成年者略取になる。
そしてきっと忍さんは騒ぎ立てる。ナギにそんな犯罪行為をさせるわけにはいかない。
なんとかそれまでやり過ごさないと。
これまで育ててもらった恩をあだで返すのは嫌だけど、もうナギと離れ離れなんて嫌だ。好きだよ、と思いを込めて背伸びをして彼の形の良い下唇を食む。
するとナギが私の首筋に何度もキスしてきた。嫌じゃないんだけどぞわぞわする。
「もう! それくすぐったいんだからやめてよ」
私の抗議の声にも意に介さないようで、口元に笑みをたたえてる。あ、わざとだな。もう。
ふとナギが私の髪の毛を掬い、右耳のピアスを撫でる。
「そういえばみやびは母親と同じピアスつけてるんだな」
そう、母と同じピアス。恐らくは片割れ。
病院でピアス穴を開けた時には痛かったし、穴がなじむまでは色々と不便もあったけど、子供心に「大好きなお母さんとお揃いだ」と嬉しかった。
そのせいで「子供のくせにピアスつけてる」といじめが増して私は髪の毛でピアスを隠すようになったけど。
そして高校に入ってからはわざともっと目立つイヤーカフを反対の耳につけ、ピアスを隠すようにした。
そのお陰か、普段髪の毛を下してるせいかあまり右耳のピアスには注目されない。
「そうだよ。子供の頃、このピアスをつけさせられてちょっと嫌だったけど、お母さんとお揃いだから嬉しかったかな」
母は他の装身具は一切身につけない人なのに、何故かこのピアスだけはずっとつけている。
このピアスの由来は聞いたことが無いけど、彼女にとってなにか思い入れのあるものなんだろうか。
もしそれが、顔も名前も知らないお父さんが遺したものだったらいいな、なんて思った。
ナギは何かを思案していたようだけど、すぐに私にキスを落としてきた。
しばらくキスを交わしながら2人の時間を過ごす。
でも「駆け落ちしようね」なんて甘ったれた考えはすぐに打ち消されることになるだなんてこの時の私は思いもしなかった。




