選んだ未来
大学の講義が終わり、キャンパスのベンチに座るあゆみの手には、スマートフォンが握られていた。画面には、すばるとのやり取りが表示されている。
「今度の週末、どこか行きたい場所ある?」
彼からのメッセージが、あゆみの心にそっと触れる。少し微笑みながら返信しようとしたその時、背後から奈緒が声をかけてきた。
「おーい、あゆみ!一人でニヤニヤして、怪しいよ?」
「えっ!? そ、そんなことないよ!」
慌ててスマートフォンを隠すあゆみに、奈緒はあきれたように笑った。
「何かいいことでもあったの?隠さなくてもバレバレなんだけど。」
「……うん、ちょっとね。」
あゆみはそう言うと、小さくため息をついた。
「でもね、ちょっと悩んでることもあって……。」
奈緒はあゆみの隣に腰を下ろし、興味深そうに身を乗り出した。
「また? 前に話してた、先生とのこと?」
「うん……。先生ともっと一緒にいる時間を増やしたいって思うんだけど、それってどうなんだろうって。」
奈緒は腕を組んで少し考え込んだ後、真剣な表情で口を開いた。
「それって、同棲とか考えてるってこと?」
突然の直球に、あゆみは驚いて目を見開いた。
「そ、それは……まだ決めたわけじゃないけど。」
「でも、そういう風に考えてるんでしょ?なら、いいんじゃない?二人で一緒に過ごす時間をちゃんと持つって、すごく大事なことだと思うよ。」
奈緒の言葉に、あゆみは小さく頷いた。しかし、その顔にはどこか不安の色が浮かんでいる。
「でも……先生には子どもたちがいるし、私がその生活に入っていくことが本当に正しいのか、自信がなくて。」
奈緒は少し黙った後、優しく微笑んだ。
「あゆみ、自信なんてなくていいと思う。大事なのは、自分がどうしたいか、でしょ?」
その言葉に、あゆみはハッとしたように奈緒を見つめた。
「私が……どうしたいか。」
「そう。周りがどう思うかとか、世間の目とか、そんなの後で考えればいいよ。今は、あゆみが一番幸せだと思う道を選べばいいんじゃない?」
奈緒の言葉は、あゆみの心に深く響いた。
その夜、あゆみはすばると会うために彼の家へ向かった。
子どもたちが寝静まった後、リビングで二人だけの時間が訪れる。あゆみは、胸の中の想いをどう伝えるべきか考えながら、カップに注がれた紅茶を見つめていた。
「どうしたの?何か考え事?」
すばるの穏やかな声が、あゆみの心を優しく包む。
「先生……いや、すばるさん。私、お願いがあるんです。」
すばるは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑んだ。
「どんなことでも聞くよ。」
「私……もっと一緒にいたいです。すばるさんや、れんくん、りおちゃんと。だから……一緒に住むっていうのを、考えてもらえませんか?」
勇気を振り絞って言葉を紡いだあゆみに、すばるは目を見開いた。
「あゆみ……。」
しばらくの沈黙の後、すばるは静かに頷いた。
「ありがとう。君がそう言ってくれるのは、すごく嬉しい。でも、本当にいいの?僕の生活に入るって、簡単なことじゃないと思う。」
「分かっています。でも、私はそれを乗り越えたいと思っています。」
あゆみの目は真剣だった。その瞳の中にある覚悟を感じ取ったすばるは、柔らかく微笑んだ。
「分かったよ。君がそう思ってくれるなら、僕も全力で支えるよ。」
その言葉に、あゆみの心は暖かく満たされた。
帰り道、あゆみはふと夜空を見上げた。
「ここが私の新しい居場所なんだ。」
そう思った瞬間、胸の中の迷いが消えた。すばると子どもたちと共に歩む未来を信じることができたのだった。