家族の形、私の形
週末の午後、あゆみとすばるは静かに車を走らせていた。
向かう先は、すばるの実家。
婚姻届を出す前に、どうしても会って話しておきたかった。
「緊張してる?」
ハンドルを握るすばるが、ちらりと助手席のあゆみを見た。
「……うん。少し」
正直に答える。
すばるの母・星宮詩織とは、今まで一度も直接会ったことがなかった。
話には聞いていた。すばるを深く愛し、しかしその愛が時に過干渉となり、すばるが離れてしまった過去があることも。
彼女が、自分のことをどう思うのかはわからない。
けれど、今日ここで話をすることで、少しでも家族としての第一歩を踏み出したいと思っていた。
すばるの実家に着くと、詩織は玄関で静かに二人を迎えた。
どこか気だるげな雰囲気をまといながらも、姿勢はきちんとしている。
「久しぶりね、すばる」
「……うん、久しぶり」
淡々とした会話。
しかし、親子の間には確かに何かがあったのだろうと感じさせた。
「あなたが……如月あゆみさん、ね?」
詩織が、ゆっくりとあゆみを見つめた。
その眼差しは冷たいわけではないが、探るようでもあった。
「はい。初めまして、如月あゆみです」
静かに頭を下げると、詩織は少しだけ目を細めた。
「まあ、座りなさい。お茶くらい出すわ」
テーブルに並べられた湯呑みから、湯気がゆっくりと立ち上る。
詩織は、それをひと口すすった後、ゆっくりと口を開いた。
「私は、賛成も反対もしないわ」
その言葉に、あゆみは少し驚いたように目を瞬かせた。
「え……?」
「今さら、独り立ちした子どもに、親が何かを言うわけにはいかないでしょう?」
淡々とした口調。
けれど、あゆみはその言葉の奥に、ある種の諦念のようなものを感じた。
そんな詩織が、ふと湯呑みを置き、すばるを見つめる。
「でも、ひとつだけ聞くわ。もし……あなたたちの間に子どもが生まれたら、今の子たちと公平に愛せるの?」
静かに投げかけられた問い。
すばるは、息を呑んだ。
言葉を探すように口を開きかけたが、何も出てこない。
「……」
あゆみは、その沈黙を見て、そっと視線を落とした。
そして、ぽつりと呟いた。
「……差が出るのかどうかは、わかりません」
詩織が、少しだけ眉を寄せた。
「でも……言えることは、あの子たちはすごくいい子で、優しいです」
蓮と莉桜の笑顔を思い浮かべる。
どんな時も、二人は温かく、純粋な心を持っていた。
「だから……きっと、子どもたちと協力して関わっていくんじゃないかと思います」
「協力、ね」
詩織は、静かにその言葉を繰り返す。
「うまくやれる自信は……正直、ありません」
あゆみは、少しだけ苦笑しながら、ゆっくりと続けた。
「でも……きっと、その姿を見て、もっと子どもたちのことが愛しくなって、もっと頼もしく感じることは明白です」
言葉を紡ぎながら、自分の中で自然と確信に変わっていくのを感じた。
私は――この家族を、大切にしたいんだ、と。
詩織は、しばらくあゆみを見つめていた。
まるで、彼女の言葉の真意を測るように。
そして――
「あなた、変わった子ね」
少しだけ、唇の端が緩んだ。
「私に何ができるかわからないけど……まあ、そう思ってくれるなら」
その言葉に、あゆみの胸がすっと軽くなる。
「ありがとうございます、お母さん」
あえて、その呼び方をした。
詩織の目がわずかに見開かれる。
「私は、すばるさんのことではなく、お母さんと家族になりたいです」
まっすぐな言葉。
「星宮家との絆を育みたい。だから、お母さんと仲良くしたいんです」
ただの嫁姑関係ではなく、家族として。
そういう未来を望んでいるのだと、伝えたかった。
詩織は、しばらく黙っていた。
何かを思い出すように、ゆっくりと目を伏せる。
そして――
「……まあ、そう言われたら、悪い気はしないわね」
ふっと、小さく笑った。
あゆみは、その笑顔を見て、少しだけ肩の力を抜いた。
帰り道、車の中で。
すばるが、珍しく深く息を吐いた。
「……驚いた」
助手席のあゆみが、少しだけ首を傾げる。
「何が?」
「まさか、あそこまで母さんにまっすぐ言うとは思わなかったよ」
あゆみは、ふっと笑った。
「私、ずっと考えてたの。これから“星宮あゆみ”として生きていくなら、すばるさんだけじゃなく、お母さんともちゃんと向き合いたいなって」
すばるは、少し驚いたように目を瞬かせた後、静かに微笑んだ。
「……そうだね」
夜の街灯が、車の窓をゆっくりと流れていく。
「これで、いよいよだね」
「うん。いよいよ……婚姻届、出さなきゃね」
そう言って、二人は視線を交わし、そっと手を繋いだ。




