家族の距離
「パパ!あゆみちゃん!見て見て!」
澄んだ空に、蓮の元気な声が響く。
週末、すばるの提案で、家族みんなでキャンプ場に来ていた。蓮と莉桜は広場で思い切り駆け回り、さっきからずっとテンションが高い。
「あんまり走ると転ぶぞー!」
すばるがそう声をかけるが、蓮と莉桜は「大丈夫ー!」と笑いながらさらに駆け出していく。
あゆみはその姿を目で追いながら、思わず微笑んだ。自然の中で、思い切り遊ぶ子どもたちの姿は、なんとも言えない愛しさを感じさせる。
「ねえ、あゆみちゃん、バドミントンしよ!」
「よーし、やるか!」
蓮がラケットを差し出してくる。あゆみは笑顔で受け取り、軽く羽を打ち上げた。
「じゃあ、何回続くかチャレンジね!」
勢いよく始まるバドミントン。蓮と莉桜はやる気満々で、次々と羽を打ち返してくる。気づけば、すばるも加わり、キャンプ場の広場でにぎやかな声が響いた。
そんな中、近くでBBQをしていた家族連れの女性が、ふと話しかけてきた。
「あら、お子さんたち、元気ねえ!」
「……!」
一瞬、戸惑いがよぎる。あゆみは横目でちらりとすばるを見るが、彼は特に何も言わない。ただ静かに、あゆみの反応を待っているようだった。
ここで黙るのは不自然だ。あゆみはとっさに笑顔を作った。
「そうなんですよ。ほんと元気で!」
女性は微笑みながら、ふとあゆみをじっと見つめる。
「お父さんも若いけど、お母さんももっと若いのね。若いと体力があるから、たくさん遊べて楽しいでしょう?」
あゆみは、一瞬だけ息をのんだ。
("お母さん"……?)
心の奥に、ざわりとした感覚が広がる。
「……あはは、私なんて、子どもと一緒ですよ。まだまだ子どもですし、それよりも、奥さんみたいに綺麗な大人になりたいですよ!」
「まあ、うまいこと言うわねえ!」
女性はクスクスと笑いながら、「楽しそうでいいわね」と言って、その場は和やかに終わった。
だけど、あゆみの心には、何かが引っかかっていた。
車の中は、遊び疲れた蓮と莉桜の小さな声が響く。
「ねえ、あゆみちゃんってママ?」
運転席のすばるがチラリとルームミラーを見た。
「あゆみちゃんは、せんせーだけど、いっしょにいるし、ごはん作るし……」
莉桜がぽつぽつと考えながら言葉を紡ぐ。
「それなら、ママ?」
助手席に座っていたあゆみは、一瞬言葉を失った。
「ちがうよ」
蓮がすぐに答える。
「だって、あゆみちゃんはママじゃないもん」
「そっか、そうなんだ……でも、いるよね?」
莉桜の無邪気な疑問に、あゆみは言葉を詰まらせた。
「ごはん作るし、おむかえもあるし、いっしょにいるし……ママ?」
——私は、ママ?
そんなことを考えたことなんて、一度もなかった。
「……あゆみちゃんは、あゆみちゃんだよ」
蓮がぽつりと呟く。
子どもたちの純粋な言葉に、あゆみは答えを探すようにすばるを見る。
すばるは、ほんの少し考えた後、「どう思う?」と、蓮に問いかけた。
「わかんない。でも、あゆみちゃんがいてくれると嬉しい」
その一言に、あゆみは言葉を失った。
嬉しい、と思う反面、どこか自分がはっきりと答えられないことへの戸惑いもあった。
家に帰ると、子どもたちはすぐに寝室へ向かった。あゆみはリビングでコップの水を口に含みながら、ふと、蓮の言葉を思い出す。
——あゆみちゃんは、あゆみちゃんだよ。
それは、子どもたちなりの答えなのかもしれない。
だけど、それなら自分はどこにいるんだろう?
母じゃない。でも、家にいる。
家族になりたいと思った。すばると一緒にいる未来を選んだ。
だけど——
「……私は、何者なんだろう」
手にしたコップの水が、小さく揺れた。




