私の家族って
「先生、お茶でもどうぞ。」
目の前で差し出された湯飲みから、ほのかに湯気が立ち上る。
あゆみは微笑みながら、手を伸ばした。
「ありがとうございます。」
今日は家庭訪問の日。
児童の家を回り、それぞれの家庭の雰囲気を感じる時間。
初めての新任としての仕事で、少し緊張していたが、保護者たちはみんな優しく迎えてくれた。
「うちの子、学校ではどんな感じですか?」
「あまり家で学校の話をしないので、気になっていたんですよ。」
保護者たちは口々に言う。
「はい、とても頑張っていますよ。最近は算数の授業で手を挙げることが増えました。」
あゆみは児童の成長を伝えながら、家庭ごとの空気を感じ取る。
どの家も、それぞれの形で子どもを大切にしているのが伝わってくる。
一軒目は、共働きの家庭。
仕事の都合で父親が対応し、「母親はまだ帰宅していないので、あとで話を伝えておきます」と言っていた。
忙しい中でも、子どもの学校生活を気にかけているのが伝わってくる。
二軒目は、専業主婦の母親が対応し、「家では甘えん坊だけど、学校ではしっかりしてるみたいですね」と笑っていた。
三軒目は、離婚を経験した母子家庭。
子どもが自分の父親の話を控えめにしながらも、それを気にしていない母親の姿が印象的だった。
(本当に、いろんな家庭があるな……。)
それぞれの家の形を見ながら、ふと、自分の「家族」のことを考えてしまう。
学校を出ると、もう日は傾いていた。
あゆみは職員室に戻り、最後の報告を済ませた後、そのまま足を向けたのは——墓地だった。
「……お母さん。」
石碑に手を触れる。冷たい表面が、あゆみの指先にじんわりと伝わる。
「今日、家庭訪問があったんだ。」
声をかけながら、あゆみは目を閉じた。
いくつもの家庭を見て、自分がどこに立っているのか、わからなくなった。
「私は……家族になりたかったのかな。」
すばると一緒にいたい。
子どもたちと、共に歩んでいきたい。
それは変わらないはずなのに、今日見たどの家庭とも違う「私の家」は、どんな形をしているのだろう。
「どんな家族を目指しているんだろう。いや、母親になりたかったのかな?」
「それとも、ただ“必要とされる存在”でありたかっただけ?」
自分は、すばると子どもたちのために何ができているのか。
役割を果たせているのか。
自分がいなくても、あの家は問題なく回っていくのではないか——。
答えの出ない問いに、深く息を吐く。
「……お母さんなら、なんて言うかな。」
墓石は、何も答えない。
そんなとき、ポケットの中のスマホが震えた。
取り出すと、画面に表示されたのは 「奈緒」 の名前。
「あ、もしもし?」
『あんた今どこ? なんか声暗いけど。』
「……ちょっと、墓地にいる。」
『は!? なんで? 何があったの!?』
「いや、お母さんのお墓参りだよ?」
奈緒の焦る声に、あゆみは小さく笑った。
「……相談、したいことがあるの。」
電話の向こうで、一瞬の沈黙。そして奈緒は、いつもの調子で言った。
『じゃあ、明日会おう。どうせまた、あんたの考えすぎでしょ。』
「……うん。」
『明日、カフェで待ってるからね。ちゃんと来なさいよ。』
「ありがとう。」
電話を切ったあと、あゆみは墓石をもう一度見つめた。
答えは、まだ出ない。でも——。
(明日、奈緒に話してみよう。)
小さく息を吐きながら、あゆみは墓前にそっと手を合わせた。
「お母さん、また来るね。」
次の日、あゆみは奈緒の待つカフェへ向かう。
そこで、ようやく自分の気持ちと向き合うことになる——。




