揺れる気持ち、止まらない日々
この家に、私は本当に必要なんだろうか——。
春の風が校舎の窓を揺らし、新任教師としての毎日が目まぐるしく過ぎていく。朝の会、授業、給食指導、掃除、会議。気がつけば、あっという間に夕方だった。
「先生、ここ分かんない」
「あ、一緒にやってみようか」
児童がノートを差し出す。微笑みながらノートを受け取ると、ふと蓮の姿を思い浮かべた。
——入学して、数日が経った。あの子は学校でうまくやれているだろうか。
入学式の日、私は行けなかった。新任の自分にそんな余裕はなかったし、すばるも「無理しなくていい」と言ってくれた。でも——。
胸の奥がざわつく。
「先生?」
「あ、ごめんね。続き、やろうか」
児童の声に我に返り、笑顔をつくる。けれど、心はどこか落ち着かないままだった。
夕方、職員室を出るとすでに日が傾いていた。車に乗り込み、ふとハンドルを握る手が止まる。
「……今日は、私が迎えに行こうかな」
すばるが行く予定だった保育園のお迎え。それでも、なんとなく自分が行きたくなった。
忙しくても、こういう時くらいは——そう思って車を走らせた。
「——あゆみちゃん!」
保育園の門をくぐると、莉桜が小さな足で駆け寄ってきた。折り紙で作った小さな花を手にしている。
「お迎え、あゆみちゃんが来てくれたの?」
「うん。今日は私が迎えに来たよ」
「えへへ!あゆみちゃん先生でしょ?だから忙しいと思ってた!」
莉桜が無邪気に笑う。その言葉に、なぜか胸がチクリと痛んだ。
——そうか。私は、忙しくていないことが普通になっていたんだ。
入学式も、日々の送り迎えも。私がいなくても、この家は回っている。すばるは父親として育児をこなし、蓮も莉桜も、それを当たり前のように受け入れている。
だからこそ、私の存在ってなんだろう。
「ねえねえ、これ、あげる!」
莉桜が折り紙の花を差し出した。
「先生って、お花もらうでしょ?だから、あゆみちゃんにもあげるの!」
心のざわつきを見透かしたかのような莉桜の言葉に、思わず喉が詰まる。そんな気持ちが顔に出ないように、あゆみはそっと微笑んだ。
「ありがとう、莉桜。すごく嬉しい」
莉桜の手を握ると、ほんのり温かい。その温もりを感じながら、あゆみはゆっくりと歩き出した。
この家に自分は必要なのか——そんな不安を抱えながらも、手の中の小さな花が、それを少しだけ和らげてくれる気がした。




