止まらない時間の中で
春の光が差し込む職員室で、あゆみは名簿とにらめっこをしていた。
新任教師として迎えた四月。目の前には、これから担任を務める子どもたちの名前が並んでいる。
今日は家庭訪問の日程調整のため、一人ひとりの保護者と面談がある。自分のクラスの子どもたちがどんな家庭で育ち、どんな環境にいるのか。それを知ることは、教師としての第一歩だった。
「如月先生、お疲れさまです。新しい環境には慣れました?」
先輩教師が声をかけてくれた。
「はい、なんとか……!」
あゆみは笑顔で返したものの、まだまだ緊張の連続だ。
「入学式も終わったし、これからが本番ですね。特に最初の面談は大切ですよ。家庭環境を知ることで、子どもたちの気持ちを理解しやすくなりますから。」
「そうですよね……」
教師として、子どもたち一人ひとりの背景を知る。それは大切なことだと頭では分かっている。
だけど——。
名簿を指でなぞりながら、ふと別のことを考えてしまう。
自分のクラスの面談日を確認しながら、自然と蓮のことを思い浮かべる。
あの子は、どう答えただろうか。
「おうちの人は誰ですか?」
担任の先生にそう聞かれた時、蓮はなんて答えたんだろう。
「お父さんと、あゆみちゃん」——そう答えてくれたのだろうか。
それとも、「お母さんはいない」とだけ言ったのだろうか。
想像した瞬間、胸がギュッと締めつけられた。
「……私、行きたかったのかな……?」
入学式。
あの場にいなかったことが、こんなにも心をざわつかせるなんて思わなかった。
もちろん、行けないことは分かっていた。自分も新任教師として、初めての入学式を迎えたのだから。
でも、蓮の隣にすばるしかいなかった光景を思い浮かべると、どうしようもなく胸が痛んだ。
「如月先生?」
名前を呼ばれて、ハッと顔を上げる。
「あ、すみません!」
同僚の先生が微笑みながら、「初めての面談、大変かもしれませんが頑張ってくださいね」と励ましてくれた。
「ありがとうございます!」
教師としての仕事に集中しなければ。
そう自分に言い聞かせながら、再び名簿に視線を落とす。
それなのに、心のどこかではずっと問い続けてしまう。
——蓮にとって、私は何なんだろう?
「お母さんじゃない」と思っていた。
でも、そう割り切れるほど、私は強くないのかもしれない。
いつか、聞いてみたい。
でも、もし答えが怖かったら——。
その考えを振り払うように、あゆみは深く息を吸い込んだ。
「……今は、目の前のことに集中しよう。」
そう呟きながら、筆を走らせる。
この小さな違和感が、やがて何かを変えていくのかもしれない。
そのことに、まだあゆみは気づいていなかった——。




