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積み重ねた時間の先に

 葬儀が終わった。穏やかな空気の中で進んでいたそれも、最後の焼香が終わると同時に現実に引き戻されるような感覚がした。


 親族や弔問客が少しずつ帰っていき、すばるも仕事のために帰宅した。実家に残されたのは、あゆみと姉の香己、そして父だけだった。


 静まり返った家の中で、三人は並んで座っていた。食卓には手をつけられないままのお茶が置かれている。


「母さん、よくお茶を淹れてくれたよな。」

 父がぽつりと呟いた。


「うん。でもちょっと濃すぎる時もあった。」

 香己が笑いながら応じる。


「そうだな。俺が『ちょっと苦いな』って言うと、『大人の味よ』って笑ってたよ。」

 父は少し目を細めて、懐かしむように微笑んだ。


 しばらくそんな母の思い出話が続いた後、香己がふと尋ねた。


「ねえ、お父さんはなんでお母さんと結婚したの?」


 父は驚いたように目を瞬かせた後、少し照れくさそうに苦笑した。


「……職場の上司だったんだよ。母さんは。」


「えっ、そうだったの?」

 あゆみは思わず聞き返した。


「そう。俺が新入社員の頃、すごく頼れる先輩でさ。厳しいけど、面倒見がよくて。気がついたら惹かれてたんだよな。」


 父の言葉に、香己がにやりと笑う。


「ふーん、年上の女性に弱いんだ?」


「いや、そういうわけじゃ……でもな、母さんが先にいくってことも、なんとなく覚悟はしていたんだよ。5つ上だったからな。でも、いざそうなると、覚悟なんて何の意味もない。」


 父の声が少し掠れた。


「遺す側も、残される側も……辛いんだよ。」


 それは、今だからこそ口にできる言葉だったのかもしれない。


 あゆみは黙って父の言葉を噛みしめる。そんなあゆみを見つめたまま、父は静かに続けた。


「お前の気持ちは分かる。だけどな、9個の差はしっかり考えなくちゃいけないぞ。」


 急に話が変わったようで驚いたが、父の言葉は責めるようなものではなかった。ただ静かに、事実を伝えるような口調だった。


 考えなくちゃいけない。それは分かっている。でも、今のあゆみには受け入れるとか反対するとか、そういう気持ちを持つ余裕すらなかった。


「……うん。」


 それだけしか言えなかった。


 父はしばらくあゆみを見つめた後、ふっと息をついて「疲れただろう。少し休め」とだけ言い残して席を立った。


 9個の差。


 それは、ただの数字ではなく、人生の積み重ねが生む距離でもある。自分より長く生きた時間が、どれほどの違いを生むのか、あゆみはまだ分かっていないのかもしれない。


 でも、それを理解したからといって、気持ちが変わるのかも分からなかった。


 外はもう日が落ちている。


 静まり返った部屋の中で、あゆみは一人、父の言葉を繰り返しながら、ぼんやりと天井を見上げた。

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