初めての訪問と迷い
冷たい冬の風が吹く土曜の午後、あゆみはすばるの家の前に立っていた。
目の前には、どこか懐かしさを感じる二階建ての家。だが、その扉の向こうにいる子どもたちの存在を思うと、心臓が高鳴り、不安が胸を締め付ける。
「本当に大丈夫かな……。」
自分に言い聞かせるように呟いた後、あゆみは深呼吸をしてインターホンを押した。
「こんにちは。」
玄関のドアが開き、そこには小さな男の子――れんが立っていた。
彼はじっとあゆみを見上げている。大きな目が彼女を観察するように動き、どこか警戒心が滲んでいた。
「れん、如月さんだよ。」
すばるが優しい声で息子に声をかける。
「こんにちは、れんくん。」
あゆみは微笑みながら挨拶したが、その笑顔は少しぎこちなかった。
すると、奥からもう一人、小さな女の子が顔を出した。
「お姉ちゃん、誰?」
彼女――りおは、興味津々の目であゆみを見上げながら言った。その目には、警戒心よりも好奇心が溢れている。
「如月さんだよ。一緒に遊んでくれるよ。」
すばるがりおにそう言うと、彼女は嬉しそうに笑顔を見せた。
「あゆみちゃん!一緒に遊ぼう!」
突然名前を呼ばれたことに驚きながらも、あゆみは「よろしくね」と優しく答えた。
その日、あゆみは子どもたちと数時間を共に過ごすことになった。
「これやって!」
りおが小さな手でおもちゃを持ちながら、あゆみに差し出した。
「うん、やろうか。」
あゆみは少し戸惑いながらも、りおの勢いに押される形で遊び始めた。
一方、れんは少し距離を置いて、二人の様子を静かに見つめていた。
「れんくんも一緒に遊ぶ?」
あゆみが声をかけると、彼は一瞬視線を合わせたが、すぐにそらした。
「いい。」
その短い返事に、あゆみは少しだけ肩を落とした。
りおはすぐにあゆみに懐き、あれこれとおもちゃを持ってきては「これして!」「あれ見て!」と無邪気に誘ってくる。
「りおちゃん、元気いっぱいだね。」
あゆみは笑いながらそう言ったが、内心では緊張が解けない。
彼女の視線の端には、れんの姿があった。
彼は少し離れた場所で、静かにレゴブロックを積み上げている。
その様子を見て、あゆみは心の中で思った。
「お兄ちゃんらしく振る舞おうとしてるのかな。でも……無理してるのかも。」
しばらくすると、れんが積み上げていたブロックが崩れてしまった。
「……。」
彼は何も言わず、静かに崩れたブロックを拾い集める。
「れんくん、大丈夫?」
あゆみはそっと声をかけた。
れんは一瞬彼女を見たが、何も言わずに首を横に振った。
「手伝ってもいい?」
その言葉に、れんは少し驚いたような表情を見せたが、やがて小さく頷いた。
あゆみがれんの隣に座り、一緒にブロックを積み上げ始めると、りおがそれを見て「私もやる!」と加わった。
三人でブロックを積み上げるうちに、自然と笑い声がこぼれるようになった。
「ここ、もう少し高くしようか?」
「じゃあ、僕がこれを乗せる!」
れんの声には、少しずつ明るさが戻ってきた。
帰り道、あゆみは冷たい風を感じながら歩いていた。
玄関先で手を振るれんとりおの姿が目に浮かぶ。無邪気に笑うりおの声、少し控えめながらも優しさを感じさせるれんの仕草。それらすべてが胸に刻まれていた。
しかし、あゆみは足を止めた。
「私は……この子たちのためになれるのかな。」
つぶやいた言葉が冬の空気に溶けていく。
すばると一緒に過ごしたい――その思いは揺るぎないものだった。
だが、その未来にはれんとりおという存在が深く関わっている。それは、あゆみが避けては通れない現実だった。
「先生の隣にいるためには、もっと強くならないといけないのかな……。」
あゆみは自分の中で渦巻く不安と向き合おうとした。
子どもが苦手な自分が、果たして二人にとって何かを与えられる存在になれるのだろうか――その答えはまだ見つからない。
それでも、あゆみは歩き出した。
冷たい風が頬を刺す中、彼女はふと空を見上げた。
「もう少しだけ、頑張ってみよう。」
小さく呟いた言葉は、彼女自身への誓いだった。