自分の気持ちで
リビングのテーブルに広げられた教採関連の資料。あゆみはその山のようなプリントを見つめながら、深くため息をついた。
「二次試験、本当に大丈夫かな……。」
手帳にはびっしりと書き込まれたスケジュールが並び、どこから手をつけるべきか悩む様子がありありと伝わってくる。
「ちょっと休憩したら?」
すばるが隣から声をかけるが、あゆみは首を横に振る。
「休んでる場合じゃないよ。面接に小論文に模擬授業……やることが多すぎて。」
そんなあゆみを見かねたすばるが、穏やかな声で提案する。
「こうしよう。遥香とゆうきに頼んで、みんなで練習計画を立ててみないか?一人で抱え込むより、絶対に効率がいいと思う。」
あゆみは驚きつつも、すばるの言葉に頷いた。
週末の午後、リビングに集まったのは、すばる、あゆみ、そして遥香と裕樹だった。
「面接と小論文はもちろんだけど、模擬授業も試験では重要だよね。」
遥香が話し始めると、ゆうきも「面接では、質問の意図を理解して答える練習が大事だよ」とアドバイスを続ける。
すばるは模擬授業の担当を買って出た。
「模擬授業は僕と子どもたちで手伝うから。教室を再現して、本番さながらの練習ができると思うよ。」
遥香は面接練習の指導を申し出た。
「じゃあ、私は面接の対策を一緒にするわね。教育理念とか、具体的な経験を聞かれることが多いから、その辺を掘り下げましょう。」
「俺は小論文の添削担当ね。」
ゆうきが冗談交じりに手を挙げると、あゆみは思わず微笑んだ。
「なんだか、本当に頼もしいメンバーが揃っちゃった。」
面接練習の日、リビングのテーブルに、面接練習のための資料と模擬質問リストが広げられていた。あゆみは少し緊張した面持ちで椅子に座り、向かいには遥香とすばるが腰掛けている。
「それでは、始めましょうか。」
遥香が笑顔で言うと、あゆみは深呼吸をしてうなずいた。
「まず、教師になろうと考えた理由を教えてください。」
すばるが少し厳しい口調で問いかけると、あゆみは用意していた回答を頭の中で反芻し、ゆっくりと言葉を口にした。
「私が教師を志した理由は、子どもたちの成長に寄り添い、彼らを支えたいと思ったからです。教育実習を通じて……」
一度言葉を詰まらせ、あゆみの声が小さくなった。資料をちらりと見ようとするが、すばるが静かに目で制する。焦りを隠せないあゆみの様子に、リビングの空気が少し硬くなった。
「ごめんなさい、もう一度やり直してもいいですか?」
あゆみが申し訳なさそうに言うと、遥香が手を軽く上げて練習を中断した。
「ちょっと待って、一旦落ち着こうか。」
遥香はあゆみの肩を軽く叩いて微笑む。
「結局さ、模範解答を丸暗記しても、それが心から出てる言葉じゃなかったら、相手には響かないんだよね。面接官って聞くと身構えちゃうけど、ただの知らないおじさんやおばさんとお話するものだと思えばいいのよ。」
あゆみは驚いた顔をして遥香を見る。「そんな簡単に考えていいんですか?」
「もちろん最低限の準備は必要よ。でもね、大事なのは説得力と印象なの。何を言うかじゃなくて、どう話すか。あゆみちゃんの場合、自分が経験したことをそのまま話せば、それだけで十分説得力があるよ。」
遥香の言葉に、あゆみはハッとしたように目を見開く。
「それに、練習なんだから失敗していいの。まずは気楽に、自分の言葉で話してみようよ。」
遥香の励ましに、あゆみは少しずつ緊張をほどいていった。
「それではもう一度、教師になろうと考えた理由を教えてください。」
すばるが先ほどと同じ質問を投げかける。あゆみは深呼吸をして、目を閉じると、静かに口を開いた。
「私が教師を目指した理由は、かつて憧れた先生の言葉がきっかけです。」
少し言葉に詰まりながらも、あゆみは続ける。
「その先生は、私が失敗した時にこう言ってくれました。『行動を起こさなければ失敗は起きない。逆に言えば、行動を起こせたということ自体が如月さんの頑張りだよ』って。」
言葉を紡ぐうちに、あゆみの声は力強さを帯びていく。
「その言葉を聞いて、私は失敗を恐れずに挑戦できるようになりました。小学生は、積極性を持ちながらも失敗を通じて行動力を失ってしまう世代だと思います。でも、行動力は自信そのもの。私は先生となり、子どもたちの自信を支える存在になりたいんです。」
あゆみが言葉を終えると、リビングは一瞬静まり返った。遥香が拍手をしながら微笑む。
「それよ、それ!今のが一番良かった。」
「ありがとう……。少し自信がついたかも。」
あゆみはほっとしたように微笑む。
「では、あなたが教育実習等を通じて学んだことを教えてください。」
「教育実習では、子どもたちと向き合うことの難しさと、その中にある可能性の大きさを学びました。当初、私は子どもたちに対して、自由奔放でコントロールが難しいという苦手意識を持っていました。その結果、子どもたちとの間に壁を作ってしまい、距離を感じることもありました。
しかし、ある日、私は気づきました。『子ども』という立場に捉われすぎて、その子自身を見ていなかったことに。立場というのは、その人自身を形作るものではなく、『人』がその立場を持っているに過ぎない——この考え方に気づいてからは、1人1人を『個人』として向き合うようにしました。その結果、彼らも私を信頼し、自分の気持ちを伝えてくれるようになり、壁は自然と取り払われました。
この経験を通じて、私は教師としての役割を考えました。教師と生徒という立場の違いを尊重しつつも、その垣根を越えた『人と人』としての信頼関係が教育の根幹を支えると実感しました。子どもたちは、大人以上にその姿勢を敏感に感じ取る存在です。この気づきを得られたことは、私にとって何よりも大きな学びでした。」
あゆみは自分の経験や考えを織り交ぜながら堂々と答えられるようになった。最後に遥香が軽く拍手をして言う。
「ね、言った通りでしょ?自分の言葉で話せば、ちゃんと伝わるの。」
「はい、そうですね。ありがとうございます!」
あゆみの顔には、明るい笑顔が浮かんでいた。すばるも静かに頷き、満足そうな表情を浮かべていた。
その日の練習が終わり、リビングでお茶を飲みながら談笑する4人。ゆうきが冗談交じりに言う。
「でも、あゆみちゃん、これで本番も大丈夫だな。だって遥香先生から直々に教わったんだからな!」
「ええ、もう本当に感謝です!」
あゆみが笑顔で答えると、遥香は「じゃあ、本番もこの調子で頑張ってね」とウインクしてみせた。




