予行演習
週末の朝、清々しい日差しが差し込む中、あゆみたちはテーマパークに向かう車に乗り込んでいた。運転席にはすばるが座り、助手席にはれん。後部座席には、りおを挟む形であゆみとあゆみの母が座っている。
「ねえ、パパ!早く着かないの?」
助手席のれんが小さな地図を広げながら声を上げた。
「あともう少しだよ。ほら、前の看板見えるか?テーマパークの名前が書いてある。」
すばるがハンドルを握りながら答えると、れんは「ほんとだ!」と嬉しそうに地図をしまい込んだ。
「わー!あれ見て!観覧車がすごく高い!」
りおが窓の外を指差して大興奮で叫ぶ。
「あれ、乗りたい!」
助手席のれんも興奮気味に応じた。
「パパ、観覧車ってすごく揺れるの?」
「んー、そんなに揺れないよ。でも高いところが好きなら一番上が楽しいと思うぞ。」
すばるが軽く笑いながら答えると、れんは「じゃあ、一番上まで行く!」と決意を固めたようだ。
そのやり取りを聞いていたあゆみが、隣の母に声をかけた。
「お母さん、よくお父さんがこれ許したね。」
「ふふふ……あの人には秘密にしてるのよ。」
母は悪戯っぽく微笑んだ。
「えっ、それ絶対バレるでしょ?」
「その時はその時よ。ほら、今日はみんなで楽しむための日なんだから、細かいことは気にしないの。」
母が軽く肩をすくめてそう言うと、あゆみは苦笑しながら首を横に振った。
後部座席ではりおが、あゆみに質問を浴びせていた。
「あゆみちゃん、観覧車怖い?」
「うーん、高いところはちょっと怖いけど……でもみんなで乗れば大丈夫かな。」
あゆみが優しく答えると、りおは「じゃあ、手をつないであげる!」と元気よく言い、両手を差し出した。
「優しいのね、りおちゃん。」
母が微笑むと、りおは得意げな顔をした。
テーマパークの駐車場に車を停め、全員が降り立った。目の前にはカラフルな建物が広がり、子どもたちは早速走り出しそうな勢いだった。
「れん、りお、待ちなさい!」
あゆみが慌てて呼び止めると、二人は一旦立ち止まり、振り返った。
「まずは何に乗るか決めない?」
すばるが提案すると、れんが「観覧車!」と即答した。りおも「それがいい!」と満面の笑みでうなずく。
「じゃあ、観覧車から行こうか。」
すばるがリードして入場ゲートをくぐると、母がちらりとあゆみにささやいた。
「すばるさんって本当に子どもたちと自然に接してるわね。頼もしいわ。」
「ああ見えて、本当に面倒見がいいから……。」
あゆみが照れくさそうに答えると、母は「いいお父さんね」と静かに頷いた。
観覧車に乗り、全員でゆっくりと空に向かって上がっていく。
「うわー、すごい高い!」
れんが窓に顔を近づけて景色を眺める。りおも「見て見て!人が小さい!」と大興奮だ。
「お母さん、平気?高いところ。」
あゆみが隣の美雪を気遣うと、美雪は笑顔で「大丈夫よ。意外と楽しいわ。」と答えた。
そんなやり取りを見ていたれんが思い出したかのように発した。
「あ、ぼくは星宮蓮です。おばちゃんのことはなんて呼んだらいいですか?」
母は微笑みながら話す。
「あら、いい子じゃん。」
母は続けて
「でも、おばちゃんって……。せめてお姉さんかなぁ。ううん、それなら『おばあちゃん』って呼んでもらってもいいわ。まだ50にもなっていないから全然そんな年じゃないけどね。」
母が冗談交じりに言うと、れんは少し戸惑いながらも、「おばあちゃん?」とつぶやいた。
「あー、もう!お母さん!れんは美雪さんって呼ぶんだよ!」
あゆみが慌てて訂正すると、母は「冗談よ、冗談。れんくん、好きなように呼んでね。」と笑いながら答えた。
テーマパークを歩きながら、目の前に現れたジェットコースターに子どもたちの目が輝いた。
「パパ!これ乗りたい!」
れんが興奮気味に指を差し、りおも続けて「すっごく高い!」と声を上げた。
すばるは笑いながら「いいね!じゃあ行ってみようか!」と意気込む。だが、入口の案内板に目を向けた瞬間、その表情が曇る。
「身長制限があるみたいだね……れんとりおは、ちょっと足りないかも。」
れんとりおは「あー……」と肩を落とし、悔しそうにジェットコースターを見上げた。
その様子を見ていた母が提案する。
「じゃあ、私がこの子たちと待ってるから、あゆみとすばるさんで乗ってきたらどう?」
突然の提案に、すばるは驚いて戸惑った表情を浮かべる。
「え……でも、それは……。」
母は笑顔で「いいのよ。こういう機会なんだから、楽しんでらっしゃい」と背中を押す。
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて……。」
すばるが深々と頭を下げると、美雪は「本当に真面目な人ね」と微笑んだ。
すばるとあゆみがジェットコースターの列に並ぶのを見送ると、母は「さ、待ってる間にチュロスでも食べましょうか」と子どもたちを誘った。
ベンチに座りながら、子どもたちに微笑みながら尋ねる。
「れんくん、りおちゃん、家ではどんなふうに過ごしているの?」
りおがチュロスをかじりながら答えた。
「パパとミニカーで遊んだり、絵本読んでもらったりするの!」
「へえ、すばるさんって絵本も読んでくれるんだ。優しいのね。」
母が感心したように言うと、れんがすかさず付け加えた。
「パパね、声を変えて読むんだよ。魔王とかお姫様とか、すごく上手だよ!」
思わず吹き出しながら「そうなのね。それで、あゆみはどう?」と尋ねた。
「えっと……あゆみちゃんも優しいけど、パパみたいに声は変えないかな。でも、遊びには付き合ってくれるよ!」
れんの答えに微笑みながら「そっか、みんな仲良しなのね」と頷いた。
そいて少し真剣な表情で
「ねぇ、すばるさんやあゆみのことは好き?」
と母が尋ねる。
「うん!大好きだよ!」とりお
「けど、たまに怒ると怖いけどね」とれんが話す。
「そっか。」とどこか安堵したような表情の母。
ほどなくして、ジェットコースターの出口から、満面の笑顔のすばるとあゆみが現れた。
「いやー、すごかった!あんなに早いとは思わなかった!」
すばるは興奮気味に話し、あゆみも「もう、すばるさん、大きな声出しすぎだって」と笑いながら続ける。
だが、あゆみの母と目が合った瞬間、すばるは咳払いをして表情を引き締めた。それを見ていた母は、あゆみに耳打ちする。
「すばるさんって、実は結構子どもっぽいところもあるのね。懇談の時しか会ったことなかったから、知らなかったわ。」
あゆみも小声で返す。
「でも、それがすばるさんの魅力の一つかもしれない。こういう人と一緒にいると、いつも楽しいんです。」
美雪とあゆみは親子だけの秘密の女子会をしているような気分で、小さく笑い合った。
夕暮れ時、最後に全員で記念写真を撮ることになった。
「今日は本当に楽しかったわ。ありがとう、すばるさん。」
母が心から感謝を伝えると、すばるは少し照れたように「いえ、こちらこそ楽しませてもらいました。僕みたいな立場の者が、こうやってあゆみさんのお母様と楽しむ時間を頂けただけでも身に余るものです。ありがとうございます。」と答えた。
家路に向かう車内で、あゆみがふと母に聞いた。
「お母さん、今日ずいぶん楽しそうだったね。」
「そうね。いつか……この子たちが本当の孫になった時のために、たくさん遊んでおきたかったのよ。」
美雪の言葉に、あゆみは一瞬だけ驚いたが、すぐに笑って返した。
「もう、お母さん気が早いよ。まだ二次試験が残ってるんだから!」
笑い声が車内に広がり、家族の絆を感じる温かな一日が終わった。




