ただいまとおかえり
駅に到着すると、あゆみと姉の香己は改札へ向かった。休日とあって人通りが多い。並んで歩く姉妹の間には、どこか微妙な空気が漂っていた。
改札を抜けた後、電車が来るまでの待ち時間で、香己がふと口を開く。
「ねえ、あんたさ、お母さんのことどう思う?」
突然の問いかけに、あゆみは少し驚きながら香己を見た。
「どうって……別に、普通じゃないの?」
「それがさ、この間話した時、なんか声に力がないっていうか、体調悪そうな感じがしたのよね。」
香己の表情は少し曇っていた。
「え……そうなの?」
あゆみは戸惑いを隠せなかった。
「まあ、気にしすぎかもしれないけど……。看護師としての勘みたいなもの。だから、ちょっと気を付けて見てあげて。」
香己は軽く肩をすくめて話を終える。
電車が到着し、二人は乗り込んだ。席に座ると、車内のざわめきが心地よく、二人ともあまり会話を交わさなかった。どこか頭の片隅に母のことが引っかかりながらも、あゆみは帰宅後の予定に思いを巡らせた。
実家での滞在を終えたあゆみは、れんとりおを迎えに保育園へ向かった。子どもたちは元気いっぱいの笑顔で飛び出してきた。
「あゆみちゃん、おかえり!」
「今日ね、絵を描いたの!」
その無邪気な様子に、あゆみはつい微笑んでしまう。
「そうなんだ。家に帰ったら見せてね。」
自宅に戻ると、試験までのスケジュールを確認しながら、試験勉強に取り掛かる。
「このままじゃ。」
どうしても1人になると、焦燥感が顔を出す。
そんな時、子ども達の大きな声が聞こえてきた。
「ぼくが先に見つけたの!」
「りおが欲しかったの!」
どうやらお菓子の袋を取り合ってケンカを始めたようだった。
その声を聞き、あゆみは思わず苛立ちを覚えた。
「もう、二人とも!いい加減にして!」
声を荒げそうになったその時、玄関が開く音がした。
「ただいまー。」
すばるが帰宅し、子どもたちのもとへ向かう。
「どうした?なんでケンカしてるの?」
すばるの穏やかな声に、れんとりおは口をつぐみ、少しずつ事情を話し始めた。
「ぼくが先に見つけたのに、りおが横取りしようとするんだ。」
「だって、りおも食べたいもん!」
すばるはうなずきながら、まずれんに向き合う。
「先に見つけたのはれんなんだね。じゃあ、分けない理由って何かな?」
れんは少し拗ねた表情で答えた。
「ぼくの分がなくなっちゃうじゃん。」
すばるは優しく微笑みながら言った。
「そっか。でもさ、独り占めをすると、りおは泣いてしまうし、大きな声でケンカをすると、それを聞くみんなが嫌な気持ちになっちゃうじゃん?そういう時は少し分けてあげるとかっこいいんだけどな?」
その言葉に、れんは少し考えてから、「かっこいい人になる!」と言ってお菓子を分け始めた。
次にすばるはりおに向き合った。
「りおも欲しい!って怒るんじゃなくて、分けて?ってお願いしてみたらいいんだよ。ちゃんと言わないと伝わらないよ?」
りおは小さく頷き、「分けて?」と素直にれんにお願いした。兄妹の間に和解の笑顔が浮かび、二人はお菓子を仲良く分け合い始めた。
そんな光景を見ていたあゆみは、すばるの冷静で的確な対応に感心しつつ、自分が苛立ちに任せて怒鳴りそうになったことを思い返して恥ずかしくなった。
子どもたちが仲良くなったのを見届けたすばるは、あゆみの元へ歩み寄った。
「ただいま。本当は最初にあゆみに言いたかったけど、子どもたちがケンカしてたから先にそっちに行っちゃった。ごめんね。」
そう言いながら、すばるはあゆみをそっと抱きしめた。
「あ……おかえりなさい。」
その一言を返しながら、あゆみは自分の声が少し震えていることに気づいた。普段、すばるがこんな風に抱きしめることは滅多にない。
(私……そんなに余裕がなさそうに見えたのかな。)
胸に広がる安心感と同時に、どこか申し訳なさも感じる。
二人はその後、子どもたちを寝かしつけ、リビングに戻った。机に向かい、教採のスケジュールを見つめるあゆみを、すばるが隣に座りながら穏やかな声で話しかける。
「それで、勉強の相談って何?」
あゆみはスケジュールを指しながら、自分が感じている不安や課題を一つずつ説明した。すばるは真剣に耳を傾けながら、時折助言を与えた。
二人の会話が夜遅くまで続く中、あゆみの心は少しずつ軽くなっていった。




