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先生、嫌い

 教育実習も3週目に入り、あゆみは次第に授業を任されるようになった。しかし、順調に進んでいるとは到底言えない状況だった。


 最初は興味津々で聞いてくれていた子どもたちも、次第にその姿勢が変わり始めた。


「あれ……?」


 あゆみは黒板の前で話しながら、子どもたちの視線が次第に自分から離れていくのを感じていた。授業の最初こそ集中していた子どもたちも、途中からそわそわし始め、話し声が増え、集中力を失っている様子が目立ち始めた。


「ここ、みんなで考えてみようか。」


 必死に声をかけても、誰も反応しない。前列の席に座る数人は教科書を開いたままぼんやりし、後ろの方では小声で会話をする姿さえ見える。


「あれだけ準備したのに……。」


 心の中で自分を責める声が響いた。


 授業が終わり、机に戻ると、そこには「つまんない」という落書きが書かれていた。さらに、無記名の手紙が置かれており、中には「先生、嫌い」とだけ書かれていた。


(こんなに頑張っているのに……。)


 子どもを受け入れ、自分も受け入れてもらおうと努力していたはずなのに、思いとは裏腹に溝が深まっていくように感じられた。悩みを抱えたまま、あゆみは授業後に中島先生に相談することにした。


「先生、少しお話を伺いたいのですが……。」


 あゆみの表情からただならぬ雰囲気を感じた中島先生は、真剣な表情で話を聞く体勢を取った。


「どうしたんだい?」


「あの、子どもたちの中で、私に対して良くない感情を持っている子がいるみたいで……。」


 机に置かれた手紙や落書きの話をすると、中島先生は少し眉をひそめた。


「それは確かに良くないね……。」


 しばらく考え込んだ後、中島先生は静かに口を開いた。


「如月さん、辛いかもしれないが、僕たちは教師であり、大人だ。子どものいたずらに気を病んで、生徒と同じ土俵で考えなくてもいいと思う。ただ……生徒たちは、自分たちがしたことが本当に良くないことだとは気づいていないのかもしれない。」


「……気づいていない……。」


 あゆみはその言葉を噛みしめた。


「先生の机に悪口を書いた手紙を置くなんて行為が、彼らにとって普通のことなのか。それを考えさせるのも、実習生である君ができる教育の一つかもしれない。」


 その言葉に、あゆみは深く頷いたが、どう行動すればいいのかまでは思いつかなかった。


 中島先生は優しい表情を浮かべながらも、少し考え込むように口を開いた。


「如月さん、正直言うとね……こういうことを言ってもいいか分からないけど、如月さんに良い授業を期待しているわけじゃないんだ。」


「……期待していない、ですか?」


「ああ。実習生の授業に、子どもたちは特別な期待を持っているわけでもない。たぶん、彼らは授業よりも、君と話したり、遊んだり、お昼ごはんを楽しんだりすることに価値を感じているんだと思う。」


 その言葉に、あゆみは心の中でショックを受けた。自分が努力していることが、まるで無駄だと言われているように思えたからだ。




 帰宅後、あゆみはリビングですばるにその思いを打ち明けた。


「すばるさん……私、ちょっとどうしていいか分からなくなってきました。」


 彼女の弱々しい声に、すばるはすぐに真剣な表情を浮かべた。


「実習先で、子どもたちから少し嫌がらせを受けていて……。机に悪口が書かれた手紙が置かれていたりして……。中島先生には、子どもたちは悪いことをしている意識がないのかもしれないって言われたんです。」


 すばるは静かに頷き、少し考えた後、優しく微笑んだ。


「中島先生の言葉自体がヒントになるんじゃないかな。」


「え?」


「いっそ、ホームルームの時間に子どもたちに直接問いかけてみるといいと思うんだ。例えば、『みんなの机は綺麗なのに、私の机だけ汚いのって普通のことなんですか?』ってね。」


 その提案に、あゆみは少し戸惑いながらも耳を傾けた。


「僕が思うに、子どもたちは自分たちがしていることを深く考えたことがないだけだよ。君が真剣に問いかければ、きっと考えてくれるはずだ。」


「でも、私……向いていないかもしれない。」


 その言葉に、すばるは少し笑いながら続けた。


「僕もたくさんの教生を見てきたけど、授業もうまくできて、子どもたちとも完璧に接することができて、事務もこなせる……なんてことはあり得ないよ。それを学ぶための実習なんだから。」


 すばるはふと遠くを見るような目をして、笑みを浮かべた。


「僕なんてね、実習中に授業が全然うまくいかなくて、最終的に生徒に教壇に立ってもらったこともあるよ。」


「えっ!?それって、本当にしていいことなんですか?」


 あゆみが驚きの声を上げると、すばるは肩をすくめて笑った。


「まぁ、当時は極端だったかもね。でも、生徒たちに自分で考えてもらう良い機会だったんだよ。それが、今の僕の授業スタイルの原点になった。」


「……すばるさんって、実習の時からすばるさんなんですね。」


 少し呆れたように微笑むあゆみに、すばるは目を細めて言った。


「ほら、僕みたいなとんでもない例がっても、今うまくいってるし。何かあっても中島先生が居るから大丈夫だよ。」



「私……まだまだ未熟ですけど、とにかく乗り切ることと、やるべきことに集中してみます。」


 その言葉に、すばるは静かに頷いた。


「それでいいと思うよ。どんな失敗も、全部次のステップのための大事な経験になるから。」


 夜、あゆみは机に向かい、次の日の指導案を書き始めた。まだ不安は消えないが、すばるの言葉が胸の奥で力強く響いている。


「どんな失敗も、次のステップのために。」

 あゆみはペンを握り直し、新たな一歩を踏み出そうとしていた。




 翌日、あゆみはホームルームの時間に、自分の気持ちを子どもたちに伝える準備を整えた。机に置かれた手紙や落書きを見つめながら、小さく呟く。


「大丈夫……私はできる。」


 子どもたちとの関係を変えるための第一歩を踏み出すべく、教室へと向かった。




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