高い壁
リビングに沈黙が戻る中、すばるは静かに立ち上がった。その表情には、決意が宿っている。
「ご両親にお伝えしたいことがあります。」
すばるの低く穏やかな声が空気を切り裂くように響いた。
父は目を細めてすばるを見上げた。その視線には、なお鋭さが残っている。
「私は、教師としての道を選んだ者です。あゆみさんが同じ道を目指す中で、彼女が直面する困難や試練を誰よりも理解しています。そして、そのすべてを全力でサポートします。」
すばるの言葉には揺るぎない力があった。
「教師という職業は、理想だけでは務まらないことも多い職業です。それでも、あゆみさんが夢を追う姿を、私は心から尊敬しています。彼女がその夢を叶えるために、私は彼女を支え続けることを誓います。」
父はすばるの言葉を聞き、眉を寄せた。
「あんたもそれを言うのか?それがどれだけ大変なことかわかって言っているのか?」
父の声は冷たく、静かだった。
「はい。わかっているつもりです。」
すばるはまっすぐ父の目を見据えた。
「ただ、あゆみさんがすべてを背負う必要はありません。私は彼女の負担を軽減するために存在しています。彼女がその道を歩むために必要な支えでありたいと思っています。」
彼の言葉には、揺るぎない覚悟が込められていた。
父はしばらく黙り込んだが、やがて小さくため息をついた。
「あゆみを支えることは簡単なことじゃないぞ。言葉で言うだけでは済まされない。それに、あなたは離婚歴がある。つまり、家庭を壊した経験があるわけだ。」
父の声は冷たく、さらに鋭さを増した。
「そんな人間の言うことを、私は簡単には信用できない。」
父の厳しい言葉がリビングの空気を再び凍らせた。
「……父としての不安は理解しています。」
すばるは一瞬沈黙した後、静かに口を開いた。
「確かに、私は過去に失敗をしました。その事実は変えられませんし、その重みを背負って生きていくつもりです。ですが、その失敗を通じて学んだことが、今の私を作っています。」
すばるの声には自責と決意が込められていた。
「どれほど厳しい現実であろうと、私はその覚悟があります。そして、あゆみさんと共に未来を築くことを選んだのです。」
すばるの目には強い光が宿っていた。
父はしばらくすばるをじっと見据えたが、最終的には短くため息をついただけだった。
夜、自宅のリビングで、あゆみはソファに身を沈めていた。試験勉強、家庭の現実、そして父の厳しい条件――そのすべてが、彼女の肩に重くのしかかっている。
「全部できるのかな……私、本当に大丈夫なのかな……。」
あゆみの弱々しい声が静かな部屋に響いた。
すばるは彼女の隣に静かに座り、優しく肩に手を置いた。
「しんどい時は何もしなくていい。」
すばるの言葉は穏やかで、あゆみの胸にじんわりと染み込むようだった。
「え……。」
あゆみは驚いたように顔を上げた。
「子どもたちについては、僕がしっかり関わる。君にとって負担になるなら、それは僕の仕事だよ。辛い時は無理して頑張らなくてもいい。」
すばるの声には、彼女を包み込むような優しさがあった。
その言葉に、あゆみの胸の奥にあった重い石が少しだけ軽くなった気がした。
「ありがとう……。」
あゆみは小さく呟いた。
「君の夢を追うために、僕がいるんだ。だから、ひとりで背負わなくていい。」
すばるの言葉は、まるで暖かな毛布のようにあゆみを包み込んでいった。
あゆみは深く息を吸い込み、少しだけ微笑んだ。「もう少し、頑張れそう……。」
その夜、あゆみはいつになく穏やかな表情で机に向かい、試験の参考書を開いた。冷たい現実に立ち向かうための、第一歩を踏み出すように感じながら。




