突然の声
翌日、大学の廊下を歩いていたあゆみは、不意に後ろから声を掛けられた。
「如月!」
振り返ると、そこには同じクラスの一輝が立っていた。背が高く、真面目そうな顔立ちの彼は、大学に入ってから何かとあゆみに目を掛けてくれる存在だった。
「あ、一輝君。どうしたの?」
「ちょっと話があるんだけど、時間いい?」
その言葉に、あゆみは少し戸惑いながら頷いた。
二人は、大学の中庭にある木陰のベンチに腰を下ろした。一輝は、腕を組みながら少し難しい顔をしている。
「なにか、あったの?」
あゆみが促すように聞くと、一輝は短く息を吐いてから話し始めた。
「奈緒から聞いたんだけど、同棲してるんだって?」
あゆみは驚いて目を丸くした。
「えっ……奈緒が?」
「いや、別に責めるつもりじゃない。でも、相手って……担任の先生だよな?」
その言葉に、あゆみは小さく頷いた。
「そうだけど……。」
「普通、そんなことしないだろ!」
一輝の声が少し大きくなり、近くにいた学生たちが振り返る。彼は慌てて声を落とし、苛立ちを隠すように眉を寄せた。
「ごめん。怒るつもりはなかった。ただ……如月、本当にそれでいいのか?」
その問いに、あゆみは黙り込んだ。一輝の言葉が、どこか自分の父親を思い起こさせるような感覚を覚えたからだ。
「君、親御さんに言ったのか?」
「まだ……。」
「だろうな。普通の親なら猛反対するに決まってる。相手には子どももいるんだろ?おまえ、そんな簡単な話じゃないってわかってるよな?」
彼の言葉は正論であり、あゆみの心に突き刺さった。だが、同時に反発する気持ちも湧き上がる。
「わかってる。でも、私はすばるさんと一緒にいたいの。それが普通じゃないって言われても、私にとってはそれが普通になるんだよ。」
その言葉に、一輝の表情が少し険しくなった。
「……あいつ、何かあったらおまえを守れるのか?」
「すばるさんは、すごく優しい人だよ。子どもたちのことも、私のことも、本当に大切にしてくれてる。」
あゆみは少し声を強めて答えた。一輝は一瞬言葉を飲み込んだが、再び口を開く。
「でも、それだけでいいのか?おまえは今、自分を犠牲にしてるだけじゃないのか?」
その言葉に、あゆみは息を飲んだ。一輝の問いかけが、心の奥底にある迷いを引きずり出してしまった気がした。
「……私には、あの家が居場所だって思えるんだよ。」
ようやく絞り出した言葉に、一輝は眉を寄せたまま黙り込んだ。その沈黙が重く感じられる。
「それが君の答えなら、何も言わない。でも……何かあったら、俺に言えよ。如月が間違った道を進んでるとは思いたくないから。」
彼のその言葉には、父親のような厳しさと、どこか切なさが混じっていた。
「ありがとう、一輝君。」
あゆみは小さく微笑んでその場を後にした。一輝の背中を振り返ると、どこか寂しげな彼の横顔が目に映った。
彼が本当に伝えたかったこと。それは、あゆみにはまだ届いていなかった。




